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3話 奪う者


 * * *


 

 ――まだ私の物語にタイトルはない。

 

 それは『人生』という皮をかぶった『物語』を前にして、他人に見せるためのラベルである。

 だけど私は、誰の目にも触れない場所で、誰にも知られずに生きていくのだろうという漠然とした理解があった。ある意味では、そういう何者でもない自分の役割を全うしていたのだ。

 そんな私に、どうやら一つのチャンスが舞い降りたらしい。私の物語のタイトルを、私自身が決めるための『力』がそこにはある。


――――――――――――――


剽窃(ひょうせつ)】10rp

 :触れることで相手の役力をランダムに奪う能力

  ※接触時間や強度に応じて奪う役力は変化。


【模倣者】10rp

 :触れることで相手の姿形をコピーできる能力

  ※接触時間や強度に応じて成功率が変動。

  ※ストック1(コピー保存数は1人分)

 

【巻き込まれ体質】20rp

 :様々な物語に巻き込まれやすくなる体質


【呪い・勇者の目】10rp

 :常に勇者にその動向を見られる呪い。


――――――――――――――


 まるでゲームのスキル画面のように、能力の名前と簡単な説明が目の前に浮かび上がっていた。だが、それは単なる映像ではない。視覚というよりも、頭の中に直接流し込まれてくるような、独特の質感をもった情報の塊だった。

 ──その中で、明らかに異質なものがある。


「……いや、この最後の【勇者の目】って、なんですか?」


 無意識に声が漏れた。体が強張る。胸の奥が重たくなる。勇者……あの昼間に出会った少女の顔が、反射のように脳裏に浮かぶ。


 ──渡代(わたしろ)園香(そのか)


 普通の少女。と思っていたが、どこか異常で異質な謎だらけの少女。その接触が、こんな呪いをもたらすとは思ってもみなかった。


其方(そなた)、昼頃にあの渡代(わたしろ)とかいう女子(おなご)と接触しただろう? その際に付けられた呪いの類だな」


 いつの間にか真横にいたのは、つい先ほどからこの空間に鎮座している女神フラダリだった。見た目だけは、砂漠のオアシスで花を愛でる美しい女神といった雰囲気を纏っている。

 今はカーペットの上で優雅に腰を下ろして、机にこびりついていたご飯粒を指で突いていた。どうやら掃除漏れがあったらしい。


「の、呪い……」


(わらわ)も詳しいことは分からぬ。何せ其方(そなた)のことしか観察は許されておらぬからの。だが、あの女子(おなご)が余人とは異なる存在であることは確かだ」


「でも、勇者って書いてあるんですよね?」


「ふむ。『勇者』という単語がどのような意味を持つかは定かではないが……まぁ、名前の通りなら、悪い者ではないだろう!」


 言葉とは裏腹に、私は神のその言い分にまったく納得できなかった。勇者が『良い存在』であるという前提自体が疑わしい。少なくとも、他人に無断で呪いを付与するような存在が『善』であるわけがない。

 私は唇を噛みしめた。


「でも……この文面が確かなら、今のこの瞬間も彼女に見られてるってことじゃないですか?」


「戯けが。この場に(わらわ)がいる限り、外からの干渉は一切受けぬ。先ほども申したではないか。

 それに、先刻のトイレで動揺する姿も隠しておいた。あの女子(おなご)其方(そなた)の能力はバレては面白くないからの」


 少し安心するが、それでも釈然としない。自分が『監視対象』であるという事実は変わらないのだ。


「これって、解除できませんか?」


「ふむ、解除すれば、それはそれで怪しまれるからの。どれ、少し細工を施してやろう」


 フラダリが私の額に触れる。驚くほどにその指は冷たく、けれど同時に、どこか優しさを感じる。

 そこはちょうど渡代(わたしろ)さんに触れられた部分だ。微かな記憶が蘇る。彼女の指先の、あの鋭い槍のような感覚。

 すると、ふわりと温かな華の香りが全身を貫いた。鼻腔をくすぐるのは、春先に咲く花のような柔らかな香り。香りはすぐに皮膚の内側へ染み込んでいき、まるでアロマセラピーでも受けているような心地よさに包まれる。

 瞼の裏に光が広がる。音もなく、けれど確かに、何かが身体の奥底で変わったと感じた。

 ──そして、視界に新たな文字が浮かぶ。


――――――――――――――


【呪い・勇者の目】10 → −10rp

 :常に勇者に偽りの情報を与える。


――――――――――――――


 肩にのしかかっていた重みが、すうっと消えていく。張り詰めていた空気が緩み、呼吸がしやすくなった。


「これで良いだろう。

 あとのことは、其方(そなた)自身でなんとかするのだ。これ以上の干渉を(わらわ)は好かぬ」


「急な放任主義……。

 でも……ありがとうございました」

 

 自然と頭を下げていた。お賽銭は出してやらないが、この神には礼くらい言ってもいいだろう。

 顔を上げると、フラダリは満足気に笑みを浮かべていた。なんだかんだと世話焼きな神である。


「うむ。それでは、我はこれで帰るとしよう。あまり長く現世に留まる訳にもいかぬ。今後の其方(そなた)の物語を楽しみにしておるぞ」


「え、ほんとに急ですね。それと、あまり期待されると困りますが……」


「今くらいは、もっとマシな言葉を綴れ」


 フラダリは溜息と共に首を振る。かと思えば立ち上がり、腰に手を当てて、偉そうに胸を張った。

 

「そして最後に忠告を授けよう。

 そなたの力――【剽窃(ひょうせつ)】は、常に有用な力を奪えるわけではない。文字通りのランダム仕様だ。また、同じ対象者から何度も役力(やくりき)を奪える訳でもない。覚えておくのだ。そして、敢えてこれ以上のヒントは与えぬ。試行錯誤せよ」


 その言葉を最後に、フラダリの身体は淡い光に包まれていった。まるで光そのものが意志を持ったように、優しく、しかし確実にこの場から彼女の存在を消していく。


「――ッ!」


 あまりの眩しさに、私は思わず目を閉じた。そして、再び目を開けると──

 そこにはいつもの部屋があった。

 テーブルの上に残された湯呑みだけが、彼女の存在を物語っていた。どうやら、夢ではなかったらしい。


「また、急な放任主義……どうしたらいいのかな、私」


 急に現れて、急に消えた神。

 私はしばらく何も手をつけられず、ただただ湯呑みを見つめていた。

 

 

 * * *



 翌朝──


 いつも通りの時間、いつも通りに家を出て、いつも通りのバスに乗り込んでいた。通学路に特段変化はない。だけど、昨日からの出来事を思い出すたびに、風景が違って見えてしまう。

 ぎこちなく吊り革を掴みながら、車内をさりげなく見渡す。年配の女性が紙袋を膝に乗せて座っている。スーツ姿の若いサラリーマンがスマホをいじっている。すぐ隣には高校生らしき男女が並んでイヤホンを分け合って音楽を聴いている。

 彼らは、きっと私のような異常を抱えていない。ただの、普通の朝を生きている人々だ。


 ──そう、普通。

 昨日までは私もその普通の一員か、それ以下の存在であった。


 なのに、今も視界の隅にうっすらと浮かんでいる文字列。意識すれば、すぐにはっきりと確認できる。無意識でも軽く残像のように表示される。

 それは私に与えられた『力』の恩恵だ。見ようと思えば、自分だけでなくて周囲の人間の役力(やくりき)を確認することができるのだ。

 試しに、隣の男女――その片側である、イヤホンをシェアしている女子学生にそっと視線を向ける。


――――――――――――――

宮前 佳奈


【女子力】3rp

 :身だしなみと日常行動にプラス補正


【料理家】2rp

 :料理の腕前がわずかに上昇

 

【空気読み】3rp

 :集団行動において読心と行動に補正。


【ヒロイン】3rp

 :ヒロインとして行動する際に運命力に補正

 

【幼馴染】-rp

 :主人公の幼馴染に与えれる称号

  ※強奪不可

 

――――――――――――――


 なるほど、妙に納得してしまう。人の能力には、その人の生き方や性格が滲み出ているようだ。目の前の少女は、誰かの幼馴染であり、料理が得意で、集団に溶け込む力がある。だがそれぞれの数値は小さい。ここにもっと大きな役力(やくりき)を持つヒロインが現れたら、相応の努力をしない限りは、彼女は真の【ヒロイン】にはなれないのだろう。

 そして、彼女は非常に豊満な胸の持ち主であるが、それは飽くまで身体的特徴であり、所謂『巨乳属性』であっても【巨乳】という役割を持っている訳ではないようだ。いや、そんな役割があってたまるか。


(要するに、『役力(やくりき)』と、漫画やアニメでいうところのキャラクターの『属性』とは、似て非なるものってことか……)

 

 この巨乳の少女――宮前さんは、巨乳であってもそうでなくても、人生(ものがたり)に大きな影響がないのだろう。彼女の主人公(おもいびと)が胸の大きさに拘らない限りは。

 ……果たして、いったい自分は何を覗き見ているのか。だが、これを「楽しい」と思ってしまっている自分に、どこかうすら寒いものを感じていた。


 他人の持つ力を暴くこと。

 それを分析すること。

 必要なら奪うことすらできるという現実。


 私は『普通の学生』ではいられなくなってしまったということだ。そしてその事実にどこかワクワクしてしまう。


 窓の外を眺める。夜中の間に雨が降っていたらしいが、この時間の空は澄んでいる。しかし、まだ朝の湿り気を孕んでいる様子はあった。

 道端に一本だけ咲くタンポポが、陽の光に照らされながら、葉に残る雫をアクセントにしてキラキラと光っている。それはまるで、日常に差し込んだ一滴の異物のようだった。

 昨日までなら見逃していた光景。

 けれど今は違う。私の視界は、少しだけ鋭くなっていた。


(この力を、どう使えばいい?)


 たとえば誰かを救うため?

 それとも、自分の身を守るため?

 いや、日々の平穏を掴むため?

 

 けれどそれは【巻き込まれ体質】という不吉な能力が許してくれそうにない。昨日だけでも今までにない経験を多く得たのだから。

 不意に、バスが揺れて隣の女子学生と肩が振れる。


「す、すみません……」


「いえ」


 女子校生はそれだけ呟いて、直ぐに男子学生との話に夢中になった。一方の私は、ひとりで暗く俯く。


(最低だ、私……)

 

 チャンスだと思ってしまった。この偶然の接触に胸が踊り、つい発動させてしまったのだ。先ほどまでの葛藤はどこにいったのか。躊躇うことなく能力を行使していた。


 ――剽窃(ひょうせつ)


 何も知らない、何の関係もない歳下の女の子から、無断に、無遠慮に、力を奪い取る。

 私は手鏡をカバンから取り出して、髪を整えているふりをしながら自身の役力(やくりき)を確認した。


――――――――――――――


【料理家】1rp を獲得しました。

 :料理の腕前がわずかに上昇


――――――――――――――


 隣の女子校生を横目でちらりと確認する。

 とても料理をしそうには見えないが、きっと家ではたくさん料理をしているのだろう。そうした努力の末に得た役力(やくりき)に違いない。それを私は、一秒にも満たない接触で彼女から奪い取った。罪悪感は……今は忘れよう。

 もう一度、彼女を見やる。今度は彼女の頭上に視線を移す。


――――――――――――――

宮前 佳奈


【女子力】3rp

 :身だしなみと日常行動にプラス補正


【料理家】1rp

 :料理の腕前がわずかに上昇


【空気読み】3rp

 :集団行動において読心と行動に補正。


【ヒロイン】3rp

 :ヒロインとして行動する際に運命力に補正

 

【幼馴染】-rp

 :主人公の幼馴染に与えれる称号

  ※強奪不可

 

――――――――――――――


 間違いなく、彼女の役力(やくりき)が一つ減っている。正確には私に移っているのだ。

 今、気付いたことだが、どうやらこの役力(やくりき)を視る力は、相手の名前も確認できるらしい。それが何の役に立つかは分からないが、人の名前を覚えられない私からすると、とてもありがたい機能であった。

 バスが揺れて、再び女子校生と肩が触れる。


(――剽窃(ひょうせつ)、発動!)


 もう躊躇わない。一度やってしまえば、二度目も同じだ。今度は間違いなく自分の意思をもって確実に役力(やくりき)を奪い取ることに集中した。

 心の中で念じると、能力が発動した感覚を覚える。今の私に情けは必要ない。なるべく多くの役力(やくりき)を集める必要があるからだ。

 しかし、直感的に【剽窃(ひょうせつ)】が弾かれたことが分かる。


(なんで……?)


 一体どうしたことか。手鏡を確認してみる。


――――――――――――――


同対象者への【剽窃(ひょうせつ)】発動を確認、無効となりました。

※時間を空けてからもう一度試してください。

(クールタイム 11:59:08 )


――――――――――――――


 なるほど、理解した。

 どうやら同じ対象者からは連続して役力(やくりき)を得ることができないらしい。少なくとも半日のクールタイムが必要なようだ。


(もっと、色々と試してみないと)


 フラダリが言っていた。

 サブ主人公くらいでは『死ぬ恐れがある』と。

 私は【巻き込まれて体質】により、今後様々な物語に引き込まれる可能性がある。その中で死なないようにするには、より多くの強力な役力(やくりき)を得る必要があるだろう。


「……はあ」


 思わず、ため息が漏れる。

 バスが大きく曲がり、目の前の吊り広告が揺れる。微妙に読み取りづらい。広告には、「人生の転機に学びを──」なんて書かれていた。皮肉なことに、私は既に『転機』を迎えてしまったのだ。


 

 * * *


 

 バスが大学の前に停まった。停留所のアナウンスが流れ、ドアが開く。


 ──私は一歩、踏み出す。


 校門までの坂道を登る足取りは、妙に重たかった。コンクリートに足が張り付いているような感覚。進むごとに胸が苦しくなる。

 理由はわかっていた。


渡代(わたしろ)さんに……会いたくない)


 あの呪いをかけてきた本人。

 昨日の昼に接触してから、たった一日しか経っていない。でも、まるで何年も前の出来事のように思える。彼女は本当に『勇者』なのか? それとも私の命を脅かす『悪い存在』なのか?

 下手な接触をすれば、また新しい災いが飛んでくるかもしれない。

 だから、距離を取らなければいけない。……本当は逃げ出したいくらいだ。


 しかし、現実は非情だった。


 講義棟へと向かう途中。少し時間があったので時間を潰すために遠回りをして裏庭を通る。

 静かなこの場所は、本来であれば癒しの空間だ。大きな木々が風にそよぎ、ベンチがぽつんと置かれ、学生の声も届かない。


 だが、そこに──彼女はいた。

 渡代(わたしろ)園香(そのか)だ。


 相変わらずお洒落な服装に身を包み、ベンチに腰掛けて読書をしている。膝の上には分厚い小説か何か。目はそこに向いているはずなのに、どこか虚ろに見えるのは気のせいか。

 私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。このまま立ち去るか、それとも声をかけるか。

 迷うまでもない。


(逃げるが勝ち!!)


 私の座右の銘だ。困難には立ち向かわずに、とりあえず逃げる。たいして速くもない足を懸命に動かして、講義室へと走った。

 

 

 

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