第10話 蘇生させる決断の前に
女神
「ヨシくん、疲れたでしょ」
ぼく
「はい、やはり蘇生させるというのは倫理的にも難しいと思いましたし、残念ですね」
女神
「ちょっと考えるの止めて休みましょう。はいコチラにどうぞ」
ポンポンと膝の上を叩く。女神様は、いつの間にか、ぼくをヨシくん呼ばわりに切り替えていた。
ぼく
「ええ……」
女神様は正座をされている。「ご遠慮なさらず」とニコニコ。聞かなくても分かる、鈍感系主人公でも分かる例のアレですよね。知ってますよ。「失礼します」と頭を女神様の膝上に乗せる。すると彼女がさっと頭を撫で始める。
女神
「ヨシくん、いいこ、いいこ。ナデコ、ナデコ」
ぼく
「す、すみません」
女神
「恥ずかしいから、そのままで聞いてね。あのね、ミズハちゃんは私の一部とずっと一緒だったの。彼女は、いわゆる半神半人。小さい頃からです。実は……ね、……ミズハちゃんをヨシくんが抱き締めると、私も抱き締められていたのよ」
ぼく
「そ、そうなんですか……」
女神
「ミズハちゃんが貴方を好きになり、同じ感覚なので私も好きになったのです。ふふっ驚きましたか?」
ぼく
「はい。女神様を抱きしめてた……なんて凄いことを僕は。信じられません。声を聞くだけでも光栄ですから、嬉しすぎて耐えられません」
女神
「ひざ枕、今してるしね。そして貴方と私、過去…キ、キ、キスを三回してましゅ……」
ぼく
「噛みましたね女神さま、ぼく、命で償わなければならないようです」
女神
「繰り返しますが、罰はハグでお返しください」
ぼく
「ひょっとして女神様がミズハの一部分だから、一年に一回のキスという限定ルールにしたのでしょうか? 婚前交渉も絶対禁止と、純潔を恋人の僕にすら徹底的でしたし」
女神
「身持ちが固いのはミズハちゃんだからですよ。あとキス駄目だなんて、私関係ありませーん! だって私は貴方と早く……あ、聞かなかったことに……い、いえっその、そんな恥ずかしいこと聞かないで下さい。顔が赤くなってしまいます。もう」
ぼく
「女神様は、男性の気持ちを掴むのがお上手ですね」
女神
「もうヨシくんたら。これから暫くは私がミズハちゃんの代わりになりますからね」
ぼく
「ミズハとも一緒にいるような気がしています。ふふっ」
柔らかい雰囲気が部屋中に漂う。
女神
「私にも甘えさせて下さい」(やっぱり言っちゃった……)
ぼく
「どんどん甘えて下さい。しかし女神様、いつもこんな感じなのですか?」
女神
「ヨシくんの前だけですってば」
★
蘇生魔法を使って四人を復活させる最終目標地点はエルソンである。そこには冷凍庫で保管されている四人の遺体がある。蘇生までに約一か月ほど、女神様と共にする事になった。
女神様は、冒険者ギルド王都本部への見学を希望した。(メインは食事も堪能したいわ! だが)。また周辺で大きな災害があったのなら現場に行って直に人々を助けたいという。
次に教会本部。外からチラっと眺めたいらしい。そして先の災害現場へ行き、教会から派遣されている治癒師や炊き出しのメンバーを労いたいとのこと。救助活動を一緒に参加することから、王族がちゃんと国民を助けているかも要チェックするらしい。
★
何か考え込んでいた女神様が「先に教会本部に行きたいわ」と仰られた。ぼくはどちらでも良かったから「はい」と従った。
教会本部を眺めてから、何を思い立ったのか、女神様は教皇猊下に面会を求め、一か月不在にするからねヨロシクと伝えていた。教皇猊下のアングリされた御尊顔を思い出す。教皇猊下は女神様の地上代行者なので齢263才という。ぼくは同行して横で大人しく待っていたから実はその光景を見た際、女神様のお立場の高さを実感した。
女神様が一か月も不在するという事で教会は激震したみたい。女神様は平気で「あとは何とかしてね」と教皇猊下に一喝。「だってデートなんだもん」と続けるようにニコニコされていた。
引っ込み思案で恥ずかしがり屋の女神様が、何故こうなった?
「ヨシくん、いま失礼なこと考えてたよね? 不敬罪で罰、今夜はハグしてね。あの例のアレ……お、お兄ちゃん必殺の秘儀:妹殺しってのを、されてみたい………お願いしたいの」
「さすが男の考えてることを見抜く女性の勘、本家である女神様には隠せませんな。ははは……」
なぜか真っ青になる僕だった。ひょっとして前世? 別次元? 未来? まで見られているの? 実際に神様はリアルチートだけど。
女神
「ダメですか?」
シュンとする女神様。そんなに悲しそうな顔をしないで下さいよ。
ぼく
「妹のユアイにした只の愛情こもった家族ハグですよ? でも、ぼくごときが女神様のお願いを断れるはずがないじゃないですか。仕方がありませんね。次の機会にでも」
女神
「今夜」
ぼく
「その、エルソンに良い宿があるんですよ」
女神
「あ、それいいですね、お約束ですよ」
ぼく
「はい」
こんな会話を白昼堂々としながら、次の冒険者ギルド王都本部へと向かった。
【故郷で人助け】
冒険者ギルド王都本部にて災害の情報を集めると、最近、ダンジョンから魔物が流出し、大打撃を受けた大きな街があるということが分かった。
その街は、ぼくの故郷だった。
★
「これは酷い……」
街の周囲の壁はところどころ破壊されて大きな穴が開いており、街の中の建物もボロボロだった。門兵に聞いたところ、ギルドや騎士団詰所など頑丈な造りの場所は避難所、簡易診療所となっており、けが人も一杯いるという。
ぼくは街に知り合いが多く居たし、みんな大丈夫だろうかと心配したが、避難所たちを覗いて探して回り始めると、思ったより数が多く、なかなか知り合いには出会わなかった。それでも一棟、一軒と訪問していった。
探す筆頭であるお父さん、お母さん、幼馴染ミズハのご両親たちを頑張ってチェックして回っていた。
通りがかった道端には、泣いている小さな女の子が、すでに動かなくなったお母さんらしき女性を動かそうとしていた。
ぼく
「君のお母さんかい?」
女の子
「うん」
女神
「ねえキミ、手をつなご」
ぼく
「僕がお母さんを連れて行ってあげるから、ついておいで」
女の子
「お母さん、寝ているだけだよね?」
ぼく
「……うん」
女の子
「グスン、グスン、良かったーー」
女神
「……」
ぼくは遺体集積所へ運び、複雑な思いを経験していた。「お母さんは寝ている」だなんて嘘つくんじゃなかった。でも正直にあの場で言えるのか、いや出来れば正直に言えばよかった。遺体置き場に運ぶのだから最終的には女の子に分かってしまうから。
女の子から聞かれた瞬間、後先の事を考えず行動するのは逆に相手を傷つけるケースがあると知った。うーん、そもそも正解はあるのだろうか? 泣いていた女の子はお母さんが起きるのを期待した。目を覚まし、おはようといつもの笑顔で微笑みかける母親をイメージしてしまった筈だ。
生き返って欲しいよね。泣いてた女の子はこの先どうやって生きていくのだろう。こんな経験を糧に成長していって欲しい等と言って大人たちは誤魔化すか、そもそもこんな経験要らないよな。
しかも、そんな子たちがココには沢山いる。この出来事に似た悲哀が短い時間で何回もあった。ぼくは人の生死を多方面から直面して見て経験していた。勇者パーティだけが特別であっていいのか? 自問自答した。
そして、ぼくは近所にあった、かつてミズハやユアイと通っていた母校へと足を踏み入れた。校庭には沢山の人たちがおり、テントが張られていた。探し続けると、ぼくの両親、ミズハのご両親がいらっしゃった。
父
「ヨシタカ! こっちだ、こっち」
母
「あ、ヨシタカ、会えて嬉しい。お菓子食べる?」
ミズハのご両親
「ヨシタカ君、お久しぶり。おっと今は男爵様だな。不敬罪で打ち首になってしまう。ははは……。ミズハの急逝の件では本当にお世話になったね、ありがとう」
ぼく
「父さん、母さん、生きてて良かった。おじさん、おばさん、お世話になったのは僕の方です。それに、ミズハは聖女で王族級、ユアイだって伯爵様ですよ、生きていてさえいてくれてれば。ミズハの急逝は何とかしたいと考えています。もちろん妹のユアイもです」
父
「そうか、聖女ミズハちゃん亡き後の蘇生魔法の伝手を探すのか。頑張れよ。ユアイはお兄ちゃん大好きっ娘だったからな。父さんも悲しいが、お前も相当精神を削り取っただろう。よく頑張ったな」
ぼく
「はい」
両家
「「で、その一緒に来た娘さんは?」」
女神
「わたくし、ハルと申します。女神をしております。ヨシくん、いえ、英雄ヨシタカさんには、お世話になっております。聖女ミズハさんは私と姉妹のように仲良くしておりました。これからも、よろしくお願いいたします」
両家
「「素晴らしいお嬢様、お人形さんみたいで可愛くて奇麗、まるで本当の女神様みたい。素敵」」
女神様の癒しオーラのおかげで家族みんなにホッとした空気が流れた。ありがたいです女神様。
★
ぼく
「それで、他に何か必要なものはあるかな?」
父
「物資の支給は最近は充実してきているな。周辺の警戒も騎士団と冒険者ギルドで安全性がほぼ確保できるようになってきた。お前の手を煩わせるものは、ほぼないと思う」
ぼく
「とすると後は怪我人や病人だよね」
父
「確かに怪我人が多すぎて問題だ。医療技術と回復魔法、ポーションも消費が激しいからな。枯渇して亡くなる人も増えてきている」
ぼく
「医薬品は高いから即決で支払えないのが困ったね。冒険者ギルドの口座には持ってたお金を入れてあるから自由に使ってよ」
と冒険者ギルドのF級カードを父親に渡す。
父
「こういう時、息子にはそんなの必要ないぞ立派になったものだと言いたいところだが、今の現実は厳しい、ありがたく頂くとするよ。ありがとう、ヨシタカ」
互いに目を合わせ笑顔で頷いた。横を見ると女神様が深刻そうな顔をして考え込んでいた。
女神
「……あのヨシくん、お《義父》さま、お《義母》さま、ミズハちゃんのご家族様、私、今から怪我人へ治癒魔法をかけたいと思います」
ぼく
「いま義父とか義母って入ってなかった?」
両家親
「「はっ?」」
女神
「私なら今現在の怪我人を治癒させ、回復を完全にすることが出来ます。余剰効果、付与としては病気も根絶します。リウマチ、痛風、糖尿、頭痛、腰痛や視力、循環器、すい臓の悪性腫瘍まで幅広くですね。ただし、亡くなられている方だけは蘇生できません」
両家親
「「……?」」
女神
「ただ私はヨシくんと一緒に、ミズハちゃんを蘇生させるためにエルソンへ向かう途中でした。ここで住人の皆さまを完全にしておけば、街は救われるのですよね?」
両家親
「「……??」」
ぼく
「女神様、やっちゃって。今は街の人たちの方が急ぎですから」
女神
「ヨシくん、うん、やる!」
ぼくは拳を握り、親指を立てて頷いた。
女神
「いくわよ! みんなガンバレ、治っちゃえ~っ! 回復っ!!」
掛け声と共に両手を上げた女神様、神力が高まり、両手に回復系エネルギーがどんどん集約していき、光り輝いていき、小さな太陽の玉になった。
ヴーーーーン、シャーーッ、ヒュル~~どどどどーーーーーんんん
ぼくは何故か「タマヤー」という謎の言葉を叫んでいた。ミズハの偽エクスプロージョンの掛け声と破壊力は女神様ゆずりなのだと納得、さすがミズハの先生だ、可愛い声で何故か回復魔法にも拘らず強大な炸裂音を轟せる。
まさか本物の女神様だとは思っていなかった家族たちは放心状態になっていた。わかるよ、空も凄いことになってるし、回復系魔法っぽい神力は広大な街全部を覆って行き渡ってるし。
★
たった一瞬で、街の数多くの怪我人が治癒し、古傷に苦しんでいた冒険者や騎士、護衛団員やスポーツ競技者、悪性腫瘍など様々な病人たちやご老人の持病までスッキリ回復。
最初は規模が大きすぎて何が起こったのか分からなかった住人たちは、女神様がご降臨なされて自分達を救ってくださった、と容易に理解した。加えてヨシタカの父親やミズハの両親たちの説明で「奇蹟だ!」と納得、互いに感謝し、事実を広めあった。
その後、接点のあった小さな女の子を筆頭に子供たちは「あのお姉ちゃんたちが……」と第三者的視点を領主たち街の幹部に提供し、優しい女神様と元勇者パーティの英雄ヨシタカ様という二人のイメージがますます肉付けされていった。
これらの件は魔獣流出による被災地を取材していた報道記者によって逐一号外として時系列で流されていた。
普段から女神様の加護を授けられる教会には、そもそも信心深い人々が、さらに若い頃に加護スキルを授かったことを思い出した大人たちが女神様に感謝を捧げ、祈るために殺到した。
また特に街の住人達は、身近で起きた奇蹟を、他地域で出来事を知らなかった友人知人に話し、益々他の人たちの興味を煽り湧き立たせた。
そして英雄ヨシタカが幼少時から過ごした街であること、通った学校のこと、妹ユアイ想いなこと、聖女ミズハと幼馴染である具体的な元級友の話などが残念なことにバカップル黒歴史含めて掘り起こされ、吟遊詩人による物語化がされていった。
女神様を一目でもいいから見たかった等の話が大きくなり、教会本部の教皇猊下による女神様御尊顔の画の提供がなされ報道された。王族による伝説化、あっという間に大陸を含めた全体、全世界に「女神様による直接の奇蹟」があったと知れ渡ることとなった。
この災害については冒険者ギルドによる詳細な調査報告と共に、魔王亡き後の残存魔獣の鎮静化が達成されたと宣言された。
ぼくは最後まで知ることはなかったが、後に、この街において女神様とぼくの大きな平和祈念像が建てられた。