隠しキャラが攻略不能な理由
私立木苺ノ宮学院高等学校――。
ちょっぴり学業レベルが高く、結構セレブで、割と知名度の高い、皆さんが“ゲーム”と呼んでいる世界では一般的な“設定”の高校です。
それもその筈、ここは女性向け学園オンラインゲーム『ラズベリー☆レッド』の舞台なのだから!
とは言え、波乱万丈なのは<プレイヤー>さん達と攻略対象の男子達だけで、私達一般女子は平和なもんです。
そこかしこで発生する恒例イベントなんて、良くてお茶請けくらいにしかなりませんよ。
お茶と言えば……あー、食後のほうじ茶ウマー。わざわざ保温ポットに入れて持ってきた甲斐があったわー。
「結子、結子! おばあちゃんモード入ってる場合じゃないってば! 今、<プレイヤー>さんが大川副会長のレアイベント発生させてるよ! 見に行かないっ?」
【情報通】属性を持つ親友・恵美ちゃんが、大声と共に駆け寄ってきたかと思ったら、マイフェイバリットほうじ茶をひったくってカバンに突っ込み、私の返事も聞かずに腕を掴むと、勢い良く教室を飛び出した。うう、ヒドイ。
こんな時の恵美ちゃんには何を言っても無駄、って事は中学からの付き合いでよーく理解しているから、潔く諦めてそのままついて行く。
あ、大川副会長って言うのは、うちの学校の名物である“美形生徒会”の副会長、3年の『大川蓮』の事ね。キャラ設定を四文字熟語で表せば、『鬼畜眼鏡』。え? それは四文字熟語じゃない? 細かい事は気にしない~。
とにかく、そんな副会長サンの、1000分の1の確率でしか発生しないレアなちょい甘イベントが、現在中庭の藤棚下で発生中――全て恵美ちゃん情報――らしいので、それを見に行くそうな。
まぁ、うちの教室横の階段を下りて直ぐが中庭だからね。そんな近場なら見に行っても良いかなとも思う。……って言うか、あの近寄り難い雰囲気をせっせと出している副会長さんがどんな顔をするのかは、確かに気になる。うぷぷ。
そうこうするうちに、中庭到着。
既に藤棚を遠巻きに囲むようにして十数名程のギャラリーが集まっていた。流石に1年生は私達だけみたい。
合間からターゲットを覗いてみると……おおー、やってるやってる!
会話の内容までは分からないけど、何やら<プレイヤー>さんと副会長サンが言い争ってる。
でもって、地面から盛り上がっていた藤の根に足を取られた<プレイヤー>さんを、副会長サンが咄嗟に抱き寄せた! あ、表情崩れた、動揺してる! よく見ると耳が赤いよ! デレてるデレてる!
『おおおおおーっ!!!』
思わずギャラリー――いつの間にか100人近くなってる――から、声にならない歓声が上がる。
そして、空の上からピロリン♪ と効果音が聞こえた。
<プレイヤー>さん、レアスチルゲットおめでとうございます。
何て思っていると、気持ちを立て直した副会長サンが<プレイヤー>さんを腕の中からそっと開放し、二言三言喋ると、藤棚を後にした。
すると、それを見送っていた<プレイヤー>さんは、3秒程でヒュッと姿が消えてしまった。
今のは、この世界特有の機能の1つ――『自動転移』。
攻略対象の独占時間を極力少なくする為、イベント終了後の<プレイヤー>さんを速やかに教室か自宅へ移動させてしまうシステムなのです。いいなぁ、楽そうで。私もあれで家に帰りたい。
ついでに、特有機能として『禁則処理』って言うのもあります。
これは、イベントがきちんと行われるよう、攻略キャラと私達一般キャラを、同じ場にいながら分離するシステムの事。主に一般キャラに対して自動で働いてます。
例えば、さっきのイベントであれば、“イベント中はある一定以上近付けない”と、“イベントの画像・音声データを記録する事はできない”、それから“イベント中は一般キャラの音声が消える”、と言う具合。
まぁ、特に不自由はないから、気にもしてないけど。
「イイモノ見たねー! さてと、じゃあクラスに広めにいくわよー!」
「あー、恵美ちゃんは先に行ってて。予鈴までまだ時間あるから、私はのんびり戻るよ~」
「そお? じゃ、先に戻ってるわね!」
恵美ちゃんは笑顔で手を振ると、ぴゅーっと教室へとかけて行った。元気だな~。
さてと。集まってた人達もだいぶ散ってきたみたいだし、私ものんびり移動しますかね。
トコトコと向かった先は、中庭を挟んで反対側の校舎にある、家庭科室。
きっと“彼”はそこにいる筈だから。ちょっと労いの言葉でもかけてあげようかな~、と。
家庭科室の札の下にある引き戸は、実習やクラブ活動のない為か、窓にはカーテンが引かれ、鍵もかけられている。
けれども、とある隠しキャラとの親密度がMAXになると、ここの秘密を教えてもらえる仕様になっている。
今のところ、<プレイヤー>さんでこの条件をクリアした人はいないけど、私は再従姉妹にして家がお隣さんと言う事で、特別に教えてもらってます。
と言う訳で、周りに人がいないのを確認してから、早速儀式を始める。
トントントントン。控え目に4回ノックする。4回って言う微妙な回数がポイント。
すると、引き戸の隙間から、ぺらっぺらなホワイトボードが表れた。
『山』と書かれたそれに、合言葉を書き込む。『本五十六』っと。
それを再び引き戸の隙間に戻す。すると、カチャリ、と小さな開錠音の後、静かに引き戸が少し開いた。
僅かな隙間から体を滑り込ませて後ろ手に戸を締めると、すかさず施錠音がする。
戸の影にこっそり隠れて施錠したのは――あの大川副会長サマだった。
副会長サンは、少し気が抜けたように息を吐くと、ちょいちょいと指で合図をした。ついてこい、ですね。
後をついて行くと、中央の調理台の影に腰を下ろしたので、私もその隣に座った。
ここまで来れば、多少喋っても外の人に聞こえることはないので、やっと口を開くことができる。
「さっきはレアイベントお疲れ様~」
「お前……やっぱり見てたのか」
「藤棚は私のクラスから近いからね。それに、恵美ちゃんもいるし」
「あー、あの【情報通】属性の子か。じゃあ、どこにいても情報は入った訳か」
がっくりと項垂れる副会長サン。今は、いつのも近寄り難い空気が微塵もない。
それもその筈。
何せ、実はこの人は……。
「攻略キャラだの恋愛イベントだの、俺には荷が重過ぎる。攻略キャラの学費免除に釣られて入学した当時の俺をシメてやりたいっ」
言いながら、特殊偽装アイテム【眼鏡】を外す。
すると、一瞬姿がブレた後、大川蓮と似て非なる男子の姿に変身した。
髪や瞳は同じ色だけど、少し長めの髪を一つに束ね、現在不貞腐れてはいるものの、全体的な雰囲気は穏やかさんだ。
そんな彼の本当の名は、『大川拓斗』。
大川蓮の双子の兄にして、料理部の部長さんであり、大川蓮トゥルーエンド後の周回でやっと攻略可能になる隠しキャラだったりする。
性格は、鬼畜眼鏡な弟とはまるで別種族の『温和怜悧』。あ、こっちはまともに四文字熟語だ。
ちなみに、攻略シナリオとしては、学校で発生する不思議な事件を一緒に追ううちに親密になっていく、と言うもの。その過程で親密度MAXになると家庭科室の秘密を教えてもらえるそうな。
でも現在、大川拓斗……あ~、そろそろ面倒くさくなってきたから、いつもの呼び名にしよう。拓斗くんのシナリオは凍結されていて、攻略不能となっている。
理由は簡単。拓斗くんが蓮くんに成り代わっているから。
実は蓮くん、あろう事か――“おたふく風邪”にかかってしまったのです! かっこわらい。
予防接種はしていたから多少軽くはなっているみたいだけど、体的には大人みたいなものだから、結構無残な状況になっているらしい。拓斗くんからは「鬼畜眼鏡の見る影もない状態だから、見舞いに来ないでやってくれ」と言われた程。
まぁそんな状態なのだから、当然、出席停止中。
でも、オンラインゲームにおいて、攻略キャラが出席停止なんて事態が認められる訳がない。
そこで運営さんが出した苦肉の策が、元々容姿や癖が似ている拓斗くんに偽装効果のある【眼鏡】を装備させて、出席停止期間中の代理をやらせると言うものだった。拓斗くんの攻略シナリオを凍結させてね。
こうして拓斗くんは、蓮くんの身代わりをやる事になり、4日目にして運悪くレアイベントを演じる羽目になったのであった。まる。
「うぐぐっ……とりあえず、蓮! 早く復帰してくれっ! でないと羞恥で俺が死ぬっ! 今日だけで寿命が3年は縮んだっ!」
ぐりぐりと調理台の戸棚に頭を擦りつけて、やり場のない気持ちを吐露する拓斗くん。ハゲるよ?
うーん、普段が落ち着いている分、この奇行からストレスの溜まり具合が良く分かるなぁ。
お父さんのストックから、育毛剤と胃薬でもプレゼントしてあげようか。
「まぁまぁ。蓮くん、だいぶ良くなったんでしょ? あと数日の我慢だよ。あ、さっきのイベント、蓮くんそっくりの絶妙なデレ加減だったよ~」
「!! 言うなっ! ほじくり返すなっ! 今直ぐ記憶から消去っ!!」
サムズアップして褒めてあげたのに、拓斗くんは顔を真っ赤にして、私のおでこを叩こうとした。……けども。
パチンッ。
拓斗くんの手は、私に届く前に見えない壁によって弾かれた。
あー、これは『禁則処理』の“攻略キャラと一般キャラの接触禁止”が働いたね。
わーい。叩かれずに済んだ~。
暢気に喜んでいる私とは反対に、拓斗くんはしょっぱい顔をした。そんなに叩けなかったのが悔しいのかな?
まぁ、ストレスフルみたいだし、あんまり遊ぶのも可哀想だから、もう言わないでおいてあげよう。
「はい、どーどーどー。もう言わないから、落ち着いて」
「絶対だぞ。破ったら、お前の大好きなオレンジピール入りトリュフ、もう作ってやらないからな」
「了解了解。拓斗くんの作る絶品スイーツが食べられなくなるなんて嫌だもん。あ、昨日くれたフォンダンショコラもすっごく美味しかったよ! 生地の焼き加減とチョコの蕩け具合が絶妙だった!」
趣味のお菓子作りの話題になったからか、拓斗くんの表情に穏やかさが戻ってきた。
「……お前、小さい頃からホント俺の作る菓子好きだよな」
「うん、大好き! 今じゃ、それに合わせた日本茶をチョイスするのが趣味になってるくらいだからね!」
「! そ、そうだな」
えっへん! と胸を張って言うと、拓斗くんが少し照れの入った笑顔を見せてくれた。
良かった。笑顔になれる程度には余裕が出てきたみたい。
ここで切り良く、予鈴が鳴った。
「じゃあ、そろそろ教室に戻るね。あと数日、がんばれ~~」
「おう」
私は手をひらひらと振ってから、入ってきた時同様、ひっそりこっそり家庭科室を抜け出して、教室へと戻った。
「……触れられないし、あんなイベントシーンまで見られて凹んだけど……『大好き』で全部吹っ飛んだ。何アレ、イベントか?」
私が去った後の家庭科室で、拓斗くんが緩む口元を押さえながらそんな事を呟いていたなんて、全く知らなかった。