4話 未来型ドジっ娘
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山にほど近い場所にある大学は、街中のキャンパスと比べて格段に敷地が広く、建物と建物の距離も長い。
構内にはアップダウンの激しい坂道も多く、目的の講義室にたどり着くまでには軽い運動を強いられる。
運動神経なし。人並みの体力なし。私は、いつも息を切らしながら移動している。
今日は特にひどい。なぜなら、渡代さんと距離を取りたいがために走って逃げていたからだ。
(なんで毎日通ってるのに、体力が付かないんだろう)
ふらつく足取りを何とか持ちこたえながら、私は胸の内で小さくぼやいた。日常的にキャンパス内を歩き回っているのに、持久力は一向に向上しない。
せめて【体力おばけ】みたいな役力でもあれば、この大学生活もずいぶん楽になるのだが。
力を手にした人間は、やがてその力に甘えるようになる。私もその例に漏れず、楽な道のりを探し、安直な方法に頼りたくなる。こんなことを考えている時点で、すでに自分の弱さと向き合うことから逃げているのかもしれない。
ふと足を止め、周囲を歩く同じ大学の学生たちに視線を向けた。無数の顔が行き交い、誰もがそれぞれの目的地に向かって歩いている。私のように遅れ気味な人もいれば、友人と楽しげに話しながら歩く人もいる。
(この中に、何かいい役力の持ち主はいないかな)
淡い期待を込めて、すれ違う人々の姿を一人ひとり目で追いながら、私は役力の確認を行う。文字の海に潜り込んで、小さな貝殻を見つけようとしている気分だ。
けれど、そんな都合よく見つかるわけもない。そもそも、役力の視認や奪取には想像以上の体力を消耗することが、バス内での経験から分かった。やたらと使いまくるのもリスクが高い。
(とりあえず遅刻したくないし、時間潰しはやめて講義室に向かおう)
そう思い、足を踏み出そうとした、その瞬間。
「あのぉ……」
背後からかけられた声に、私は肩を跳ねさせた。
その声は、水の中を漂うようなのんびりとした口調で、静かに、けれど確かに私の背中に届いた。
「ッ! わ、私ですか?」
慌てて振り向くと、そこには見慣れぬ少女が一人立っていた。目が合っているので、間違いなく私に話しかけているようだ。無論のこと知り合いではない。
緑がかった髪を肩上でふわりとまとめ、褐色の肌に柔らかい表情を浮かべている。彫りの深い顔立ちと、少し大きめの瞳が印象的で、まるで異国の物語から飛び出してきたような存在感があった。
彼女は人混みの中でも一目で目立っていた。だが、それ以上に、その表情にはどこか不安げな色が浮かんでいて、私は思わず親近感を覚えた。
「あ、はい。すみません。少し人を探してまして……」
彼女は小さく会釈しながら言った。声は丁寧で柔らかく、どこか緊張しているようだった。
「どんな人ですか?」
「えっと……名前はカリスタって言います」
彼女は口元に指を添えながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「カリスタさん。よろしくお願いします」
「いえ、わたしではなく。探している人の名前、です」
「あっ、そういうことですか……」
少し気恥ずかしさを感じつつ、私はうまく笑ってその場を繕った。彼女は苦笑いを浮かべ、小さくうなずく。
私はそのまま彼女の役力を視認するために、彼女の存在を集中して観察する。そして、次の瞬間、思わず目を見開いた。
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チケ・シュタール
【未来人】-rp
:未来から来た証
※強奪不可
【メカニック】15rp
:機械への知識と応用力にプラス補正
【射撃手】25rp
:射撃の腕前に大きくプラス補正
【成長】30rp
:未熟者から成長していくための運命力にプラス補正。
【ドジっ娘】10rp
:あらゆる行動に不注意・不器用さの補正
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(な、なに……未来人って……)
まさか。こんなところでとんでもない存在に出会ってしまった。
その肩書きが冗談でなければ、目の前の少女――チケ・シュタールは、未来からの来訪者ということになる。そんな馬鹿な、と思う反面、彼女の放つ雰囲気にはどこか現代離れした、異質な空気があった。
というかよく見れば、ライダースーツのような格好によくわからない機械を沢山取り付けている。明らかに普通の人間ではない。役力を見ていなければ、またしても筋金入りのコスプレイヤーだと思い込んでいたところだ。
「わたしはチケって言います。海外から留学してきまして、友達も一緒にきたんですけど、はぐれてしまって……」
そうか。彼女にとってはそれが『建前』のようだ。私はその設定を受け入れるフリをして、自然な表情で頷く。
「チケさん。それは大変ですね。
ちなみに、そのお友達のカリスタさんって人には、何か特徴はありますか?」
「あ、はい。カリスタせんぱ……いえ、カリスタちゃんは、銀髪のふたつ括りの女の子です。背丈はわたしと同じくらいです。いえ、少し小さいです」
ふたつ括りの銀髪。目立つ容姿だ。昨日見かけたピンク髪の少女を一瞬思い出したが、さすがに別人だろう。ツインテール違いというやつだ。
……そんな言葉はないか。
それにしても、なぜ二度も言い直したのか。先輩、と呼びかけてしまい、慌てて訂正する様子に、何か裏があると直感する。
「最後にどのあたりで見たんですか?」
「んー……三時間ほど前までは一緒にいたんですけど、どこって言われると難しいですね……」
チケは顎に指をあて、首を傾げながら答えた。思い出そうとしているのか、それとも適当に濁しているのか、その判別はつかなかった。
(未来人なのに、何か通信端末とか持ってないのかな?)
私が心の中でそうツッコミを入れていると、彼女の表情がみるみるうちに曇っていった。
「ど、どうしよう。カリスタ先輩、絶対に怒ってる……」
自分でも気づかぬうちに漏れたのだろう。小声のつもりが、しっかり私の耳に届いている。
怯えるように眉尻を下げ、目を潤ませながら肩を縮こませるチケ。その姿はまるで、怒られた子犬のようだった。
「ごめんね、チケさん。
私は見てないや。なにか連絡をとる方法はないの?」
「それがわたしの端末、壊れてしまって。登録してた番号も覚えてないですし、どうしよう……」
あわあわと手を振り、涙目でうろたえるチケ。その挙動はあまりに不器用で、どこか憎めないものがあった。
(この未来人……きっと、この時代に来たのには理由があるんだろうけど。この様子じゃ、その目的が何であれ、まともに進んでないんじゃ……)
事情は分からない。けれど、彼女の様子を見ていると、思わず応援したくなるような、そんな気持ちになってしまう。
私はチケの肩にそっと手を置き、安心させるように声をかけた。
「大丈夫ですよ。銀髪の人なんて普段この辺りには居ませんし、それだけ目立つ人なら、聞き込みを続ければ直ぐに見つかります!」
「そ、そうですかね……?」
チケはおそるおそる顔を上げ、私を見つめた。その目に少しだけ光が戻る。
私は微笑みながら、手を置いたままの勢いで励まし続けた。
「わ、わたし、嬉しいです。この時代に来て、初めて声をかけた人があなたみたいな優しい方で!」
「じ、時代って?」
「あ、いえ。まだ日本語は不慣れでして、失礼しました。この国って言いたかったんです」
未来人、というボロをうっかり出しかけた彼女は、慌てて言い直した。もう少しで致命的なミスを犯すところだった。
(この人、本当に大丈夫なんだろうか……)
私は内心で首を傾げながらも、それ以上は突っ込まないことにした。深入りしすぎると、きっと面倒なことになる。
「それじゃ、わたし、他の人にも聞いてみます! お時間いただきありがとうございました!」
チケは頭を下げると、ひょこひょこと足音を立てて、慌ただしくその場を離れていった。どこか頼りないその背中を見送りながら、私は一息ついた。
いったい何者だったのか。いまだに全貌はつかめないが、一つだけ確信できることがある。
(間違いなく、カリスタっていう人とはぐれた理由はチケさんにあるんだろうなぁ)
さて、それよりも今は『収穫』の確認だ。
私はリュックから手鏡を取り出し、頭上の変化を確認する。あれだけキャラの濃い人間と長めの接触を果たしたのだ。何らかの役力を獲得していてもおかしくない。
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【ドジっ娘】2rpを獲得しました。
:あらゆる行動に不注意・不器用さの補正
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………………マジでいらない。




