4 白馬の騎士
少年はギルドの雑用係だった。ランクもまあ低く生活費を稼ぐのに依頼だけではやっていけなかったのもある。
だが近隣の地形、薬草やとれる獲物に魔物等を割りと地道に勉強した結果 本当の初心者にそれとなく安全な場所や簡単な身の守り方等を教える雑用をしていた。
ギルドも新入りがコロコロ死んだり、大怪我で離脱されるのは問題だった。ある程度の安全策を教え、その先に素質ある無しを判断した。状況によっては別のグループに紹介して、育成を促したりと新人には優遇期間がある。
しかし、俺は凄いという勘違い新入りに 熟練の指導員をつけると拒絶してきたりする輩が多かった。対策として同じぐらいの世代で、前にこんなことがあってヤバかったとか ここいらでこんなのを取ったとか 雑談混じりに情報を伝える役目を仕事とする少年をギルドは雇っていた。
最初からギルドで一緒に行きませんかと誘ったり、現地で遭遇を演じたり まあ放っていても大丈夫そうなのにはそうギルドに報告をした。
問題なのは忠告を本気にとらずに 爆走するバカだ。そんなのは直ぐ死ぬけれど親や親戚が怒鳴り込んで来たりする。自業自得なのにとは大っぴらに言えないのでギルドでは新入りに数度にわたり忠告をした事実として指導員が数度付いていたと記録は残す。
依頼掲示板を見ている少女をずっと観察していた。少女は入ってきた時から異質だった。
何せ凄いドレスだったからだ。今からそんな衣装でどこいくのだよと、突っ込みたい。
かかわり合うのはちょっとと遠慮したいのに、ギルドのカウンターの職員が指示が来る。
仕事の指示。あんなのを護衛するのかと、うんざりしながら それとなく横にたつ。
手元に持っている依頼用紙を盗み見て、何を獲物にしようとしているのか把握する。
薬草集め、魚集め。
まあ、今時そんなのしかないのだが。後は街の中での雑用だから。
「こんにちは」
目が合うと、少女は微笑んで会釈した。
「こ、こんにちは。薬草摘みですか?」
まずは、接触。知り合いになる。
「ええ、ついでに魚も」
「魚? 結構難しいよ」
そう一人では難しい。だから見た目は高い報酬額がかかれていたりする。
「ええ、知ってるわ。大丈夫よ」
うん。最初は誰でもそう言う。
くるっとカウンターに向かい、紙を出す。
「グレイ」
カウンターから呼ばれる。側にいくと狸親父が微笑む。
「この子に魚の捕獲方法教えてやってほしいのだがお願いできるかな」
うん。この子? 魚を獲るにはもう少し人数がいる。
「分かったわ」
彼女が返事をしている。どうやら教わるのは自分らしいと、グレイは心の中でため息をついた。
きっと何処かのご令嬢で、わがまま放題。適当についた家庭教師にでも素晴らしいとかおだてられて来たのだろう。
「お、お願いします」
これで同行しても問題ないわけだ。
困った時には、捕獲方法の本を出して これにはこうかいてあるけどと教えるのが仕事になる。
「ええと、獲物を入れる袋とかあるわね」
彼女はチラッと少年の装備を確認して微笑む。
「行きましょう」
横を歩きながら、観察する。
「あの、その靴で行くのですか」
「大丈夫よ。汚さないから」
「はあ、そうですか」
走れそうにないけど、滅多に遭遇しないけど万が一逃げることになったら困るのですが。
そして、ふと振り返り騎士と目があった。
あれ? とよく見れば 騎士が多い。
見てる。あれらが護衛についている?
あり得ない。
変な汗が出る。
気が付くと、横を馬が並んでいた。人が乗っている。騎士だ。
ゴクンと唾を飲み込んだ。
知っている。
白いマントが風になびいている。
白騎士団。
白い装備が特徴のーー。
彼女がチラリと馬を見る。
馬がビクッとしたように見えた。気のせいだと思うけど。
馬は速度を落とし、横から居なくなった。
「ええと、俺はグレイ。君はーー」
「ああ、ごめんなさい。私はフィルよ」
「ええと、川の側で薬草も採れるんだよね」
「ええ、水辺にあるわよ」
採れる場所も把握は出来ているらしい。まあそれぐらいは教えておくだろう。家庭教師も。
「魚はどうやって取るんですか」
「呼べば来るわよ」
彼女は不思議な事を言った。
理解できません。
誰かを呼ぶのか。
街を出て草原を少しいくと川に出る。
「ええと 危ないと思ったら叫んでくださいね」
「大丈夫よ。変なのは居ないわ」
いや、希に出てくるから。普通は先に奥地にいくグループに討伐されてこんな場所まで来ないけど。
「先に薬草摘みでいい? 手分けした方がいいわよね」
そう言うと、鼻唄混じりに離れていく。
虫にでも驚いて叫んでくれるとやりやすいので、多少離れて薬草を探す。
彼女は変だった。
「ポポイ草10、レム草3、エリクッサーは10」
おかしい。エリクッサーが何故か10も見つけてきた。
群生地があったのか。いや、あっても根こそぎ取ってはダメだろう。
「あの、薬草は株を少し残さないと」
「そこの足元の、エリクッサーよ」
ガバッと四つん這いになると、あった。
気づかず踏んでいた。
「根で増えるから、割りと側で見つかるのよ。これは花」
ぐるりと回りの地形を覚える。
後で来たときに見つけれるように記憶。
「魚ね」
おかしい。川辺で彼女は布を広げて
「ギュウタ」
ビチビチ。
「コウイ」
ビチビチ。
魚の名前を呼ぶ。
ビチビチと陸に飛び込んでくるのは魚。
どこの達人が出来るのだろう?
無理だ。
布の上に魚が飛び出してくる。
「ええと、俺がいつもしてるのは、投げ網だけど」
数度投げ網を投げるのを見て、彼女は目を輝かせる。
「やってみてもいい?」
彼女は意図も簡単に網を投げ入れた。綺麗に拡げるのは難しい筈なのに。
「いっぱい捕れるのね」
引き上げた網にはミッチリ気持ち悪いほど魚が詰まっていた。
俺は才能がない?
何か凹む。
凹んでいるまに、彼女は魚を選別して小さいのは逃がし 大きいのだけを布で包んだ。
「この馬、何処から」
気が付くと立派な馬が横にいた。
彼女はにっこり笑い、「荷物運び手伝ってくれるって」と荷物を括っている。
立派な馬。立派な鞍。
気のせいか見たことがあるような?
「猪よ」
言うなり彼女は駆け出した。
彼女に追い付いたとき、猪は捕獲されていた。
ドレスに汚れはない。
怪我もない。
猪も馬の背に縛り街へ戻る。
ギルドのカウンターで魚を広げる。
よく見たら凍っていた。
魚の鮮度は大切だ。
馬はギルドの外の馬止めに繋いで来たが、飼い主に戻せるだろうかと思案する。
職員に相談すれば探してくれるかもしれない。
「グレイ。おかずに食べてね」
包みの一つを彼女が渡してくる。
「え、いや、捕ったの君だし」
「網があったから沢山捕れたのよ。網で捕れた分の山分け」
小さい袋はお金を入れていくーー。
「ダメだよ。君が捕ったんだし」
「山分けだから平気。また教えてね」
優雅に猪を引きずって、部屋のすみに行く。
そのときになってから、相手に気が付いた。確かにいたはずだ。ずっと。
なのに認識していなかった。
「ブラン、みんなで分けて食べて。馬をありがとう」
白騎士は少し驚き、渡された猪と少女を交互に見る。
「狩りまでしてたのですか。馬は迷子になっていただけです。私を振り落として何処かへ行ってしまったんですよ。見つけて連れてきてくれたのですか。……ありがとうございます」
彼女が外に出ていくのを見送り、少年は素早く白騎士に声をかけた。
「あの、白団長様」
ギルドに騎士は時々来る。でも団長クラスが来ることは絶対ない。普通は。
「魚って名前を呼んだら、陸に逃げてくるのですか?」
騎士は狩りの方法を聞いて、苦笑いをした。
「多分誰も真似できない」
そう、当たり前の事を当たり前に言い
「君は網で捕獲した方が良い」
と、付け加えた。
外の出ると彼女が吟ってた。
馬を称える歌だ。
馬は体格もよく力も強く足も早く体力もあった。
立派な騎士に見出だされ、重い鎧を着た主をのせて 時に魔獣討伐に野を山を駆け抜けた。
時に戦場に赴き、誰よりも早く主を運ぶ。
馬は利口だった。勇敢な優しい主が誇りだった。
ある日、主は怪我を負い 馬は敵の包囲網を突破し主を守った。
でも馬も怪我を負う。
馬はもう前のように走れなかった。
普通の体力の馬だった。
馬は売られ、主は別の馬に乗っていってしまった。
馬は色々な主に買われる。
お屋敷の馬車引きをした事もある。商隊の荷馬車を引いたり、盗賊に使われたりもした。
そして最後に行き着いたのは、貧しい農家の畑だった。
畑を耕して歩く。
村全部の畑を順番に耕し、主はすごく喜んだ。
村から町へ荷物も運ぶ。
主は馬を大切に扱ってくれた。
でもある年の冬、冷害で不作の村は決断する。
馬は食べられた。
でも村は餓死者を出すことはなくのりきり、馬は主が生き残った事を喜んだ。
そんな歌だ。
食べられて喜ぶ変な歌だと少年は首を捻った。
気がつけば、白騎士団がギルド前の広場で焚き火をおこしていた。
そんな場所で焚き火をして良いのか謎である。
が、誰も注意しないので多分良いのだろう。
白団長様は猪を捌いて、焼き出す。
よく見れば、一緒に魚も焼かれている。
「あの唄の意味がわかるかい」
ギルドの狸親父が横に来ていた。
「立派な主を見つけろと言う歌ですか」
「違うな。馬は君だよ」
馬が人?
騎士に仕えた。身の回りの事をする騎士と共に行く。
怪我をしたら働けない。
だから、街のなかで働くことにしたのだろう。
でも転々と職を変えたら。
途中で盗賊にもなった?
最後は村で畑仕事?
惨めな負け組だったのだろうか。
「部下に治らない怪我を負わせるようなバカに仕えるなという教訓だ」
狸親父はそう言うと、焚き火に混ざっている。
「耳が痛いな。自分を救った者を解雇して知らん顔か」
見かける冒険家の一人が呟く。でも怪我をしたら使えない仲間がいたら仕事に影響が出る。
唄う。
吟う。
詠う。
歌姫はそこらにいる。
でも大抵は 騎士や姫や勇者の歌だ。
しかし。
シュールだ。
白騎士団が焚き火をして猪を食べている。
騎士ではなく、馬を讃えている詩を紡ぐ娘。騎士の前で、騎士の非情を奏でる。
「だから、次は私を乗せなさいよ。ブランカ」
荷物を運ばせた馬にそう言い、首筋をペシペシする。
思いだした。
その馬は、朝に横を並走して白団長を乗せていた。
「もう、いいもん。竜に乗せて貰うから」
どうやら馬に断られたらしい。
歌の報酬は魚一匹位は集まってるみたいだった。
「じゃあね、グレイ。今日はありがとう」
白騎士団を無視して、彼女は少年に手を振ると歩いていった。
怖い。
視線が集まっている。
「彼は何故学校にいってないのだ」
「家計を稼がないとダメだからだ」
「そうか」
その日の午後、少年は本職の騎士にミッチリ剣の指導を受けた。
その後、定期的に連れ出され色々と教えられることになる。
彼女が時おりギルドにやって来ては、騎士が教えた斜め上を行く方法で狩りをする。
その度に少年は才能がないと凹む。
彼女が来る度に、街に別色の騎士団があらわれる。
きっと騎士は暇なんだ。
ギルドの前で彼女が唱う。
蛇の歌だったり、蛙の歌だったり。
クモやネズミやコウモリや、置いていかれた狼の話だったり。
時に竜よりは小さいニ本足のワイバーンだったり、地の果ての雷獣だったり。
騎士は出てこない。竜も出て来ない。
その頃になって、騎士が彼女には話しかけられないのだとなんとなく把握していた。
騎士の馬には彼女は話しかける。
でも騎士には話さない。
胃が痛いです。
ギルドの奥で狸親父が謀略を囁く。
ネズミが廊下をノシノシ歩いている。
コウモリが天井に張り付き、水路の蛙がでっぷりと鳴く。
恐いです。
黒い固まりに追われて、罪人が泣きついてきます。
お陰で、人さらいはいなくなりました。
スリとかかっぱらいとかは相変わらずいるけれど。
人買いが街に入る事はなくなりました。
怖いです。
蛾の壁が時々うねってます。
二度と騎士の事を彼女に聞かないでおこうと、心に決めます。
煮詰まった騎士の回りに、一瞬でカマキリの大群とか、コオロギの大群とか、ムカデの大群とかができるのは気のせいです。
ええ、何も見ていません。
ウサギの大群とかキツネの大群とか猪の大群とかが ゴワーと溢れてくるところとか見ていません。
ひきつった騎士に遭遇などしていません。
気のせいです。
だから白騎士団長様の馬が時々逃げて、団長様が凹んでいたりする姿も知りません。
彼女をストーカーしてるのが白騎士団長様の馬とか、気のせいです。
気のせいです。
彼女の捌いているのが、■■とか ●●とか 炊かれているのが▲▲とか。
誰か助けてください。
騎士様が煮詰まったのが良くわかりました。
気のせいです。
雑草より薬草が多く生えてるのは。
妙に花盛りなのは。
きっと。
季節外れの実がなってたりするのも。
彼女がお腹減ったと言う度に、獲物が勝手に木に追突して手に入ったり、空から落ちてきたり。
なんとなく見たら巨大な蛇が彼女を見守っていたり。
胃が痛いです。
ため息を付いていたら、少し先でもため息をついている騎士が居ました。
お互い見なかったことにします。
ええ、元気なのは馬と彼女だけです。
狸親父がネズミと話していたり、もうボケたのかと悩みました。
白団長様がコウモリを背中に背負っていたりしたのも気のせいでしょう。
憧れの騎士が実はかなり普通の人と変わらないのだと理解できた。
「ちょっとローレン! 私の休みリークしてたわね!」
狸親父が叱られていた。
笑いたいのをこらえて肩を震わしていると、あちらこちらで同じように肩を震わしていると人がいる。
あれもただの親父だったらしい。
少女に追い詰められている。
かわいい親父だ。
ネズミが背中にへばりついているけれど。
気にしない。
うん。
何も見ていません。
気のせいです。
世界はとても楽しくて笑えます。