01.配達員と幽霊屋敷
「ルーちゃんもういいの?お葬式の翌日から働くなんて…」
同僚のペリカンが優しく尋ねる。
「大丈夫です。迷惑かけてすいません!」
青年が努めて元気に返した。
彼の名はルー・デンス
歳は十九。細く見えるが筋肉質で、少し肩幅のある体格。身長はさほど高くない。ボサボサの黒髪に、目の下の大きな傷が目立つ郵便配達員の人間の青年。
「本当に大丈夫?ちゃんと食べれてる?事務所の保存庫にあるもの全部食べていいからね」
「あはは、ありがとうございます。そろそろ配達行ってきます」
彼女はルーがここに入った頃から可愛がってくれているペリカンのおばちゃん。いつもお世話になっている。これ以上心配はかけたくない。
「新聞の占い予報だと、今夜は大雨だから気をつけてねー!」
後ろから聞こえるおばちゃんの声に背中を押され、慣れた業務に取り掛かる。
祖父の勧めで入った郵便配達の仕事も、もう五年目になる。配達員が取り扱うのはほとんどが手紙で、空を飛べる者が多い。この小さな郵便所(郵便物取扱所)の従業員も半数以上が鳥の獣人で、このおばちゃんもその一人。
そんな中でのルーの仕事は、鳥たちが運べない大きな荷物を、荷車を引いて配達すること。子供の頃から腕力と体力にだけは自信のある、ルーが活きる職業だ。
何件かの配達を終えて昼過ぎ。街の大通りを歩いていると、紙芝居の声が聞こえてきた。
「そうして黒いイカズチが、悪魔の軍団を焼き払って世界は平和になりました。おしまい!」
「イカズチって何?カミナリのこと?」
「悪魔なんか、いるわけねーだろ」
「違うお話は無いの?」
「えーとそれじゃあ、巨大なタコが街を飲み込んだ話を…っとその前に、ホカホカの焼き芋を食べる人は〜?一つ銅貨二枚だよー!」
今日も広場で商人が、子供相手に子供騙しな伝承を語っている。そんなおとぎ話とは無縁の生活を送るルーは、虚な目で子供達の横を通り過ぎる。
ここ数日はバタバタしていて、今日もそのことで少し頭がボーっとしていた。しばらくは休めと同僚達には言われたが、できるだけ、いつも通りが欲しくて働いていた。
ルーは昨日、祖父の葬儀と埋葬を終えたばかりだった。
母はおらず、父との二人暮らしだったが、その父は十年前に事故で亡くなり、それからはずっと祖父の世話になっていた。
立ち止まり、疲れた目で空を見上げる。
ついに独りになっちゃった。
これからどうしよう。
別に今までと変わらないか。
でもそうだな。
じいちゃんが危ない事はすんなって言うから出来なかったけど、今の仕事を辞めてこれからは、魔物を倒したり、遺跡を攻略する冒険者にでもなろうかな。
悲しい現実を楽しい妄想で誤魔化す。
冒険者は人気の職業だが、新米冒険者の仕事のほとんどは、魔物と呼ぶのもおこがましい害獣の駆除と、子供でもできる薬草の納品だ。危険は少ないが報酬も安い。
ただし、魔術が使える者は初心者でもそれなりのパーティから声がかかりやすい。それ以外の駆け出し冒険者は、街の雑用と言っても差し支えない。
現実的じゃないな、仕事しよう。
数時間が経ち、荷車の中も残すは木箱一つ。
日が傾き始めていた。宛先は町の外れ。小雨が降り出したので急ぐ。夜には大雨になるらしい。
目的地に着いてハッとする。
「あれ、おかしいな」
どうにも宛先の住所は、目の前の古びた屋敷を示している。
屋敷の周りにはかなり広い庭があるが、それを囲う鉄柵はところどころ破られていて、屋敷自体にも修繕が必要だと、遠目でもわかるほどガタがきていた。廃墟と言って相違ない。
「こんな所に人が住んでるのか」
ルーがそう感じたのにはもう一つ理由がある。
彼が幼い頃から、ここは幽霊が出ると噂されていたからだ。
この比較的治安の良い街【フラウ】の中でも、近づいてはいけない場所として、街の大人は子供達の耳にタコができるまで言い聞かせていた。
実際父にも「不気味だから街外れの屋敷には近づくな」と言われた記憶がある。
立ちすくみ、雨に打たれしばし考える。
迷った末に錆びた門を開ける。
庭を少し歩いて屋敷の扉まで行き、意を決して声を上げた。
「すいませーん!お荷物お届けに参りましたぁ!」
・・・
立派な扉の隣には、大きめのドアベルが付いていたのでそれも鳴らすが返事はなし。人の気配が無い。
こういう場合、いつもの彼であれば一度荷物を所に持ち帰るか、扉の前に置き去りにしたはずだ。
しかしこの日は少しボーッとしていたせいか、それとも強まってきた雨足のせいか、ドアノブに手をかけてしまった。
その判断が、ルーの人生を全く別のものに変えてしまうのを、この時は知る由も無かった。




