第8話 旅路
エルソンから旅立った。
今、ぼくは乗り合い馬車にて揺られている。勇者用馬車と違って、サスペンションがなく、お尻が痛い。王都に続く道には、ところどころに広場のような休憩所があり、数時間に一回、馬にエサと水を与えている。
粗末なクッションは乗合馬車に備え付けられているが、もっと良質なものを作れば売れるんじゃないかと思う。ぼくはお尻に強化魔法をかけているけど、魔法の使えない人たちは辛いだろうな。ぼくはこういう時、さりげなく周囲の人たちに付与魔法をかけ、お尻の痛みを軽減してあげている。
馬車には数人の街の人たちが同乗していた。
馬車の窓から外を眺めながら、幼馴染のミズハと妹のユアイを想っていた。
「二人とも亡くなってるなんて未だに信じられないよ」
★
ぼくたち三人、幼馴染のミズハと兄妹で仲良く一緒に育った。街の普通の家だった。両親はよくしてくれたので、不自由はなかったと思う。うちの近所にミズハが住んでいた。
まずは妹を恋しがる。
妹はそんなに背が高くなく、幼児体型の完成型と思えるほど丸っこく、いつも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と後をついてきていた。勉強が好きで、本も沢山読んでいた。甘いものが好物で、クッキーやイチゴのケーキを食べている時は、本当に幸せそうに口をもぐもぐさせていた。
徐々に彼女の可愛らしさに耐えかねてきた学校の男子たちが、弄り始めた。スカート捲りとかだ。好きなのに弄る。イジメにはなってなかったものの、兄としていつも不安だった。10歳ぐらいで男の子から告白されていた。早いのか、遅いのかは分からないけど、どんどん増える告白の全てを断っていたようだ。
妹は勉強好きがこうじて成績が非常に優秀で、幼児体型のくせに運動も出来て、中々に兄として自慢だった。両親もたいそう可愛がっていた。彼女は日々の勉強の流れのせいか魔法にも興味を持った。ぼくは勉強を時々見てあげていたので、魔法も一緒に勉強することになった。
ぼくと妹は、スキルを女神様から頂く前、自前で火の魔法や水の魔法を使えるようになった。ぼくは、まぁまぁ平均的に幅広い種類の魔法を覚えたが、彼女は凄いどころか飛び抜けた魔法の火力を持っていた。攻撃に特化していた。
小さい頃は情緒不安定な時があり、妹がビックリした時に強大な魔法が生じてしまい、近所の皆さんに平に謝ることになった。それから制御を考えるようになり、最終的には自由に使いこなせるようになった。
そして早々と女神様の加護で大魔導士となり、火力は更にアップ。誰も逆らえないほどの歩く魔法となった。ただ、中身は普通の女の子。
若干控えめで大人しく、繊細な心を持ち、何にでも関心を持つ、基本、すごく優しい娘。相手の気持ちを推し量る能力にも長けていた。
ただ、ぼくに対してはワガママだった。「お兄ちゃんには”自分”が素直に出せるんだよ」と言って誤魔化していたが、すぐに抱き着いてくるのは勘弁して欲しかった。
いつの頃からだったろう。10歳前後かな。ぼくと妹、幼馴染ミズハは、もしかして自分は転生者じゃないか? と気が付くようになった。古い記憶が蘇ってきたんだ。
蘇ってきた記憶の真っ先は、ぼくの場合「お兄ちゃんのばかっ」という妹の謎の言葉だった。なぜぼくは妹に罵声を浴びせられていたのか? 全く分からなかった。なんだか、しょっちゅう……よく言われていたっぽい。
ぼくは一層、妹に優しくしようと考えたのは自然な事だった。
★
そんな愛しい妹がこの世から居なくなってしまったというのは耐えられない。
幸せになって欲しかった。
女神様の啓示で、氷漬けで亡くなることを知っても尚、普通に泣かずに頑張っていた。ぼくの前では決して泣かず、普段通りを心がけていたようだ。ミズハには泣き巻くっている姿をよく晒していたみたいだが、もし生き返ったら、ぼくの胸で存分に泣いてもいいよと教えてあげたい。
その前に、ぼくの方が先に泣き出すだろうけど。
【教会本部】
みんなを生き返らすには、新しく加護を受けられ誕生された聖女様に蘇生魔法を使っていただけるようお願いしなければならない。
聖女様の誕生する傾向とかあるのだろうか、新聖女さまが誕生されたら生活している場所を直ぐに教えてもらうというのは可能だろうか、無理かもしれないけど教会にお願いしたいと思っている。
愛する人を生き返らせたいという嫌らしい私欲と自分でも分かっているので、断られても仕方がない。断られたら別の手段を考えるだけ。ぼくは、いつも何らかの手はないのかと考えてるんだ。
どんな手かというと、例えば、女神様に直接「生き返らせてください」とお願いするということ。色々な面倒なことをすっ飛ばして、女神様へのアタックは可能なのか。
また斜め上なら、タイムリープ、異世界転移とか夢の世界を利用して何とかならないか。ぼくにとっては蘇生の可能性さえ導き出せれば何でも良かった。
ただ単に、ぼくの諦めが悪いだけという説もあるけど、諦められないのなら、心の底から諦めるまで頑張ろうと思う。
この世界では男爵だし、勇者パーティだった一員だし、お金も充分あるから、どちらかというとライフワークになってしまうかも。
★
教会の総本山に着いた。
案内のシスターに「蘇生魔法についてお尋ねしたい」と申し出たら、あっさりと幹部の司教様にお会いできた。
司教
「ようこそおいでくださいました、ヨシタカさま」
ぼく
「お忙しい所、お時間を頂き恐縮です。よろしくお願いいたします」
司教様のお話によると、蘇生魔法リザレクションは聖女様のみが使用できる魔法で、現在の聖女様が急逝されたので、今は誰もリザレクションを使うことが出来ない、という悲しい事実だった。
また次世代の聖女様はご誕生になられていらっしゃらない、という現実も教えて頂いた。
結果的には、聖女様が新たに生誕された場合は、ぼくまで早馬で知らせて下さるという約束もさせて頂けた。これが一番の収穫だろうか。
女神様と直接コンタクトが取れるか? という質問には、聖女様のご不在の今、教皇猊下が女神様の地上代行者になられていらっしゃるので、女神様とのコンタクトは、国王様はじめ誰にも取ることが出来ないと答えられた。
もしくは、女神様から直接のコンタクトがあれば、様々な願いが叶うだろうとも仰られた。
女神様から直接のコンタクト……それは日々教会に通い、精進しても尚、神託という形でしか難しいだろうとのことだった。
神と会話するという概念は、前提として”人にはおこがましい”というスタンスにならざるを得ないので、神託レベルを得るためにすら必要な条件も見当はつかないという。ましてや会話という交渉など不可能だと。
そもそも神と人とのやり取りが発生するならば、人類の誰にとってもチートとなり、可能であったとしても手を出してはならない、という不文律まで存在する。
もし女神様が顕現されるならば、チート能力をかなり削ることになり、神様自身すら悩むところだと思われる、とのことだった。
なるほどと、それからも長々と雑談をしていた。「今の聖女様が急逝なされた衝撃は、教会全体を震撼させ、総本山の神聖ヤマト正教国も、国民全体が喪に服している状態」だという。
教会は、聖女さまにもし魔王討伐という責務がなければ、100年は健常に過ごして頂き、教会を引っ張ってくださればと期待していたのです、と強調した。ミズハはできた聖女様だったらしい。
ぼくは思い出す。幼馴染的に言えば、ミズハは申し訳ないけど《ヲタ》であり、《腐》の素質までありそうな女の子だった。こんなこと司教様には申し上げられないなと頭を振って雑念を払った。
そういえば、処女性を非常に重要視する聖女というお立場から考察すれば、ぼくが三回もチュッとしてしまっているなど、教会内で死刑宣告されてもおかしくないぞ、と戦慄までした。
いわゆる挨拶程度のチュッでも、恋人たちがするようなディープなのはしていません! と口を酸っぱくしても、信じて貰えないかもしれないのだ。
抱き締めた時、背中に回していた腕がオートマチックで前の方に移動したり、前に移動しなくても、ウエストよりも下の方、可愛いお尻に移動してしまったり、そんなこともしたかったけど、いや、ぼくはミズハにしていませんと、心の中で反芻する。
ああ、もう一度、もう一回だけでもミズハを抱き締めてあげたい。聖女を抜きにしても、抱き締めてキスしたい。一年に一回しかキスが許されてなかったけど、こんな約束がなければ、もう数えられないぐらいキスをしていた筈。ああ、ミズハ…逢いたいよ……ミズハ。
うん? なんだこの妄想の連鎖は。
頭を振って雑念を払ったはずなのに、逆に加速している今、これは遺憾と自分を反省させる。煩悩よ失せろ、こんなぼくでスミマセンと強く女神様に念じた。
(あ、あの……寧ろ、嬉しかったです……)
頭の中で神々しくも素敵な女性の声がした。
ぼく
「えっ」
司教
「なにか?」
ぼく
「あ、いえ」
あれ? ぼくのポンコツな思考が斜め上の方向で口から出てしまって、部屋外で待機しているシスターかメイドさんに聞かれたかもしれないと戦慄、心配したが、周囲には女性はいない。どうして奇麗な声が? 幻聴かな?
(す、すみませんっ、わたし、あなたのことずっと見ていました。初めまして、恥ずかしいです)
ぼく
「まさか幽霊、心霊現象か! 今心霊体験してるの? ぼく」
(違います、何を仰られてるんですか英雄ヨシタカさん、女神ですよっ、わたし、女神ですっ)
ぼく
「ええっ!?」
司教
「どうされましたか、ヨシタカさま」
ぼく
「何でもございません、長旅の疲れでしょうか。はは……」
(今は他の方がいらっしゃいますので、お一人になられた時にまたお邪魔いたします。失礼いたしました。勇気を出して声をかけて良かったです。あ、違います、今の忘れて下さい。ごめんなさい。夜に、それではまたね……です)
ぼく
「こ、これは……」