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竜王の魄~  作者: さくら
5/11

5 逃走劇は真面目に

「む。とうとう見つかったわ」

 ルークとアルが犬に芸を教えているところに遭遇し、フィルが笑う。

 ラインハートが学校に来るタイミングで学校へ来ても少女が一緒でなかったり、休日にギルドを張ってもすれ違ったり。

 とにかく散々だった。

 顔を出せば、雑用で使われ なんのために来たのか見失いそうだ。

 微妙に噂が楽しかったりした。

「白がギルド広場で焼き肉をしていた」

「白が馬に逃げられていた」

「白が背中にコウモリをつけていた」

 これは白とラインハートが接触したと見てとれた。

「白がネズミを背負っていた」

 こちらは白とギルドのローレンが接触した目安になる。

 城の騎士が交代で街に出すぎている。

 歌姫は騎士の詩を歌わない。

 竜の歌も歌わない。

 歌わないと城の騎士は手が出せない。

 呼び寄せているのは 蛇と蛙とネズミとコウモリと、黒いあれとか虫とか。

「原っぱが薬草の宝庫になった」

「網で魚が山ほど捕れるようになった」

 この辺は生態系が怖い。

 畑の作物が妙に良く育っている。花は咲き乱れている。

 豊作は間違いないだろう。

 スケジュール通り動いても少女に遭遇できない。

 ということで、犬を手なずけた。

 犬は言う。

「お肉が食べたいの」

 プチ

「猪美味しかったの」

 ピキッ

「蛙を追いかけて、狩りの練習をしたの」

 でかした!

「ネズミに噛まれたの」

 要 練習。

「コウモリ逃げられたの」

 要 羽根。

「我が君は明日来るの」

 ヒット!

 ということで朝から張り込み、無事遭遇を果たした。

「気がついたらはぐれちゃったのよ」

 そうほんの一瞬で彼女は消えてしまった。

 そして彼女はちゃんと仕事も見つけてしまっていた。

「お願いです。城へ一緒に来て下さい」

 城の騎士と遭遇する度に気まずい思いをする。

「いや、姫は私と一緒に行く」

「おや、まだ誰と行くかは決まってないだろう」

 ローレンとラインハートが会話に参入してくる。

「叔父上、引っ込んで下さい」

「わはは。姫の蛙の歌は面白かったぞ」

 嫌な歌を歌ってたらしい。

「姫はうちの子になるのだ」

 ラインハートは何処まで本気なのか分からぬ本音を混ぜる。

「うちの子って、うちの子にするのは私だぞ。なぁ、アル」

 ローレンは酔っぱらってるらしい。

「アホな妄想してないで引っ込んで下さい。叔父上」

 パタパタと尻尾を振って犬が参入する。

「我が君はあたしに会いに来たの! あたしのなの!」

「むむ、これは強敵な」

「よもやワンコに遅れをとるとは」

「何と取り合ってるのよ。あなたたち」

 ネズミが飛ぶ。

 コウモリが落ちてくる。

 木の枝が飛んで、犬がキャッチする。

「まったく。私と一緒に行くならロマンチックな逃避行でしょ」

「ロマンチックって美味しい?」

 犬はまだ子どもだった。

 要 忍耐。

「……フィル。お願いです」

 ルークの声に少女が微笑む。

「はい。そこでロマンチックに」

 ルークもまだ子どもだった。

「え、あのっ」

「足もって、ルーク!」

「へ?」

 アルは素早く、荷物のように少女の身体を担ぐ。

 ルークは成り行きで脚を持つことになった。

「走れ!」

 陳腐な逃走の開始だった。

「無事に行ったな」

 姫を無理やり乗せた馬車を走って行くのを見送りローレンは目を細める。

「さてロマンチックをご所望だ。追いたててやろう」

 ラインハートは犬を撫でる。

「さて、どちらが捕獲できるか競争だ」

「逃げ切れ無いなら、捕獲できた方が連れていく。いいな」

「やれやれ、今更追試か」

 みっちり観察した結果、乙女心をくすぐる作戦を計画した。

「では、私はギルドを使うからな」

「私は蒼を使う。白には伝えるか?」

「あれが参戦したらゲームにならんだろう。無視だ」

 手を出せぬはずなのに、すぐ横を並走させた。馬がびびらなければ さらっていたのかもしれない。

 馬は時々勝手に逃げて、姫の所に行っている。

 白の馬は着実に友好度を上げている。

 二人は利口な馬にため息が出た。

「では」

 別れる。加減をして追いたてるのも、本気に捕獲するのもお手のものだ。






「以外とおとなしいのですね」

 ルークは変に大人しい娘を見る。

「そう? 機嫌が良いのよ。あのバイオレットから情報を引き出したのでしょう。流石よ。旅の竜」

 コロコロと笑う。

 旅の間、気を抜けない日々は はりつめていた昔を思い出す。

 気を抜くと、焚き火に蛇が乗る。蛙が煮込まれる。

「うふふ。追っ手が来るわよ」

 上機嫌が逆に怪しい。

「ねえ、愛の告白は?」

「は?」

 ルークはやはりお子様だった。

「ムウ。アル! 愛の告白を」

「おお、愛しい姫よ。私のすべては貴方のためにーー」

 つらつらと恥ずかしい台詞が出てくる。

「あれは悪い見本よ」

「え、何で?」

 アルは評価に反論する。

「嘘っぽいでしょ」

 バッサリと切られて凹む。

「うふふ。でもね、大人しく囚われの姫を演じるのに飽きたら逃げるわよ」

 詠う。

 竜の詩を。

 旅の竜の詩を。

 優しい竜の唄を。

 おっちょこちょいで、かわいい竜との逃避行を。

「さて、旅の竜がたくさん来るわよ」

 姫は高らかに宣言した。

 嫌な宣言だ。

「ミッションよ。白竜から逃げ切れ! どう?」

「そこはギルドの使いから逃げ切れではないのですか?」

「白竜って……」

 対決せよよりましか? と首を捻る。

「連続ミッションね。ギルドの使いを蹴散らす。蒼の裏をかく。狼を手懐けるはやってたわね。後はコウモリを餌付けする。ネズミの火炙り、毒キノコを見分けろ。蜘蛛を助けろ、雷獣と……ええと、逃避行は愛の城まで?」

 途中の説明をごっそり省略したらしい。

 アルはブツブツ記憶しているみたいだった。

「とりあえずギルドは来た見たいですね」

「任せて!」

 姫は目を輝かせる。

「さあ、お行き! 陸蟹! ミッション夕食は蟹三昧!」

 ワラワラワラーー

「ああ、彼らの繁殖時期でしたね。少しルートが南下しただけでしょう」

「良いのか? まあ希に街に入るコースで来たことがあるから、いいか」

 この時期、蟹集めの依頼も出る。蟹の移動ルートの読みで運のいいグループは大儲けできる。

「取り放題。俺達をおってる場合じゃないな」

「ついでに蒼のミッションは 大蟹討伐よ。まあ、追って来れないわ」

 道に溢れる蟹。蟹、蟹……

 遠くで土煙が上がっているが、見なかった事にする。

 そして姫はにいっと微笑んだ。

「まあ、頑張ってね。アル」

「は?」

 ゴーと空が黒くなる。

 見たくない。

 しかし見ないわけには行かない。

 そこにはコウモリの大群がいた。






 キンッと金属に硬い物が当たる音が響く。すぐ側を黒い巨大な棒がトストス落ちてくる。

 いや、落ちては持ち上がりと嫌な攻撃が地道に続く。

 タイミングを見計らい、落ちてきた所に剣を叩き込む。

 相手は怯み、攻撃はおさまった。

 が、次にブワーッと白い糸が撒き散らされる。

 触れると、動けなくなる足止めと同時に捕獲用の糸だ。

 寸前で身を翻し、お互い距離をとる。

 霧が視界を奪う。

 かろうじて、切り落とした黒い棒が見えてはいたが それより奥に離れた本体は見えなくなってしまった。

 息を殺し、気配を全身で集中する。

 散り散りになった部下が心配だった。一番大きいのを引き離した事で逃げ延びて居るとは思う。

 時間稼ぎに、もう少しーーと、そこで別の気配に気がつく。

「フンフンフン。……枯れ木ばかりね」

 ドレスの少女が白い霧から出てきた。

 突き刺さった黒い脚に気がつき、見上げてからぐるりと見渡し 自分に気がついたらしい。

「怪我してるわよ。ドラゴン」

 剣を構えたままの男に無防備に側に来る。

「蜘蛛の棘には幻覚作用があるわよ。これあげるわ」

 少女は陸蟹を差し出した。

「いっぱいあるから、薬草もあげるわ」

 にこにこ笑う。

 現在どうやら、幻覚中らしい。

 と、男は判断した。

 そうなると、蜘蛛が攻撃に来てもどうやっても回避は難しい。

「ダメよ。喧嘩しちゃ」

 叱られた。

 陸蟹の甲羅から中和剤ができる。だから陸蟹を貰う幻覚を見ている。

 薬草も、怪我を負った部下には必要だろう。何せ枯れた世界でそんなもの見つかるわけないからだ。

 喧嘩しちゃダメというのは、争わなければ怪我も負わなかった。

 中々、現実的な幻覚である。

「チジュも、人を襲っちゃ討伐されちゃうでしょ」

 チジュ? それは誰だと思いを巡らせると、ワタワタしている大蜘蛛が見えた。

 動けなかった。

「それにどうしてこんな所にいるの? うん。火蜥蜴が来たの?」

 少女がつつくと巨大な蜘蛛がぽんっと小さくなった。ひどく能天気な幻覚だ。

「お腹が減ったのね。うんうん。そうよね。お腹が減ると滅入るもの」

 蜘蛛は少女の指先に停まっている。

「でもね、人を襲ったら討伐されるのよ。お父様は強いでしょ」

 お父様? 誰が?

「人に見つかってはダメよ。良いわね」

 糸を出した蜘蛛はふわりと飛んでいった。

「さて」

 少女は詠う。

 大地の唄を。

 翠の吟を。

 命の奏でを。

 風が大地を撫でて行く。

 霧が吹き飛ばされ視界に広がったのは 青く続く空と花畑だった。

 どうやらかなり幸せな幻覚だ。

 敵の蜘蛛は何処かへ飛んでいった。小さくなって。

 そして娘と野原でピクニック。

 悪くない。

「さあ、できたわよ」

 何が? と見れば鍋が焚き火にかけられている。

 少女は微笑み、蓋をーー。

 飛び起きた。

「隊長、良かった。この蟹と薬草何処で見つけたんですか?」

 焚き火がある。

 鍋もかかっている。

 そして部下が回りにいる。

 どうやら蟹で中和剤を作ったらしい。

 蟹は俺が掴んで倒れていたと。回りに薬草もあったと。

 野原だ。

 いや、花畑だ。

 蟹と薬草を良く見つけられたと、勝手に隊長は凄いと盛り上がっている。

 まだ幻覚の中みたいだ。

 蟹がある。

 薬草がある。

 緑の花畑。

 焚き火に鍋。

 ごくりと息を潜めた。

 飛び起きる前、あの鍋に煮込まれていたのは ワラワラとおぞましいもの。

 出てきたのは普通のスープだった。

 良かった。飛び起きて。

 その選択は良かったらしい。

 娘の代わりに、回りには部下が居るが、中々の器量よしの娘だった。

 誰かに似ている。

 深く考えないようにしよう。

 幻覚で出てくるのは、記憶の奥にあるのだから誰かに似ていて当たり前だからだ。

 暖かいスープはほっとする。

「何の肉だ? これ」

 蟹の肉に混じって別の何かが混ざっている。

「隊長が切り落としたあれですよ」

 あれ? と首を向ければ、そこには黒い棒が刺さっていた。

 ヒヤリ。

 目は覚めなかった。

 あれは自分で確かに切り落とした脚だった。

「あれ、隊長?」

 意識を手放しかけたとき、小さく「隊長に中見を教えたらダメだって」と誰かが呟いていた。

 公然の秘密。

 鍋の中身を探究してはいけない。

 絶対知らないでおこうと誓った。

 辺境警備隊黒騎士団長はそのままふて寝をし、部下は唯一の知らせてはいけない事項を理解した。

 きっと次はその辺で引っこ抜いた野菜だと逃げるだろう。

 








 アルは追われていた。

 空飛ぶ黒いあれである。

「コウモリ!の餌付けっ くそ」

 ルークとははぐれた。

 姫ともはぐれた。

 コウモリは騎士を追いたてる。

 騎士なら無差別みたいだった。

「親父! 果物全部くれ」

 店の親父は居なかった。蟹を取りに行ったらしい。

 不用心だ。

 だがしかし。

 店頭の果物を小さく切り分け道に投げる。

 コウモリは果物に群がっている。

 果物の補充をしながら、大きな一匹を捕獲する。

 確かルークが聖霊を落としていた個体だ。

「何だっけ。火炙り?」

 ビクッとコウモリが腕の中で反応する。

「違うな。ええと、ネズミだっけ?」

 手から果物の欠片を食べるコウモリを見ながら、せっせと道にもまく。

 ほどなくしてコウモリは満腹になった。

 だがしかし、ミッションは継続中だった。

「あんた、誰だい」

 店の親父が蟹を抱えて帰って来たからだ。






 街は大騒ぎだった。

 蟹の取り放題。とはいえ、取りに行かぬ者も多い。

 巨大蟹が混ざっていたらしく、討伐に騎士が駆り出されたと聞いた。

 ドレスをひるがえして、呑気に歩く少女を観察していた。

 透明なギルド証とは別に胸元を飾るペンダントが揺れている。

 自分と同じぐらいの年齢だと思う。多少したかもしれないが裕福なお嬢様。

 ネックレスを引っ掻けて簡単だ。

 パーツをばらして売れば大丈夫。きっと何処かで落としたと思って探さないかもしれない。

「フンフンフン。ドラゴンは蜘蛛が大嫌い」

 変な鼻唄を歌っている。

 ちょろい!

 すれ違った瞬間、何故か地面に伏せられていた。

「ルーク、ダメよ。それは彼女のものよ」

 左腕は背中でネジあげられている。右手にはネックレス。

「ルーク」

 従者がいたらしい。見落としていた自分に苛立つ。

 護衛が居て当たり前だ。

「女の子に乱暴してはダメよ」

 従者は舌打ちして緩めてくれた。

「ものは相談なのですが、洋服を取り替えてもらえませんか」

「は?」

 返事をしたのは従者だ。

「これとても目立つから、取り替えて貰うのよ」

 ドレスと庶民のスカートを従者は交互に見る。

 普通、やらせないよね。そんなこと。

 が、従者は渋い顔をして「目立つ」と数回呟き納得したようだった。

「依頼内容は洋服を取り替えて、代わりに逃げてくれると助かるわ」

「どのぐらい逃げれば?」

 内容によってすっぱり断ろうと身構えると、お嬢様はにこにこ笑い

「塀を飛び越えて、お茶している人に捕まるまでよ」

「……つまり捕まるまで逃げろって?」

 逆に考えたら直ぐ捕まっても大丈夫だと思われる。

「うん。そこの塀飛び越えてお茶していたら捕まってもいいわよ」

 指差すのは普通の塀。

「はあ。良いけど」

「じゃあお着替えね」

 お嬢様は道の真ん中で着替えようとした。

「ちょっ、フィル」

 従者が声をあげる。

「ここで着替えるつもりですか」

「ええ、そうよ」

「彼女もここで裸にするつもりですか」

 うん? お嬢様が裸には良いのか?

 ふと周りを見回し、追手がそこらにいることがわかった。

 目のやり場に困ったらしい追手が建物の影にいる。

 あれ?

 護衛じゃない。追手?

「わかったわ。じゃあ着替える場所、何処かで」

 既に追手が来ている。二人はもう逃げているらしかった。

 既に逃げている?

 二人を観察する。

 知り合いの店の二階の一室を借りて着替える。

 従者は窓から外を頻りに見ている。

 お嬢様の方はさっさとドレスを脱ぎ、小物類も外していた。

「ねえ、彼と逃げてるの?」

 こっそり聞くと、微笑み返された。

 さすがお嬢様。服を取り替えて、髪型もそれらしくまとめると遠目に勘違いしてくれそうだ。

「じゃあね。マーガレット。塀を越えたおじいさまによろしく」

 いつ名前を教えたっけ? と思ったが気にしない。

 路地を従者と歩く

「お嬢様と離れていいの?」

「俺が突然いなくなったら変だから。君は隙を見て俺から離れて」

「ねえ、駆け落ち?」

 ズバリ質問すると、ごふっと従者はむせた。

「……お茶している人はラインハートって人だから、頼まれたって直ぐ話して下さい」

「ああ、直ぐ話して良いんだ?」

「構いません。ついでにコウモリでも投げつけて、ネズミは暖炉にくべてください」

「ネズミが出る牢屋があるの?」

 抜け出すのが大変そうだ。

「なんならネズミも投げつけて下さい」

 この従者は投げつけられた事がありそうだ。

「わかったわ。じゃあちょっとお花摘みしてくるわ」

 別れる合図。

 路地裏を何度か曲がり、走り出す。

 追手が直ぐに見え隠れする。

 従者にも見張りがついていて逃げ切れたか心配になる。

 でもまあ、あっちが捕まればこっちの追手が緩くなるだろうから気にしない。

 塀を越えて……。

 ドレスで塀を越えるお姫様って何処の令嬢よ?

 途中、陸蟹を拾った。

 どうやら陸蟹騒ぎも治まって来たらしい。

 そして気がつく。

 ぐるっと回って、最初の地点に戻ったみたいだった。

 ハァハァと肩で息をしながら、軒下に何故かコウモリが成ってるのを見る。

「コウモリは投げる。ネズミが暖炉。蟹は鍋よね」

 蟹は晩御飯に食べようと心に誓う。

 ふと、そこの壁を見上げ笑う。

 そもそもお茶してる時間帯ではない。

 別れた時刻ならお茶していたかもしれないけれど。

「コウモリは投げる」

 捕まえて後ろの追手に投げると、他のコウモリが一斉に攻撃を始めた。

「なるほど。こう使うのね」

 それからそこの壁をひらりと飛び越える。

「お茶しているおじいさまがいればミッションクリアよ」

 高らかに宣言し、指を指した先にはテーブルがあった。

 座っている人と目が合う。

 傍らにお茶を注いでいる執事がいた。

「こんばんは、お嬢さん。一緒にお茶を如何かな」

 紳士はにっこりと微笑んだ。

 私はそこで失敗に気づく。

 コウモリは此処で使うべきだったのだ。






 世界は壊れていた。荒野が一面に広がっていた。

 それは何時もの夢だ。

 破壊された荒野。

 生き物のいない世界。

 竜が暴れた世界。

 何もない世界。

「どうして……」

 こうならないように頑張った筈だ。

 なのにどうしてーー。

 何処で間違えた?

 わからない。

 巨大な黒い影が暴れている。

 何もかも棄てて来た。

「なるほど、ペンペン草も生き残らない」

 いつの間にか横に娘がいる。

「食欲旺盛ね。お前の羊」

 羊? と見上げれば 羊がノシノシ歩いていた。

「ダメよ。寝る前に寝れないからって数えたら、こうやって食べ散らかすんだから」

 羊が増えている。

「フフ、番犬が必要よ。……ねえ、ブランヴァイス。犬は?」

 ぞくりと名前を呼ばれた得体も知れぬ感覚が走る。

「羊。美味しそうね」

 羊がビクンと身構える。

「さあお父様! 羊を捕まえて!」

 黒い影が動く。

 羊が追われて逃げ惑っている。

「!」

 羊に踏みつけられ、その上を影が追いかけていく。

 焔を吐いた。

「まあ!」

 少女は歓声を上げる。

「炎はダメよ! 消し炭になっちゃうでしょ」

 黒焦げは嫌らしい。

「ブラン、今度皆で羊狩りに行きましょうね。そなたの息子達が犬を慣らしてたわよ」

 少女が歌う。

 羊の肉は美味しいかもしれない

 猫シチュウは禁止

 犬鍋はNG

 蛇酒は凍りつく

 鹿肉は極上

 魚は網で

 目覚めは最悪だ。

 天井にコウモリが停まっている。

 枕元にウサギが毛繕いしている。

 寝具から降りようとして固まる。

 床は陸蟹が引き敷められていた。

「……なるほど」

 起きる瞬間、蟹は食べ放題の詩を聞いていたかもしれない。

 深いため息を、ブランヴァイスは吐いた。






「で、ギルドは蟹に大変だったんだね」

 白を前に二人は神妙に座っている。

「ついでに、育ちすぎた巨大蟹の討伐に蒼が出てくださったのですか」

 視線が動く度に、まんじりと汗をかく。

「それで?」

 優雅に足を組み、ゆったりとした動作で指を組む。

「旅の竜が消えた。姫も」

 冷ややかな口調に、二人は冷水を浴びせられた方がましだと思う。

 白と向かい合わせで座る羽目になった二人は、自分達こそ追試の真っ只中に居ることを理解した。

「ソロソロ私も参戦を許されるはずだった。その矢先にか」

 アルが帰って来ていると報告をまさかと思った。

 言えば言うほど、アルは戻って来なかった。

 様子を見に行けば、学校で 犬と戯れていた。

 だから番犬。夢の少女はあの犬のことを言ったのだ。

 息子と戯れていた。

 馬は嫌がったが、少女の横を歩かせた。

 視線だけで、馬は怯えた。

 なのに、嬉々として荷運びをしてきた。

 姫は自分から側に来て、猪を置いていった。

「羊」

 夢で羊が食べたいと言った。

 犬に番をさせると。

「羊?」

「羊を集めよう。番犬と共に」

 白が大真面目に言う。

 部屋を出ていくのを見送り、二人は顔を見合わせる。

 てっきりネチネチと追い詰められるかと思った。

「羊……食べられるようになったのか?」

「さあ? 子供の時に蹴られて以来ダメだったんじゃ?」

 白の唯一の弱点。

 子供の時のコンプレックス。

「で、何があったんだ?」

 ローレンは確信をラインハートに投げ掛ける。

「我が君は、身代わりを置いていった」

「……ああ、人手不足と嘆いていたな」

 基本道楽で、使用人募集に面接までこぎ着ける強者は少ない。

 その上、養子縁組をさせて学校に入れ、合った仕事を紹介する。

「違う。本当の娘を身代わりに置いていった」

 ローレンは首を捻り、ああ と思い出す。

「そういえば、ニ十年ぐらい前に家出した娘がいたな」

「駆け落ちしたんだ」

「そうそう、若気の至りで許してやれなかったんだっけ」

 娘は優秀な男を選んだ。お陰で、追手はことごとく無駄に終わり娘は消えた。

「彼女は姫に着せたドレスで、塀を乗り越えてきた。娘にそっくりだった」

 身代わりの娘は言う。

「あの子は好きな人と一緒にいるの。許してあげて」

 我が君と旅の竜が恋仲だった? 違うような気がするが。

「私のお母さんは許してもらえなくて、それだけが心残りだったの」

 娘は蟹スープを作った。

「これはおじいちゃんの好きだったスープだって、お母さんがよく作ってくれたの」

 コウモリスープより数百倍旨い。

 娘はコウモリを追い出し、ネズミを暖炉に投げ入れた。

「本当の娘は?」

 ローレンは結構シビアだった。





「フンフンフン。ねえルーク。火蜥蜴って見たことある?」

「いや」

 城への道がいつの間にか、蜘蛛の地を抜け辺境に入っていた。

 あり得ない。蜘蛛の地のはずが緑溢れる大地になっていた。

 蜘蛛とも遭遇しない。

「運が良いとドラゴンに会えるわよ。もう彼の縄張りだから」

 辺境の地は、本当の竜部隊が配属される。

 城に姫が入れば、一度は呼び出されるであろう。竜部隊。

「ねえ、ドラゴンは白いのと黒いのとどっちが素敵かしら」

「知りません」

 見たくないと本気でルークは思う。

 白竜と黒竜が並ぶ所など嫌すぎた。

「あ、ドラゴン!」

 少女が指差した方を見れば影が動く。

 直ぐに揺らめき消えてしまった。

 そこで気が付く。

 次界が違う。

「火蜥蜴を見に行くのですか」

「うん。雷獣もね」

 雷獣の生育地まで行く決定事項に気が遠くなる。

「境界まで行くとか言わないでくださいよ」

「……あの先に何があるか知っている?」

「砂漠で地の果てでしょう?」

 何もない地。そう習った。

「ふふ、蜘蛛を放ち火蜥蜴を育て雷獣を並べて人が行かないようにしたのよ。砂漠にはサソリが待ち構えている。そんなところ抜けていける人は居ないわ」

「何があるのですか」

 なぜ知っているのですか

 行ったことがあるのですか

 色々聞いてみたいことはあった。

「只の墓場よ」

 そこは死の世界。

 只の終わった世界。

 破壊された世界。

 瓦礫の世界。

 終焉の竜の墓場。

「火蜥蜴よ」

 揺らめく黒い影。

 ルークが身構えた横でニューと少女の手が延びる。

 手の中にジタバタしている蜥蜴がいた。

 影は大きかったはずだが手の中には小さな蜥蜴。

「さて、雷獣からアルを回収して戻りましょう」

 アルは白竜から逃げ切れなかったらしい。

 ミッション失敗して犬と一緒に捕獲されたらしい。

 そして羊の檻でふて寝して気がつけば雷獣の巣にいた。

 アルはほどなく雷獣を手なずけ、少女と合流した。

 手懐ける時に羊を捧げたらしい。

「あたしの羊は?」

 姫の一言に凍りついたのは、アルと雷獣達だった。

 一番怖いのは、腹を空かせた娘である。

 雷獣は危うく鍋に放り込まれるのをアルの背に隠れやり過ごす。

 アルは陸蟹を持っていた。

 晩御飯は蟹食べ放題。

 なんとかミッションは終わりそうだった。



 




 


 



 

 



 






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