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第18話:幻影の絹

 王都の裏路地を歩いていると、怪しげな商人が声をかけてきた。

 黒いローブを目深に被り、見るからに胡散臭い。


「旦那がた、良い装備を探しておいでで?」


「間に合ってる」


 俺は即答して立ち去ろうとしたが、モアが足を止めた。


「えっ、良い装備!? 強いやつ?」


「へへへ、強いなんてもんじゃありませんよ。これは古代の遺跡から発掘された『幻影の絹』で作られたビキニアーマーです」


 商人が木箱を恭しく開ける。

 中には何も入っていなかった。

 ただの空箱だ。


「……なんだこれ。空っぽじゃないか」


「おっと、旦那には見えませんか。無理もありません」


 商人はもったいぶって言った。


「この布は、強靭な肉体と不屈の闘志を持つ真の戦士にしか見えないのです。凡人にはただの空気にしか見えません」


「ハァ? なんだその詐欺丸出しの……」


「見えたっ!!」


 モアが叫んだ。

 俺とマホは驚いてモアを見る。


「見えるよ! そこにあるもん! キラキラしてて綺麗……! これだよ、私が探してた究極の鎧!」


 モアの目は血走っていた。

 いや、絶対に見えてないだろ。

 こいつ、「自分は真の戦士じゃない」と認めるのが嫌で、見栄を張ってるだけだ。


「モア、騙されるな。そこには何もない」


「アスクには見えないの? まだまだ修行が足りないんじゃない? ねえマホ、マホなら見えるよね?」


「……」


 マホがじっと箱を見つめる。


「ほら見ろ、マホにも見えてない」


「見える」


 マホが真顔で言った。

 おい。

 こいつ、悪ノリしてるだろ。


「そ、それいくら!?」


「へへ、特別に金貨50枚で……」


「買うー!!」


 モアが財布を取り出す。


「待て待て待て! やめろ馬鹿!」


 俺は慌ててモアの手を押さえた。


「これは詐欺だ! 金貨50枚とかありえないだろ!」


「なに言うのアスクー! これチャンスだよ! 最強の鎧じゃん!」


「お前には見えてないんだろ!? 見栄張るなよ!」


「失礼な! 見えてるもん! すごく……透明感があって、神々しい感じのやつが!」


「抽象的すぎるわ!」


 俺は必死に食い下がる。

 だが、商人も引かない。


「おやおや、旦那様は疑り深いですねぇ。では、まずは試着してみてはいかがです? お金はそれからでも……」


「おお! いいの!?」


「ダメだ! 着るって何をだよ!」


「えへへ、アスクが疑うなら、実際に着て見せてあげるのが一番だね!」


 モアは商人に案内され、路地裏のテントへと入っていった。

 数分後。


「待たせたね! じゃーん! これが幻影のビキニアーマーだよ!」


 テントから出てきたモアは、全裸だった。


「すごーい! 着てないみたいに軽い! 軽すぎるよこれ!」


 裏路地には、モアの大きな声が響いてきた。


「着てねーよ!」


 俺は叫んだ。


「何言ってるの! ちゃんと着てるよ! ほら、ここが胸当てで、こっちがパンツ!」


 モアが自分の肌をパシパシと叩く。

 ただの地肌だ。


「マホ! お前からも言ってやれ!」


「……素晴らしい機能美。もはや皮膚と一体化している」


 マホも引くに引けなくなっているらしい。

 頭痛がしてきた。


「お、おい、声がでかい!」


 商人が焦ったように注意するが、もう手遅れだ。

 モアが大声で実況しているせいで、大通りの通行人たちが足を止め始めている。


「なんだなんだ?」

「裏路地でなんか騒いでるぞ」

「若い女の声か?」


「おい、静かに……! ちっ……! ずらかるか!」


 商人は木箱を抱えて逃げ出そうとした。


「あー! 商人さーん! 待ってー!」


 モアがお礼を言いに駆け出した。


「ちょっ、待て! 逃げるな商人!」


 俺も追いかける。


 モアは商人を見つけると、背後から全力で抱きついた。

 ガシッ!


「ひでぶっ!?」


 全裸のモアに背後から締め上げられた商人が奇声を上げた。


「もう一枚お願い! マホの分も!」


「あ……が……肋骨が……折れる……」


 ギリギリギリ……!

 商人の体から嫌な音が響く。


「た、助け……! 詐欺でした! 何も入ってません! だから許してぇぇぇ!」


 商人が泣き叫んだ。


「……え?」


 モアの動きが止まる。

 彼女はゆっくりと自分の体を見下ろし、そして商人の顔を見た。


「……え? なにもない?」


「はい! ただの空箱ですから! 命だけは助けてください!!」


 商人が白状した。

 辺りに静寂が流れた。

 モアは顔を真っ赤にして、震え出した。

 騙された怒りか? それとも裸を見られた羞恥心か?


「……なるほど」


 モアが呟いた。


「つまり、おじさんは私に……大事なことを教えてくれたってこと?」


「はいぃぃ!?」


「私は今まで、『なにかは着なきゃダメ』っていう常識に縛られてたんだ……。でも違ったんだね」


 モアが晴れやかな笑顔で言った。


「全裸こそが最強のビキニアーマーだったんだ! ありがとうおじさん! 私、目からウロコだよ!」


「そっちの解釈!?」


 俺はツッコんだ。

 全裸のビキニアーマーってなんだよ。ただの全裸じゃねぇか!


「気に入ったよ! もう防具なんていらないね! これからは一生このままで生きていくよ!」


 モアが全裸で高らかに宣言した。

 その瞬間、俺の中にあった何かが決壊した。


「頼むからビキニアーマー着てくれぇぇぇ!!」


 俺はモアにすがった。

 普段は着てくれなんて死んでも言いたくないが、全裸よりはマシだ。

 究極の選択を迫られた結果、俺はビキニアーマーを懇願することになった。


「えー? アスクはビキニアーマー嫌いだったじゃん!」


「好きだ! 大好きだ! だから着てくれ! 頼むから!」


「しょうがないなぁ……。アスクがそこまで言うなら、着てあげるよ」


 モアは呆れたように肩をすくめると、元の聖女のビキニに着替え始めた。


「そこまでだ!」


 その時、衛兵たちが駆けつけてきた。

 路地裏の騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。


「ビキニアーマーが大好きな変態が暴れていると通報があった! 神聖な王都でなんと破廉恥な……」


 衛兵隊長らしき男が怒鳴り込む。

 しかし、着替え中のモアを見るなり、彼は「あ」という顔をした。


「……なんだ、変態騎士団か」


「誰が変態だ!」


 俺は叫んだ。

 だが、衛兵たちは「はいはい、いつものことね」といった様子で武器を収めた。


 完全にスルーだ。

 もはや王都の衛兵たちにとって、俺たちの奇行は日常風景として処理されているらしい。

 それはそれでどうなんだ。


「あ、ちょっと待ってください! あいつが詐欺師なんです!」


 俺は慌てて商人を指差そうとした。

 だが、そこにはもう誰もいなかった。


「あれ? 商人は?」


「ん? ああ、さっきの男なら、別の衛兵が連行していったぞ」


 隊長が言った。


「どさくさに紛れて逃げようとしていたからな。詰所できっちり絞るぞ」


 どうやら、俺たちが大騒ぎしている間に、すでに御用となっていたらしい。


 こうして、俺は「ビキニアーマーが大好きな変態」という汚名を着せられた悔しさを味わいながら、王都の裏路地を後にしたのだった。

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