11 畑荒らし
マリーはあれ以来使い魔たちを使い回し、白い悪魔とおいかけっこをしている。
お陰で運動不足にもならないし、魔法も貯まる端から消費されている。
誰か彼かマリーの側にいる。
「聖霊はマリーに行く前に、あいつらに引き寄せられて悪さ出来ないらしい」
らしいと言うのは、元々どこにでもいるはずの聖霊が家には少ない。
良く見れば、ウェンディーネの結界に阻まれている。
紛れ込んだ聖霊は使い魔に追いかけ回され、人にとりつく暇もない。
その上、マリーより興味を引かれる乙女が側にいる。
マリーに突撃するより乙女の声を運んで行く方が聖霊は楽しい。
聖霊は使い魔の一種である。アルはそう結論を出した。
少女はその気になれば、コウモリも蛇も自由に使う。
もっとも今はマリーに自由に使わせている。
マタニティーブルー気味だったマリーはお茶目な使い魔の世話で悩む暇もない。
部屋に入ると月明かりが意外と明るい。
少女はすやすや寝息をたてている。背中合わせでルークも寝ている。
コウモリが天井から報告を呟く。ルークはじゃんけんに負けて横で寝る事になったらしい。
蛇が枕元でぶつぶつ呟いている。有名な詩集で歯の浮く台詞を睡眠学習させているらしい。
カサカサ言う音に視線を動かせば、白が壁に寄りかかっていた。
叫びかけた声を飲み込み、小さく聞いてみる。
「何してるんですか」
「ん。城も大騒ぎだったらしいが原因を捕獲してみた」
網の中にデカイゴキチャンがカサカサしている。
マリーとおいかけっこしていた個体だ。
「それが一番聖霊を追い払ってますよ」
実際、捕食しているのではと思われるほど蹴散らしていた。
「これが増えると、レイラが食べると騒ぐ」
愛しのワイバーンの食事に白は排除を決行するつもりらしい。
「そりゃ小さいのをチマチマ食べるよりデカイの食べた方が効率が良いからだろう」
白は嫌そうな顔をする。
「だからと言って限度はあるだろう。草原は薬草だらけ、川は魚で埋め尽くされ街に蟹が襲来する。小動物は巨大化、これが普通か」
普通ではなかったが、もう普通だ。
蛇はでかく、コウモリもでかく、そしてゴキチャンもでかく……。
現実を無視しても それらは既にでかくなっている。
「虫などどこにでもいますし」
ハエやムカデや蜂やら可愛い所は蝶とか。
「お前の蛙が喜んで食べていそうだな」
「蛙?」
そう言えば、蛇はでかくなって良く見るが蛙は見てないな……とアルは思う。
コウモリと戯れていたので蛙が姿を見せないことを気にも止めなかった。
「そう言えば蛙は何処に」
「お前……」
背中に背負ってるそれはと、いいかけて白は言うのをやめる。
ルークは蛇とちょうどよい距離を見つけたらしいが、アルはまだ微妙すぎる位置にいる。
「コウモリとばかり話していないで、蛙にも言葉を教えなさい」
アルは嫌な顔をした。
「……見かけたらがんばります」
「その前に召喚を覚えなさい」
「はい」
コウモリは呼べば飛んでくる。割りと近くにいる。
だが、蛙とはほぼ一方的に毛嫌いしたままだ。
視線を移せば、網に入れられたあれがモゾモゾしている。
「ん?」
白の視線も袋に移る。
モゾモゾしている網は心なしか膨らんで見えた。
「何か増えてるような」
空気をパンパンに入れたようになっている。みっちりと詰まったあれがワキワキと足を動かしている。
「!」
ピキッと、軽い音がしたと思えばブワッと黒いあれが飛び出してくる。
白が息を止める。
視界一面に飛び回るあれ。しかし直ぐに四方に散り隙間に潜り込んだ。
「は」
「この網を食い破るか」
穴の拡がった端を見ながら、白が目を細める。
「……一匹いたら百匹いると思えって本当だったんですね」
アルは別な感想を呟く。
「逃げられた」
白は小さく舌打ちをした。悪態を見せながら部屋を出ていくのを見送り、アルは小さくため息を付く。
白く進化した個体を簡単に無かったものにできるはずもない。
もっとも姫なら捕まえてそのまま焚き火にくべて綺麗に料理しそうであるが……。
そっと、その姫を覗き込む。
寝顔はまだ子供だ。そっと触ろうと手を伸ばせば、蛇がニュッと出てきた。
さっきまで枕元でブツブツしていたはずが、いつの間にか娘の横に潜り込んでいる。
「……」
「……」
しばし睨み合っていると、少女の目が開いた。
さすがに騒ぎすぎたらしい。
むくりと起き上がると、少女は蛇の頭を撫でる。
「お前、蛇の言葉をルークに覚えさせるより自分で人の言葉を覚えたら?」
無茶ぶりをしている。スリスリと蛇が甘えている。
「やめてください。蛇が流暢に喋り出したら混乱します」
主に民が。騎士なら気にしないだろうが。
「そうねぇ、焼いたときに人の言葉でやめてとか悲鳴を上げられたら食べれないわねぇ」
蛇の頭上に電球マークが出たように見えたのは気のせいだろう。
いや、そこらの蝙蝠とか物陰の鼠や兎や影にいるあれとかが一斉に電球マークを出したのは気のせいだ。
「ワン」
いぬっころが飛び込んでくる。
その後を追いかけて猫が飛び込む。
猫に追いかけられる犬ーー本当は狼ーーが逃げまどいルークと乙女の間に潜り込み尻尾をフリフリと……。
この状態でルークが一向に起きない事にアルは気がついた。
「ルークに何をしたのですか」
「ちょっと麻痺してるだけよ。蛇が頑張って解除魔法呟いていたでしょ」
あの変な呪文は歯の浮く言葉の学習で無かったらしい。
「まあでもモフモフの尻尾攻撃と猫の爪で何とかレジストできたみたいね」
猫が巨体でドスドスしている。
「……つ」
ぷはーっと息を吐き出しルークが動き出す。
本当に固まって居たみたいだ。
「ルーク? 大丈夫なのか?」
「……今のは」
「レジスト方法覚えたわね? 他のも同じ感じでできるの。私の声もレジストできるわ。出来ればアルも覚えてほしいのだけど」
ちろりと視線が交差する。
「覚え……る? え?」
闇の中で多数の光る瞳がアルをとらえる。嫌な汗が流れた。
少女が歌う。ありふれた子守唄だ。
覚醒した意識は、歌を認識したと途端に再度眠りに落ちかける。
ウトウトと引きずり込まれる眠り。この声に包まれてずっと眠りに落ちていたい。
あれは自分と話した事はない。誰かに聴かせるために歌っているのでもない。
気まぐれに歌う。それだけ。
無理矢理身体を起こし、声の主を求めそっと窓辺に近寄る。
庭先で彼女の回りに鳥が集まっている。
何時もの光景だ。
この先はお決まりのあの男が渡り廊下を横切り、彼女はこっそりそれを目で追って日光浴は終了。
誰もが知っている彼女の日課。
この時間は彼女を誰でも見れる。
「……彼女の事を笑えないな。同じ事をしている」
彼女は回りが決めた婚約者だ。彼女はまだ知らない。
例え彼女の淡い初恋があったとしても、叶えられることはない。
あの男にも決められた相手がいる。
「ふーん。自分の婚約者を盗み見? 堂々と会いに行けば? お菓子と花束でも持って……、一言 好きですっていっちゃえばいいのよ」
誰もいないはずの部屋の中で横から子どもの声がする。
ぎょっとして振り返れば、庭の少女より少し幼い娘が居た。
「入室の前にノックが聞こえなかったが」
「ドアなんて何処にあるの」
「は?」
気がつけば野原だった。
「…………」
「だぁれ?」
再度背後からの声に、振り返る。
もっと幼い姿の彼女がいた。
彼女は言う。
「ここで待ち合わせしているの」
どうやら、遊ぶ約束をした子供を待っているらしい。
「お花の冠を教えてくれる約束をしたの」
来ない子供の代わりに、花を編み込む。
「ありがとう」
確かにあの日、花冠を作って上げた。遠い昔。
「夢か」
呟くと幼い子供は消え、ポッと場所が変わる。
何処かの邸のお茶会だった。
「今度婚約することになったの」
「まあ、おめでとうございますわ。どちらの殿方ですの」
「……さあ、まだ決定でないから」
娘たちは年頃、恋する乙女たちだ。
恋話に盛り上がり、婚約者の容姿や地位は自分を誇れるオプションだ。
「私は5歳の時に許嫁が出来たわよ」
普通はそうだ。将来の結婚相手を親が決めてくる。
「まあ、そうなの? 私の5歳の婚約者は8歳で病死して、10歳の時の婚約者は直ぐに事故死してしまったわ。その後は婚約話があったお屋敷が没落したり、呪われてると噂でーー」
良く今回、自分に話す段階まで進めれたものだ。と娘は思う。
何時だったか、子供心に何となく好きだった少年に「好きかも」と言ったところ「まだ死にたくない」と露骨に避けられた。
私は病原菌か。疫病神らしい。
その子は、親戚が事業に失敗して親と一緒に何処かへ逃げたらしい。
それから誰かを好きだと言ったことはない。
結婚相手は親が見つけてくるだろうし、好きといった途端に相手の不幸が始まるなら言わずに見ているだけで良いのだ。
「とりあえず、健康な殿方なら良いのよ。風邪で死なない人、知らない誰かをか助けに飛び出して死んじゃわない人、借金があっても大丈夫だわ。お父様が何とかしてくださるし」
ほとんど条件はクリアされるはずなのに、相手が逃げていく。親は苦労しただろう。
母親譲りの翠の瞳、明るい金の髪。スタイルもいい。
親の財力も申し分なく、が、しかし一向にまとまらない。
「もうどうでもいいわ」
夢などない。
何処か遠くを見る瞳は空をぼんやりと見る。
彼女は婚約者を紹介された時、きつい瞳をしたままだった。
彫刻のように、それはずっと変わらず微笑みを向けられることはなかった。
「昔、花冠を作った事をあの子に言ってみたら?」
「君は誰だい」
何故かお茶会に出されていたケーキを頬張る子供。
「私? 私はーーよ?」
グニャリと世界が歪む。
それは夢の終わり。
目の前に蛙がいた。巨大な妙な色合いの蛙だ。
それが自分の上にいて、覗き込んでいる。
たらりと汗が流れる。
横でフサフサと何かが動くのに視線が動く。
犬ぼ尻尾がフリフリしていた。猫が猫パンチをルークに繰り出している。
少女はタンスの中からワンピースを引っ張りだして、着ていた寝間着を脱いだ。
ぼんやりと眺めていたら、どかっとコウモリが降ってきた。
教育的指導。はい。レディのお着替えを見ていてはいけません。
気がついたら見ないように気を付けましょう。
蛇はおもむろに、ルークに噛みついた。
流石にルークは飛び起きた。蛇は最近スパルタだ。
その分、姫君は優しいと思いたい。
「あら、夢の中で美女に追いかけられたの?」
「なぜそれを……」
下着姿の少女に気がついて、ルークが目を逸らす。
ワンピースを着込むと、蛇を撫でる。
「お前の毒、解毒できてないわよ?」
「パパ死んじゃう?」
小首をかしげて、蛇が喋った。
さて、何処に突っ込もう?
自分の上の巨大蛙
蛇毒が効いてる青いルーク
小首を傾げ喋りだした蛇
パパ?
「パパ!?」
飛び起きる。蛙が転がり落ちたが、気にはしない。
「じゃないっ 蛇毒って」
ルークは青さを通り越して白くなっていた。
「!」
「むご」
「なるほど、抵抗できないところを襲うのね」
にこにこした少女の笑顔が怖い。
「ええとこれは」
「知ってる。解毒抗体をルークにあげたんでしょ? でもそれって余程愛称のいい相手とか長く一緒にいるような相手でないと上手くいかないんじゃないの? まあ、チューしていいと言ったのは私だからチューしても構わないけど」
何か変な許可が出ている。アルは渋い頭痛を覚えた。
「蛇毒がどれで解毒できるか解りませんし魔法もーー」
負担をかける。
自分が持っていた抗体も効かぬかもしれないが、多少は効果が出るはずだ。
ガプ
プランと蛇が腕に噛みついた。
「おい、こら」
蛇はプイッとそっぽを向き、少女に甘える。
「串焼きにするぞ、蛇」
「その前に解毒する。ルークより20%毒素アップしてるわよ」
目が回る。
のしのしと蛙が登ってくる。重い。
「じゃあおとなしく寝ているのよ。いい子にね」
ちょっと待て
おでこにチューして部屋を出ていく少女を引き留めようとしたが声はでなかった。
のしのし
重い
のしのしのしのし
重い
のしのしのしのしのしのし
「重いわ!」
蛙が転がり落ちた。コウモリも転がり落ちた。
はあはあと肩で息をしていると横から猫が転がり落ちてくる。
犬が転がってくる。ウサギとネズミも落ちてきた。
それから蛇がルークに巻き付いていた。
バキッ
蛇はルークに頭突きをされ、目を回している。
「フゥ、重いぞ。お前たち」
「……よし、蒲焼きにしよう」
蛇がワタワタしている。
しかし次の瞬間、ポンと変化した。
「っつ」
「うわーん」
蛇は3歳ぐらいの子供に化けた。
「パパのバカーー」
「ママあっち」
蛇が指を指す。
とてとて歩くが遅い。
いや、3歳児にしては早い方だろう。
ルークはひょいと抱き上げる。
「走るぞ」
夜中に小脇に子供を抱えて、走っている姿は微妙だ。
誰が見ても人拐いに見えるだろう。
あのおでこにチューは毒のレシピだった。それがわかれば解毒する手順が解る。
そしてのし掛かっていた獣たちはそれぞれが持つ領域を繋げあわせて解毒に使える領域を増やす。
解毒だけでない。思考の余裕ができる。
もっとも変な思考の迷宮に陥らないように、重みを課せた。
解毒のレシピを構築しながら重さに耐える。
「どっちだ?」
前方はT時路だった。
「まっすぐ」
蛇の答えに、どちらかか回り込んで真っ直ぐな方向に行くと判断した。
が、ルークは特に気にした様子もなく真っ直ぐ走っていく。
「!?」
ルークが建物に飲み込まれ消えた。
「……ああ、妖精の道か」
蛇がついていた。獣なら道も見えていたのだろう。
蛇の言う通り進んだルークはきっちり道に入れたのかもしれない。
どうしたものかと悩んでいると手が壁から生えた。
有無を言わさず引きずり込まれ、目を回す。
妖精の道は、時間も距離も違う。
資格を持たぬ者が迷い込むととんでもない結果が待っている。
「アル?」
「大丈夫だ。そうか。お前たちが適当に出現してたのはこの道か」
「ママーー」
視界の端で蛇が少女に飛び付いていた。
少女に追い付けたのは、蛇が優秀なのだろう。
それとも少女が待ってくれたのか。
「あら、解毒出来たのね。ちょうどよかったわ。この子お家に送ってあげて」
蛇に蜥蜴を渡している。
「……リザードマン?」
「子供よ。きっと迷い込んでしまったのね」
蛇は受け取ると、道から外れて見えなくなった。
「リザードマン、かの種とは交流もないと思うのですが 何処に集落がーー」
「外交を始めるなら蛇に教えてもらうといいわ。彼等の神は白蛇でしょ」
「それはおとぎ話では」
渋い顔をしたアルに少女はコロコロと笑う。
「竜の騎士さま、あなたたちも生きたおとぎ話でしょう」
竜王の為にだけ存在する。それは竜の騎士。
「そして竜王国も御伽の国の伝説の地」
風が吹く。パタリとルークが膝を付いた。
「ーーゴキチャン。素揚げにされたいの?」
ルークの横でバフバフと粉を振りまいていた白いゴキチャンはビクンと反応した。
「まあ確かにルークは騎士にしては耐性が少ないけれど、その年なら十分でしょう。本来親から受け継ぐ基礎がごっそりない状態で平均より多くの耐性を持ってるのだから。年上のアルより少なくて当たり前よ?」
白い髪に触れる。反応はない。
「ゴキチャン。石化はやり過ぎよ」
頭から耳、頬、顎のラインをなぞる。それからーー。
「ママ、チュー?」
いつの間にか戻ってきた蛇が、横で小首を傾げて呟いた。
尻尾の先でゴキチャンをしっかり押さえてーー。
「ひどい目にあった」
ルークの呟きは蛇に捕まったゴキチャンを締め上げる。
締め上げてるのは、蛇の尻尾だが ゴキチャンはジタバタともがく。
「ひどい目? いい目じゃあないのか?」
アルが横で呟く。
「お前、石化がいい目なのか」
「乙女のキスが石化の妙薬とは聞いていたが、目の前で披露されるとは思わなかった」
「……乙女のキスって、失われし秘薬じゃなかったのか?」
「そうだな。失われた魔法だな」
「魔法? 伝承が途絶えた魔法は復活させるのは難しいとーー」
目の端で、光がフヨフヨと瞬き地面が光る。
そこはもう妖精の道ではなく、広い平野だった。
「ここはーー」
「星降りの里ですか」
大地から光が生まれ、フワフワと漂い消えていく。
「光虫と似てますが」
「違うな。星降りの里は満月の夜にこうなると言い伝えられていたと思うが」
「星降りの里は閉鎖されたはずでは」
「しゃりしゃりしゃり」
「もぐもぐもぐ」
「…………」
「…………」
横から聞こえる音に、二人は視線を落とす。
巨大なキャベツにかぶり付いている蛇と蛙とゴキチャンがいた。
「はぁ、お前たち、何して」
「星降りのキャベツ畑か。確か盗むと呪われるんじゃなかったか?」
小首を傾げる三匹。
「確か骨にされるんじゃ?」
「管理人に見つかるとヤバイと聞いたが、その前に女神に見つかると……蒲焼きかな?」
「素揚げじゃあ?」
「どっちにしても美味しく食べられると」
「そうだな」
仄かに明るい大地にゴロゴロと巨大なキャベツが並ぶ。
三匹の後ろに立つ乙女を確認して、ため息を付いた。
「満月の夜の星降りのキャベツに妖精がキスをすると、赤ちゃんが宿るのよ」
しゃりしゃりしゃり
「そのキャベツを食べるとお腹で赤ちゃんが育って……食べられなかったキャベツからは赤ちゃんが生まれ落ちるーー」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ
「…………あなたたち」
三匹が振り返る。微笑む乙女を見上げ、ゴックンと飲み込んだ音がやけに大きく感じる。
「私のキャベツをもしかして食べているの?」
!マークが頭上に現れ、じりじりと後ずさる。
「もう、ちゃんとお願いして貰わないと駄目なのよ? でないと肥料にされるわよ?」
がさがさと、背後から音がする。
月光の光の下にキャベツに隠れた影が現れる。
「グギャ」
「ゲキュ」
「まあ」
少女は素早くーー
「ルーク、子供がいたわ」
抱き上げられた子供ーー小鬼ーーは固まったまま少女の腕の中にいた。
「誰にも見つからないと、赤ちゃんって育つのかしら」
捕まらなかった個体がじりじりと後退り、脱兎の如く走り出すところをルークがひょいっと捕まえる。
「これは人の子ではないですよ。ゴブリンです」
「あら、これがゴブリン? へえ」
撫で回されている。
姫の腕の中にいる小鬼に視線が集まる。
蛇の、蛙の、ゴキチャンの冷たい視線に小鬼は息を詰めた。
「お前たち、喧嘩しては駄目よ」
下ろされた小鬼はじりじりと後退り囲まれた。
「お前たち、新入りに序列を教える前に姫の腕の中に納まるにはどうしたらいいのか考えた方がいいと思うぞ?」
腕の中には別の小鬼が納まっていた。
「……」
「ゲコ」
「ママ抱っこ」
蛇が素早く突進する。
すりすりと足と言うか尻にすりより、傍目には尻を触る親父である。
「あらあら。甘えん坊さんね」
抱きしめられてにんまりとしたらグゥと、少女の腹がなった。
「……蒲焼きね」
蛇は石化した。
ひどい目にあった。
ママに迷子を送り届けるお使いを頼まれ、急いで戻って見ればパパが大変なことになってるし。
これはお仕置きです。
ということでゴキチャンを捕まえていれば、目的地のキャベツが美味しそうで思わず食べてしまいました。
しゃりしゃり美味しくて、ふと気が付けば知らない輩がママの腕の中にいます。
ムムム
ママに撫でられています。
ムムム
下ろされた所を、連携して囲って見ました。
新入りはおとなしく隅っこにいてほしいです。
がしかし。次のが抱っこされています。
ムギャ
伯父さん(アル)がママの争奪戦を言います。
ママの腕はあまりたくさん囲えません。
ということで不意打ちでママに突進。
触れたし、撫でて貰えたし、抱っこもされたし。
しかし、忘れてはならないことがあったことを忘れてました。
ママはお散歩した後でした。
お腹が空腹を訴えます。
ヒィィ
お散歩の後はおなかがすくのを忘れてました。
か、蒲焼き!?
ヒィィ 美味しく食べられてしまいます。
石化してしまいました。
パパと一緒でどうやら石化耐性がちょっと弱かったみたいです。
あうあう
僕は毒特化だったので他の耐性もきっちりあげなければと反省。
ママは石化を治してくれましたが……
チクチク
視線が痛いです。
というのも、その後キャベツ畑の管理人が出てきました。
庭で騒げば気がつくと言うものです。
今は、管理人のお家でご飯を頂いています。
キャベツのお鍋は美味しいです。
「はい、あーん」
ママは僕を抱っこしたまま、キャベツをあーんしてきます。
もぐもぐもぐ
チクチクチクチク
視線が突き刺さります。
チクチク
ええ、後ろの管理人さんが気になります。
彼は、骸骨(スケルトン)ですから。
チクチクチクチク
「あーん」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ
チクチクチクチク
あれ?
チクチク
もぐもぐもぐ
チクチク
うん。視線はどうやら僕に向いてますね。
「ねぇ、星降りの里|(伝説の地)のキャベツ|(料理)と宿泊費|(お泊まり)っていくらかしら」
「さあ」
「まあ、蛇皮で大丈夫かしら」
ピシッ
視線がすーとそらされます。
!?
だらだらだら
しまったです。
ママの腕の中です。
逃げられません。
ヒィィ
やはり石化耐性が足りません。
シクシク
カウンターにドンと置かれたキャベツを前に前にしてローレンは目を細めた。
器用に運んできた蛇も蛇だが。
「ええと? これをどうしろと」
「星降りのキャベツ(レア) 金貨5枚で」
流暢に蛇がしゃべります。
「素材買い取りですか? ん? 星降りの?」
「もう少ししたら茄子やトマト、キュウリも採れる。持ってくる」
我が君は蛇に言葉を教えたようです。
いや、今はそれより
「星降りの?」
「効能は 子宝。甘くてしゃりしゃり、美味しい」
「ぼったくりだろう」
蛇はキャベツを頭にのせるとすごすごと出ていった。
後日、教会が配ったキャベツを食べた奥方がおめでたになったと噂がたった。
そう、その問い合わせがギルドに多数寄せられる。
「ゲコ、ゲコゲコ」
「……お前はまだ言葉が話せないのか」
「ゲコ」
蛙がキャベツを持ってきた。
「……買い取りか」
「ゲコ」
値下げ交渉をしてみる。ゲコゲコじゃあさっぱりだ。
その上押しきられ、蛇の言っていた金額にしかならない。
「お前、商人になれるよ」
「ゲコゲコ」
小袋に金貨を入れて渡すと蛙は出ていった。
「蛙のお使い」
他の職員が呟き、まあそれもわかるというものだ。
「でも、あれ大丈夫かしら」
「蛙から奪おうとしても無駄だと思うが」
柄の良くない輩が追いかけるように出ていくのを見送りながらため息をつく。
案の定、すぐにうわーと叫び声が聞こえ舞い戻ってくる。
「あーお前たち、一応聞くが強盗は犯罪だぞ」
青くなっている顔色にため息が出た。
「どうやら毒を受けたらしいな。解毒薬は銀1だぞ?」
店に下ろされたキャベツは、子宝報告がチラチラと入ってきた。
「グギャ」
「クギ」
小鬼を前にしてローレンは苦笑う。
キャベツを2つ。
「ああ、お前たち 良く討伐されなかったな」
「ギャウ」
「ま、帰りは気を付けろよ。不届きものが居るからな」
小鬼は身綺麗な出で立ちで、誰の注意も引いていない。
代金を受けとるとペコリと小鬼はお辞儀して出ていった。
コウモリが茄子を持ってきた。
「……」
「……」
会話になりません。
「お前たち、話せないなら文字の読み書きをしろ」
キュイーンと超音波が鳴り響きます。
うう、何とかしてくれ。
ローレンは楽しくお仕事を増やしていた。
「お前ら、通訳!」
やけくそで、背後の鼠に愚痴ってみる。
「チュー」
誰にも見えない鼠が交渉しています。
チュー チュー チュー
「ああ、効能は便秘と肥満防止。銀1? あのな、八百屋の茄子の値段を見てから値段をーー」
ガシッと手を握られる。
「私が買うわ!」
横からの女性の声に、コウモリは女性を見 フルフルと首をふった。
「お前、ダイエットの必要はないらしいぞ」
「うえぇ だって最近お腹がっ」
キラリんと女性たちの目が集まりローレンはひきつった。
女は怖い。
その日、甥っ子に見合いを持ち込むのを控えようかと本気で考える。
コウモリはちゃっかり注文を受けて帰っていった。
家に帰ると庭でカボチャを育てる鼠に遭遇。
何のブームが発生しているのかーー。
偽物が出回る事も便乗値上げが行われることもなく、星降りの野菜が流通することになる。