第12話 思い出の場所たち
朝を迎え、そういえば女神様と同様、毎回ミズハやユアイとも何もなかったなと懐かしく感傷に浸っていた。
さて、気分を変える為エルソンの街で買い食いでもしよう。荷物を置いたまま、女神様とフロントへ行き受付女性に外出する旨を伝え、それから勇者パーティ想い出の場所を巡った。
出店で立食いをし、女神様は串焼きが大層お好きなご様子、アイスクリームに齧り付き、クッキーを大量に買ってコリコリ食べながら歩く。余ったものはマジックバックに入れて保存した。
マジックバックの中では時間が若干進むのでアイスクリームの保存は無理。なので、女神様が「いつか時間停止のマジックバックを作ってリリースしよう!」と張り切っていた。アイスクリーム恐るべし、女神様もやはり女の子、甘いものが大好きで微笑ましい。
ペンダントのアクセサリー屋に来た。ここでは以前ミズハとユアイにプレゼントした物と同じものがあった。中心に輝く石が嵌っており、側がオリハルコンだかミスチル、いやミスリルだったか、非常に魅力的なものだった。
女神
「奇麗ね」
早速購入して女神様にプレゼントした。
女神
「ありがとう、常にヨシくんと思って一緒に持ち運びするね」
ここでお店の親父さんが僕に気づく。
「あー、英雄ヨシタカ様じゃねーですか。以前もお越しくださって、ありがとうごぜーました。後から知ったんでさぁ。一緒にいた女性たちは大魔導士と聖女様、亡くなられて残念でしたねぇ」
ぼく
「覚えて下さったんですか! ありがとうございます。嬉しいですよ、ユアイとミズハがこの世に存在していたことを知っている人がいて!」
と妙にテンションが高くなってしまった。思い出の地を堪能していたせいだろう。
「いやいや英雄に褒められたり礼を言われたら緊張しまくりますよ、ほんで、このべっぴんさんは?」
ぼく
「女神様ですよ」
店主
「またまたコノーっ! 確かに女神様のように美しい人だな、ハハハ」
被災地である故郷の情報は、まだエルソンには充分届いていなかった。あちらでも本物の女神様がご降臨なされたと大騒ぎ、通常は自己紹介を女神だと言っても誰も信じることは出来ない。
店主が若い頃に教会で女神の加護を受けたからといって、その女神様が目の前にいらっしゃるなど想像の範囲外であっただろう。本来、この英雄ヨシタカでさえ、普通の感覚では雲の上の存在だった。
店主
「よし! このペンダントは店主としてプレゼントするわ。お金は要らねえ、持って行ってくれ英雄ヨシタカ様」
ぼく
「はい、本当ですか? ありがとうございます!」
女神
「ありがとうございました、おじさんっ。嬉しいです」
店主
「いいってことよ。また来てくれればな」
店主の気持ち良さに、ぼくは又してもテンションが上がった。女神様は何も会話しなかったが最後のお礼の言葉は元気いっぱいだった。女神様は終始一尾、ぼくらのやり取りを見ながら、すごく楽しそうにしていた。
★
勇者パーティのある銅像、噴水の広場にやってきた。
噴水の周囲にある岩に腰かけると、女神様はクッキーを取り出し、コリコリと食べ始めた。ニコニコで幸せそう。
ぼく
「奇麗ですね」
女神
「うん、奇麗だね」
ぼく
「あそこにある勇者パーティの銅像、ぼくも居るんですよ。ミズハは勇者を押し退けて中心です」
女神
「ヨシくん格好いいね。でも、実物の方がもっと格好いいよ」
ぼく
「えっ、本当ですか? ぼく自身は銅像の方が遥かに格好いいと思っています。いや本当です」
女神
「そういうのってね、見る人に拠るんですよっ」
ぼく
「うーん、ちょっと納得いきませんね。で、あの銅像、悪霊の攻防戦でミズハが一発で大勢の敵を蹴散らしましてね、だから中心になったのです。勇者サトシも僕も他のメンバーも、ただ見ていただけでした」
女神
「みんな頑張りましたよね」
ぼく
「妹のユアイが『お兄ちゃん怖い』って抱き着いてきた以外は、聖騎士ミキオは何も出番がないとお菓子まで食べていましたよ」
女神
「人類代表の勇者パーティ、サイドストーリーは面白いです」
ぼく
「そのあと、隠れてミズハが遺書を書いて教会に送っていたんですよ。みんなこの時点で死ぬと分かってた。ですが、ぼくだけは知りませんでした」
女神
「そうね、ごめんなさい。私は神託をミズハちゃんにあげてから、全員が周知のものだと思ってたの。本当にごめんなさい」
ぼく
「すみません、せっかくの楽しい時間を。ぼくこそ申し訳ありません」
女神
「そんなことないです……」
女神様は俯き、しんみりとしていた。その後、宿に戻ろうという事になり、二人して帰路についた。
宿の《壁》が見えてきた。
あそこはミズハが嘘の告白をしてきた場所だった。サトシと経験してキスを一杯したという嘘。だけど僕は信じて心がズタズタとなって防衛壁まで走って離れ、放心状態に陥った。
恋人や妻をNTRれた男性の気持ちが痛いほど理解できた。中にはこんな辛い気持ちを快楽に消化できるという男性もいるという。その領域には辿り着けそうにない。変な扉を開いてしまう。
あの時は想像すらしなかったけど、ミズハも大泣きだったんだろう。昔から彼女は泣き虫だったから。
実際に思い出のある場所に来ると、予想以上に胸の中に悲しみが広がってきた。
強烈に皆に会いたいという気持ち。そして、それが二度と叶わないという現実。
出会って別れるなんてことは世の中に多々あること。みんな我慢して耐えてるんだよな。そんな人たちは偉いな。本当に偉い、とシミジミ感じ入る。
【魔王復活の予兆?】
ぼくたちが冒険者ギルド エルソン支部の入口をまたぐと、冒険者たちの視線が集中した。
注目されると何となく少し恥ずかしくなって、女神様の手を取ってカウンター傍へ逃げる。すると奥から登録時に対応してくれた受付嬢が急いで近寄ってきた。彼女はパッと頭を下げると、
「英雄ヨシタカ様、登録時は大変申し訳ありませんでした。気づかずにご無礼してS級、A級目指して頑張ってください等々、失礼な発言お許しください、本当に申し訳ございませんでした!」
「何を仰られてるんですか、謝る必要なんて全くないです。ぼくはあの時、とても気分が良かった。それほど好ましい受付対応でした」
「えっ、そんな……嬉しいです」
いきなり真っ赤になった受付嬢さん。目が激しく泳いでいた。ぼくに怒られるぞとか他の人達から言われて怖い想像でもしたんだろう。可哀想に、安心するように心を込めて会話を再スタートする。
「えっと冒険者カード、預けてあったお金と共に被災地に居る父親のために譲りましたから、再発行をお願いします」
「分かりました。紛失したのではなく目的があって譲った旨、承知いたしました。記録に残しておきますから問題はないと思います。態々お越しくださり、ありがとうございます。少しお待ちください」
飛びっきりの笑顔で彼女はカウンターの奥へ戻った。
女神
「む……」
★
再発行カードを持ってきた受付嬢。
彼女は、顔は相変わらず赤く『どうしよう英雄ヨシタカ様と直接会話してるし、顔が赤くなってるのが自覚出来てるし、困ったわ』……というウブな気持ちが表情に駆け巡っていた。
真っ赤に染まった困った顔、八の字になった眉毛、うるうるした目でヨシタカに再発行カードを渡す。その際、再度頭を深く下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。特SS級に切り替えております」
「いやいや気にしないで」
「むむ……」
受付から離れようとしたら男の声が掛かった。
女神
「ふふ、F級カードじゃなくなっ『おいお前!』……」
荒くれ冒険者
「おいお前! 受付嬢を困らせてんじゃねーぞ! 馬鹿野郎がっ」
ぼく
「ええ……な、何がでしょうか?」
荒くれ冒険者
「いいか、よく聴け。冒険者ってのはな、ギルドが手厚くサポートして成り立ってんだよ。その代表格、いや、表の顔がギルド・マスターであり、可愛い受付嬢なんだよ。さっきから見てたけどな、その受付嬢が困ったようにしてるだろ、迷惑をかけるな、ボケが」
ぼく
「え、ハイ」
荒くれ冒険者
「そしてだ、お前のようなヤツはストーカーにもなりやすい。面構えがいかん。ちょっと格好いいからって己惚れて受付嬢に手を出すなよ。受付嬢は冒険者たちの憧れなんだよ、苦労して帰ってきたら笑顔で迎えてくれて俺たちはホッとする、家に帰ってきたようにな。分かるかボケよ」
ぼく
「ハイ、わかります。その通りですね」
荒くれ冒険者
「もし受付嬢に手を出そうとするなら、嫌がっているのを無理やり誘おうものなら俺が黙っちゃいねえ。許さん。決して許さん。俺はC級だ。ビビったなら家でお母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってな。帰れ小僧」
ぼく
「少し言い方が古いです。お母さんの……って今どき」
荒くれ冒険者(C級)
「テメー、決闘するかおい、お前の感じ、さっき横の娘がF級って言ってたな。俺に向かってくるのかよ、へっ、笑っちまうな。なぁみんな、こんな生意気な野郎、叩き潰してやんぜ。……なぁ、おい聞いてんのか、みんな」
冒険者の女の子(B級)
「あ、英雄ヨシタカ様だ、こんにちわー、私のこと覚えてますかーー?」
ぼく
「ああ覚えているよ、階段で声かけた子だよね。怪我した冒険者の名前を教えてくれたり、色々と有難かったよ。ミッキーさんの名を、ジャックさんの仲間の……。あの時、もう少し話したかったな」
冒険者の女の子
「うれしぃ! あんな短い時間にしかお話してないのに、記憶力も抜群なんですね! またお会いできるなんて幸運を使い果たしちゃったみたい。今日の討伐を失敗しちゃったらどうしようー」
荒くれ冒険者
「……」
ぼく
「困ったら声かけてよ、遠慮なく。助けに行くからさ」
女神
「むむむ……」
受付嬢
「ヨシタカ様~! あのこれ渡そうと思っていたクッキーです! ぜひ受け取ってください。私のお詫びです。時間を頂けるのなら手作りでも……いいんですけど……もしよろしければ……私の部屋まで来て頂けるのでしたら手料理も振舞えられるのですけど……」
荒くれ冒険者
「……」
ぼく
「手作りなんてお手間ですよ、このクッキーを頂きたいです。嬉しいな。あとで美味しく頂きますね」
女神
「むむむむ……」
ここで、いきなり黒いオーラが広がった。勢いよく壁を通過し、更にエルソン全域を包み込んだ。まるで悪霊の攻防戦、その真っ最中のような状態になった。
カンカンカン、緊急事態、緊急事態
見張り番からの注意喚起が始まった。まるで”魔王の波動”が再編され集うように。ギルドのロビーで暇つぶしをしていた冒険者たち、更には門兵なども来るべき深刻な事態に冷や汗を垂らす。「魔王の復活か!?」と緊張が走った。
ぼく
「女神様!」
ぼくは彼女の正面から抱き締めた。そして右手で頭をなでる。左手で背中をさする。
ぼく
「女神さま、ナデコ、ナデコ」
女神
「ム~~~っ」
ぼく
「女神さま、ナデコ、ナデコ」
女神
「キスしてくれないとヤダ」
ぼく
「……」
女神
「キスして」
ぼく
「……承知しました」
顎クイをしようと彼女に触れる。
ぼく
「ちゅっ」
ほっぺにした。一気に顔が真っ赤に染まる女神様。可愛い。ぎゅっと抱擁した。
女神
「あ、ああ、あああ、ヨシくん……ヨシくん、わたしゴメンナサイ、嫉妬しちゃった、ごめんなさい」
S級ジャック
「あ、英雄ヨシタカ様じゃないですか、なんだか大変な波動が街に広がって急いでギルドに来たんですが、ってアレ?」
荒くれ冒険者(C級)
「……」
ぼくはジャックさんの言葉を手のゼスチャーで制して、女神様の頭を撫で続ける。ちょっと今の展開で唇キスは無理だと判断し、彼女に優しく声をかけた。
ぼく
「女神様、また今度、キスしましょう、優しくしますね。ナデコ、ナデコ」
女神
「うっ、うぇ~~~ん、うぇ~~~~ん」
こんなことで魔王の復活が防止できた。この人類を左右する重大な事実は、未だ誰も知らなかった。