第13話 また会う日まで
【宿にある大浴場】
今、ぼくはS級冒険者ジャックさんと一緒に大浴場に入っている。
ジャック
「ヨシタカ様、一緒におられた美しい女性はどういったご関係ですか?」
ぼく
「はい、女神様です」
ジャック
「納得しました。あの物凄いオーラ、かなり押さえられていましたけど、解放したら世界が消し飛んでしまいそうな程、内包されたものが感じられました。女神様の実物、初めて観ました。美しさも半端ないですね。こんなこと言ったら妻に怒られてしまいそうですが」
ぼく
「すぐに信じてくれて、ありがとうございます。さすがS級ですね。女神様と一緒に来ているのは、元勇者パーティの亡くなった四人の件なんです」
ジャック
「なるほど、魔王戦で亡くなられたんですよね。正直、早馬でお知らせが冒険者ギルドに届いた時は、私もショックでした」
ぼく
「そうなんです。魔王戦の時点で蘇生魔法のリザレクションをかければ助かっていたのですが、発見が遅れてしまって」
ジャック
「仲間が亡くなるのって辛いですよね」
ぼく
「はい。特に恋人ミズハや妹ユアイがいましたから」
ジャック
「俺にも妻がいますが、妻がいなくなったらと思うと耐えられません。聖女様しか蘇生魔法が使えませんから、女神様が代わりにかけて下さるんで?」
ぼく
「それなんですが、迷っています。魔王戦が終わってしまっていて亡くなった人を蘇生させてしまうと、他の人達からも自分の愛する人を救って欲しいと女神様に殺到されるようで、魔王戦後の場合は安易に蘇生させることは禁止になっています」
ジャック
「分かりますよ、ヨシタカ様。親類縁者、恋人、夫婦、息子娘。そして冒険者の仲間。急に死んでしまったら心がついて行きません。昨日いたヤツが今日はいない。復活させて欲しいと願うのは冒険者には常に付きまといます」
ぼく
「女神様にお願いすれば今すぐにでも復活させることが出来るんです。でも、そうする事によって混乱が起きてしまう。女神様に殺到する問題ですが、女神様には迷惑をおかけすることが出来ません。それで悩んでしまって」
ジャック
「そうですねぇー、俺だったら魔獣の群れに突っ込んでいって、天国で会うのを選択するかな?」
ぼく
「それ、ぼくも考えました」
ジャック
「英雄ヨシタカ様」
ぼく
「はい」
ジャック
「死ぬなんて駄目ですよ。貴方は人類の希望です。世界にいらっしゃるだけで勇気を貰える。目標に出来る。一人二人がそう思っているのじゃないですよ。数多くの冒険者が、騎士が、一般の人々がそう思っている筈です」
ぼく
「……」
ジャック
「それに、女神様とリアルにお会いできるだなんて羨ましいです。教会で祈って加護を与えてもらい、ピンチの時には『女神様助けて!』って祈る、一般人にはそれぐらいが接点です」
★
丘の上にある墓地から遠くを見ている。隣には女神様。草の上に座っている。勇者パーティ四人の遺体は冷凍管理を止め、自然へと返した。今は墓参りの後だ。
ぼくは思い出に浸る。
女神
「ヨシくん、大丈夫?」
ぼく
「はい。でも、大丈夫じゃないかもしれません」
女神
「ひざ枕……する?」
ぼく
「……」
女神
「きて」ポンポン
ぼくは女神様のひざ枕に頭を乗せた。すぐに女神様はいつものように頭を撫で始めた。
「なでこ、なでこ。ヨシくん、いいこ、いいこ」女神様の奇麗な声がする。
この日、ぼくと女神様は出会って一か月、丁度、お別れする日だった。蘇生することを選んでいれば、エネルギー充填で未だ少しの時間、一緒に過ごすことが出来ただろう。でも、やはり蘇生は止めた。
仲間たちから『えー断念するなよ』という声が聞こえるような気もするけれど、ぼくはこの世界の住人であり、この世界のルールに縛られている。だから、女神様の仰った話を鑑み、諦めた。
ジャックさんと以前に大浴場で話した頃、ぼくは四人の後を追おうと強く感じていた。恋人のミズハ、妹のユアイに特別に会いたくなったからだ。でも、そうして会いに行ったら多分怒られてしまうだろう。どうして直ぐに天国に来るの、貴方が人生を全うするために逃したのよ、と。
のちに教皇猊下が教えて下さった。
啓示によるブリザードで氷漬けになっていたのは五人だった。
女神様の啓示はこれまで100%だった。それが初めて四人となって破られた。愛のなせる業だと思う。女神様にどうして僕だけが助かるようになったのか、経緯を教えて頂いた。
サトシは、助ける一人を転送するために残らなければならなかった。ミキオは自分は良いから譲るんで残り三人で決めろというスタンスだった。ミズハとユアイは愛するヨシタカを選んだ。それでヨシタカが選ばれ生き残った。
魔王城で暖炉に行くまでの経緯を教えて頂きたかったが、魔王エリアは女神様自身の悪心なので観ることが出来なかったのだそう。
ぼくが生き残ったのを見た女神様は涙を流して喜んだ。そして魔王亡き後、全員に蘇生を施してハッピーエンドにしようと思った矢先、山が崩れ落ちて魔王城から地上に延びるトンネルが埋まってしまった、という。
女神
「ヨシくん、元気に人生を全うするのよ。私はいつも見ているわ。今は一旦サヨナラだけど、またきっと会えるからね。心配しないでね。愛してるわ」
大粒の涙を流しながら女神様は姿を消した。
ぼく
「さようなら女神ハル様。ぼくも大好きです。本当に貴重な体験をさせて頂きました。これから人々のために頑張りたいと思います。いつまでも見ていてください。またいつか、きっと会えますよね?」
(今度お会いする時はハルちゃんって呼んでね)
女神様の声がかすかに聞こえた……
★
ヨシタカは四人の蘇生を諦めた。なぜ止めたのか、どういう経緯で決意したのか、本当の心は本人にしか分からない。ただ故郷の街での災害が関わっていることだけは確かだった。
正解のない出来事
あの時、優先順位をつけないと整理できないことが多かった。その判断をするにはヨシタカは経験不足だった。英雄と呼ばれていても未だ若かった。
女神との一か月、様々な感情が沸き上がり、人生の非常に濃い時間を過ごした。女神は永久の存在。一か月は一瞬である。しかし彼女はこの時間をすごく大切だったとヨシタカに伝えた。
ヨシタカは人生を全うしてから四人と会おうと考えた。また会う日まで一生懸命に生きようと思った。しかし思い出のある場所へ行くと悲しみが激しく彼を包み込んだ。その為、辺境の村へスローライフをしに行った。そこで死ぬまで生きようと踏ん張った。
従って王都や故郷、エルソンなどへは戻ることはなかった。想像以上に仲間たちの事を想い、心の弱い男になっていた。自分を生かすために犠牲になった仲間たちを想うと、こんな自分が助からなくてもと考えてしまうのだ。
新聞など情報源を得ると勇者パーティの特集や女神様の事が記述されており、悪循環に陥り心が苦しくなるので敢えて購読を止めた。そして、時が流れた。
老衰ヨシタカが亡くなる直前、女神が降臨した。
女神
「ヨシくん、よく頑張りました」
ヨシタカ
「女神様……ご無沙汰しております。寝たっきりですので跪くことが出来ません。失礼をお許しください」
女神
「もう、ハルちゃんって呼んでよね。約束したでしょ。わたしも一緒について行きますからね。安心して。私張り切ってるっ」
ぼく
「ふふふっ、相変わらずですね。女神ハル様にはいつも元気を頂きます。ハルちゃん」
女神
「うん。わたしね、魔王くんの性格を叩きなおしたから後継者に指名して、あなたと一緒になって天国に行きます。教会には既に伝えてからここに来てますよ」
ぼく
「教皇猊下、また顎が外れるぐらいアングリされてたのでしょうね」
女神
「フフフ……」
ぼく
「あはは……」
女神
「じゃ、行きましょうか。四人が待ってますよ」