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竜王の魄~  作者: さくら
2/11

旅の竜

 ふわふわと淡い光が足元を照らすように飛び交う。小さい発光しているのは光虫。人の周りを飛び交って少し先の道まで照らしてくれる。虫みたいだから光虫と呼んでいるが捕まえた事はない。

 多分誰も捕まえられないと思う。葉に止まっているのをどんなに観察しても本体が見えないからだ。触ろうと手を伸ぱばすと、スルリとすり抜けてパッと消えてしまったりする。

 陽はすっかり暮れてしまい光虫以外は真っ暗闇だ。まあ月と星が見えているのが多少気休めにはなった。振り返れば遠くに街の灯りが見える。

 ただ心残りは、余った料理。空腹は継続中である。

 ほぼ身一つで放り出されたが、元々私物などなかったから持ち物の抗議など出来なかった。

 単純な建て前は、身寄りのない娘を世話してあげていたである。いつどんな理由で追い出されても、まだ次の仕事場に引き渡されなかっただけましだと思う。多分追い出す理由を探していたのだ。誰かが辞めれば誰かが雇われる。

 まあ色々理由はあるのだとも思う。役立たずを追い出すのは当たり前の事だ。

 ぎゅるる

 陽のあるうちに優先したのが移動だった。出来るだけ遠くへ。

 そうしてる間に 人里は離れ林を抜けてと思えば どうやら森に迷い込んでいたらしい。

 とりあえず野宿は決定。

「……お前たちでは、お腹膨れないわ」

 道を教えてくれている光虫に話しかけて見る。返事は期待していない。

 相槌はお腹の音である。

「ご飯、ご飯……」

 道すがら拾った木の実と何かの果実は速攻食べた。火を通した方がいい茸はポケットの中だ。

「それは薬草だけど、うーん」

 光虫が集っている葉っぱをつついて少し迷う。

「……そうね、貰っとくわ」

 プチプチと3枚ほどちぎって持つ。

「ありがと」

 陽が暮れて、彼らが舞うようになってからの方が食べ物にありつける。彼らが食べられる物に集まって教えてくれるからだ。

「薬草は怪我したときに必要だし、誰かに売っても良いもんね」

 自分にまぎらわすように呟く。

 遠くで獣の目が光っているが 気にはしない。

 危険な獣が側に居れば、光虫が消えるからだ。不思議な生き物だ。

 光虫に追いたてられて、目の前に蛙が飛び出してくる。それをひょいっと捕まえ じたばたしているのを見る。

「生き餌 ……生じゃあダメね。焼かなきゃ」

 続けて、飛び出して来た蛇もひょいっとキャッチする。

「皮は、ベルトかしら」

 蛇がうねうねしているが、別に気にしない。

 肉である。焼いたり煮れば十分お腹にたまる。多分。

 ぼふっと何かに追突した。飛び出してくる足元ばかり気にしていたから、前方不注意である。

「ごめんなさい」

 反射的に答えて、視線の先に理解できたのが 見下ろす瞳だった。

 どうやら小山のような生き物の背中に突っ込んだ。いくらなんでも、これを捕まえるのは骨がおれそうだと思う。

 小山はふりかえて、少女を見下ろしている。

 真っ黒な小山は直ぐに興味を無くしたように、背中を見せた。

 その背中に羽がある。尻尾もある。

 光虫が普通に飛び交っている。なら、安全な獣。

 でも、見たことのない獣。こんなに大きいのは要らない。

 食べきれないし。

「あの、少しお肉 分けてほしいの」

 知らない獣の足元には、お肉があった。鹿である。

 ぎゅるるとお腹が鳴る。

「お願いーー」

 獣は獲物の鹿の足をもぎ取り、差し出した。

 握った手の中の生き餌がうにょうにょする。

 ちょっと視線を外した途端に、小山は消し飛んでいた。

「あ」

 真っ暗な空。黒い小山は闇に溶けて何も見えなかった。





 ふと気がつくと 自分は毛布にくるまれていた。

 目の前には 焚き火が明々と燃えている。

 その横には、へっぽこ見習い劇団員が焚き火に木の枝を刺していた。

 焚き火の中央には、鹿肉が焼かれている。しかしどうやら寝ていたらしいのに、しっかり捕まえた蛙と蛇を逃がすことなく手の中に握られていた。

「起きたのか、俺はルークだ」

 気が付いて直ぐに目があった。そして自己紹介の会話である。

「私はフィルよ」

 馬が二頭茂みの横にいた。きれいな毛並み、手入れされている。大切にされている。

「私、どうして? え? 寝てた? 何時から」

 その辺りがあまり覚えていない。

「……そこで行き倒れていた」

 指を指しながら、どこかあきらめた表情な見習い劇団員。

「行き倒れ……助けてくれてありがとう」

 どうやら無茶な行進で、途中からもうろうとしていたらしい。そして行き倒れの上 夢と記憶が混ざったらしい。

「きのこ焼いても良い? ついでに蛇と蛙もーー」

「え?」

 言いかけ途中で聞き返された。そりゃ一応乙女の口からとんでもない発言が出掛けたら驚くだろう。

「ええと、君の鹿肉があるから それは焼かなくても大丈夫と思うよ?」

 む。確かに焚き火に立派な鹿が焼かれている。とても美味しそう。

 量的にも、何人かで食べれそうだ。が、しかし

「……そちらは何人ですか」

 人数確認しておかないと大変というか。

「あれ? もしかして 失敗して劇団追い出されでもした?」

 普通の劇団ならもっとそれなりの人数で移動しているはずである。

 馬は二頭。馬車はなし。というか、歩いていた道は馬車は通れない幅なのだ。

「劇団?」

「へっぽこでも それだけきれいならそうそう追い出されないと思ったのだけど、やっぱり追い出された?」

 世界は何処でも弱肉強食。

「ああ、あの後 広間で適当に女捕まえて、アルと取り合ったら 彼女の恋人が求婚して終了。彼女の御両親から感謝された」

「上手くいったのに、追い出されたの?」

「……やはり誤解しているみたいだが」

 相手の視線が握られた手にいっているのに気が付く。蛇と蛙。うねうねして 動いているのでどうしても目が行くのは仕方がない。それに鹿があるなら必要ない食糧である。

 すくっと立ち上がり、ブンと蛙を茂みの向こうに投げる。

「うわあぁぁっ!」

 茂みの向こうから叫び声を上げて飛び出してきたのは、金髪の青年だった。

「ルーク! 蛙のお化けだよ! 奴らとうとう空も飛び出しーーた」

 目が合い なんとも気まずい沈黙が 辺りを包み込む。

「そうか、で? 薪は?」

「うぉ!?」

 どう見ても年上っぽいのだが、何処か変である。

 空飛ぶ蛙に驚いて、集めた枝を放り出して来たらしい。

 びくびくしながら、茂みの向こうに拾いに行く姿は可愛い。

 とりあえずフィルが投げた蛙だとは思っていないらしい。いや、わざと彼のいる場所に投げたわけでないので不可抗力である。

 なので、今のうちに乙女が持っているとやばいもう一方の蛇を無かった事にすべくひょいっと放り投げた。

「あ……」

「!」

 蛇は枝に引っ掛かって、落下した。そう狙ったように火の番をしていた少年の上に。

 少年は音もなく瞬時に逃げた。

「のわっ」

 逃げた先には 枝をたんまり抱えた青年がいた。

「ルーク?」

 枝を放り投げて少年の身体を受け止める。

 そのまま一緒に転がらなかったのは体格差もあったが、鍛えられた柔軟なバランス感覚もあった。

「ごめん、なんでもない」

「ん? ああ、蛇か」

 ルークの座っていた所には、立派な蛇が陣取っていた。それをチラ見してなんでもなかったように枝を拾い出す。

 どうやらお互い苦手な物を把握できていたらしい。

「ごめんなさい。あっちに投げようとしたのよ。あなたを狙った訳じゃないの」

「大丈夫だ。枝にひかかって落下した」

「ん? 蛇も空飛んだのか?」

「手がないから枝につかまってられなくて落ちてきた」

「手の生えた蛇 グロいぞ」

「そのうち生えるかもな。何せ飛ぶ蛙が出たんだろう?」

「言うな。どちらも御免だ」

 手慣れたように鹿肉を薄く切り分け葉っぱの皿に並べる。それを適当につつき合い会話は未知なる生き物の話。

 どちらも私が投げた生き物だ。もっとも、普通の生き物だ。

 飛行したりしない。

「あ、塩あるぞ」

 途中から塩を振り掛け、味が引き締まる。一層美味しい。

「それはそうと、このまま竜王都に行きますよね? 我が君」

 唐突に核心が振られる。

「我が君じゃないわ。フィルよ。……二人は王都に戻るの?」

「そのつもりですが」

「地元でも 竜王の姫君は人気なの? そこいらに本物の騎士が居るのに?」

 微妙な空気が流れる。

「君はやはり勘違いをしている」

「はいはい、騎士様。私は途中の町でも村でも仕事が有れば住み着くわ」

「あの、我が……」

 じろりと睨み、横の蛙に手を伸ばす。蛙は何故か戻って来ていた。

「なあに? 騎士様。もう一度 飛ぶ蛙に会ってみる?」

「いえ、あの、何でそれそこに居るんですか」

「さあ? 何度か飛んだら羽が生えるんじゃ?」

 実際、何故 横に控えていたのか謎である。が、蛇も横に居る。

「そんな進化の瞬間に立ち会いたくありません」

「じゃあ、蛇が手が生えるかやってみる?」

 ルークはもうすでに蛇と睨み合っている。

「つまり仕事が見つからなければ、王都まで行くと?」

「そうね。そうなるわ。あなた達の劇には出ないわよ」

 住み込みで雇ってもらわないと家無しでしばらく過ごさなければならなくなる。

 結局、立ち寄った町や村で仕事は見つからなかった。

 最初は彼等が手を回したのかもと思って見たが力仕事の男の臨時雇いなら多少あるものの、流れてきた女の仕事があるわけない。

 まして身元も不明、紹介状もない娘だ。

 それに彼等はとても働き者だった。あっという間に色々な雑用を片付ける。合間に街道の情報を仕入れる。

 あれが騎士だと言われれば、そうなのかもと思う。

 とはいえ、毎度女の子の人だかり。彼女たちの目が笑えない。

 ルークは女の子を完璧に無視するし、アルはそれなりの対応はしてもフィルが視界にはいると名を呼び手を振ってくる。

 時々蛙と蛇を投げつけて見たが、彼等は上手く逃げ回避を覚えたようだ。

 空飛ぶ蛙と騒いでいた可愛い姿を思い出す。もう慣れてしまったようでつまらない。

 もうすぐ目的地で、旅も終わるのだ。




「なんだか俺、嫌われてるか?」

 アルは焚き火を見ながらため息を付いた。女の子は大抵寄ってくる。

 それが彼女に関しては手を振っても無視するし、側にも来ないし 笑いもしない。

「俺にも同じ態度だと思うけど?」

 ルークにとって、どの女も彼女と同じ態度だ。アルが居れば問題ない。

 居ない時に、寄ってくる女の方が恐い。

「……どうも騙して連れて来ている気分なんだが?」

「王都まで行くと了解は取れている。後は城までどう連れていくかだ」

「それに 名乗りも失敗してるよな」

「台詞忘れていたからな」

「忘れるなよ」

 至高の相手。最初の遭遇は失敗だった。

 逃げられたのである。

 ダメ出しの後、場を取り成して そして彼女を探したら居なかった。追い出されたと言う。

 周辺を探し、見つけられなくて 報告だけでもしなければと 裏街道を飛ばしていたら道に倒れていた。

 あの時ほど焦った事は無かったかもしれない。

 行き倒れの腕の中には 見事な鹿脚と蛙と蛇。生きている蛙と蛇は自分達に投げ付けられるのだが、最初に情けない姿を晒したためか旅路は変な緊張は一切ない。

 あの姿を見られ、澄ました猫を被っている必要が無かったとも言える。

「つまり王都に入ってから逃げられないように注意が必要だと?」

「村や町なら探せなくもないが、王都で人探しなど無理だろう」

 娘一人紛れ込まれれば、見つけ出せないと推定できる。しかも彼女は馬小屋でも屋根があるところなら上機嫌で 野宿も別に気にもしない。食糧すら自分で調達してくるような野生児だ。

 彼女は自分達を必要としていない。

 必要としているのは自分達だ。

 見つけてしまっては、もう離れられない。彼女が見ている視線の先が気になり、話している村の子供にムカついたり。

 名を呼ばれては、ビリビリしてみたり 思いっきり不審な目が気持ちよかったり。

 そして彼女の望みを叶えるのが 第一の優先事項なのにも関わらず、現在 望んでいない場所にどう連れていくか悩んでいる。

「ところで、お前が見つけたんだから報告は任せた」

「は? あ、いや、ほぼ同時だし。年長者が報告してほしいのですが」

「何故に敬語。というより、俺は気が付かないで通りすぎたし」

「……俺は歌声にたまたま気がついただけだし。でなきゃ気が付かなかった」

 ルークはあの雑踏の中で たまたま聞き分けたメロディが聴いた覚えがあったからだ。

 音階を理解したとたん、それが誰の声なのか自然に探した。

「でもまあ、言い伝え通りだな。我が君の歌は全ての竜を従える」

「魅了の唄か」

「名を呼ばれるのは 至上の幸福」

 呼ばれて崩れ落ちた笑えるほどの幸せ。言い伝え通りに、見たら判る。聴けば解る。と授業中よくわからぬ回答しか得られなかった我が君の判別方法。

 聴いたとたんに、理解できた。

 見たとたんに、目が離せなくなった。

 そして不機嫌な少女はダメ出しを言い放ち 彼女の機嫌の矢面に立つ度胸もなく ふりだしに戻った。

 やり直す機会は与えられていない。

「……教本、何処にしまったかな」

「俺はもう捨てたぞ」

「台詞 思い出したんですか?」

「口説き台詞に 教本もないだろ」

「あれは口説き台詞なんですか?」

「他に何があるのだ?」

 優男と言うより アルの色男な発言にルークは彼女が睨む理由を理解できた。

 どちらかと言えば、この年上の青年には厳しい乙女。

 普段とは逆の扱いを受けた。

 でも。

 王都に入れば、山程の騎士に会うだろう。そのうちの誰かに 城へ誘うかもしれない。

 上手く誘われて 手の届かない所へ行ってしまう。

 多分それは当たり前な事だと思われる。

 騎士に上下関係はないのは建て前で、実際は色々なしがらみは多い。

「でも、まあ、城に来た方が幸せだろう」

 アルは遠くを見ながら言う。

「俺は真面目に聞いたことがある。もし見つけた我が君が幸せだったとき、それでも城に拉致るのかと」

 ルークは目を細めた。

「お前ならどうする? みつけたはいいが、裕福な商家の娘とか何不自由なく優雅な暮らしをしている貴族の娘とか、優秀な跡取り息子だった場合とか 十分そのままで幸せな刻を過ごせそうな方立った場合とか それでも連れていくか?」

「城に居れば 何不自由なく生きられる」

 ルークは抑揚のない声で答える。

「彼らは彼女を奴隷だと言った。その上、身一つで追い出した。そんな場所は幸せとは言えない。城にいる方が幸せになれるだろう」

 たとえ二度と知り合いに会えなくても。

 たとえ二度と過ごした地に行けなくても。

「暖かい寝床、飢えない食事、綺麗なドレス、望めば山ほどの贅沢を許される。彼女は城にいる方が幸せだ。アルは身一つで追い出されるような環境が幸せとか言わないよな」

「ルーク……」

 クスッとルークは笑う。

「我らの側にいる方が幸せだ。例え何処かの王太子だったとしても我等の王に成っていただく」

 我等の為に。

 竜王を探す目的。もう忘れ去られた闇を隠すために。

「我等の希望の為に」

 アルは側に眠る娘に視線を移し、「ああ」と相槌を打った。


「人が結構多い場所も有りますので、はぐれないで下さいね。我が君」

「お昼は王都名物の羊肉のパンプキンシチューを食べましょう」

 ニコニコこの上もなく怪しい笑顔の騎手二人を交互に見てから 二百%の笑顔で返す。

「王都名物? 絶対食べなきゃ。ウサギスープより美味しい?」

 ニコニコと食べ物にしか興味ありませんをアピールする。

 こいつらはバカだ。人が寝ている横で どうやって城まで拐うか吟味していたのだから。

 いや、アホの子? 多分貴重な可愛い子かも知れない。

「さすがに羊を旅の間には捕まえれなかったですからね。美味しいですよ」

「へえ~」

 旅の間、彼等は優秀な狩人だった。ウサギに鳥に魚に、時には鹿や牛を捕らえて胃袋を満足させた。

 そうでないと恐怖が待っていた。

 獲物が木の実や茸というハズレの日に 彼女はニコニコと茂みに数歩入って戻ってきた。

「十分よ! 煮込んでスープにしましょう」

 と、見ればいつの間にか手には 蛇と蛙が握られていた。

 蛇のぶつ切りスープに蛙のコンガリ姿焼きを前にして彼等は理解した。

 生き残るには自力で獲物を確保しなければと。

 それ以降 非常食が出たことはない。

 なのでかなり充実した肉三昧を堪能した旅でもあった。

 羊肉には少し未練が出そうで怖い。

 でも、名物なら何時でも食べれる機会はあるだろう。

 庶民の味なら お値段もそう手が出ない設定ではないと思う。

 人が多い。メイン通りなのか それとも商業地域だからか……。

 そのうち業とはぐれようと思っていたけれど、自然とはぐれてしまった。

 彼等はちゃんと注意していたのにである。

 小さな露店のアクセサリーに視線が行き、ほんの数秒意識が離れた。

「あら?」

 二人を見失い、キョロキョロと見回し「まあ、いいか」と呟く。

 これだけ人が居るなら、街角で唄っても生活できそうだ。

 とは言え 唄うとそこらから騎士が湧き出て来そうなので注意しないといけない。

 手元には彼等に持たされた銀貨が十枚。

 仕事が見付かるまでの生活費として無理矢理持たされた。アルは金貨も数枚持たそうと頑張ったが、小娘が金貨等持っていたら怪しすぎると却下した。

 もっとも金貨を貯えるとなると何年もかかる。

 返す目処が下手したら生涯に及ぶ。

「とりあえずギルドかしら」

 まともな求人はギルドに集まる。

 流石に大きな街だ。支店もあちこちにあるらしい。

 道案内に任せて入った建物、受付の女性は営業スマイルを見せた。

「今日は、依頼ですか?」

「登録したいの。私でも出来そうな仕事あると良いのだけれど」

 受付の女性は目を細め、紙を取り出す。

「登録用紙よ。代筆もしているけれど……」

「大丈夫。読めるし書けるし」

 スラスラと項目に書き入れるのを覗き込む。

「魔法使いかしら? 聖霊が回りに沢山いるみたいだけど」

「え? 聖霊?」

 何の事だろうと思えば、光虫の事だった。

「昼間は光に溶けて見えないけれど夜は光のよ。でも、よっぽど好かれてないと光ってくれないのよね」

 何時も光まくっているけれど。とは言えず、曖昧に返す。

 確かに誰かがいれば光らない。

「聖霊って言うの? 私、光虫って呼んでたわ」

「……今からでも騎士の学校に行ってみるなら紹介出来るけど」

「学校? 何故?」

 首をかしげれば冊子を出してくれる。

「聖霊に好かれる子は素質持ちが多いからそれだけで入学条件が満たされるんだよ。規定単位取れれば進学出来るし寮もあるし、騎士の学校は無料だし 卒業できれば騎士になれるし良いことだらけよ」

「……女だけれどなれるの?」

「騎士の半分は女性だよ」

 コロコロと笑う。

「まあ欠点は柵が多少あるからねぇ。若いときの仕事は旅だし」

 仕事が旅。言い切りました。

「風習もかなり違うから大変らしいわよ」

「あはは。大変なのに学校には薦めるんだ?」

「食いっぱぐれる心配がないからねえ」

「なるほど。老後も安心なのね」

 騎士の学校って本物の騎士も出入りしてるよね。街角で唄った時の遭遇確率はどちらが上だろうと思案する。

「魅力的だけど生活費稼がないといけないのよ。ねえ、もし街角で唄ったら元締めとかが飛んでくる?」

「唄う? 皆結構唄ってるからご祝儀集まるかはわからないよ」 

 流石騎士の地元。歌姫は山ほどいるらしい。

「わかったわ。地道に薬草でも集めるわ」

「奨学金制度もあるわよ。学校考えてみてね。というか素質のある子を連れていくと成績に加算されるの。だから本当に考えてみてね」

 なるほど。親切の理由はかなり単純だ。

 記入した紙をチェックして別の窓口に行くように言われる。

 別の窓口の人は男性だった。

「登録お願いします」

 ドキドキしながら用紙を出す。彼の雰囲気はどうも騎士に見えた。

「いらっしゃい」

 紙に視線を移しチェックをする。

「……人通りの多い角は決まった歌姫がいるから時々喧嘩してたりするので気を付けた方がいいですよ」

 彼は受付のやり取りを聞いていたのか そう忠告をしてくれた。

「元締めじゃなくて決まった歌姫が居るって事ね。気を付けるわ」

「城に行く気は?」

 ズバリ本題を投げ掛けてくるのは騎士道なのかもしれない。

「誘えるのは旅の騎士様だけでしょ。うふふ」

「唄っていただけると、その決まりは無くなるのですが」

「わかったわ。ピンチには唄う。それでよろしくて?」

 騎士道って少し変? と思った。

「旅の騎士達は素質を持った子を連れてきたときぐらいしか学校には行かないので、お薦めします」

 教師は旅の騎士とは数えない。旅をしていないから。

「まあ、鉱石掘りもお薦めします」

 適当に土を掘ると、大地の聖霊が鉱石や宝石を出してくれると教えてくれた。

「石の買い取りもしてますので冬場の薬草のない時とか覚えておいてください」

「わかったわ。でもいいの? 窮地にならないと唄わないわよ?」

「困るのは旅の騎士でしょう。貴方を連れて来たのに逃げられるとは」

 何気に確執があるのだろうか?

 クスクスと楽しげに笑う。

「我が君。私はこんな所に流れ着いて、楽しみなど無縁だと思って居ました。こんな楽しみが待っていたとは思いませんでした。旅の竜は苦労をして試練を受け、私は今日風邪で休んだ同僚に感謝しよう。いつもは奥にいてここには居ないのですよ」

「わかったわ。ギルドもへっぽこ劇団員の巣窟なのね」

「は? へっぽこ?」

 にこりと微笑む。

「そうかわいい仲間達って所ね。で、登録は?」

「カードをどうぞ」

 彼は銀色の板を差し出す。

 受け取った途端に、パッと光り板は透明になった。

 刻印された文字だけが 元の銀色になっている。

「……名前と年齢、ねえ年齢って誕生日が来たらどうなるの?」

「自動で今の状況に補正されます。レベルやランクも。後は、学校への推薦適合者であることと これは学校関係者に見せれば対応してくれますので、そのカードには学校に通えば学校の情報も記載されますのでなくさないで下さい」

「ええと、紛失したら再発行出来ないとか?」

「出来ますが手数料が高いので」

「分かったわ。住み込みの仕事の依頼ってあるのかしら」

 彼は素早く書類を出す。どうやら選んであったらしい。

 その内の一つを選んで許可を貰う。

「……口止めとかしないのですか?」

「口止め? 必要ないわ。人が多すぎるもの。貴方を口止めしてもあれらが情報を流すでしょ」

 クスクスと笑う。仕事を求めてギルドに来ている者も多いが、直接雇用をしようとしている依頼主が居たりする。ギルドを通せば苦情も言えるが 手数料をケチって怪しい者を雇うのも自己責任だ。

 余所者の話題は拡がるのも速い。小娘なので縄張り争いにはならないと判断されるだろうが、旅の騎士が娘を探しているのを聞き付ければ、誰かがギルドに来た娘の話をするだろう。

「彼らが探しに来たら ここを紹介したことも教えていいわよ」

 手をふりアッサリと出ていった後ろ姿を見送り、カウンターの中でふるふると震えた男は、彼女の気配が完全に無くなると どっと崩れ落ちた。

 隙を見て捕獲をさせようとした。無警戒に笑いカードを受け取り、カードが光る。

 彼女の視線が自分から外れたときに指示を出そうとして固まった。

 足元をチョロチョロ動く生き物に気が付いたからだ。

 視線を移せば 背後にいたそれらと目が合う。

 嫌な汗が背中を流れ、誰もそれらに気が付かない異常に目眩を覚える。

 彼女の気配が消えた途端に、背後のそれらも消え去る。

「ハハハ」

 久しぶりに目の当たりにした重圧に、旅のヒヨコがよく此処まで連れて来れたものだと絶賛していた。

「あの、彼女はーー」

 最初の受付嬢が跳んでくる。

「……ああ、あの子が来たら知らせるように。後は騎士が飛び込んで来ると思うが、からかってやりなさい」

「後輩いじめですか?」

「どうやら女性の扱いに不馴れな後輩らしいですからねえ、練習が必要です」

 補習が決定されたらしい彼の後輩を気の毒に思いながら、紙に騎士が来るかもと記入して伝言板の角に貼る。伝言板は仲間内の連絡用に誰でも利用できる。

 しかし紙を買わねば貼れない。

 張り紙の効果は直ぐに表れ、むさ苦しかった会場があっという間に華やかな装いになった。うっかり入ろうとした冒険家は室内に入る前に息を飲んだ。

 そそくさと外に逃げ出し、道理で外に野郎達が徘徊している理由を知る。

 その外も 一時間もしないうちに女性に追いやられ 若い嬢の集会場となった。






 

 

 

 

 

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