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8話 命の恩人!


 * * *


 チケは瞠目した。

 イケメンが自分の窮地を救ってくれた。めちゃくちゃタイプど真ん中のイケメンが、命を救ってくれたのだ。


(こんなの、運命に決まってるよぉ〜!)


 端的に言えば彼女はときめいていた。

 シャンカイの背中を見つめる彼女の瞳がハートの形になっている。


(心臓がうるさい。うるさいってば。お願い、静かにして……バレる……私のこの恋、音でバレちゃうよぅ!)


 もうバレている。というか先刻、自分で口に出したばかりだということをチケは自覚していなかった。


「あ……だめ、好き」


 二度目の告白。とても先ほどまで死にそうになっていた少女とは思えない。

 シャンカイが思わず後ろを振り向く。


「素直な女の子は嫌いじゃないよ。名前はなんて言うんだい?」


「え……もしかして私に話しかけてくれてます?」


「そのつもりだけれど?」


「そ、そんなぁ〜!! 嬉しいですぅ〜!

 わたし、チケ・シュタールって言います!

 王子様の……お名前は?」


 王子ではない、彼は魔術師だ。先ほど名前と共に紹介があったはずだが、さては聞いていなかったのだろう。

 シャンカイは頬をかきながらチケを見据えた。


「チケさん。ボクの名前はシャンカイだ。

 蝶の魔術師――シャンカイと呼ばれているよ」


「シャンカイ様!」


「様はいらないんだが……まぁ、いいだろう。

 それよりも今は、もう一人のレディに失礼のないようにしないとね」


 シャンカイはもう一人の少女――園香に目を向ける。本当は目を離すべき相手ではない。今は彼女の慈悲か気まぐれかに生かされている形だ。


「改めまして、レディ。

 よろしければお名前を聞いても?」


「散々、私の前でラブコメを繰り広げておきながら、今更名前を聞かせろって? もう知らないから、勝手にそこらでイチャついておきなさいよ。夢心地のところを気付かない間に殺してあげるから」


 園香が溜息を吐く。名乗る気など最初から持ち合わせていない。


「怒らせてしまったかな?

 すまないことをした。でもボクは君と争いたいわけじゃないんだ。信じてほしい」


「はぁ……あのねぇ、私はあなたの素性とか、目的とかはどうでもいいのよ。私の邪魔をした時点であなたは敵なんだから。そしてあなたは決して、私には勝てない。それを分かっていて、ヘラヘラと笑っているのかしら?」


 自分に敗北という未来が存在しないと、本気で信じている顔だった。

 シャンカイの表情が固まる。


「いやはや、お嬢さん。ボクはこれでも魔術は人より得意なんだ。攻撃的な魔術の持ち合わせは少ないが、防御に関しては誰にも負けるつもりはないよ」


「へぇ、それじゃあ、お得意の防御魔法で、私の攻撃を受けきってみる?」


「それは素敵な提案だね。でも火傷するのは君かもしれないよ?」


 シャンカイが言い終わった頃には、園香の指先に魔力が集まっていた。

 木々の葉を揺らし、静かな裏庭にわずかなざわめきをもたらす。晴天――陽はまさに天の一番高くに位置する頃合い。黄金の輝きが枝葉の隙間から漏れ、まるで世界が染まっていくようだった。

 その中で、園香は一歩前に出る。彼女の瞳は冷たい硝子のように光り、右手を胸元からすっと持ち上げて、目の前に佇むシャンカイへ向ける。

 指先ひとつ。ほんのわずかな動き。だが、それだけで十分だった。


「――燃えて、灰になって」


 呟きと共に、園香の指先から黄金の魔力が奔る。花びらのように舞い上がった光の粒が空気を裂き、次の瞬間には炎が形を成して襲いかかった。

 シャンカイがすかさず両手を広げると、彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。複雑な幾何模様が組み合わさったそれは、まるで蝶の羽根を模しているようでもあった。


「《ブルーム・ヴェール》!」


 彼の声と共に、青白い光の障壁が展開される。防御魔術――蝶の羽のような結界が、柔らかくも強固に炎の奔流を受け止めた。


 しかし――。


 炎は止まらない。羽根のような結界がひとつ、またひとつと焦げ、焼け、融けていく。炎は淀みなく続き、その中心には指先ひとつ動かすだけの園香が、涼しげな顔で立っている。


(これは……まずい)


 シャンカイの額に冷や汗が滲む。防御の魔法が、予想以上の速さで崩されていく。このままでは――。


 その時。


「あの教授マジでムカつく!!

 あたしだけ絶対採点きびしくしてるって!」


 裏庭の入口から、数人の学生たちが姿を現した。偶然なのか、あるいは元々彼女らがよく来る場所だったのか。

 裏庭は絶賛、赤く燃え上がる火炎と蝶の結界で異質な光景を作り上げている。そんなものを彼女らに見せるわけにはいかない。

 園香は小さく舌打ちをして、指を下ろした。炎の奔流がぱたりと止み、赤い光は霧のように散っていく。


「……まったく、間が悪いのよね」


 そう一言だけ呟いてから、彼女はシャンカイとチケを見下ろすように睨んだ。

 

「もともとそこの女を殺すつもりなんてなかったわ。ただ、妙な動きをしてたから様子を見に来ただけ。

 でも……そうね、今の様子を見る限り、悪気はないみたいだから見逃してあげる」


 言葉とは裏腹に、その声音は鋭く冷たい。彼女は背を向けて、ゆっくりと去りかける。だが、ふと立ち止まり、最後に言葉を一つ残す。


「次にあなた達がこの学園に、いえ、私がその気配を察知できる範囲内に姿を現したら……その時は容赦しないわ、チケ・シュタール。そして蝶の魔術師シャンカイ」


 それだけを告げると、園香は裏庭を横切り、日影の中に溶けるように姿を消していった。


「い、今の子……本気で殺そうとしてたよね……?」


 震える声でチケが呟く。足はがくがくと震え、シャンカイの袖にしがみついていた。


「お願い……シャンカイ様。私、殺されたくない……どこか遠くへ、逃げたいの。どこでもいいから、あの人から遠い場所に連れてって……」


 その姿はまるで、迷い込んだ子兎のようだった。シャンカイはため息をつきながらも、彼女の頼みを無下にできなかった。


「よしよし。じゃあ、お姫様の願いを聞くとしようか」


 彼はそっとチケを抱き上げる。軽やかに、優しく。まるで本物のお姫様のように。


「どこに行こうか……そうだねぇ、久しぶりにボクの故郷に帰ってみようか」


 遠い目で空を見上げるシャンカイ。

 一方で、チケは瞳にハートを浮かべて、シャンカイの顔を見上げていた。


「そ、そんな。いきなりご家族に挨拶ですか!」


「はは、ボクに家族はいないよ」

 

 呟きと共に、辺りに蒼い蝶が舞い散る。無数の幻想の蝶が宙を舞い、視界を覆うように広がっていく。陽の光に透けるその羽根は、まるで夢の中の光景のようだった。


 蝶の群れが彼らの姿を包み込むと、シャンカイとチケの姿はふっとかき消えた。

 残されたのは、揺れる草花と、ほんのり香る風だけ。彼らは蝶と共に空を舞い、遠くの空へと旅立った。

 蝶の渦の中、チケはシャンカイの胸元に顔を埋めて心の中で呟く。


(カリスタ先輩、ごめんなさい……私、恋に生きようと思います)


 

 


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