第11話:魔王軍幹部現る!
常夏のリゾートから帰還した俺たちは、その足で冒険者ギルドへと呼び出された。
ギルドマスター室。
いつもは豪快なギルドマスターが、今日ばかりは深刻な表情で地図を睨んでいる。
「よく来てくれた、アスク君。それに……」
マスターの視線が、俺の後ろにいる二人に移る。
ビキニアーマー姿のいつもの二人だが、今は全身が見事に小麦色に焼けていた。
南国の太陽を浴びすぎた結果だ。
もっとも、俺のヒールをかければ一瞬で美白に戻るのだが、「この日焼け跡こそがバカンスの勲章」とか言って治させてくれない。
「……まあいい。単刀直入に言おう」
マスターは咳払いを一つして、地図の一点を指差した。
「北の国境砦が襲撃された。敵は、魔王軍だ」
「魔王軍?」
俺は眉をひそめた。
この世界には魔王が存在するらしいが、ここ数百年はその活動が確認されていなかったはずだ。
「ああ。しかも、ただの雑兵ではない。四天王の一角、不壊の将軍と呼ばれる魔王軍の幹部だ」
四天王……RPGっぽくて心が踊るな。
「奴は全身をアダマンタイトの鎧で覆った鉄壁の騎士だ。砦の兵士たちの攻撃が一切通じず、壊滅寸前だという」
アダマンタイト。
魔法金属の中でも最高の硬度を誇る、伝説の金属だ。
「そこで、貴殿らの出番だ。変態騎士団の常識外れの戦い方に期待したい」
「……わかりました。引き受けましょう」
こうして、俺たちはすぐさま北の国境砦へと向かうことになったのだった。
***
砦は悲惨な状況だった。
城壁は破壊され、兵士たちが血まみれで倒れている。
その中心に、異様な存在感を放つ巨漢が立っていた。
身長2メートル超。
全身を黒光りする分厚い鎧で覆い、手には巨大な鉄球を持っている。
顔すら兜で隠れており、表情は見えない。
「脆弱、脆弱ぅ!」
将軍が鉄球を振り回す。
その鉄球が触れただけで、石造りの城壁が紙細工のように粉砕される。
「人間どもの攻撃など、蚊ほども効かぬわ!」
兵士たちが放つ矢や魔法が直撃しても、鎧には傷一つ付かない。
防御こそ最大の攻撃。
それを体現するような姿だ。
たとえ一撃の破壊範囲が狭かろうと、攻撃が一切通用しないとなればこの砦が落ちるのも時間の問題だろう。
「撤退だ! 勝てるわけがない!」
指揮官が叫ぶ。
その時だった。
「たのもー!」
戦場に似つかわしくない、モアの明るい声が響いた。
兵士たちが振り返る。
そこに立っていたのは、日焼けしたビキニアーマーの二人娘だった。
目立ったモアに気を取られた将軍の死角から、マホが放った魔法が着弾。激しく爆発した。
鼓膜を揺らす轟音。
石壁すら吹き飛ばす威力だが、煙が晴れるとそこには全く無傷の巨漢が立っていた。
アダマンタイトの鎧にはへこみ一つ付いていない。
「……なんだ、貴様らは?」
将軍が鉄球を振り回す手を止めた。
兜の奥から、困惑の気配が漂ってくる。
無理もない。
血なまぐさい戦場にリゾート帰りの露出狂が現れ、いきなり魔法を撃ってきたのだから。
「慰問のダンサーか? いや、その目は……戦士の目だ」
さすがは四天王。
彼女たちの異常な気迫を見抜いたようだ。
「貴様ら、なぜ鎧を着ない? その肌を晒して戦場に立つなど、自殺願望でもあるのか?」
「鎧?」
モアが鼻で笑った。
「鎧なんて飾りだよ! 偉い人にはそれがわからないの!」
名言が出た。いや、迷言か。
「飾りだと? 我が絶対防御のアダマンタイトを愚弄するか!」
「防御なんて必要ないからね! 行くよマホ!」
モアが大剣を構えて突っ込む。
マホも続いた。
「愚かな……死ねぇ!」
将軍が鉄球を振り下ろす。
風を切る音だけで鼓膜が破れそうな、必殺の一撃。
モアは、避けなかった。
「んんっ! 重い一撃!」
ドゴォォォン!!
鉄球がモアの胴体に直撃した。
グシャリ、と肋骨が砕ける音が響く。
普通なら即死。上半身と下半身が泣き別れになるレベルだ。
「『ハイ・ヒール』!」
俺の声と共に、光がモアを包む。
次の瞬間、ひしゃげた身体が一瞬で元通りになった。
「ふう、効いた効いた。でも……」
モアはニヤリと笑った。
「動きは見切った!」
「な、なにぃ!?」
将軍が驚愕する。
直撃を受けたはずの少女が、何事もなかったかのように立っているのだ。
「なぜ死なん!? なぜ骨が砕けて笑っていられる!?」
「痛みを感じないわけじゃない……」
マホが魔法弾を放ちながら言う。
「でも、アスクがいれば死なない……。死なないなら、それはかすり傷と同じ!」
「狂っている……!」
将軍が後ずさる。
絶対的な防御力を誇る彼にとって、「防御を捨てて肉体で受ける」という戦法は、理解の範疇を超えていた。
「防御を捨てるとは……貴様らに恐怖の感情はないのか!」
「ビビりだね! 傷つくことを恐れて鎧に隠れるなんて、臆病者のすることだよ!」
「魔術師は体全体でマナを取り入れる……。だったら、肌面積を増やすのが合理的……」
暴論だ。
だがその暴論が、二人の威勢によって真理のように響いている。
「こ、こいつら……頭がおかしい……!」
将軍の精神が揺らいだ。
その隙を、彼女たちは見逃さない。
モアが大剣を上段に構えて突っ込む。
防御する気など毛頭ない、完全な捨て身の構え。
同時に、後方からマホが一歩も動かず、無表情のまま炎の弾を連射した。
ドムッ、ドムッ、と将軍の胸元で連続して爆発が起こる。
「小賢しい! こんな花火で我が鎧が破れるか!」
将軍は鬱陶しそうに巨大な鉄球を横薙ぎに振るう。
モアはその凶器を一切避けようとせず、腹部でモロに受け入れた。
「ぐふっ……!」
ドゴォォォォン!!
再びモアの下半身が吹き飛び、上半身だけが宙を舞う。
だが、その手から大剣は離れていない。相手の振りが終わった直後、つまり最大の隙だ。
超回復の光を浴びながら、吹き飛ばされた上半身の腕で彼女は刃を振り下ろした。
「その兜だと上は見えないよねぇぇぇ!」
ガァァァン!!
肉片から再生したばかりとは思えない渾身の一撃が、将軍の胸元──マホの爆発が集中していた箇所に直撃する。
重い金属音が響く。よく見ると、将軍の鎧には小さなへこみができていた。
「何度やろうと無駄だ! 我が鎧は……!」
「いくよマホ! もう一回!」
モアが着地と同時に再び跳躍する。
マホの炎の弾が、寸分違わず先ほどと同じ胸元へ立て続けに着弾し、炎を上げる。
苛立った将軍が鉄球を頭上から叩き落とし、モアの頭蓋骨と背を粉砕した。
ドグシャァァ!!
「『ハイ・ヒール』!」
俺の回復が間に合い、グチャグチャになった肉体が瞬時に元のビキニアーマー姿へと復元される。
そしてモアは、やはり同じ箇所へ大剣を叩き込んだ。
ガァァァン!!
「ちぃっ……埒が明かん! ならば元凶から潰すまで!」
二度の確実な死をなかったことにされる異常事態。
ついに将軍が狙いを変え、後方に立つ俺へ向けて左腕のガントレットから無数の鉄の棘を射出した。
「……耐えて」
マホが杖を振る。
バンッ! という短い爆発音と共に、俺の足元の地面が急激な推進力を生み出し、俺の体を数メートル上空へと跳ね上げた。
直後、さっきまで俺が立っていた場所に無数の鉄棘が突き刺さる。
「あっちぃぃぃ!! 足の先っぽ焼けた! 『ヒール』!」
急いで自身の足に回復魔法をかける。
強引すぎる緊急回避だが、着弾地点は見事にずれた。
「小賢しい! ならば空中で仕留めるまで!」
将軍が、空中にいて身動きの取れない俺へ向け、もう片方のガントレットから追撃の棘を連射する。
だが、その弾幕が俺に届くことはなかった。
ドスッ、ドスッ! と鈍い音が連続して響く。
俺と将軍の間に割って入ったモアが、自身へ向かってくる大量の鉄棘を避けることも弾くこともせず、すべてその無防備な肉体で受け止めていたのだ。
細い手足や腹部に無数の棘が深々と突き刺さり、血飛沫が舞う。
モアは棘だらけの血だるまになりながらもニヤリと笑い、そのままの勢いで一気に将軍の懐へと踏み込んだ。
狙いはやはり、将軍の胸元の一点。
そこは、マホが執拗に同じ場所へ撃ち込み続けた連続爆発によって、すでにドス黒く赤熱していた。
マホの魔法は火力が目当てではなく、鉄の装甲を熱して柔らかくするための布石だったのだ。
「『ハイ・ヒール』!」
俺の声と共に、空中で放った回復の光がモアを包む。
体に突き刺さった鉄棘が抜け落ち、傷口が瞬時に塞がれた。
モアが大剣を振り上げた瞬間、マホがその背にピタリと張り付く。
杖の先端を大剣の峰に押し当てた。
「自爆特攻か!? 狂人どもめがぁぁ!」
将軍も迎撃のため、巨大な鉄球を振り下ろす。
だが、それより早くマホの魔法が炸裂した。
「『エクスプロージョン』」
「『リジェネレイト・ヒール』!!」
鼓膜が破れるほどの轟音。
モアの背後で発生した超威力の爆発が、凄まじい推進力となって大剣を押し出した。
ゼロ距離の爆心地にいた二人の全身がエネルギーの奔流を浴び、体が肉片となって千切れ飛ぼうとする。
だが、俺の放った継続回復魔法がそれを許さない。
数秒間、対象を強制的に再生させ続ける光の波が、焦げ飛び、削れる肉体をその端から強引に繋ぎ止めていく。
破壊と再生の無限ループ。
痛覚すら置き去りにするその異常な状態のまま、モアは特大の推進力を得た大剣を振り抜いた。
ズドォォォォン!!!
モア自身の膂力と、背後からの爆発の加速。
そのすべてが乗った渾身の一撃が、十分に赤熱し脆くなっていた将軍の胸元へ叩き込まれた。
ピキッ。
直後、強烈な温度差と特大の物理的衝撃に耐えきれず、アダマンタイトの鎧に無数の亀裂が走る。
パリンッ、と甲高い音を立てて、絶対の防御を誇った不壊の鎧がバラバラに砕け散った。
「ぐわあああああ!!」
中から現れたのは、意外にも華奢な男だった。
鎧に守られていたその肌は白く、傷一つない。
彼は恐怖に顔を歪め、腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃぃぃ! 変態! 近づくなぁぁぁ!」
将軍は涙目で叫ぶと、脱兎のごとく逃げ出した。
もはや威厳のかけらもない。
が、後ろからモアが追い付いて、後ろから首を極めて締め落とした。
やはりビキニアーマーは速さが違う。
静寂が戻る。
砦の兵士たちが、呆然と俺たちを見ていた。
そして、誰かが呟いた。
「すげぇ……不壊の将軍を、生身で……」
「そうか……俺達が弱かったのは、鎧に頼っていたからか……」
ガチャ、と音がした。
一人の兵士が、兜を脱ぎ捨てた。
続いて、胸当ても外す。
「俺も……脱ぐぞ! 真の強さは、裸にあるんだ!」
「うおおおお! 俺もだ!」
連鎖反応。
兵士たちが次々と鎧を脱ぎ捨て始めた。
「やめろ! お前らは死ぬぞ!」
俺は叫んだ。
だが、彼らの目には熱い光が宿っている。
変態二人の精神は、国の兵士たちに確実に受け継がれてしまったらしい。
俺は頭を抱え、遠い空を見上げた。
魔王軍との戦いは、まだ始まったばかりだ。




