13.武器と鎧
背後から殴りかかったルーの拳は空を切る。シンが身体を屈めて避けたのだ。
屈んだ体勢のまま足払いを放ち、転んでうつ伏せになったルーを、膝で抑えつけて右腕を取り、背中側にまわし極める。
そうやって上になったシンが、ルーを見下ろして言った。
「次の仕事が終われば必ず続きを話す。手伝ってくれるな?」
右腕を極められたルーは、自由の効く左腕と足で思い切り地面をつき飛ばした。その怪力で二人は宙を舞う。背中に乗っていたシンは投げ出されて、少し離れた位置に着地した。
「ハッハッハ」
吹っ飛ばされたシンが笑いだす。
「お前は狼男と認めないが、その腕力はなんなんだ?さっさと正体を見せてみろ!」
「五月蝿い!」
ルーがまた殴りかかった。左右の大振りの連打をシンが躱して受け流す。全て防いではいるが、どれか一つでもまともに当たれば骨が折れそうな威力だ。
「まるで子供だな。勢いはあるが、通用はしない」
打ち終わりを狙ってシンが鳩尾に一撃をいれた。ルーはたまらず膝をつく。
「ぐはっ、くそ!」
悔しがって地面を殴る。身体はルーの方が強いだろうが、そこには諦めざるを得ない圧倒的な実力差があった。
「このように、戦闘面ではなんの役にも立たんお前だが、体力と腕力は評価してるんだ。これからもよろしく頼む」
シンが手を差し伸べた。敗北したルーがそれを少し迷って握る。引っ張り上げられ、立ち上がった。
「いつでもかかってこい、相手をしてやる。だが今のお前じゃ勝負にならん。わかるな?」
「…はい」
怒りに任せて襲いかかり、返り討ちにあったルーは、その痛みで頭に登った血が引き、ばつが悪そうに答えた。
「手伝うだけで良いとは言ったが、魔物が複数現れれば俺も手がまわらん。だから自分の身を守れるくらいにはなれ」
言い終えるとシンが石棺を指差す。
「ミドビルの盾と剣がある。お前が使え、今回の本当の報酬だ。後で金も払う」
「…報酬って、勝手に人の物使えませんよ」
「墓場で話しただろう。これも全て賭けで勝った俺の物だ、どうしようと俺の勝手だ」
「…でも剣も盾も触ったことすらないですよ」
「今から触って使えるようになればいい」
「…昨日も言いましたけど。俺は戦えませんよ…」
「今俺に殴りかかったのにか?」
「…カッとなっちゃいました」
武器を持つということは戦うということ。少し前のルーなら喜んだだろうが、ここ数日のことや、今シンに負かされたことで自分の弱さを痛感し、怖くなっていた。
「なら持っているだけでもいい。覚えが無くとも素手よりはマシだ」
しつこく言われ、しぶしぶ石棺まで行って中のものを取り出す。
「これがミドビルさんの…」
手に取った剣は厚みのある幅広の剣身で、その重さからミドビルが相当な剛腕の持ち主だったことがわかる。盾の方は真っ黒で円形。大きさはルーの肩から腰が隠れるくらい。どちらも全て金属製の、無骨なものだった。
「あいつは大剣と呼んでいたが、お前が持てばロングソードだな」
「ドワーフは背が低いですもんね」
「構えてみろ」
武器を持つのが初めてのルーは、それっぽく構えてみる。
「…なかなか様になってるぞ」
おそらく励ますためのお世辞だが、ルーも楽しそうだ。心の中の少年が顔を出していた。
「お前今日仕事は?」
「今日と明日は休みです」
「なら盾と剣を持って街に行くぞ。揃えたい物がある」
シンの要望で、二人は街の大通りに向かう。そこは様々な種類の店舗が立ち並び、賑わいを見せていた。
「なんか休日に街を歩くと開放感ありますね」
「昼間に来たのは久々だ。かなり様変わりしているな」
「今ってどこに向かってるんですか?」
「鍛冶屋だ」
「こっちじゃないですよ?」
ルーの話を聞かないシンは、しばらく歩いて空き地の前で立ち止まった。
「ここにいたはずだが…」
「誰かに会いに来たんですか?」
「そうだ。防具を買いにな」
「防具?武具屋は大通りの外れにあります」
ルーの案内で武具屋に向かうと、大きな店が見えてきた。
「あれです」
「品揃えが良さそうだな」
「商品は多いですよ。それに今、街で武器と防具が買えるのは、この【ボーペン武具店】だけですね」
ルーは荷物を届けに動き回るので、店には詳しかった。ここにも何度も配達に来ているらしい。二人が店に入ると、厚手のエプロンをした店員が出迎える。
「いらっしゃいませー」
「店員が女だと?」
「やめてください、そんなこと言うの」
「店内もえらく綺麗だな」
「ああそれは、街に何軒かあった冒険者用の店が、最近一つに統合されて巨大な武具店になったからです」
「なるほどな、俺の知ってる雰囲気じゃないわけだ」
ボーペン武具店。ここは冒険者用の商品が置かれる店。ルーの言った通り、何店舗も集めただけあって店内は広い。さらに武器や防具だけでなく、回復薬や小物など、さまざまな商品が並ぶ。シンがその様子を観察していると、店員の女に声をかけられた。
「何をお探しでしょうか?」
「鎧だ」
「こちらにございます」
連れてこられた店の一角は、数多くの鎧や盾が並んでいた。
「好きなのを選べ、ルー」
「買いに来たのは俺の防具だったんですね。好きなのって言っても、種類が多くてどれがいいのか…」
「よろしければお手伝いします」
店員が一緒に選んでくれるらしい。
「こちらはいかがでしょう?」
出されたのは金属製のこれといった特徴の無い、プレートアーマーだった。
「かっこいい!」
ルーはあまり乗り気じゃなかったが、鎧を見て気分が上がる。だがその鎧をシンが断った。
「動いた時に音の出ない物にしてくれ」
「少々お待ちください」
「えー、かっこよかったのにー」
次に店員が持って来たのは茶色のレザーアーマーだった。それは胸と肩部分だけが守られている簡素な物。
「羽豚の皮から作ったものです。通気性に優れます」
羽豚は耳が背中まで続く翼になった豚。食べると美味しいが、飛べるため家畜化が難しい。
「方向はこれでいい。だがもっと強度が必要だ」
「あの、予算はどれくらいでお考えですか」
「気にしなくていい」
「…承知しました」
シンの言葉で店員が奥に引っ込んでいった。それを見ていたルーは、そもそもの疑問をぶつける。
「なんで鎧を買うんですか?」
「身を守るためだ」
「わかってますよ。何のために身を守るんですか?」
「金の林檎を取りに行こうと考えている」
「リンゴ?なんでしたっけ」
「昨日、まぜ麺屋の店主が言ってただろう」
「なんか言ってたような気がするな…。それと、あそこの名前は味開拓です」
ルーは昨日途中で寝てしまったため、林檎の話はうろ覚えだった。
「行く場所が厄介でな、魔物の出る森を突っ切らないといけない」
「ひぇー、大変そうですねー」
「そのための鎧と武器だ」
「えっ⁉︎俺も行くんですか⁉︎」
「そうだ、お前も行くんだ」
やっと鎧を買いに来た理由がわかったルーは、ボーッとするのをやめて、真剣に店内を見まわす。
「もっと強い武器とか買いましょうよ!あの槍とか!」
「お前には剣があるだろ」
「お待たせしました。これがうちで用意できる最高の品です」
奥から出てきた店員が、自信満々に持って来たのは、黒いレザーアーマーだった。
「黒撃牛の背中の皮を惜しげもなく使った逸品です。王都でもここまでの物は、なかなか手に入らないでしょう」
黒撃牛とは、乳牛の二倍ほどの大きさがある筋骨隆々な牛の魔物。強靭な後ろ足から繰り出される突進は、見てから避けるのが難しいほど速い。強力な突進をするだけあって皮膚は頑丈。
「着てみろ。ルー」
そのレザーアーマーは、先ほどの羽豚の三倍は分厚い革でできていた。その革に鋼鉄の板が張り付いた胸当て、同じ構造の肩当ては四層になっており、革鎧というよりは鎧だ?
「すごい!動きやすいし、ぴったりですよ。意外と音もしないし、でもこれ高いんじゃないですか?」
「金貨四十枚です」
「き、金貨、よ、よんじゅう︎⁉︎」
その金額にルーは、鬼熊を見た時以上の衝撃を受ける。
銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚。
ルーの郵便所での一ヶ月の給金がおよそ銀貨七十枚。金貨四十枚は五十七ヶ月分という計算になる。
「それを貰おう」
「ありがとうございます。よろしければ何かおつけしますが?」
「良かったな。何かつけてくれるらしいぞ…おい…」
ルーは立ったまま失神していた。




