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2話 役力0から始まる物語


 * * *


 

 その後、なぜかフラダリにお茶を入れるように言われて、私はしぶしぶ台所に立つ。

 この時間は、私が『何もしない』という憩いを得るための時間であるはずなのに、この展開は理不尽が過ぎる。当然、足取りも重たくなる。

 古びた電気ポットが小さく唸りを上げる音だけが、静まり返った室内に響いていた。茶葉はスーパーで買った、いわゆる特売品。普段なら自分のために淹れるような気合いは持ち合わせていないが、相手が「神様」だと名乗るものだから、ほんの少しだけ丁寧に急須に湯を注いだ。本当はティーバッグにするか非常に悩んだが。

 そうして戻ると、フラダリはどこか偉そうに胡座をかいていた。見た目は異国美人なのに、その態度がすべてを台無しにしている。


「では本題に入る前に、なぜ(わらわ)がここに来たかを説明しよう」


「できれば早く本題に入ってほしい……」


 私は湯気の立つ湯呑みをテーブルに置きながら、そう呟いた。神と名乗るこの女への警戒心は、依然として消えていない。

 もし彼女が言葉通りの存在であったとして、それが善神である保証など、どこにもないのだから。


「ふむ、なかなか良い茶ではないか」


 彼女は湯呑みを手に取り、優雅に一口含んだ。


「スーパーで特売のやつですよ」


「ならばその小売店は品質の良いものを揃えているんだろうな。褒めて遣わす」


 フラダリは満足げにうなずいた。まるで自分が偉業を成し遂げたかのような態度に、私は眉をひそめる。


「スーパーの店長さんに言ってあげてください……」


 内心ため息を吐きつつ、なんとか本題に戻してもらおうと視線で訴える。フラダリはその意を汲んだのか、ゆったりと咳払いを一つ。


其方(そなた)をずっと見ておった。生まれたその日からの」


 ……ゾクリと背筋を何か冷たいものが這った。


(わらわ)達――神々は其方(そなた)らの言うところの小説などの物語を読むように、人間一人を選び其奴(そやつ)の人生を覗き見る。人間からすると大変よろしくない趣味を持っておるのだ。神々の娯楽だな。天界では特にやることもないからのぉ」


「想定してたものよりも遥かに悍ましい……」


「心の声が漏れておるぞ。まぁ、しかし否定はしまい。人間からすると我々に私生活を覗き見られているわけだから、良い気はしないだろうな」


 堂々と居直る神。私は思わず顔をしかめた。


「率直に言えば気持ち悪いくらいですが」


「流石に遠慮がなさすぎるぞ(かたる)よ。だから友達がいないのだ」


 ……図星である。ぐぬぬ。

 いや、まず話す相手がいないから関係ないか。


「それで神様は何をしにきたんですか?」


「ふむ。其方(そなた)、己の人生を振り返ってみよ。

 何か面白いイベントはあったか? 友達との思い出や、恋愛、部活動での熱い青春……」


 私はわずかにうつむいた。

 茶の湯気が視界を曇らせる。


「なにも……ないですね……」


「で、あろうな。(わらわ)も率直に言うと、其方(そなた)人生(ものがたり)は見ていて非常に退屈極まりなかった」


 フラダリの言葉は容赦がない。

 だが、否定できない自分が悔しい。私をこんなにみじめにするなんて、やはり邪神なのでは。


「言っておくが、(わらわ)は邪神の類ではないぞ?」


「今の所それを疑わざるを得ない状況ですね」


「まぁ、確かに其方(そなた)の人生には余計なお世話だったかも知れぬが。

 つまらぬ人生を歩ませぬために、『力』を与えたのだ。感謝しても良いぞ?」


 不器用にウインクまでサービスしてくれる神を前に、私は先ほどのことを思い出した。


「それが、鏡に映ったさっきの文字……」


「その通りだ。理解が早くて助かる」


 自分の身に起こった出来事の意味が、徐々に繋がっていく。私は静かに息を吸った。


「でも、そんな面倒なことをしないでも、観察対象を別の人間にしたら良いんじゃ……」


(わらわ)もそれが出来たら苦労はせぬ。神々の制約でな。一度決めた人間からは離れられぬのだ。今回は他の神との間でダーツで決めたものだから、其方(そなた)のような碌でもない女の担当に決まったのだ」


「いや碌でもない神しかいない!!」


 神とはこうも適当な存在なのか。私は半ば呆れつつも、こういう存在がいてもおかしくはないかもしれないと納得し始めていた。


「まぁ、そう警戒するでない。其方(そなた)にとっても悪い話ではないはずだ。つまらぬ人生より、華ある人生の方がよいだろう?」


「それは……まぁ、その通りですね」


「で、あろう? よって(わらわ)が、神々の禁忌のギリギリを攻めた策略に出た訳だ」


 フラダリは胸を張って鼻を鳴らした。


「なるほど。それで、この力ですか。

 ……なんなんですか、この力って」


「見たまんま、と言いたいが。説明してやろう」


 フラダリは指を鳴らすと、彼女の頭上に光の文字が浮かび上がった。【神】300rp と綴られている。


「この世界の者達は『役力(やくりき)』という一種のステータスのようなものを持っておる。これはその者が人生を歩む上で、どのような役割を持っているかを表した指標のようなものだ」


 私は思わずその文字を凝視する。空中に浮かぶそれは、まるでRPGのステータス画面のようだった。

 フラダリが得意げな顔で続ける。少しばかり腹が立つ顔だが、ここは一度、静かに聞いておこう。


「役割――つまり、物語で言うところの『主人公』や『ヒロイン』といった大きな役割から、『王』や『貴族』、細かい区分であれば『親』、『兄』、『主人公の親友』、『モブ』といったような補佐的な役割。

 また、その者が役割を果たす上で必要であろう『特殊な能力』が割り振られていることもある」


「……それって、人間は生まれた瞬間から運命が決まってるってことですか?」


「何もしなければ、そうだな」


 だが、と続けるフラダリ。


「この役力(やくりき)というものは生涯の中で変動し得る。新しい役力(やくりき)を得たり、数値が増減したり。そして物語――つまりはその者の人生は、幾つもの可能性に分岐しており、この役力(やくりき)の種類と強さにより、進むべき方向が定まるのだ」


 彼女が光の文字を指差しながら続ける。


其方(そなた)にも分かりやすいように役割の強さを数値化しておいた。このロールポイント――『rp』は努力次第で数値を大きくすることができるし、そもそも存在しなかった『0rp』の役割を後天的に発現させることすら可能だ」


 可能性はある。努力すれば報われる。

 私はその言葉に、なぜかほっとした。


「つまり、頑張ればどんな人でも主人公になれるってことですか?」


「努力次第では、そうだな。

 だが気をつけねばならぬこともある」


「……それは?」


「うむ。例えば『主人公』の役力をもつ者が二人いたとして、その二人がたまたま出会ったとしよう。

 一方が10rp、もう一方が5rpであれば自ずと主人公は前者となり、後者はサブ主人公としての役割を担う」


「なるほど。同じロールポイントを持つ物がいれば、その大きさで役割が変わる場合もあると……他には、ポイントが大きいと何かあるんですか?」

 

「うむ。得られる恩恵の度合いに、違いがあるの。

 先の二人を例に挙げれば、前者の10rpの『主人公』はあらゆる行動において『主人公補正』がはいる。極端な話、死にそうになれば都合よく助けが入ったり、秘めたる力を覚醒させたりする」


 なるほど俗に言う主人公補正そのままといったところか。私は納得しつつ、フラダリの説明に耳を傾ける。

 

「一方で、後者の5rpのサブ主人公にも補正は入るが、ここまで都合よく助けが入るとは限らない。場合によっては普通に死ぬな。

 そう言った、己の運命や能力に対してどれくらいの影響があるかを表したものが、このロールポイントという数値なのだ」


 ここまで聞いて、それとなく理解した。

 非常に奥が深く、面白い数値だと思う。


「なんとなく、分かりました。役力(やくりき)の種類とその強弱が、ある程度の運命を定めるってことですね」


 お茶を一口飲む。あたたかい。

 フラダリも同様にお茶を啜る。

 

「分かった気になるのは少し早い。

 其方(そなた)の目には視界に捉えた者の役力(やくりき)を視る能力を授けたが、それはあくまで表層的なものだ」


「と、言いますと……?」


「うむ。目に見える役力(やくりき)は、その者が物語を紡ぐ上で、重要な要素を書き出したに過ぎぬ」


「重要な要素……」

 

「……例えば、先の例に挙げた『兄』という役力(やくりき)について。弟や妹などの下の子らを持つ者すべてがこの役力(やくりき)を持つか、どうか。其方(そなた)はどう考える?」


「え、普通に考えたら、持つのでは?」


「――否。

 先ほど申したであろう。役力(やくりき)とは、その者が物語を紡ぐ上で重要な要素を書き出したものであると」


「な、なるほど……?」


「つまりだ。その者が『兄』として下の子らを支え、導き、守るというハートフルでアットホームな物語を紡ぐならば、これは『兄』として与えられた役割を果たしたと言えよう」


「ほ、ほう……?」


「逆に言えば。いくら弟や妹が言ても、碌に会話もせずに、同じ家でただ一緒に暮らしているような者が、果たして『兄』として物語を動かしていると言えるか?」


「――! そ、それは確かに。なるほど、だから答えは“否“なんですね」


「左様だ! 役力(やくりき)が設定されていないか、仮に設定されていたとしても数値はかなり低いだろう」


 フラダリが威張るようにして言い放つ。

 ここまでで役力(やくりき)という謎の力、あるいはシステムと呼ぶべきものの仕組みについて理解できた。

 とすると、この神が私に与えた『力』――つまりは『役割』に当たるものとは、


「……え、待ってください。つまり、私に、他人のロールポイントを奪えってことですか?」


「ふむ。なかなか賢いではないか。

 もう、そこに気付きよるとはな。その通りだ」


 フラダリは一度瞼を閉ざし、されど直ぐに瞠目する。

 力強い眼差しだ。

 

其方(そなた)は非常に珍しいことに『役力0』の無個性な人間であった。しかも、何をしても役力(やくりき)の発現はなく、一向に成長する兆しが見えない」


 やれやれ、と大袈裟に首を振るフラダリ。

 私は息を呑んだ。


「……役力(やくりき)、ゼロ……」

 

「――だが、これよりは違う!

 未綴(みつづり)(かたる)よ、其方(そなた)はもうつまらぬ女ではない。其方(そなた)はあらゆる可能性を秘めたヒロインへと生まれ変わる。その力を使い、華ある人生にしてみせよ!!」


「華ある人生……」


 私に与えられた『役力(やくりき)』の一つである【剽窃(ひょうせつ)】は、他人から役力(やくりき)を奪う能力と書かれていた。

 なるほど。役力(やくりき)を持たない私には、ぴったりの力だ。


 

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