第11話 エルソンへの旅
ぼくたちは故郷の災害地から去り、乗合馬車でエルソンに向かっていた。お父さんとは「俺は街の復興に全力で当たる、沢山の人が亡くなったからな、頑張るぞ。お前は気をつけてエルソンに行ってこい。お金、ありがとうな。また来いよ、母さんがお菓子作って待ってるぞ」と手を振り合って門で別れた。
女神
「……その代わり、私は少しエネルギー充填をしないといけなくなってしまいました。回復魔法のせいですが、ごめんなさい」
ぼく
「回復魔法って、怪我人を優しく柔らかい光が包み込んで傷口が塞がっていき、安心した顔になっていくイメージなのですが、女神様のは凄かったですね。大規模な爆発で」
女神
「あー、ヨシくん、今、エクスプロージョンを連想してたでしょ。してたよね? 不敬罪ハグの刑です。今すぐ」
ぼく
「えええ……」
故郷の街から王都を介してエルソンまでは二週間の旅だった。王都は時間の関係でスルーした。食料はマジックバックに詰め込んであったし無問題、エルソンで待っている氷漬けの四人に「待っていろよ」と思いを馳せる。しかし僕の胸には故郷の街で大量に亡くなった人たちの事で考えに変化が起きていた。
女神
「それでね、最初に会った際に話していた件で、魔王の復活の時期は? という質問だけど、魔王くんは私、女神の一部なのよね。弟みたいなもの。女神である私に悪い心が増加してしまうと魔王くんが復活するの」
ぼく
「その件は少しだけミズハが残したメッセージに書いてありました。詳細には書かれていなかったのですが、今ならよく理解できます」
女神
「うん、それでね、魔王くんは私と一緒になりたいものだから、地下の魔界から表に出てこようとするのよね。地上に近づくと人々に悪い影響が出るの。過去ではかなり近づいたことがあって、勇者まで変になっちゃって」
ぼく
「魔王が女神に近づくと悪い心が人々に生じる、のですか。そういえば以前の勇者のNTR悪行がその筆頭の例でしょうかね」
女神
「うん。でもその、寝取られって単語、ちょっとイヤだわ。恥ずかしいし……愛し合う同士でそんなことが起きたら悲劇よ。耐えられないわ」
ぼく
「確かに、ぼくも相方がそんなことになったら、苦しくて、死にたくなりますよ」
そこでハッとなった女神様は、ぼくを指さして真剣な顔でこう言った。
女神
「あなた、あなたね、ヨシくん、あなたってば、ねぇ……」
ぼく
「はいっ?」
女神
「……な、何でもないです。私は一途の、恋に恋する純情な可愛い女神なの」
ぼく
「それはそうと女神様に悪い心って芽生えるのですか? いつも奇麗な心で優しくて、悪い心が出てくるだなんて想像が尽きません」
女神
「ふふ、そういう事もあるのよ」
ぼく
「具体的にはどんな事なんです?」
女神
「ないしょ~」
ぼく
「あ、女神様、外を観て下さい、大きな湖がありますよ」
この湖、魔王討伐の旅で皆で眺めてたな。あの時と全く変わらない湖がキラキラして佇んでいた。
女神
「奇麗よね。わたしの配下の湖女神が護ってるの。それでね、同じ景色でも一緒にいる人によって見えるものが違ってくるのよ。わたし今、凄く素晴らしい景色を見ているわ」
思い出は一生消えない。ぼくは女神様と一緒に過ごす間に考え方が変わっていった。
★
門兵に最敬礼で迎えられた僕たちは、早速、これから泊る宿を取りに行った。この宿は、かつて魔法討伐の旅で勇者パーティで宿泊した思い出の場所。部屋は女神様と僕用で二つ取った。
女神
「なぜ二部屋!?」
軽くショックを受けた顔をされていた。
ぼく
「いえいえ一部屋で女神様と同室だなんて出来ませんよ」
女神
「旅の途中だって二人で隣同士だったし、王都でも貴方の部屋だったし、ねぇ、どうして、ねぇーねぇーねぇー」
ぼく
「勇者パーティの時でも、兄妹で一部屋にせず、ユアイと部屋を分けて取っていました。プライベートは大切ですから」
女神
「うーーー」
ぼく
「もし寂しくなられましたら部屋においでください」
女神
「ふふふ、そうよね、ありがとう」
少し危なかったが、悔しくて目に涙をためていた女神様は渋々引き下がった。外見から何もかも人類の見本、完成系というか、そもそも人間の大元なのだから、容姿は輝いている。美しくて可愛い。
女神様が少しでも気を抜くと背後から光がさしてる。ぼくの心も危険なのだ。
女神様の魅力というのは、勇者の魅了なんか屁でもないほど凌駕している。下手に惑わされて「め、女神様、ぼく、ぼくぅ、貴女の事が……」のごとく迫ってしまうと非常にヤヤこしくなる。
ぼくの部屋は勇者パーティで宿泊した部屋にした。女神様は一番豪華な最上位の部屋にした。
★
そういえば妹ユアイがこの部屋に来てキスをねだってきたんだよな。外見や性格から大魔導士だなんて連想すらできない彼女。恋愛感情を兄に持っていたのかなぁ。まさかな。
恋愛感情ではなく、キスするという行為に興味がある歳ごろだもんな。そんな感情でファーストキスを捧げるだなんて、お兄ちゃん悲しいぞ。いや待てよ、こんなことを考えてる僕自身がキモいと言われるんじゃ。
はぁ~。変なこと考えてた。大体、自分の命より僕の命を救う事を優先したんだよな。それって恋愛感情よりもずっと凄い愛情なんじゃ? そうだよ、うん。凄い愛情なんだ……。
亡くなる前、みんなと一緒に宿泊した部屋に泊まるせいで、色々と考え込む。
【宿泊:妹殺し炸裂か】
宿に入り、いきなりベットの上に寝転び、以前の妹との妄想に耽っていた僕。せっかく奇麗なシーツなのにとハタと気づき、同時にお腹が空いたことにも気づいた。
女神様を誘って食事をとろうと部屋を出て、最上階にあるVIPルームである女神様の部屋へ行った。
コンコン
ぼく
「女神様いらっしゃいますか?」
女神
「は、入ってください」
女神様は宿泊施設を独りで利用することが初めてだった。何をしていいのか分からず、泣きそうになっていた。
女神
「わたし、触ったら壊しちゃいそうで、何にも出来なかった……ぐすん。独りにしちゃ嫌です」
ぼく
「それは……すみませんでした」
女神
「ぐすん」
ぼく
「お腹減っているのでしたら、ご飯を食べましょう。ここの食事は美味しいですよ」
★
夕食を食べた。大きな湖で採れたという魚が料理で出された。サケ科魚類に似た美味しい白身魚だった。サケ科魚類の身が赤いのはエビなどの甲殻類を飽食して産卵のために遡上するため殻に含まれた成分が身肉を赤くするという。産卵時は外の皮に赤色が移っている為、身肉の赤味は薄くなっているという。だからサケ科の魚の正体は白身魚。
聖騎士ミキオは釣りが好きだった。ミズハは無駄知識が多くて僕に色々なことを教えてくれた。サケ科の話だってミズハの受け売りだ。ミキオは釣りは好きだが理屈は苦手。全てが懐かしいな。
女神様はそんな僕の話を飽きずに聞いてくれていた。本当に楽しそうに相槌を打つ。
上品でいながら脂の乗った身は大変美味しかった。女神様も大満足に舌鼓を打った。良かった。
女神
「大浴場には男湯と女湯があるのよね。あとコレは何?」
ぼく
「家族風呂ですね。露天風呂になっています。人気ですよ」
女神
「何でも知ってる筈の私が知らないわ。なんでだろう?」
ぼく
「混浴だからじゃないですか? 女神様という概念から、男性と女性が楽しむような場所は知識として疎いんじゃありませんかね」
女神
「混浴って何? 男女が楽しむって何をして?」
ぼく
「ああ、語弊がありましたね。男女で楽しむといっても、一緒にお風呂に入るだけです。混浴と家族風呂は同じ意味ですね多分」
女神
「入って良い? 入ってみたい。好きな人と一緒に入るの憧れてたんだよね」
ぼく
「絶対ダメです」
即却下された女神様は、ショボーンとされていた。
それから各自で入浴し、分かれたのち「おやすみなさい」といって部屋に戻ることにした。洗濯物は宿に頼み、ぼくは浴衣を借りた。選択肢にはパジャマもあった。
部屋に戻ると浴衣のままベットに寝転んでボーっとしながらアレコレと夢想していた。近日中に蘇生の件を決める。でも心の中では結論が出ていた。時間によってはその気持ちが揺れ、自分に襲い掛かっていた。今は心が揺れ動く時間であった。
「辛いな」
そんな夢想をしていた時だった。
コンコン
「わ、わたし。は、入っていい?」
「女神さま、どうぞお入りください」
顔も手足も真っ赤になった女神様がモジモジしながら入ってきた。女神様の浴衣バージョンだった。てっきりパジャマだと思っていたが、なんのその、可愛らしい雰囲気がとても良かった。
改めて言う。
「浴衣が似合ってますね、とてもお奇麗ですよ」
「ありがとう。ヨシくん、夜遅くに、ごめんなさい。あのね、蘇生について四人の事、話し合いたいなって思って」
「はい。どうぞテーブル席にお座りください。お茶でも用意しましょう。コーヒーが良いですか? それとも緑茶? お茶菓子もついてますね」
「ありがとうございます。あの、ベットの上に座って壁を背にして足を投げ出したいのですが、ダメですか?」
「もちろんオーケーです。体をゆっくり休めて下さい。ぼくはテーブル席に座っていますから」
女神
「……」
ぼく
「……」
蘇生の話はどうなった? なぜか緊張感が漂い、無言の時が流れていく。すると……女神様は横になり布団の中に入って顔を覆ってしまった。
(おかしいわ、どうしたんだろ私、夜に甘えたになってしまうなんて。お恥ずかしいから顔を見せられない……)
「め、女神様……」
「……我儘いって良いかしら?」
「駄目と言っても駄目ですよね?」とぼく。
「……約束」
布団の中で蹲ったまま喋る女神様。蘇生の話なのかな。
「約束?」
「故郷の街に行く前に約束したもん」
「何だったでしょうか?」
「例のアレ。妹殺し。その際にキスも追加で、お、お願いします」
「あ、妹にする家族のハグのやつですね……思い出しました。いいでしょう。避けて通れないのなら今すぐにでも。仕方がありません。大サービスでハグしましょう」
「キスも……キスも忘れないでください……です」
「き、キスもですか? いや良いんですか女神様、ぼく頑張りますけど」
(まぁ、ユアイの時と同じで頬っぺたにチュッとすればいいだろう)
ぼくはそう宣言してベットに向かう。たかが妹用の《家族ハグ》だ。布団の中で女神様は静かにしていた。ぼくは布団を徐々にめくる。妹たちのパジャマと違って女神様は浴衣なので少し乱れていた。迂闊にもドキッとしてしまった。
「あ、ヨシくん、私の顔や身体が赤いのはお湯に入ったからよ。気にしないでネ。あ、少し浴衣が乱れちゃってますね。ごめんなさい。あまり見ちゃイヤ」
ぼくはベットに座り、女神様の右手の脇に左手をつき、右手で頭をなでた。目は女神様から離さない。
「ヨシくん……」
恥ずかしがった女神様は壁の方を見て視線を僕の目から逸らす。頭を優しくなでながら、ほっぺたに移動させ、柔らかく頬を掌で包み込む。視線を外した女神様は横を向いている為、耳が露出している。耳をそっと触る。
「きゃん、ヨシくん、なんだか耳はダメ……」
そういって恥ずかしがる女神様は大変魅力的だった。ぼくは女神様の背中に腕を回し身体を持ち上げる態勢になった。
「それじゃ、ぼくの首に腕を回してください。ぎゅっとしますね」
「えっ、えっ、えっ、えっ、わたし抱き締められちゃうの? ヨシくんにリアルで抱き締められちゃうの? いや、だめっ! だめよヨシくんっ、私ダメになっちゃうっ! でも好き、好きっ、大しゅきっ!」
そして女神様は余りの緊張と大興奮で念願のリアル”ハグしながらキス”を完遂することが出来ず、多幸感で気絶するように睡眠へと入っていった。
「……あふぅ」
「め、女神さま?」
「……」
(女神さまが寝てしまわれた……頬っぺたのチューすら無しで……)
ぼくは大人しくイスへ移動し丸くなった。
「め、女神さま……、ぼくはこういう時、どうしたら……」
女神様のスースーという寝息が聞こえる。女神様はぼくのこと好きなのかな? 神様とお付き合いってどうするんだろう?
恋人同士になるって、結婚するとかって出来るのかな? NTRあったら死ねるけど、そういえば女神様に恋人とか夫とかいらっしゃるのかな? 聞いておかなくっちゃ。恋人つなぎしていたら誤解されてカミナリが落ちてこない?
色々と新しい考察が増えてしまった。困ったな。……ぼくは眠りに入った。
結局、二人には何もなかった。
★
チュン、チュン
やはり爽やかな朝を迎えた。