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第16話:英雄の日常

 魔王軍四天王を立て続けに二人も撃退し、王都には束の間の平和が訪れていた。

 捕縛した幻惑の将軍をギルドに引き渡し、事後報告の書類の山を片付け、どっと押し寄せてきた新聞記者たちの取材から逃げ回る日々。

 そんな怒涛の事後処理もようやく落ち着き、今日は久しぶりにやってきた完全な休日だ。

 俺は、固く心に誓っていた。


「今日は戦わない。絶対にだ」


 魔物とも、記者とも、そして仲間の奇行とも戦わない。

 ただの一般市民として、穏やかな休日を過ごすのだ。


「アスクー! 買い物に行こうよー!」


「……消耗品の補充が必要」


 モアとマホが揃って部屋に飛び込んでくる。

 二人とも相変わらずのビキニアーマー姿だ。

 休日だろうが、街への買い物だろうが、彼女たちが布を増やす理由にはならないらしい。

 堂々とした露出っぷりに、清々しささえ感じる。


「……まあ、いいか。買い物くらいなら」


 俺たちは街へと繰り出した。

 王都のメインストリートは多くの人々で賑わっていた。


 すれ違う冒険者たちの服装は、以前とは様変わりしていた。

 上半身裸にマントだけを羽織った戦士。

 布面積が極端に少ないローブを着た魔術師。

 王都で大流行の、いわゆる「ビキニスタイル」だ。


「おい見ろ、あれが変態騎士団だ……!」

「噂の最強パーティーか……」

「やっぱり、真の強者は防御を捨てるんだな」


 ひそひそ話が聞こえてくる。

 四天王を撃破の記事が出回って以来、この間違ったブームは鎮火するどころか、より勢いを増していた。


「みんな涼しそうだねー!」


 モアがあっけらかんと言う。


「防御を捨てて攻撃に特化するこのスタイル……王都のトレンド」


「トレンドになってたまるか」


 俺は頭を抱えた。

 最悪だ。

 俺たちの戦いぶりが誤解され、歪んだ形でリスペクトされている。

 確実に俺たちのせいで、王都の風紀はもう滅茶苦茶だ。


「さあ、まずは武器屋に行こう!」


 モアに手を引かれ、馴染みの武具店に入る。

 屈強な髭面のドワーフの店主が出迎えてくれた。


「いらっしゃい! 英雄の皆様だ!」


 店主は満面の笑みだ。


「今日はいいのが入ってますぜ! 最新作『防御力ゼロシリーズ』!」


 店主が並べたのは、もはや防具と呼んでいいのか迷う代物だった。

 ガラスのように透明な盾。

 糸のように細い金属で編まれた、隊間だらけのチェインメイル。


「この盾、敵の攻撃を一回受けると粉砕しますが、その瞬間に魔力が弾けて反撃するんですぜ!」

「こちらの鎧は、防御力皆無ですが、風通しが良くて動きやすい!」


「そんなシリーズ作るな!!」


 俺は叫んだ。

 誰が買うんだそんなもん。


「これいい! 軽い!」


 モアが目を輝かせている。

 なるほど、こういうアホが買うんだな。


「次は別の雑貨屋で……消耗品の補充」


 マホに連れられて向かったのは、高級化粧品店だった。

 ポーションではなく、美容液や乳液が並んでいる。


「……マホ、ここは雑貨屋じゃないぞ?」


「わかってない……。ここで私たちの装備のメンテナンスアイテムを売ってる店……」


 マホは真剣な顔で、小瓶を検分している。


「私たちの装甲は肌……。つまり、肌の強度が防御力に直結する……。保湿は装備のメンテナンスと同義」


「なるほど……?」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 生身で攻撃を受ける以上、肌のコンディションは重要かもしれない。

 いや、騙されるな俺。

 これはただのスキンケアだろ。


「店員さん、このスライム化粧水、ダースで」

「あと、この日焼け止めも」


「かしこまりましたぁ! さすがはお目が高い! あ、実はこちらの新作美容液も、英雄様の透き通るような白いお肌の維持に絶対必須アイテムでしてぇ! 今なら三本セットだと特別価格になりますが、いかがですかぁ!?」


「……完璧な提案。買う」


「ありがとうございますぅ! あ、それならこちらの夜用パックも……!」


 店員の女性が、信じられないほど滑らかな口上で次々と商品をカートに放り込んでいく。

 完全にカモ扱いだった。


「お会計は……あっちの会計係に……」


 マホが俺を指差した。


「は?」


「当然、これはパーティーの経費」


「なんでだよ! 自分の美容代だろ!?」


「違う。これは装備のメンテナンス費用……。私たちの最大の武器である肌を維持するための必要経費……。武器の手入れに金を出さないパーティーリーダーがいる?」


「ぐ……いや、まあ……理屈は通ってるのか……?」


 言いくるめられた気がするが、俺は渋々、財布を取り出した。

 予想以上の金額に、俺の財布が大ダメージを受けたのは言うまでもない。


 ***


 買い物を終えた俺たちは、人気のレストランでランチをとることにした。

 テラス席に座ると、周囲の視線が一斉に集まる。

 憧憬、好奇心、そして山積みの料理に対する困惑。


「いただきます!」


 モアたちの食欲は凄まじかった。

 山盛りの肉料理を、風のような速さで平らげていく。


「お肉! お肉を食べたら強くなる!」


「……モアの言う通り。肉のタンパク質は筋繊維の成長に役立つ……。そして私のサラダもモアが食べて、ビタミンも補給する……合理的」


 マホはスッとモアの方にサラダを押しやる。


「いいの? ありがとう!」


 ガツガツと食べる姿には、色気のかけらもない。

 だが、その生命力溢れる食べっぷりは、見ていてある種の清々しさがあった。


「変態騎士団様だ! いつも街を守ってくれてありがとうございます! 今日は奢りますんで、好きに食べていってください!」


 ガツガツとご飯を食べるモアを眺めていると、こちらに気がついた店主がサービスしてくれた。

 嬉しいが、その呼び名だけはどうにかならないものか。

 俺は「変態って言うな」と小声でツッコミながら、無料の食事を堪能したのだった。


 夕暮れ時。

 帰り道の公園で、俺は決定的な光景を目撃した。

 子供たちが遊んでいる。


「我は不壊の将軍! 防御こそ最強!」


 男の子が木の棒を構える。

 対する女の子は。


「甘い! 鎧に頼るなんて軟弱よ!」


 女の子が着ていた上着を脱ぎ捨てた。


「うわぁぁぁ! 防御を捨てた攻撃には勝てないぃぃ!」


 男の子が倒れる。

 ……なんだその遊びは。


「へへーん! あたしが最強の変態だよ!」


 女の子が仁王立ちしている。

 俺は絶望と共に駆け寄った。


「こら! 服を着なさい! 風邪引くぞ!」


「「やばい、逃げろー!」」


 子供たちが散っていく。

 後に残されたのは、脱ぎ捨てられた上着と、膝をつく俺だけだった。


「……アスク、どうしたの?」


 モアが不思議そうに聞いてくる。


「……いや、なんでもない」


 俺は立ち上がった。

 平和だ。

 魔王軍も来ない、穏やかな休日だ。

 だが、この国は確実に何かに侵食されている。

 俺の戦いは、魔王を倒した後も終わらないのかもしれない。

 そんな予感を抱きながら、俺はビキニアーマーの二人と共に帰路につくのだった。

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