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07.魔物と英雄

 「墓荒らしだ」

 

 「俺帰ります。さっきの話は無かったことに」

 「待て待て待て、話を聞け」


 足早に去ろうとするルーの腕を掴み屋敷に連れ戻す。


 「どんな話を聞かされても墓荒らしはダメです!」

 「違う、違うんだ」


 「違わないですよ!墓って教会の裏ですよね?そんなとこを掘り返してたらすぐに衛兵を呼ばれてボコボコにされますよ!」


 「落ち着け、そっちじゃない、村の方だ」

 「村?」


 「ここから三里ほどの場所にフニャードという村がある。昔は養蜂で有名な村だったが、去年そこに住んでいた村民達が街に引っ越した。今は廃村になっている。その村の墓だ」


 「フニャードって廃村になってたんですか⁉︎」


 デンス家は祖父が新聞を取っていたが、ルーは読んでおらず、また人との世間話も聞き流しているため世の中の出来事に疎かった。


 「でも廃村だからって許されませんよ。そもそも墓を掘り返して何をするんですか」

 

 ルーが真っ当な意見と質問をぶつけると、シンは悲し気に答えた。


 「あの村の墓には…俺の友人が眠っている」


 「え?」


 「今はまだおそらくだが、墓の浄化が生きている。だがそのうち魔物や、本物の墓荒らしに掘り返されてしまうだろう」


 人の営みがなくなった場所では、墓が魔物に荒らされたり、死体がアンデッド化するのはよくあること。それを防ぐために通常は、神父などの聖職者に年に一度ほど墓場を浄化してもらう。


 だが魔物が原因で廃村になったのなら話は別。一般的に神父は戦闘能力を持たないため、騎士や冒険者のサポートが必要となる。金はもちろん手間もかかるのだ。


 「そうなる前に友の遺体だけでもどうにかしたい、頼む」


 シンの語った動機に、一昨日埋葬した祖父のことが頭によぎる。

 

 (俺だってじいちゃんの墓が掘り返されて、魔物のエサになるなんて想像したくもない)


 「わかりました」

 「やってくれるか」

 「…はい」


 ルーが苦い顔で承諾する。


 そうと決まれば早い方がいいと、二人は準備をして出発した。



 

 屋敷を出て川沿いに二時間と少し歩いて、村の近く。


 「入る服があってよかったです」

 「お前の制服を汚すわけにはいかんからな」


 二人は動きやすい格好に着替えていた。


 「あの…それはそうとなんで俺は荷車を引いてるんですか?」


 「墓を掘るためのスコップとバケツ、そして掘り出した棺を運ぶからだ」


 「そんなことわかってますよ、なんで郵便所の荷車を使うのか聞いてるんです」


 「うちにも荷車はあるがここまでのサイズは無い、大は小を兼ねるからな」


 「これバレたらヤバいよ…」

 「見えてきたな、あれだ」


 二人が着いた村の名はフニャード。

 清らかな川と広大な森に挟まれたこの村は、養蜂を営む活気溢れる場所だった。


 かつては多くの村民が生活していたが、長年魔物から村を守っていた戦士が亡くなり、それ以降は離れる者が絶えず、去年ついに廃村となった。


 「思ってたより立派ですね。村というより小さな町って感じ」


 村は石積みの壁にぐるっと囲まれており、入り口は金属の大きな扉で閉じられていて、それを鎖付きの錠前で施錠してある。

 

 「どうしますか?鍵かかってますよ」

 壁は大した高さじゃないが、これでは荷車が入れない。


 「お前の摩訶不思議な力でどうにかならないか?」


 「ハハハ…。やってみますね」


 小馬鹿にされたルーが笑いながら錠前を握るが効果なし。

 

 「開きませんね」

 「引きちぎれ」

 「嫌ですよ。物を壊したら犯罪じゃないですか」

 「墓荒らしも犯罪だぞ」

 「…絶対やりませんからね」


 「仕方ないな」


 そう言ってシンが何もない空間から小瓶を取り出した。それを見たルーがはしゃぐ。


 「収納魔術だ!」


 収納魔術とは、元は魔術師が自らの杖を隠し持つために作り出した人類の歴史でも屈指の便利魔術。さらに、収納する時と出す時にしか魔力を消費しない効率の良さだ。


 しかし習得難易度の高さや、物を収納したまま本人が死ぬと、二度と出すことができないというデメリットもある。


 出した小瓶には黒くて四角い飴のような物が入っており、それをシンが一つ口に放り込んだ。

 

 「それなんですか?飴?」

 「チョコレートだ」

 「ちょこれーと?ってなんですか?」

 

 興味津々のルーにそれを一つ食べさせる。


 「うぇっ!にっがい!それに鉄みたいな味がする。なんでこんなもの食べてるんですか…」


 あまり口に合わなかったようだ。


 「っていうか収納魔術があるなら荷車いりませんよね」

 ルーが疲れた様子で文句を言う。


 「俺が収納できるスペースはせいぜい手持ちカバン一つ分だ」

 

 「そうなんだ。じゃあスコップ一本も無理ですね」

 「便利だが制限も多い魔術だ」


 魔術の説明を終えたシンが扉の前に立ち、錠前のかかった鎖を手に取ると引きちぎった。


 「自分で出来るんじゃないですか」

 「一時的にだがな」

 「?」

 

 門を開き、墓荒らし二人が村に入る。

 ルーは律儀に入ってきた門を閉じた。

 村は荒れておらず、人がいない以外は変わった様子もない。


 「なんか美味そうな匂いしません?」

 「全くわからん」


 二人は墓場に着くまで村を見学しながら進む。どの建物もしっかりとした作りになっていることに、ルーが興味を惹かれる。


 「村を囲んでる壁や入り口の鉄門もそうですけど、ここって裕福だったんですね」


 「この村は質の高い蜂蜜を売り捌いてかなり儲けていた」


 「そんな村がなんで廃村になったんですか?」


 「場所が原因だな。ここは森から来る魔物が多い、八年前に村を守っていた戦士が死んで、以後はフラウ(ルー達の住む街)から冒険者を送ることで対処していたが、去年事件が起きた」


 「事件?」


 「強い魔物が出たそうだ。それで残っていた村民達は仕方なく街に移り住むことになった。と新聞には書いてあったな」


 「その魔物はもう討伐されてるんですよね?」


 「いや、されていない」


 「はぁ!?ヤバいじゃないですか!アンタなんて場所に連れて来るんだ!」


 「落ち着け、ここには魔物避けが置かれてる。鼻の良いお前ならわかるんじゃないか」


 「それってこの柑橘系と辛い匂いのことですか?」


 「おそらくその匂いだ」


 村には廃村になった後、魔物に荒らされぬよう設置された獣避けと虫除け(獣と虫が嫌う匂いを出す魔物避け)があり、そのおかげで村は綺麗な状態を保っていた。


 「でも魔物避けなんて便利な物があるなら、最初から村に設置してればよかったのに」


 「養蜂をしてたからな、虫除けは論外だ。それに獣避けは鼻の効く獣人にも効果がある。人が住んでいる間は使えなかったんだろう」


 「意外と便利じゃないんですね」


 「何にでも長所があれば短所もある。ほら着いたぞ、ここが村の墓場だ」


 着いた墓場は村の歴史が長いだけあって広く、その周りを木の柵が囲っている。簡素だが手入れが行き届いており、墓石に使われている石材は上等だと、素人にもわかるほどだった。


 「…結構数ありますね。どれがお友達のかわかりますか」

 「もちろんだ」


 歩いて行ったシンが一つの墓の前で立ち止まる。

 「これだ」

 「大きいですね」

 

 それは他の墓と比べて一回り大きく、墓石には「村の英雄 ミドビル ここに眠る」と書かれていた。


 「ミドビル…子供のころ聞いたことがあります。フニャードにはドワーフの英雄がいるって」


 「そうだ。そのドワーフで間違いない、掘り返すぞ」


 荷車を墓の近くに停めて、二人はスコップを手に取り地面に突き刺す。

 

 「この方はいつごろ亡くなられたんですか」

 「八年前だ」

 「長い付き合いだったんですか」


 「ああ。こいつは…、ミドビルはドワーフにしては珍しく甘口の酒、特に蜂蜜酒が好きでな。昔から上質な蜂蜜を作っていたこの村に、縁あってやってきた。そこから何十年もずっと村を守っていたんだ」


 「あの、なんで亡くなられたんです?寿命?」

 「魔物に殺されたんだ」

 「魔物に?」


 「八年前にミドビルに呼び出された俺は、酒盛りだと思ってつまみ片手に会いに行った」




 ーーー八年前



 「おおお!よく来てくれたシンの旦那!」


 「どうしたんだミドビル。手紙鳥まで使って、いつもはお前がうちに来るだろう」

 

 手紙鳥とは手紙を足に巻き付けた鳥のこと。

 郵便所を経由する必要がないため急ぎの場合に使われる。


 「まあまあ、とりあえず飲みましょうや」


 二人はミドビルの家で、シンが持ってきた上等な生ハムと癖の強いチーズで蜂蜜酒を飲んだ。


 「元気そうで安心したぞミドビル」

 「それがそうでもないんですよ旦那」

 「何だと?病気なのか?」


 「違います違います。体は元気なんですが、ここんところ変な魔物がこの辺を彷徨いとるんですよ」


 「変な魔物?あぁ、手紙に魔物がどうとか書いていたな。だがこの辺りで出るのは低級の虫の魔物か、せいぜい魔狼じゃないのか」


 「その辺の奴なら、わしの自慢の大剣で真っ二つにしてやりますよ」

 「何があったんだ」

 「二日ほど前に現れたんですわ。クモが」

 「クモ?どんな蜘蛛だ」


 「かなり遠くから見たもんで、はっきりしたことは言えんのですが…そいつには二本の角が生えとりました」


 「土鬼か」


 土鬼ツチオニとは、頭部に二本の角が生えた大型の蜘蛛の魔物。性格は獰猛で執念深く、巣を張らずに地面で狩りをする。

 そのため前脚の爪は狩りに特化した鉤爪になっており、巨大な顎と麻痺性の毒まで持っている。

 

 熟練の冒険者パーティでも、土鬼に奇襲を受ければタダでは済まない。それほど危険な魔物である。


 「しかもかなりでかい!大土鬼!もうこんなの!」


 ミドビルが腕を広げてその大きさを表現する。


 「大袈裟だな」


 「本当なんですって!そいつが他の魔物を食い荒らした場所じゃ、木が薙ぎ倒されてたんですから!」


 「土鬼は確かに危険だが、サイズも牛より少し大きいくらいで、そんな馬鹿力は無い。倒れた木か、お前の目が腐っていたんだろう」


 「ひっでぇよ旦那。でも土鬼が住んでるのは山の西側です。あっちにも餌はいっぱいあるでしょうに…」


 この森は巨大な山を囲むように広がっており、フニャードは山の南側に位置している。


 「ギルドに連絡はしたのか」


 「もちろんです。見かけた当日に手紙を出しました」


 手紙鳥は早く着くが、小鳥の足に巻き付ける都合上、長い文章は送れない。そのためギルドには手紙を送ったのだと言う。


 「そうか、ならギルドが対処するだろうが…。時間はかかるだろうな。それまでの繋ぎとして魔道具をやろう」


 「助かりますよぉ!」


 「そのために呼んだんだろう。明日魔道具を持ってまた来る」


 「えぇ?泊まっていかないんですか?」

 「こういうことは早い方がいい」


 その日は良いところで解散して、シンは屋敷に戻りミドビルに渡す魔道具を調整した。



 この時ミドビルの誘いに乗って泊まっていれば…。シンはこの日をずっと後悔することになる。



 翌日は朝から雨が降っていた。シンが魔道具を渡しにフニャードに向かう。近くまで行くと、村が何やら騒がしい。悲鳴まで聞こえてくる。シンは走った。


 「おい何があった!」

 慌てている村民を一人捕まえて叫ぶ。


 「おおあんたミドビルさんの知り合いだろ!こっちだ!助けてやってくれ!」

 

 連れて行かれた先の民家でシンが目にしたものは、腹をえぐられ血みどろになって倒れているミドビルだった。


 急いで駆け寄り、回復魔術をかける。


 「だ…だん…な」

 

 「今は喋るな」


 「…で…でた…ん…だ」


 「黙ってろ!」


 「おに…が…」

 

 「わかってる!土鬼にやられたんだろ!もう喋るな!」


 「おに…お…に……ぐ…」


 「おい死ぬな!ミドビル!ミドビル!」

 




 そのまま英雄が目を覚ます事はなかった。


 

 シンは故人を偲ぶ間も無く、今日何が起こったのかを村人に問う。


 彼らの話によると、早朝に森の中から大量の魔物が這い出できて、ミドビルはその退治に出かけたのだという。魔物の数こそ多かったが、ここまではよくあること。


 だがなかなかミドビルが帰ってこない。心配した村民達が後を追うと、ミドビルと魔狼が倒れていた。負傷したミドビルを村まで運んで応急処置を試みている最中、シンがやってきたのだという。


 「そうだったのか、ありがとう。確認したい事がある。ミドビルが倒れていたところまで案内してもらえるか」


 シンは雨の中、村人の男と共に魔狼の死体がある現場に急いで向かった。


 場所は川の岩場、魔狼の死体は二体。

 そのうち一体はいくつかの斬撃を受けた後があり、胴体の深い傷が致命傷になっていた。これはミドビルが倒したものと思われる。


 だが問題はもう一体で、こちらは体の上半分を潰され即死していた。


 魔狼は狼より一回り大きな魔物。哺乳類なので皮膚は柔いが、骨格は頑丈だ。それがまるで踏まれたトマトのように潰れている。


 (こんな力仕事が土鬼に出来るか?ミドビルは恐れていたが、正直あいつが土鬼にやられるとは思えない。奇襲を受けたか、複数体いたか。それとも本当に巨大な個体が出たか)


 「せめて森の中なら」

 

 足跡があればある程度魔物の判別も追跡もできる。だが岩場でさらに雨まで降っている。こうしている間にも痕跡は消えていく。何かを得るには状況が悪すぎた。


 シンが顔を上げて空を睨みつける。


 (何か悪いことが起こる日は、いつも決まって雨が降っている…)


 「はぁ」


 大きくため息をついたシンが、同行していた村人に声をかける。


 「ありがとう、帰ろう」


 調査している間に魔物が村を襲わないとも限らない。シンは戻ることにした。

 


 村に着くと、ミドビルの家の前に外套を着た人物が立っていた。


 「あの、どちら様ですか?」


 シンに同行していた村人が伺う。


 「はい!私、フラウの冒険者ギルドから来たポリンクです」


 名はポリンク。犬の獣人で、ギルドの職員だと言う。それを聞いたシンが前に出る。


 「ミドビルに会いに来たのだな」


 「そうです。ギルドに手紙を頂いたので、その件で伺ったのですが、これは何の騒ぎでしょう?」


 ポリンクは雨の中、村人が大勢外に出ているのを不審がる。


 「ミドビルが殺された騒ぎだ」

 「どういうことですか⁉︎」


 事情を話すとポリンクの顔はどんどん暗くなっていった。シンの話を聞き終えると、迅速な判断を下す。


 「私は、ギルドに戻って上司にフニャードの状況を伝えます」

 「助かる。この雨じゃ手紙鳥も出せなかった」

 「応援が到着するまでどうかご無事で」

 「任せておけ」

 

 シンと約束を交わすと、彼女は四つ足で走って行った。



 ギルドは戻ったポリンクの報告で、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。冒険者が魔物に殺されるのは当たり前だ。なら何故騒ぎになるのか。

 

 それはミドビルがこの街の冒険者ギルドに登録している者の中で最も等級が高く、何十年間も村に迫る魔物を一人で退けてきた英傑だったからだ。


 彼を訪ねて剣術を教わりにくる冒険者や、魔物に襲われているところを助けられた者。面倒見がよかった彼は、関わる者みんなに愛されていた。


 そんな男が魔物に殺された。


 ギルドはミドビルの目撃証言を元に巨大な土鬼が出たと判断し、冒険者を集め討伐隊を編成。クモ退治に乗り出した。


 村側の意向で、今回森で見かけた魔物は土鬼でなくとも、危険なものは全て討伐して欲しいとの申し出があった。これはミドビルを失ったフニャードが、しばらく魔物に対処できないためだ。


 ギルドはこれを承諾。事件の翌日から、クモ退治改め森林大討伐が始まった。


 百を超える冒険者が、魔物を見つけては殺す、見つけては殺すを繰り返し、森を血で染め上げた。


 三日に及ぶ捜索でも土鬼は発見出来なかった。だが討伐隊は百二十二体にも及ぶ魔物を発見し、その全てを討伐。これを持ってフニャードの一件は幕を閉じた。



 

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