第13話:ビキニで論破!
王都の広場が、異様な熱気に包まれていた。
だが、それはいつものような喧騒や、催し物の歓声ではない。もっと張り詰めた、一触即発の空気だ。
「断じて認められません! このような……破廉恥極まりない格好など!」
鈴のような声が響く。
声の主は、豪奢な法衣に身を包んだ女性だった。
隣国である聖法国の高位聖女、セレーネ。
外交使節団として訪れていた彼女は、街を歩いていた俺たち――正確にはモアとマホを見咎め、激昂していたのだ。
「なんですかその格好は! 即刻そのふしだらな鎧を脱ぎ捨て、悔い改めなさい!」
セレーネの後ろには、完全武装の聖騎士たちが整列している。
対する俺たちは、いつものメンバーだ。
ほぼ裸の重戦士モア。
同じくほぼ裸の魔術師マホ。
そして、胃痛持ちの回復術師、俺ことアスク。
「えー。やだ」
モアが即答した。
大剣を肩に担ぎ、ビキニ姿で堂々と仁王立ちしている。
「これ動きやすいし。王様がくれた最強装備だし」
「なっ……!?」
セレーネが顔を真っ赤にする。
「恥を知りなさい! 神が与えた肉体を、そのように晒すなど……冒涜です!」
「冒涜?」
ふふっ、と冷ややかな笑い声が漏れた。
マホだ。黒髪の長髪を指で弄りながら、セレーネを見下すような視線を向ける。
「定義が間違っている……。冒涜とは、神の御業を否定すること」
「だ、だからこそ、肌を隠し、慎みを持つのが信仰でしょう!」
「非合理的……」
マホは小さく首を横に振った。
「神が人を創りたもうた時、服を着ていた……? 違う。生まれたばかりの原初の二人は全裸だった……。つまり、裸こそが神が設計したオリジナルの状態」
「は?」
セレーネが呆気にとられる。
俺も呆気にとられた。何言ってんだこいつ。
「服とは……人間が勝手に作った、不自然な後付けに過ぎない……。神の最高傑作である肉体を布で隠す行為こそ、神のデザインへの否定……すなわち冒涜」
「な、なにを……!」
「マホの言う通りだよ!」
モアが追撃する。
「この筋肉を見てよ! 鍛え上げた肉体こそ、神様への感謝の印でしょ! 隠したら神様に失礼じゃん!」
モアがポージングを決める。
惜しげもなく晒されている、柔らかそうな大胸筋がピクピクと動いた。
見物人の男たちが「おお……神よ……」と拝み始める。
「くっ……! 詭弁を!」
セレーネが震える拳を強く握りしめた。
変態に言い負かされそうになるな! 頑張れ聖女!
だが、ここでさらなる援軍が現れた。
「その通りです!」
凛とした声と共に、一人の女性が人垣を割って現れた。
以前会った時より布が少なく透けた聖衣を着こんだ、熱っぽい瞳をした少女。
この国の聖女、ルナだ。
「ルナ様!?」
セレーネが驚愕する。
「この国の聖女ともあろう方が、このような露出狂たちを庇うのですか!?」
「言葉を慎みなさい、セレーネ。彼女たちは露出狂などではありません」
ルナは胸の前で手を組み、うっとりとした表情でモアたちを見つめた。
「彼女たちは、あえて身を守る鎧を捨て、受難をその身一つで受け止める……聖人そのものなのです!」
「はぁ!?」
セレーネの声が裏返る。
俺も裏返りそうだ。ルナの勘違いは今日も絶好調だった。
「考えてもみなさい。重厚な鎧で身を固め、安全圏から正義を語るのと……薄皮一枚で敵の刃の前に立ち、痛みを恐れずに戦うのと。どちらが、より神の試練に近いと思いますか?」
「そ、それは……」
「彼女たちは、自らの肉体を聖戦の供物として捧げているのです! 見てください、あの輝く肌を! あれこそが、信仰の輝きなのです!」
ルナの熱弁に、周囲の民衆が「なるほど……」「確かに尊い……」と頷き始める。
宗教論争において、声のデカさと勢いは論理を凌駕する。
「認めません……! そのような異端の解釈!」
セレーネが杖を振り上げた。
「言葉で分からないなら、神の鉄槌を下すのみ! 決闘を申し込む! 我が国の聖騎士団と、そのふざけた騎士団……どちらが神に愛されているか、白黒つけてあげます!」
***
こうして、広場で緊急の模擬戦が行われることになった。
相手はフルプレートメイルに身を包んだ聖騎士二人。
こちらはモアとマホ。俺の回復がない二対二の戦いだが、モアたちは気にする様子もない。
「始め!」
合図と共に、聖騎士たちが突進してくる。
重い足音が響く。防御力は高そうだが、動きは鈍い。
「遅いねー!」
モアが軽いステップで剣撃をかわす。
ビキニアーマーというほぼ裸の格好の最大の利点は、その軽さだ。
「ちょこまかと! 囲め!」
聖騎士たちが連携を取り、モアを追い詰める。
逃げ場のない方向から、重厚な一撃が振り下ろされた。
「モア!」
俺が声を上げるより早く、モアは一歩踏み込んだ。
防御ではない。カウンターだ。
あえて自ら刃に向かっていく。
キィンッ!
甲高い音が響いた。
モアの首筋に迫った剣が、軌道を逸らされて空を切る。
大剣の腹で、神速のパリィを行ったのだ。
さらに、返す刀で聖騎士の脇腹を大剣の峰で強打する。
ドゴォッ!!
「ぐほっ……!?」
一撃。
聖騎士が広場の端まで吹き飛ばされ、昏倒した。
「なっ……!?」
残る聖騎士が目を見開く。
「弾いた!? あの体勢から反撃まで……!」
「私、最強!」
モアが笑う。
あんな絶妙な技術、普通の人間には不可能だ。
……って、待てよ。
(避けれるんじゃねえか!)
俺は心の中で盛大にツッコんだ。
彼女の肌の強度は普通の女の子と変わらない。当たり前だ、人間なんだから。
だから普段は、肉を切らせて骨を断つ戦法で血まみれになっているのだが……。
(本気出せばノーダメージで勝てる腕があるなら、普段からそうしてくれよ! 俺の胃痛が減るだろうが!)
回復魔法があるという安心感が、彼女をバーサーカーに変えてしまっているらしい。
なんて迷惑な話だ。
「次、私……」
マホの方にも、別の聖騎士が迫っていた。
鋭い突きが繰り出される。
「あの体勢から予測される攻撃パターンは3つだけ……。そのうち、体重移動から見て突きが来る確率は98%……」
マホはブツブツと呟きながら、最小限の動きで回避した。
紙一重。
切っ先がビキニの紐を揺らすが、肌には触れない。
完全に動きを見切っている。
「遅い……。重装備は関節可動域が狭いから、予測が容易……」
踏み込みすぎて体勢を崩した聖騎士の背中に、マホが杖を突きつけた。
「重鎧は熱伝導率がいい……。蒸し焼きにする」
「『ファイアボール』」
放たれた火球が、聖騎士の背中で炸裂する。
直撃ではない。だが、熱波が鎧を熱する。
「あつっ! 熱い!」
中身が蒸され、聖騎士たちがたまらず動きを止める。
その隙を、モアは見逃さない。
「とぉぉぉ!」
大剣の一閃。
だが、刃は使わない。大剣の腹で鎧を思い切り引っぱたいた。
ゴォォォン! と鐘のような音が響き、最後の聖騎士が目を回して倒れる。
勝負あり。
静まり返る広場。
無傷のモアとマホが、夕日を浴びて立っていた。
「……神は」
ルナが震える声で告げる。
「神は、彼女たちを選ばれました……!」
「おおおおお!!」
民衆が歓声を上げる。
セレーネがその場にへたり込んだ。
「そんな……聖騎士が、あんな裸の変態に負けるなんて……。神よ、私たちは間違っていたのですか……」
涙を流し、崩れ落ちるセレーネ。
「ふふ、わかりましたかセレーネ。さあ、貴女もその重い衣を脱ぎ捨てて、風を感じなさい……」
ルナが危ない目つきでセレーネに近づく。
セレーネが怯えて後ずさる。
「ひぃっ! ち、近寄るな! この露出狂!」
セレーネは悲鳴を上げて逃げ出した。
聖騎士たちも這うようにして逃げていく。
完全勝利だ。
「やったよアスク! 論破した!」
モアが無邪気に笑う。
「……フィジカルでな」
俺はため息をついた。
こうして、宗教論争は筋肉と魔法の暴力によって解決したのだった。




