第10話:ビキニの本領! 水中戦!
季節は冬。
あいも変わらず王都は一面の銀世界だ。
一方宿の中の俺は、魔道具のこたつから出られない生活を送っていた。
寒い。無理。動きたくない。
そんなある日、王宮から使者がやってきた。
先日の暗殺者撃退への褒賞として、王様からあるものが贈られたのだ。
「……南の島?」
「はい。王家御用達のリゾート地への特別招待券です。転移ゲートを使えば一瞬でございます」
使者の言葉に、俺はこたつから飛び出した。
南の島。
つまり、暖かい。
この極寒地獄から脱出できるなら、悪魔に魂を売ってもいい。
「行きます! 今すぐ行きます!」
「やったー! 海だー! ビキニの本場だー!」
「……南国バカンス、いいね」
モアたちも大はしゃぎだ。
こうして俺たちは、転移ゲートをくぐり、常夏の楽園へと旅立った。
***
ゲートを抜けた瞬間、強烈な日差しが俺たちを出迎えた。
空は突き抜けるように青く、目の前にはエメラルドグリーンの海が広がっている。
そして、気温は30度オーバー。
「あ……あつぅ……」
俺は即座にコートを脱ぎ捨て、セーターを脱ぎ、シャツのボタンを全開にした。
暑い。
さっきまで氷点下だったのだ。真冬の厚着に真夏の太陽を浴びては身体に悪い。
だが、隣の二人は違った。
「暑ーい! 最高ー!」
モアが両手を広げる。
彼女たちの服装は、いつものビキニアーマーだ。
面積は極小。ほぼ裸だ。
にもかかわらず、彼女たちは額に玉のような汗を浮かべていた。
「ねえアスク、暑いよー」
モアがビキニの端を摘んでパタパタと仰ぐ。
「こんなに暑いなら、これ脱いでもいい?」
「は?」
俺は思考が停止した。
脱ぐ? 何を?
今着ているビキニを?
「私も賛成……。熱の排出口を確保しないと、脳がオーバーヒートする」
マホが真顔で、ビキニの紐に手をかける。
「馬鹿野郎!!」
俺は全力で叫んだ。
「ダメだ! 絶対ダメだ! ここには一般客もいるんだぞ!」
見渡せば、リゾートビーチには多くの客がいる。
皆、水着姿でバカンスを楽しんでいるが、さすがに全裸はいない。
「えー、でも暑いしー」
「我慢しろ! というか海に入れ! 海に入れば涼しいから!」
俺は必死に説得し、彼女たちを波打ち際へと追いやった。
危なかった。
危うくリゾート地が公然猥褻の現場になるところだったぜ。
しかし、彼女たちが海で泳ぎ始めたその時だった。
ドォォォン!!
沖合で巨大な水柱が上がった。
海水浴客たちの悲鳴が響き渡る。
「きゃああああ!!」
「魔物だー!!」
現れたのは、巨大なイカだった。
クラーケン。
船すら沈める海の怪物だ。
十本の触手が荒れ狂い、逃げ惑う人々を捕らえようとしている。
「獲物だ!」
モアが叫んだ。
彼女は大剣を構え、躊躇なく海へと飛び込んだ。
「行くよマホ! 今日のご飯は焼きイカだー!」
「了解。イカは鮮度が命」
二人が海を割り進む。
速い。
イルカも真っ青のスピードだ。
「おい待て! 海中で戦うのは無謀だ!」
俺の声は届かない。
クラーケンは二人の接近に気づくと、墨を吐き、深海へと逃走を図った。
「逃がすかぁぁぁ!!」
モアたちは止まらない。
そのままクラーケンを追って、深く、暗い海の中へと潜っていく。
俺は頭を抱えた。
いくらなんでも、水中では息が続かない。
窒息死する。
「……くそっ! やるしかないのか!」
俺は砂浜に駆け寄り、海に向かって杖を構えた。
位置を感じ取る魔法で、彼女たちの座標を特定する。
もうかなり深い。
「『ロング・レンジ・エリア・ヒール』!!」
俺は最大出力で回復魔法を放った。
狙うのは肺だ。
酸素が欠乏し、細胞が壊死する端から魔法で無理やり再生させる。
海中。
モアは苦しそうに泡を吹いていた。
「ぶべらっ! 苦し……!」
海水を飲み込み、肺が悲鳴を上げる。
普通なら溺死だ。
だが、次の瞬間、光が彼女を包む。
「……あれ? 治った! 息ができる気がする!」
息はできていない。
溺れながら回復しているだけだ。
だが、モアにとって「死なない」なら「平気」と同義だった。
「行くぞオラァァァ!!」
モアが大剣を振るう。
水の抵抗? 関係ない。
筋力で無理やり水を押し退け、真空の刃を生み出す。
「ぐぶっ……! す、水圧で内臓が……潰れる音……面白い……」
マホもまた、深海の水圧を楽しんでいた。
鼓膜が破れても、肺が潰れても、即座に治る。
「海水なら伝導率は最大……『ギガ・サンダー』」
強烈な雷撃が放たれる。
当然、自分も感電する。
だが、治る。
クラーケンは驚愕していた。
(ナゼ!? ナゼコイツラハ息ガ続ク!? ナゼ水圧デ潰レナイ!?)
明らかに海中に適応できていなさそうなのに、平然と動き回っている。
(コイツラ本当ニ人間カ!?)
常識の範囲外の敵に本能的な恐怖を感じたクラーケンは、より一層抵抗を強めた。
しかし……
「とったぁぁぁ!!」
モアの一撃が、クラーケンの足を切断する。
マホの雷撃が、巨大な身体を焼き尽くす。
数分後。
浜辺に、巨大な焼きイカが打ち上げられた。
その横に、ずぶ濡れの二人が上がる。
「ぷはぁー! 死ぬかと思った!」
モアが海水を吐き出しながら笑う。
死ぬかと思った、ではない。
何度も死にかけていたのだ。
「いいデータが取れた……。人間は、回復魔法があれば呼吸が不要だということが証明された」
「アスクのヒール最高!」
助けられた人々が、恐る恐る近寄ってくる。
そして、歓声が上がった。
「すげえ!!」
「素潜りでクラーケンを倒したぞ!」
「あいつら、人間か!?」
また変な誤解が生まれた。
だが、俺はもう訂正する気力もなかった。
目の前の焼きイカから、食欲をそそる匂いが漂ってきていたからだ。
「……まあ、いいか。イカは美味そうだし」
俺たちは浜辺で焼きイカパーティーを開催した。
なぜかこの国に流通している醤油と、バターで味付けされたクラーケンは絶品だ。
冷えたビールを片手に、俺は諦めの眼差しで南国の夕日を眺めるのだった。




