4話 鏡
今は亡き祖父の部屋には、等身大の鏡がある。
親が寝静まった深夜、忍び込んでみた。
部屋の真ん中に、確かに鏡が置いてあった。
だが、近づいてみても、何も起きなかった。
それどころか、僕を映す事すら無かった。
傷ついているのか、曇っているのかわからないが、鏡は何も映さなかった。
鏡を見て5分が経った。
ぼんやりと、何かが鏡に浮き出ていた。
その何かを知るために、僕は目を凝らし、鏡を見続けた。
鏡を見て10分が経った。
鏡は目を映し出した。
何にも覆われていない眼球は忙しなく動き、僕と目を合わせてくる。
このまま待っていれば、他にも浮き出てくるだろうと思い、もう少し見続けることにした。
鏡を見て30分が経った。
鏡は僕の足と口を映し出した。
足は直立不動の体制を保ち口はしきりに動いている。
少し怖くなったので、部屋へと戻ることにした。
だが、足がなぜか動かなかった。
何かが僕を帰らせようとしないように。
鏡を見させられて1時間が経った。
ぼんやりと僕の姿が鏡に映っていた。
僕は何度も助けを呼ぼうとするが、声は出なかった。
口や眼球は、まだ慌ただしく動いている。
鏡を見させられて長い時間が経った。
何時間も経ったように思えるが、外の様子は全く変わっていない。
まるで別の空間へ飛ばされたかのように。
鏡にははっきりと僕の姿が映っていた。
鏡の中の僕は、僕を笑っていた。
そして、ゆっくりと口を動かし始めた。
僕の頭が、今言った文字が「ありがとう」だと理解した瞬間、意識が途切れた。
僕が目を覚ますと、目の前に僕がいた。
先程と違うところを上げるとしたら、僕が入ってきたドアが目線の先にあるということくらいだ。
目の前の僕は何かを言っているが、聞き取れない。
そして目の前の僕は振り返り、ドアを開けて部屋を出ていった。