第6話 魔王戦
【魔王城の傍のセーフティエリアにて】
サトシ
「ヨシタカくんは無事に地上に戻ったようだ」
ミズハ・ユアイ
「ぐすん、ぐすん」
ミキオ
「すぐに会えるって。がんばろ?」
サトシ
「みんな覚悟は良い? 転生者である僕たちは、心の底ではこの世界の住人ではないし、命を懸けるだなんて、後悔しないかな?」
ミズハ
「ぐすん、私たちの代わりにヨシタカ君が生きてくれるから大丈夫よ」
ユアイ
「ミズハねえちゃん、死ぬの前提、いやよ。生きて夏祭りいこっ」
ミキオ
「まぁ他人のために死ぬのも悪くない。俺の命が役立つんだもんな。この世界の歴史に名を残せるぜ」
サトシ
「うん。そうだな」
サトシ
「じゃ再確認するよ。魔王を倒した後、急いでトンネルを潜り地上へ出る、それが困難な場合は、道にある洞窟を探して入り、結界を張り待機、食料が尽きるまで時間を稼ぐ、またブリザードの広がりが早い場合は、魔王城の暖炉付近で結界を張って待機、扉や窓をしっかり閉じて、燃えるものを集める。こんなところかな」
ミキオ
「そうだな。疑問点はない。お前の転移魔法はいつ使える?」
サトシ
「早くて明日、遅くても明後日には使えると思う」
ミキオ
「それじゃ、安全を確保した後、時間をかけて一人ずつ転送していくか。最後のサトシは自力で帰って来いよ」
サトシ
「ぷっ、ああ、そうするよ。友情って切ないなぁ」
ユアイ
「寒くなるんだったらエクスプロージョンで温めるわ」
サトシ
「それはユアイちゃんの魔力がすぐに尽きるよ」
ミズハ
「結界は私が何としても維持するね! 一週間は持たせる自信があるわ」
サトシ
「よし、後は臨機応変で、とにかく合言葉は《生き残ること》、行くぞ!」
「おう!」
「「はいっ」」
★
魔王
「よく来たな。わしが相手をしてやる、楽しませろよ、こい」
ユアイ
「エクスプローージョン!」
どどーーーん
サトシ
「よし次は氷漬けで」
ユアイ
「オーロr ……エクスキューション!」
ピッッキーーーーーン
サトシ
「よし! 効いてるぞ。ミズハ、浄化だ」
ミズハ
「魔王様なんて嫌いだっ! 浄化っ!」
ちゅど~~~んーーどどーーーんんんん
魔王
「ぐぐ、ぐぉぉぉぉぉ」
ミキオ
「サトシ、俺の後で必殺技を出せっ衝撃の刃っ」
サトシ
「エクスカリバーーーー」
どどどどどーーーーーーーーん
魔王
「ま、待て……もう、わしには戦う意思はない。もうすぐ死ぬ」
サトシ
「魔王……」
魔王
「まったく予想外じゃった。立派になったものよ」
ミキオ
「俺たちの事、知っているのか?」
魔王
「知らん」
ミキオ
「おい」
魔王
「いや、似た魂の勇者がいたと覚えていてな……名前は勇者アレス」
サトシ
「僕らよりも、ずっと昔の勇者だよ」
魔王
「うむ。ところで、あそこに見えるのが地上に一番近い出口だ。あそこから脱出してコキュートス化のブリザードから逃げろ」
ミズハ・ユアイ
「「……」」
サトシ
「魔王、なぜ助けてくれるんだ?」
魔王
「わしを倒したからな。そんな強者が生き残らんでどうする。わしの魔力が消えれば、猛烈な吹雪と共にマイナス170℃じゃ」
ミズハ・ユアイ
「「……」」
魔王
「わしは元は一人の神じゃった。その後、悪い心がわしに、善の心が女神になった。元は一緒だったのじゃ」
ミズハ
「そんな重要な情報が……」
魔王
「わしはもう持たん。直ぐ死ぬだろう。ただ、女神に会ったらよろしく言っておいてくれ。いつか一緒になろうとな。会いたいからこそ、戦争になってしまうんじゃ。さぁ、勇者! 地上に向かって走れ。急ぐんじゃ」
サトシ
「よし、みんな、魔王が示したあの出口に向かって走れ。地上へ戻るぞ!」
全員
「「おー!」」
魔王
「……勇者アレスに縁のある若者か……息子か……生き残れよ、若者たち」
魔王は初めて敗北を喫した。灰となり空中に消えていく。
【一章:最終話】
作業員
「氷漬けのエリアまで辿り着いたぞーっ」
トンネルの土砂を取り除きながら作業班はとうとう氷漬けのエリアまで到着した。その奥には想像以上に頑丈な魔王城があった。潰れていなかった。冷気で耳鳴りがする。この想定は前もってしてあったので、寒気を防ぎながら何とかなった。
魔王城に向かって進むが、道すがら何も生命反応はなく、動くものもない。城へ辿り着き、大きな扉を開けフロントロビーに入ると、大きな暖炉のそばに人型の氷漬けの像があった。
像の正体は待ち焦がれていたみんなだった。サトシ、ミキオ、ミズハ、ユアイ。
暖炉の傍には燃えカスのものが沢山あった。その中で本が一冊だけ、隔離されて置いてあった。手に取り、凍った紙が割れないように温め、開くとミズハのメモが表紙裏の白紙部分に残っていた。
★
【ミズハメモ】
ヨシタカ君、間に合わなかったよ。せっかく魔王様が出口を教えてくださって光明が見えたのに。
今は魔王城の暖炉の傍でみんなで揃っています。時間はたくさんあるので、メモを書いています。魔王様って読書家なんだ。燃やす本が一杯あって良かった。凍るまでに、わたしたちも覚悟する心の準備が出来るからね。ふふ、もうすぐ死んじゃうというのに楽天家だよね、私。
魔王様がね、わしが死ぬまでに時間があるから魔力を持たせる、地上まで間に合うよう頑張れって。面白いよね、生死を賭けた戦いをしたばかりなのに。でも、わたしたちが強すぎたみたい。強力な攻撃で流石の魔王様も予想より先に限界がきて、灰になって亡くなられちゃった。
女神様と魔王様って、元々は一人の神様だったんだって。知らなかった! びっくりだよね。
あ、もうダメ。みんなも動きが鈍くなってきたよ。笑顔で手を振ってるけど、ゴキゴキした動きになってる。
ユアイちゃんが何か言ってる。「あの日、部屋でキスしてって言ったのにほっぺだった」って。怒ってるみたいよ。ちゃんと謝ってね。
違うわ! 他の女の子の唇にキスしちゃ絶対にダメ。あなたのキスは私のものだからね。
いい、わたしはヨシタかクんのつまになりゅの、なりたいの、あなたのことだいす……
(文字判別不能)
★
氷の像をみる。溶かしても生き返らない。なぜなら、細胞内の液体が固まる時に氷と同じで膨張し、細胞自体を壊してしまうからだ。凍ったのが短い時間なら復活できるかもしれない。でも、もう何週間も経っていた。
みんな、頑張ったね。
でもぼくなんかを助けようとして全員が死んでしまうなんて。ぼくは普通に追放されるポーター兼付与術師なんだよ。皆と違って全然大した人間じゃないんだよ。
静かに氷像になったユアイを抱きしめ右手で頭をなでた。左手で傍にいるミズハを抱いた。メモにあった通り、サトシとミキオは笑顔で凍っていた。
ぼくたちの周囲では、凍った壁や床、窓などを溶かすためにファイアーボールを打つ魔術師たちが頑張っている。マジックポーションも残り少ないようだ。
みんなの遺体は、故郷ではバラバラになるだろうから、全員で揃っていた通称・悪霊の街エルソンにしよう。最終決戦前で唯一ゆっくり出来たところだね。思い出すなぁ。ペンダントを買った、買い食いした、でも後半はミズハの結婚嘘でショックすぎて放心状態だったな。
ヨシタカが視線をミズハに向けた。ペンダントがミズハの氷像にはしっかりと付いていた。『つけてくれていたんだ……』ヨシタカの目に涙が溢れた。
ユアイが妹の癖にマセちゃってさ。あの時「キスして」って、ほっぺじゃなくて唇にだったのかっ。兄妹なのに。まったく。
そうか……あの日は、普通に過ごせた最後の日だったからか。ぼく以外の皆は死を覚悟してたんだ。ぼくだけ何も知らず、気がつかず。
もうみんなの声を聴くことは出来ない。目が合って微笑み合う事もない。イチゴケーキを食べたいと我儘を言われる事もない。ぼくはこの場で呆然として、何もできず時を過ごしていた。
みんな、死んでしまった……。