第01話:ビキニアーマーの誕生
冒険者ギルドの喧騒の中、俺は目の前に座る二人の少女たちを見つめていた。
彼女たちは、この世の春を謳歌するかのようにパフェをつついている。
「んー! このベリーのやつすっごい美味しい!」
「……モア、そのソース……成分分析したいからサンプル寄越して」
無邪気な笑顔を浮かべる赤髪ロングの少女モアと、無表情でパフェを突つく黒髪ロングの少女マホ。
一見すると、仲の良い普通の冒険者パーティーだ。
……そう、中身を知らなければ。
俺はため息をつきながら、手元の羊皮紙に視線を落とす。
そこには、今月の収支報告書が記されていた。
赤字。
圧倒的赤字。
その原因は、彼女たちの装備修繕費だ。
「……なぁ、お前ら」
俺が声をかけると、二人はスプーンを咥えたままキョトンとこちらを見た。
「ん? どしたのアスク?」
「……何?」
「今月の報酬、修繕費で全部飛んだぞ」
「えー、またぁ?」
モアが心底不思議そうに首を傾げる。
「あたしたち、ちゃんと依頼達成したよね? オークの集落、壊滅させたじゃん」
「させたな。更地にしたな」
「じゃあなんでお金ないのさ」
「お前らが攻撃を避けないからだ!」
俺はテーブルを叩いた。
そう、このパーティーの問題点はそこにある。
彼女たちは、避けない。
防御しない。
肉を切らせて骨を断つどころか、肉も骨も内臓も断たせて、相手の首を獲る。
それができるのは、俺がいるからだ。
俺には秘密がある。
……いや、秘密というほど大層なものではないが、俺は転生者だ。
前世の記憶を持ち、そしてこの世界で聖女すら凌駕する規格外の回復魔法を授かった。
欠損した手足は一瞬で生え変わり、潰れた内臓は瞬きする間に元通り。
最強のヒーラー。それが俺の肩書きだ。
だが、最強の回復魔法があるからといって、痛みがないわけではない。
普通なら腕が飛べば痛い。怖い。戦えなくなる。
しかし、こいつらは違う。
恐怖心が、欠落しているのだ。
「だって……」
マホがジト目で俺を見て、淡々と言った。
「避けてる時間のロス、すごくない……? アスクが治してくれるなら、被弾前提でダメージを最大化したほうが効率的」
「理論はわかるが、装備が保たないんだよ!」
「……それは、確かに問題」
今月だけで、モアの鎧は三回スクラップになった。
マホの高級ローブも、自爆覚悟の至近距離で魔法を使うせいでボロボロだ。
「このままだと破産だ。来週の宿代も払えない」
俺が頭を抱えていると、不意にマホがフォークを置いた。
「……あ、じゃあ」
「……嫌な予感しかしないが、なんだ」
「鎧を、着なきゃいい」
時が止まった。
俺は耳を疑った。
「……は?」
「鎧が壊れるからお金がかかる……なら、最初から着なければいい。修理費ゼロ。コストカット……完璧」
マホは表情一つ変えずに言い放った。
そこにすかさずモアが乗っかった。
「あ、それいいかも! あたし前から思ってたんだよねー、鎧って重いし動きにくいし。肩凝るんだもん」
「……ん。装備がないと動きやすいし……あと……」
「なんだ?」
「普通の服も、攻撃を受ければ破れて……買い替えや修繕にお金がかかる」
「……まあ、そうだな」
装備も高いが、中世は布も高級品だ。
特にこいつらのようにノーガード戦法をとるなら、普通の服代だって馬鹿にならない。
「でも、生身なら……アスクが治せばタダ。元通り」
「……まさか」
「つまり、布の面積を極限まで減せば、被害は最小限に抑えられる。……結論、ビキニこそが最強の経済的装備」
「天才だ!!」
モアが目を輝かせて拍手した。
待て待て待て。
こいつら、何を言っているんだ。
ついでに補足とばかりに、マホが付け加える。
「……あと、かの大魔術師エ・ロスの『露出面積とマナ吸収率は比例する』って論文、読んだことある。脱げば脱ぐほど強くなる……試す価値、あるかも」
誰だその怪しい魔術師。その論文もたぶん怪しい雑誌の記事だろ。
「お前ら、正気か? ビキニでダンジョンに潜るなんて自殺行為だぞ」
「「でもアスクがいるじゃん」」
二人の声が重なった。
全幅の信頼。
それは嬉しいが、使い所が間違っている。
「死ななくても、痛いのは嫌だろ?」
「んー、まぁ痛いのは嫌だけど」
モアがパフェの残りを掬いながら言う。
「我慢すれば焼肉食べ放題なんでしょ? じゃあ我慢する」
「……私も。浮いたお金で魔道具買えるなら……痛みくらい、」
ダメだ。
こいつらの天秤は壊れている。
「命の危険」より「食欲・物欲」が重いのだ。
「却下だ。そんなふざけた格好で歩けるか」
「えー、なんでよー」
「アスクのいけず……」
ブーイングの嵐。
だが、こればかりは譲れない。
ただでさえ「あいつら頭おかしい」と噂されているのだ。
これ以上、変な噂を増やしたくない。
しかし、現実は非情だった。
ギルドを出て武具屋に向かった俺たちは、店主から無慈悲な宣告を受ける。
「あー、これもう修理無理だわ。買い替えだね」
モアの鎧、全損。
新しい鎧の価格、金貨50枚。
俺たちの手持ち、金貨5枚。
「……」
俺は沈黙した。
モアが俺の袖を引っ張る。
「ね、アスク。ビキニなら持ってるよ!」
「……」
俺は天を仰いだ。
***
翌日。
俺たちはダンジョンの入り口に立っていた。
周囲の冒険者たちの視線が、痛いほど刺さる。
それも当然だ。
俺の隣には、とんでもない格好の二人組がいるのだから。
まず、大剣使いのモア。
彼女の装備は、面積の極端に少ない布切れ……もとい、ビキニだ。
しかも、防御力など皆無の、ただの布。
豊満な胸の谷間も、引き締まった腹筋も、太ももも、全てが露わになっている。
背中には身の丈ほどもある大剣。
赤髪のロングヘアが風になびき、そのアンバランスさは狂気すら感じさせる。
次に、魔術師のマホ。
彼女に至っては、もはや犯罪スレスレだ。
極限まで露出度を高めたマイクロビキニ。
黒髪ロングにボソボソとしたダウナーな雰囲気。なのに格好は痴女。
「……なぁ、本当にいいのか? 今ならまだ引き返せるぞ」
俺は最後の説得を試みた。
しかし、彼女たちは一切気にしていない。
「何言ってんのアスク、身体軽いよー! 最高!」
「……ん。風通し、いい。マナが肌に馴染む感覚……悪くない」
ダメだ、こいつら。
羞恥心とか恐怖心とか、そういう人間として大切な何かが根本から欠落している。
周囲からはヒソヒソと声が聞こえてくる。
「おい見ろよ、あれ……」
「正気か? あの装備で潜る気か?」
「いや、逆に考えるんだ。あれほどの軽装……もしや、攻撃を一度も受けない達人集団なのでは?」
「なるほど……先手必勝を極めた修羅のパーティーか……!」
違う。
全然違う。
ただの金欠のバカ集団だ。
だが、誤解は勝手に広まっていく。
俺は深くフードを被り、顔を隠した。
他人の振りをしたかった。切実に。
「よし、行こう! 今日の晩飯は特上カルビだー!」
モアが意気揚々と大剣を掲げ、ダンジョンへの階段を駆け下りていく。
「……データ収集、開始する」
マホも淡々と続く。
俺は重い足取りで、その後を追った。
胃が痛い。
これなら、王都でバイトして装備を買ったほうが良かったかも知れない。
***
ダンジョンに入って最初に出くわしたのは、ゴブリンの群れだった。
ごく一般的な下級モンスターだ。
普通なら、前衛が盾で攻撃を受け止め、後衛が牽制し、隙を見て殲滅する。
それがセオリーだ。
だが、我がパーティーにセオリーなど存在しない。
「うおおおおお! 肉ぅぅぅぅ!」
モアが雄叫びを上げて突っ込む。
防御? 回避? そんなものはない。
ゴブリンの剣が、モアの生身の肩に突き刺さる。
ドスッ、という嫌な音が響き、鮮血が舞った。
並の冒険者なら悲鳴を上げて蹲るところだ。
「ぎゃあああああああ!! いだぃぃぃぃ!!」
モアが絶叫する。
脂汗を垂れ流し、目は血走り、苦悶の表情で喚き散らす。
だが、その手は止まらない。
「痛い痛い痛い! 死ねぇぇぇ!!」
剣が刺さったまま、泣き叫びながらゴブリンの腕を掴み、問答無用で大剣を振り下ろす。
ゴブリンが真っ二つになる。
返り血を浴びて、モアのビキニと白い肌が赤く染まる。
「アスク、ヒール!」
「……『ハイ・ヒール』」
俺は無感情に杖を振る。
光がモアを包み込み、傷口が一瞬で塞がる。
傷跡一つ残らない完璧な修復。
「さんきゅー! 次ぃ!」
モアは血濡れの笑顔で次の獲物へ向かう。
「……私も、実験」
マホが杖を掲げて敵中に歩き出す。
普通なら遠距離から攻撃するべきだが、彼女はなぜかゼロ距離まで接近した。
「……喰らえ。『エクストラファイアボール』」
ボソッと呟き、至近距離で爆発を起こす。
ゴブリンたちが吹き飛ぶが、当然、マホ自身も爆風に巻き込まれる。
ボロボロになったマホが、煤だらけの顔で這い出してきた。
「……あ。……痛」
表情を変えずにピクピクしている。
……バカなの?
「……計算より、ちょっと痛いかも。アスク、治して」
「お前、いい加減にしろよ……『エリア・ヒール』」
俺は溜息混じりに範囲回復を飛ばす。
マホの火傷が癒え、もとの白い肌に戻る。
「……ん。元通り。……やっぱり、魔法は威力の減衰しない至近距離に限る。……露出効果で威力も上がってる。たぶん」
「自爆してる時点で全部間違ってんだよ!」
これが、俺たちの戦い方だ。
防御を捨て、回避を捨て、己の肉体を囮にして、相手を殺す。
死ななければいい。治ればいい。
そんな狂った理屈がまかり通る光景。
「……帰りたい」
俺は呟いた。
目の前では、ビキニ姿の少女たちが血まみれになりながらゴブリンを虐殺している。
その光景は、もはや冒険ではない。
スプラッターホラーだ。
だが、皮肉なことに殲滅速度は異常に早かった。
防御や回避に使う時間をすべて攻撃に回しているのだから、当然と言えば当然だ。
俺のMPが続く限り、彼女たちは無敵のゾンビ軍団なのだ。
***
そして、最深部。
俺たちの前に立ちはだかったのは、ダンジョンの主であるオークキングだった。
身長三メートルを超える巨躯。
鋼鉄すら砕く巨大な斧。
全身を覆う筋肉の鎧。
威圧感だけで、並の冒険者なら足がすくむだろう。
「グオオオオオオオオオッ!!」
オークキングが咆哮を上げる。
空気が震え、洞窟の天井からパラパラと小石が落ちてくる。
だが。
「でっかーい! お肉いっぱい!」
「……実験体としては、悪くない」
我がパーティーの二人は、微塵も動じていない。
彼女たちはビキニ姿のまま、悠然と歩みを進める。
「行くよ、マホ!」
「……了解」
モアが正面から突っ込む。
オークキングが巨大な斧を振り下ろす。
避けろ。普通ならそこで避けるんだ。
だがモアは、避けない。
ニヤリと笑い、大剣を下から掬い上げるように振るう。
――バキィン!
何かが砕ける音が響き渡ると同時に、鈍い肉の千切れる音がした。
モアの大剣がオークの脇腹を切り裂く。
しかし、代償として、オークの斧がモアの左肩に食い込んでいた。
鎖骨が砕け、肩が半ばまで断ち切られている。
おぞましい光景に、俺は思わず目を背けたくなる。
「ぎゃああああああああ!!」
鼓膜が破れんばかりの絶叫が洞窟に木霊する。
砕かれた鎖骨、切断された神経。
その激痛は想像を絶する強さのはずだ。
モアはボロボロと涙を流し、涎を垂らしながら、それでも笑った。
「い、痛い……けど……捕まえたぁッ!!」
狂気。
痛みで発狂寸前の脳を無理やりアドレナリンでねじ伏せ、残った右腕一本で大剣を押し込む。
「アスク! 今!」
「『エクストラ・ヒール』」
俺の魔法が発動する。
モアの左肩から光が溢れ、斧を押し出しながら肉と骨が再生する。
一瞬で完治。
オークキングが驚愕に目を見開いた……ように見えた。
自分が致命傷を与えたはずの敵が、無傷で立っているのだから。
「……隙だらけ」
その隙を見逃すマホではない。
オークの背後に回り込み、杖を突きつける。
「……最大火力。『エクストラファイアボール』」
至近距離での爆炎。
オークキングの背中の肉が吹き飛び、同時にマホ自身も爆風で壁まで吹き飛ばされる。
「……っ!?」
壁に激突し、マホがぐったりと倒れる。
自爆ダメージで瀕死だ。
しかし、すぐにユラリと立ち上がった。
「……効いた。……たぶん」
「うるさい! 死ぬぞお前!」
こいつら、本当に命をなんだと思ってるんだ。
『リフレッシュ・ヒール』
マホの体が光に包まれ、復活する。
「モア……とどめ」
「うおおおお! フルパワー斬り!!」
モアが大剣を振り上げる。
マホの爆撃で体勢を崩したオークキングの首目掛け、渾身の一撃。
ズバァァァン!!
オークキングの巨体が崩れ落ちる。
土煙が晴れると、そこにはオークキングの死体が転がっていた。
一方、俺たちは全員無傷。
装備は……激しい戦いにただのビキニが耐えられるはずもなく、二人は真っ裸だ。
「やったー! 勝ったー!」
「……ん。任務完了」
戦闘が一段落したことを確認したマホは荷物持ちである俺に駆け寄ると、バックパックから二人分のビキニを取り出し、片方をモアに手渡した。
「……布面積が少ないから、大量に持ち運べる。破れてもすぐ着替えられる。……携帯性、経済性、共に最強」
「ありがとう! 便利だね!」
こうして、二人は装備も体も無傷の状態に戻った。
だが、その体には返り血だか自分たちの血だかわからないものがべっとりと付着している。
俺は、その場にヘタリ込んだ。
MPにはまだ余裕がある。
だが、目の前であのスプラッターを見せつけられたのだ。精神力が限界だった。
「……帰ろう」
「うん! お腹空いた!」
俺たちは先ほどのゴブリン戦でついた血を『クリーン』の魔法でキレイにしてから、ダンジョンを後にした。
その背中に、後続の冒険者たちの畏怖の眼差しを感じながら。
***
ギルドへの報告。
受付嬢が、俺たちが持ち帰った戦利品の山を見て目を丸くしている。
「こ、これ全部……本日の成果ですか?」
「はい。オークキングとその取り巻きです」
俺が答えると、ギルド内がざわめいた。
「おい、嘘だろ……あのオークキングを?」
「あいつら、あの格好で?」
「とんでもねぇ凄腕だ……」
「あの、装備の方は……」
受付嬢がビキニを装備している二人を見て、赤面しながら尋ねてくる。
白い太ももやお腹がさらけ出され、傷一つない肌が露わになっている。
「大丈夫です。装備は……最初から着ていませんから」
受付嬢がポカンとする。
そんな受付嬢を尻目に報酬を受け取り、俺たちは足早にギルドを立ち去った。
普段なら、この足で武具屋に直行だ。
ボロボロになった装備を修理に出し、その代金で報酬の大半が消えていく。それが俺たちの日常だった。
だが、今回は違う。
修理費はゼロだ。
報酬は、まるまる手元に残る。
金貨50枚相当。
今までの赤字を一発で解消し、さらに大幅な黒字だ。
「やったぁぁぁ! 焼肉ぅぅぅ!」
「……実験セット、買える。……ん、悪くない」
二人は顔を見合わせる。マホも微かに口端が上がっている。
その笑顔は、眩しいほどに輝いていた。
だが、俺の心は晴れない。
俺は気付いたのだ。
ここで成功してしまっては、彼女たちにビキニをやめさせる口実がなくなってしまうことに。
「ねぇアスク!」
モアが俺に抱きついてくる。
柔らかい感触と、鉄の香り。……そして、微かな血の臭い。
「これからもこれでいこうよ! ビキニアーマー最強だよ!」
「……私の理論、証明された。露出は正義……かも」
マホもボソボソと同意する。
……お前ら、感覚麻痺しすぎだろ。
「あ、うん……」
俺は空を見上げた。
満天の青空が目に染みる。
……ああ、普通のパーティーを組みたかったなぁ。
俺の呟きは、少女たちの歓声にかき消されていった。




