第03話:フルプレートアーマーの悲劇
冒険者ギルドから支給された報酬袋はずっしりと重かった。
手残りで金貨300枚。
これだけの大金を手にしたのは、冒険者になって初めてのことだ。
「よし、これでまともな装備を買おう」
俺はテーブルに金貨を積み上げ、そう宣言した。
「えー、焼肉は?」
モアが不満そうに口を尖らせる。
「研究費も欲しい……。新しい魔導書、買いたい」
マホもジト目で抗議する。
「お前らなぁ……命あっての物種だぞ。それに、ビキニなんて恥ずかしいだろ?」
「え、全然? 動きやすいし」
「……合理的だし」
二人の返答は早かった。
だが、俺は諦めない。
今なら引き返せる。
普通のパーティーの道にまだ戻れるはずだ。
「……高い装備は、かっこいいぞ?」
モアの動きが止まった。
「……かっこいい?」
モアの目が輝く。
単純だ。
「ああ、白銀に輝くミスリルの鎧だ。強そうに見えるぞ」
「……強そう」
モアがゴクリと喉を鳴らす。
「ミスリル繊維が織り込まれたローブなら、自爆の威力をもっと上げても耐えられる」
マホの目が輝く。
こいつは火力バカだから、それで釣るのが一番だ。
「……火力、もっと」
マホが身を乗り出す。
落ちた。
「よし、武具屋に行くぞ! 金ならある!」
俺たちは武具屋へ向かい、店で一番いい装備を購入した。
***
装着完了。
鏡の前に立った二人は、まるで別人のようだった。
まずはモア。
全身を覆う白銀の輝き。
ミスリル合金製のフルプレートアーマーだ。
見た目は完全に女騎士そのものだ。
「おおお……かっこいい……!」
そしてマホ。
彼女には、最高級のローブを選んだ。
一見すると白い聖職衣だが、生地にはミスリル繊維が織り込まれており、高い物理防御と魔法耐性を誇る。
「おおお……清楚……!」
俺は感動で震えた。
これだ。俺が求めていた光景だ。
やっと普通の冒険者になれた……。
「……重い」
モアが兜の中から呟いた。
「……繊維が肌にチクチクする。それに、皮膚からマナを取り込めてないかも……」
マホが不快そうに袖を振る。
二人とも文句が多い。
だが、慣れれば問題ないはずだ。
「贅沢言うな。行くぞ、早速新しい依頼だ!」
今回の依頼場所は『灼熱の洞窟』。
王都近くの火山地帯にある。
本来はただの鉱山だったのだが、強力な魔物が住み着いて以降、火山地帯と化してしまったらしい。
元凶である魔物を討伐し、鉱山を奪還するのが今回の任務だ。
現地に到着し、洞窟へ足を踏み入れた瞬間。
肌を刺すような熱気が俺たちを襲った。
「あっつーい! なにこれ蒸し風呂!? 脱ぎたいー!」
モアが鎧の隙間から湯気を吹きながら暴れている。
「熱で頭が働かない……暑い……」
マホも淡々と不満を漏らす。
「お願いだから我慢してくれ。戦いになれば鎧を着ててよかったって絶対思えるから、なっ」
俺が頑張って二人を宥めている、その時だった。
「ん? お前たちは……」
騎士団長が俺たちに気づき、ニヤリと笑った。
どうやら同じ依頼を受けていたらしい。
この依頼は、緊急度の高い特別案件だ。
あるパーティーが受けては失敗し、また別のパーティーが失敗して……と時間がかかるのを防ぐため、複数パーティーによる同時受注が解禁されている。
報酬は討伐の場に居合わせ、実際に戦闘に参加した全パーティーに支払われるシステムだ。
そのため、このようにバッティングした場合は共闘することが通例となっている。
「ほほう、少しはマシな格好になったな。あのふざけたビキニよりは、よほど冒険者らしい」
「ええ、そうですよね! 安全性を考慮しました!」
「賢明な判断だ。今回も活躍を期待しているぞ」
騎士団長に認められた。
俺たちは正しい道を歩んでいるんだ。
***
そして、最深部。
そこにいたのはマグマゴーレムだった。
発見例が少なく、生態や能力がよくわかっていない魔物だ。
岩石とマグマで構成された巨体が、凄まじい圧迫感でそびえ立つ。
「来るぞ! 総員、戦闘配置!」
騎士団長が叫ぶ。
だが、次の瞬間。
空間が歪んだ気がした。
「な、なんだ!? 体が勝手に……!!」
騎士たちが悲鳴を上げる。
「……磁力。……こいつ、磁力を操ってる……」
マホが淡々と呟く。
マグマゴーレムの『磁力操作』。
騎士団全員がゴーレムの体に吸い寄せられ、張り付けにされていく。
「くっ、離れん!! 熱い!!」
マグマゴーレムの体はその名の通りマグマだ。密着した鎧は急速に加熱される。
鉄板焼き状態だ。
そして、モアとマホもまた例外ではなかった。
「……ミスリル繊維も磁力に引っ張られる……邪魔」
二人の体も宙に浮き、ゴーレムに吸い寄せられていく。
このままでは二人まとめてローストチキンだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! うざったい!!」
モアが叫んだ。
バギン!!
硬質な音が響き、モアが力任せに自らの鎧を引きちぎった。
金貨100枚の逸品が、ただのスクラップとなって宙を舞う。
「ふあーっ! せいせいしたぁ!!」
中から現れたのは、いつものビキニ姿のモアだった。
マホも杖の先でローブの留め具を爆破し、脱出。
中を舞ったローブはひらひらと高度を下げ、マグマの上に落ちていった。
二人は磁力による加速でゴーレムに接近し、なおかつ空中で金属をパージしたことで、他の騎士たちのように鉄板焼きになる運命を回避。
慣性を殺すことなく、軽やかに着地した。
場所は地面ではない。
マグマゴーレムの頭上だ。
「熱ッ!! めっちゃ熱い!!」
モアが跳ねた。
溶岩の体表に素足で立ったのだ。皮膚がジリジリと焼ける音が響く。
「動いてないと死ぬぅぅぅ!! マホ早くしてぇぇぇ!!」
モアが涙目でタップダンスを踊るように足踏みをする。
「……『エクストラ・ファイアボール』」
マホが足元に杖を突き立て、ゼロ距離で爆発魔法を放った。
ドゴォォォォォン!!
ゴーレムの硬い岩石の装甲が砕け散り、赤熱する核が露出する。
マホ自身も爆風で吹き飛ぶが、気にした様子はない。
「後は……頼んだ」
「ぎゃああああああ!! 熱すぎるぅぅぅ!! でも死ねぇぇぇ!!」
モアが叫び、露出した核へ大剣を振りかぶった。
核から溢れる熱波の直撃を受けながらも、渾身の一撃を叩き込む。
バギィィィン!!
ゴーレムの核が粉々に砕け散った。
飛び散ったマグマを浴びながら、モアがこちらに手を伸ばす。
「アスクー!!」
「『ハイ・ヒール』!!」
地面に激突したマホと火傷を負ったモアを光が包み、肉体を再生させていく。
ゴーレムは崩れ落ちた。
磁力が消え、騎士たちがボトボトと落ちてくる。
俺たちの勝利だ。
***
戦闘終了後。
地面には、無惨な姿になった高級装備の残骸。
改めてそれを目視した俺は、膝から崩れ落ちた。
「金貨が……俺の理想のパーティー計画が……」
そんな俺の横で、二人が盛り上がっていた。
「やっぱ裸が一番だね! 動きやすいし!」
「……さっき死にかけて気付いた。死の危険を感じることで、生存維持用の魔力まで火力に回せる。……ビキニこそ、最強の戦闘形態」
「だよねー! もう二度とあんな装備着ないよ!」
二人はワイワイ楽しそうに話している。
俺の絶望など、どこ吹く風だ。
ひとしきり笑い合った後、話が一段落して。
モアがおもむろにお腹をさすった。
「今日の晩御飯は、焼肉がいいー!」
モアが満面の笑みで提案してくる。
懐事情を気にするという言葉は、彼女の辞書には存在しないらしい。
「鎧がスクラップになったんだぞ……金がない……」
俺は即答する。
だが、マホが冷ややかな視線を向けてきた。
「……誰のせいで、苦労したと思ってるの? 今回、装備は役に立つどころか……邪魔だった……。責任重大……アスクの取り分から、奢りが妥当」
「うっ……」
「そうだそうだー! アスクが着ろって言ったんじゃーん!」
モアも追撃してくる。
「……わかったよ。……行こう、焼肉」
俺は白旗を上げた。
俺の財布も、心も、もはやライフはゼロだった。




