第21話:バニーガールに会いに行く
俺たちはとある王都近くの宿場町――遊興都市ベルトに立ち寄っていた。
王都で2週間ほど生活したが、もう限界だ。
街を歩くたびに「変態騎士団様だ!」と指を差され、モアとマホがどこへ行っても人だかりができる。
ルナが火に油を注ぎ、王都の露出面積が日ごとに増えていく。
ということで、ほとぼりが覚めるまで王都から離れることにしたのだ。
ここは大陸でも有数のカジノの街として知られている。
観光客も多く、俺の顔もあまり知られていない。
連日の大騒ぎで溜まった疲れを癒やすには、うってつけの場所……だと思っていたのだが。
街に入ってすぐ気づいた。露出度の高い格好の人が多い。
急所だけ鎧を着込んだ冒険者、ローブの裾を極端に短くした魔術師らしき女、ビキニを着た商人の娘。
変態騎士団がどんな面をしているかは、たぶん誰も知らない。
ただビキニブームの風だけが、一足先にこちらに届いていたのだ。
ビキニから逃れることはできなかったものの、俺たちの顔が知られてないのであれば、まだ大丈夫だ。
俺は気持ちを切り替えて、観光を楽しむことにした。
「アスク! 見てあの煌びやかな建物!」
「……魔力の光、過剰供給。無駄が多い」
モアとマホが、街のネオンを見上げて感想を漏らす。
二人とも、もちろんいつものビキニアーマー姿だ。
街ゆく人々が驚いて振り返るが、この街には奇抜な格好の観光客も多いためか、そこまで騒ぎにはなっていない。ありがたいことだ。
「せっかくだし、少し遊んでいくか。資金にも余裕はあるしな」
俺が提案すると、二人は目を輝かせた。
俺たちの懐にはこれまでの報酬や、魔物素材の売却益がそこそこ貯まっている。
たまには派手に遊ぶのも悪くない。
それに、俺には密かな楽しみがあった。
(カジノといえば……そう、バニーガールだ!)
男なら誰もが憧れる、魅惑の衣装。
ハイレグのレオタードに、網タイツ、そしてうさ耳。
露出度の高い美女たちが給仕をしてくれる、夢の空間。
最近は露出狂たちに見慣れてしまっていたが、やはり正統派のセクシーを摂取して、正常な男の感覚を取り戻すべきだろう。
「よし、一番大きな店に入ろう」
そうして、俺たちは中央通りにある巨大なカジノへと足を踏み入れた。
店内は熱気に包まれていた。
スロットマシンの回転音、ルーレットの回る音、そして客たちの歓声と悲鳴。
豪華なシャンデリアが輝き、重厚な絨毯が敷き詰められている。
そして、フロアを行き交うバニーガールたちの姿があった。
「……あ?」
俺は目を疑った。
確かに彼女たちは、うさ耳をつけている。ハイレグのレオタード、網タイツ、しっぽ。絵に描いたようなバニーガールだ。
なのに。
何も感じなかった。
一ミリも。
露出はある。体のラインも出ている。足も長い。
客観的に見れば、十二分にセクシーな格好のはずだ。
だが俺の脳が何も反応しない。
バニーのしっぽを見ても「暖かそうだな」としか思えない。
毎日ビキニアーマーを目にし続けた結果、俺の感覚は破壊し尽くされてしまったらしい。
「ねえアスク、あの店員さんたち、寒いのかな?」
モアが不思議そうに首を傾げた。
肌色の面積比で言えば、モアが90%肌なのに対し、バニーガールは20%程度しか肌が見えていない。
「……布面積が多い。機能性を損なっている」
マホも冷静に分析する。
彼女の賢者のビキニもまた、布面積ほぼゼロの紐だ。
そんな二人と並ぶと、バニーガールたちがまるで尼僧のように清楚に見えてくるから不思議である。
絶望する俺をよそに、二人はさっそくゲームを始めていた。
***
まずはルーレットコーナー。
回転する円盤にディーラーが球を投げ入れ、落ちる数字や色を当てるゲームだ。
ここは球を投げ入れた後、数秒回るまでベットが可能なシステムらしい。
ディーラーが球を弾いた。カラカラカラ、と円盤の縁を転がる。
モアの目が、球の軌跡を追った。
ほんの一瞬、彼女の視線が止まる。
「私、これにする! 赤!」
コトン。
球は『赤の7』に入った。
「やった! 当たったよアスク!」
「……見てたのか、球を」
聞くと、モアはきょとんとした顔をした。
「うん? ゆっくり回ってるじゃん」
ゆっくりだと……?今のが?
配当は2倍。モアの快進撃はそこからだった。
「次は赤!」
「また赤か?」
「投げ方がそんな感じだった!」
コトン。『赤の12』。
コトン。『黒の2』。
コトン。『赤の36』。
三連続で当たったところで、ディーラーがようやく異変に気づいた。
彼は球を弾くとき、袖でその手元を隠した。
「……見えなくした?」
モアは少し首を傾けて、ただそれだけだった。
カラカラカラ……コトン。
球は『赤の5』に入った。
俺にはなんとなくわかった。
手元を隠されたところで、球はもう空中にある。
モアの動体視力にかかれば、手の動きは見えなくても問題無いのだろう。
「わーい! 増えた増えた!」
あっという間に、モアの手元にはチップの山が築かれていた。
***
一方、カードゲームのテーブルでは。
マホがポーカーに参加しようとしていた。
「な、なあ。俺も後ろで見ててもいいか」
「……構わない」
あっさり許可が出た。
俺はマホの斜め後ろに立った。マホは椅子を引き、テーブルに着く。
対面の男たちが、ビキニ姿の女が座ったことに気づき、ニヤニヤと顔を緩めた。カモだと思っているのが丸わかりだ。
マホは配られたカードを一瞥すると、すっと目を細めた。
「……フォールド」
まず降りた。男たちは顔を見合わせる。
次の手。またフォールド。
その次も、フォールド。
「……お前、弱いな?」
「ハッタリも打てないのか」
男たちが笑い始めた頃、マホがちらりと俺を見た。
「……アスク。この手、わかる?」
小声で聞いてくる。俺は首を振った。
「期待値が負けている……今張るのは損。だから降りた。明確な優位がある時だけ動く」
そう言いながら、マホは次の手でチップを積み上げた。
「レイズ」
男の一人がコールし、もう一人はフォールドした。
開かれた手は、マホの三ペアに対して相手の二ペア。
大きくもない差で、マホが取った。
また次の手。マホは静かに俺に向けて呟く。
「……あの男、右手の人差し指が動いた。強い手がある。降りる」
フォールド。
後で確認すると、その男はフルハウスを持っていた。
それが何度か続いた。
マホは大きく張らない。奇跡を狙わない。ただ、確実に勝てる手だけで動く。
俺の目から見ても、その精度は人間の域を外れていた。
「心拍と視線のブレから、手札の強さは推定できる。……ブラフは最初から意味がない」
男たちの表情が、じわじわと青くなっていった。
大負けしたわけではない。一度一度は小さな差だ。
だが積み重なると、取り返しのつかない差になっていた。
「……ちくしょう、どこで読んでやがる」
「イカサマだ!」
ついに我慢の限界を迎えた男たちは席を立った。
マホの周りには、チップの山が積み上がっている。
「……アスク、資金が増えた。これで新しい魔導書が買える」
***
「なんなんだ、あいつらは……」
俺は呆然としていた。
ビキニアーマーの二人が、カジノを荒らしている。
店員たちも、黒服たちも、遠巻きに見ているだけで手出しできない。
あの異様な格好と、圧倒的な勝負強さに気圧されているのだ。
「よし、俺も負けていられないな」
俺は気を取り直して、ブラックジャックのテーブルに座った。
モアやマホのような特殊能力はないが、俺だって長く冒険者をやっている。
慎重に、堅実にいけば、少しは勝てるはずだ。
「ヒット」
「スタンド」
俺はセオリー通りに手を進める。
手札は19。悪くない数字だ。
ディーラーのオープンカードは6。バーストする可能性が高い。
勝てる。
ディーラーがカードをめくる。
10。合計16。
もう一枚。
5。合計21。
「……21です。ディーラーの勝ちです」
「……あう」
負けた。
いや、まあ運が悪かっただけだ。次だ。
次の勝負。
俺の手札は20。これなら勝てる。
ディーラーは……ブラックジャック。
「……嘘だろ」
その後も、俺は負け続けた。
18でスタンドすれば19を出され、11からダブルダウンすれば絵札を引いてバーストする。
まるで、ギャンブルの神様が「お前は真面目に働け」と言っているかのようだ。
「くそっ! スロットだ! スロットなら機械だから公平なはず!」
俺は台を移動した。
だが、結果は同じだった。
隣のおばちゃんがジャックポットを出す横で、俺の台は沈黙を守り続ける。
たまに揃ったと思えば、小当たりですぐに飲まれる。
「アスクー! どう? 勝ってる?」
「……戦果を報告せよ」
気づけば、両手に抱えきれないほどのチップを持った二人が、俺の後ろに立っていた。換金すれば金貨1000枚はくだらない量だ。
俺の手元には、最後のコインが一枚。
「……」
俺は無言でコインをスロットに入れた。
レバーを叩く。
ドラムが回り、そして外れた。
「……帰ろう」
「えー? もう終わり? まだ遊び足りないよー」
「……アスクの表情、死相が出ている」
***
カジノを出ると、夜風が冷たかった。
懐は寒いが、隣には大金持ちになった二人がいる。
これなら、夕食くらいは奢ってもらえるかもしれない。
「やったー! お金いっぱい貰ったよ!」
「……効率的な資金調達だった」
二人は上機嫌だ。
俺はため息をつきつつ、ふと思った。
「なあ、その金、どうするんだ?」
「もちろん、使うよ!」
モアが即答した。
「新しい砥石が欲しいんだ! ダイヤモンド製のやつ!」
「……私は、希少金属の触媒を仕入れる」
どうやら、勝った金はすぐに装備や研究に消えるらしい。
まあ、それで俺たちの戦力が上がるならいいか。
「あれ? アスク? アスクはお金もらってないの?」
モアが無邪気に聞いてくる。
俺は夜空を見上げた。
「勉強代に使ったんだよ……」
「へー! アスクって偉いね! 勉強熱心!」
モアの純粋な称賛が、胸に突き刺さる。
違うんだ、モア。
社会の厳しさを学んだだけなんだ。
二人の笑い声が、ネオンの中に消えていく。
トボトボと歩く俺の背中を、街のネオンが無慈悲に照らしていた。




