7話 命の恩人?
* * *
私はふぅ、と一息ついて箸を置く。
今日の『だしラーメン』も美味しかった。
明日は大盛にしてといいかも、なんて考えていると、不意に後ろから綺麗な透き通った声が聞こえた。
「あなたがミミアお嬢様の恩人でございますか?」
「……?」
あ、私か。
振り向くと、こちらを困り顔で見つめる美女が立っていた。溶けた蜂蜜のような光沢をもつ金の髪に、森の奥に潜む静けさを宿したエメラルドの瞳。そして何より目立つのがその衣服だ。
「め、メイドさん……?」
彼女はメイド服を身に纏っていた。
そして私にはメイドさんに声をかけられる覚えなんてない。
食堂中の視線がこちらに集まっており、非常に居心地が悪かった。それはそうだ。こんな山奥の辺鄙な大学に金髪美人メイドさんがいたら、誰だって注目してしまう。
私も当事者でなければ遠目に傍観していたことだろう。しかし生憎と今は当事者だ。逃げたい。
「あの、人違いです」
「いえいえ、お嬢様の投影魔術で確認いたしました人相そのものです。間違いございません」
「え〜……」
誤魔化せないか。
というか今、投影魔術と聞こえた気がする。
それがどのようなものかは分からないが、どうやらその言葉を信じるならば、このメイドさんは魔術に縁のある世界線の人間らしい。
一刻も早くこの場を逃れたい私だが、ぐっと堪えて彼女の頭上に視線をずらす。
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セイチェ・エドリアス
【メイド】20rp
:メイドとして主人のために行動する際に能力向上。
【出来損ない】10rp
:生まれ付き能力値にマイナス補正
【忠誠心】100 rp
:それは誓い。主人のために行動する際に発動。
※能力値と運命力に大きくプラス補正
【魔法使い】15rp
:魔法の構築と行使する能力が向上
【固有魔法・異界渡り】3rp
:異世界間を転移するための魔法を構築できる。
(次回使用可能になるまで:およそ2ヶ月)
(前回使用履歴:アルトリネア→未開拓地)
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ああ、なるほど。理解した。
このメイドさんは、この世界の住民ではないらしい。信じられないことに、この世界とは別の世界からやって来たと思われる。
更に言えば、彼女自身が異世界間を行き来する能力を持っていると読み取ることができる。なかなかスケールの大きな話だが、未来人がいたくらいだから、存外驚きは少なかった。
(というか、なにこの忠誠心の高さ。そっちの方が驚きなんだけど!)
「あの……」
首を傾げるメイド――名はセイチェさん。
黙って頭上を見つめる私にどう反応したものか困惑しているようだった。
「ごめんなさい、少し考えごとをしてました。
それで、ご用件はなんでしたっけ?」
私はセイチェさんの瞳を見据えながら問う。
彼女が「こほん」と一つ咳払いを挟んで表情を整えた。
「そうでした。まだ自己紹介もできておりませんでした。
私はセイチェ・エドリアス。異界の女王……候補であらせられるミミア・コルペリオン様にお仕えしております」
メイド服の裾をつまんで、優雅に一礼する。微笑みの中に、完璧な礼儀が宿っていた。 指先から足元まで、動き一つ乱れない。まるで精密機械が演じるクラシックバレエのようで、思わず見惚れてしまう。
メイドというものは初めて見たが、彼女ほどに整った礼をできるものは早々にいないだろう。
「あ、どうもどうも。私は未綴語です。よろしくお願いします」
思わず立ち上がって、こちらまでお辞儀してしまう。メイドさんに頭を下げてしまう自分の庶民魂が恨めしい。
「これはご丁寧に、ありがとうございます。
早速で申し訳ございませんが、未綴さま宛にミミアお嬢様からの伝言がございます」
先ほどからセイチェさんの言うミミアとは誰のことなのだろう。彼女の主人ということは分かるが、生憎と私には覚えがない。
いや、頭をフル回転させると昨日の記憶の断片が再生された。
(あ、昨日コンビニでおにぎりをあげたあの子!)
思い出したのは、空腹をうったえる少女に気まぐれでおにぎりをあげた時の光景。
少女が別れ際に『ミミア・コルペリオン』と名乗っていた気がする。あのピンク髪のツインテール娘はただのコスプレイヤーではなかったということだ。
そうすると、目の前の美人メイドさんがあの残念な少女――ミミアに仕えているということだ。
なぜメイドまで付いているお嬢様がコンビニの前で乞食のようなことをしていたのかは謎だ。恐らく異世界の住民だから、ということが大きく関わっているのだろうが、兎にも角にもまずは伝言内容を聞きてから考えよう。
「えと、伝言の内容は……」
「はい。お嬢様は命の恩人であらせられる未綴さまにお礼の品を授けたいと仰っておりました。
今晩、あのコンビニというお店の裏手にございます鉄の巣――いや精霊の遊び場? よく分かりませんが、そちらにて待つ……とのことです」
なんだそれは。
あのコンビニの裏手に鉄の巣だの精霊の遊び場だの、そんな奇妙な場所は存在しない。あるのは地域の子供達に愛される広い公園くらいだ。
(というか、まぁ、公園のことかな。
異世界の人からすると精霊の遊び場に見えるのかな?)
会話の中から文化の違いを感じる。
きっとセイチェさんも公園が何のために存在する場所なのか分かっていないのだろう。不安そうに眉を顰めていた。
「大丈夫ですよ、分かりました」
そう伝えると、胸を撫で下ろす。
私は少し胸が躍っていた。
(誰かと待ち合わせなんて、初めて……)
これを待ち合わせというのかは定かでないが、大学以外の用事ができたことに少し嬉しさを感じた。
「それでは、確かにお伝えいたしました。
私はミミアお嬢様のもとへ帰らせていただきます」
「あ、はい。それじゃ、また今晩……」
「ええ、失礼いたします。道中お気をつけて、お越しくださいませ」
セイチェさんは踵を返すと、絹を滑らせるような静かな足取りで食堂を出た。
私の足元にはカチューシャが転がっていた。
「……え」
一挙手一投足が洗練されているメイド。
動作全ての調和が取れており完璧かに思えたが、非常に残念な最後である。何か、抜けているところがある――親しみやすいメイドさん、なのかもしれない。
まぁ、【ドジっ娘】ほどの強烈な印象はなく、個性としてはやや弱いが。だが、それが彼女なのだろう。
私は妙な納得と共に、食べ終えたあとの食器を片付けた。




