主従の契約
「あ…えっと…」
ケイオスと名乗る使者の在り方は、あまりにも想定外であった。
人型の使者を召喚できる者がいないわけではないが、ここまで人間そのものの姿形をとっている使者は希少であり、それ以上に自ら話すことのできる使者など、十年に一度現れるかどうかというほどの希少さである。
「すごい…私たち学士には召喚できないはずの特AかSランクの使者よね…あれ…」
呆然と魔法陣の中心を見ていたクレアが呟く。
使者はその魔力の強さ、知能の高さの総合点により、AランクからEランクに分けられる。
しかし、言語を理解し、会話を交わすことができる使者はAランクより更に上位の知能を有するため、特Aランクと呼ばれる。
そして、特Aランクより上位…固有名称を有し、Aランクの使者でも太刀打ちできないほどの力を持つ者をSランクとしており、上級魔族や魔神、英雄や精霊の類がそれに該当する。
「どうした、小娘?喚び出すだけ喚び出して、何も告げないとあっては、俺も困るのだがな。用件は…雰囲気からすると、主従の契約か?」
ふう、と息を吐き出すと、ケイオスは多少纏っていた雰囲気を和らげ、改めてエリスを見下ろした。
見下ろしたというのも、彼我の身長差ゆえであり、ケイオスとしては意図してやっていることではない。
ケイオスの背丈は180センチ程度だが、かたやエリスの背丈は150センチ程度しかないのである。
「はい、契約を…ええと…契約の儀に従い、問う。その名、ケイオスに相違ないか。応ずるならば我と魔力の交換を行え。我は契約者、エリス・ミュールなり。」
「名はエリスか…契約者エリスよ…我を従えんと欲するならば、我が魔器を取り戻すことを誓約せよ。さすれば我が力は汝を守る盾となり、道を切り開く剣となろう。」
「え…?魔器…って…?」
「俺が現れる前に、六つの魔力の固まりが発現したはずだ…門が狭くて飛び散っていったみたいでな…あれがないと、本来の力を発揮できないのさ。探してくれるか、エリス。」
これから半年の旅に、明確な指針ができるなら、それはエリスにとって悪い話ではない。
そう思い、魔器の捜索がどれほど大変で、命懸けの旅になるかも分からないまま、エリスはケイオスの提示した条件を受諾した。
「分かりました…ケイオスさんの言う六つの魔器を探します。契約を…」
「いいだろう…魔族の王、ケイオス・ブルームの名に誓い、今この時よりエリス・ミュールの従者となろう。」
ケイオスの宣誓と共に、エリスとケイオスの間に魔力線が結ばれる。
魔術の使えない落ちこぼれの少女と、少女と同じ黒髪の魔王…
こうして、少女と魔王のペアによる卒業試験が始まるのだった。
……無論、ケイオスが魔族の王と名乗ったことにより、召喚の間の中は大騒ぎとなっていた……