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1話 思ってた神と違う。


 * * *

 


 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 気がつけば、大学の講義はすべて終了していた。私は今、キャンパスを離れて、夕暮れの道を走るバスの中にいる。


(苦しい……)

 

 胸の奥で脈打つ鼓動が、未だに静まらない。これは、ただの動悸ではない。病気だろうか。もしそうなら――そう考えるだけで、また不安が押し寄せ、胸が締め付けられる。

 身体に目立った異常は感じない。けれど、ふと手鏡を覗けば、視界の隅に淡く、けれど確かに滲む光。何かの文字のような、けれど読み取れぬノイズのような奇妙な輝きが、未だにそこにある。

 しかし、対応する術はない。渡代(わたしろ)さんにこの事態について聞いてみようと考えたが、どうにも足がすくみ近付けなかった。

 

(な、治らなかったら、どうしよう……)

 

 その場合は、脳神経科か、あるいは精神科で診てもらうべきだろう。そう自分に言い聞かせながら、私はただ普段どおりの帰路を選んでいた。

 もしかすると、一晩ぐっすり眠れば治るかもしれない――そんな期待にすがるように。

 

『次は、西団地前、西団地前〜』

 

 住宅街のど真ん中、コンビニ近くのバス停で降車する。住んでいるアパートはこの直ぐ近くだ。

 帰る前に晩御飯でも買って帰ろうとコンビニに入る。食欲はないが、食べずに一晩を過ごせば余計に体調が悪くなりそうだからだ。

 おにぎりと適当な惣菜を買って外に出る。いつもの組み合わせだ。なるべく今日は、変わったことをしたくない。


(もう、変なイベントに遭遇しませんように……)

 

 レジ袋を片手に、懸命に祈る。

 そんな私の視界の端に、ふと、場違いな色彩が揺れているのが見えた。自然と視線がそちらへ吸い寄せられる。


「だ、誰か、助けてはくれぬか……

 我はご飯を恵んでほしい……」


 ピンク色のツインテール。瞳は翡翠とルビー。左右で異なる色を持つ――いわゆるオッドアイ。その少女は、通りすがりの中年男性に頭を下げていた。

 黒と茶が入り混じったシルクのようなドレス。時代も文化も無視したような、舞台衣装めいた服装。異彩を放つその姿は、彼女の声色と相まって異世界から紛れ込んだような印象を強めていた。

 

「もう3日も何も食べておらぬ。このままでは、この異界の地にて、我は餓死してしまう。今、我を助ければ後ほど千倍にして恩を返すぞ……どうじゃ?」


 所々の聞き慣れない単語と、特徴的な話し方。

 男性は一瞬頬を赤く染めるも、首をぶんぶんと振りながら、見て見ぬふりをしてその場を立ち去った。一体彼はどのようなお礼を想像したのか……。


(……何かのコスプレかな?)


 とにかく、今日はもう新しいトラブルを拾うつもりはないため、私も無視してその傍を通り過ぎる。

 しかし、不意に右足に重みを感じて歩みを止める。少女が私の足首にしがみついていた。


「た、頼むぅ……ご飯を……千倍を……」


 おにぎり千個で返してくれるのだろうか?

 見返りはともかく、ここまで困っている彼女を放っておけるほど私は薄情にできていない。


「はい、これ」


「――ッ! こ、これを、我に?」


 おにぎりを差し出す。

 彼女は両手でそれを抱くようにして受け取り、可愛らしい顔を綻ばせた。

 余程空腹らしい。3日も食べていないという言葉は誇張ではなかったようだ。よく見ると衣装は酷くよれて、所々破けていた。


「お、おぉ……! なんという美味さ……これは何という神の糧か?」

 

「え、いや、ただの『おにぎり』だけど……本当に知らないの?」

 

「おにぎり……? ふむ、聞いたことがないな」

 

 設定が細かい。だが、その食べっぷりは本物の空腹から来るものらしい。

 見た目といい、発言といい、筋金入りのコスプレイヤーなのだろうか。勢いよくおにぎりを頬張る姿だけが現実味を帯びている。


「じゃ、そういうことで」


 これ以上関わるのは良くない気がしたので、私はそそくさとその場を後にした。

 後ろから何か喚き声のようなものが聞こえてくるが、とりあえずは無視だ。


「旅の者〜、ありがとうなのじゃ〜!

 我はミミア・コルペリオン! この恩は決して忘れぬぞ!!」


 私は旅の途中ではない。帰宅中だ。


 

 * * *



「ただいま……」


 古いアパートの2階。その一室が私の家だ。

 大学からの一人暮らし。やや束縛の強い両親をなんとか説得して、山奥のど田舎から離れて静かなこの街に引っ越した。

 今年度から心機一転。新しい生活で今度こそ私の物語を作り出す……と決意してまもなく、友達一人すらまともに作れず早々に諦めたのは記憶に新しい。

 だが、今日は何かが違った。私を取り巻く環境に何か変化が起きている。そんな不確かな高揚感と、あの幻覚に対する不安感がせめぎ合い、いつもは口にしない帰りの言葉を引き出した。

 誰もいない部屋に向かって呟かれた言葉が空虚に響く。しかし、今日は正しくいつもと違う日であった。


「ようやく帰ったか、(かたる)よ……」


 ――空気が凍りつく。

 私の部屋に、他人がいるはずがない。同居人もいない。テレビもつけていない。なのに、このねっとりとした女声が響いたのだ。

 恐る恐る寝室の扉を開けると、そこには黒髪の美女がベッドの上で仁王立ちしていた。もちろん知らない女性だ。


「……」


 せめて座っていてほしかった。なぜベッドの上に立っているんだ、この女は。しかも枕を踏ん付けているではないか。

 女が、私に向かって尊大に顎で指図する。


「まぁ、そこに座りなさい」


 どうやらこの家での天下が自分であると勘違いしているらしい。正面の床に座るよう命令を飛ばしてきた。それならば家主として取るべき行動は一つ。


「だ、誰ですか! け、警察を呼びますよ!!」


 無論、常識のある者として不法侵入者を許してはおけない。法の下で反省してもらわねばならない。

 しかし、女は尊大な態度を崩さず、どこか挑戦的な笑みを浮かべる。


「残念ながら、今この空間は外部と完全に遮断されておる。証拠にその端末の通信状況を確認してみるが良い」


「え?」


 言われるがままにスマホの電波を確認すると、そこには『圏外』の2文字が表記されていた。


「な、なんで……」


「なぜもなにも、(わらわ)がそうしたのだ。

 今この場において、(わらわ)其方(そなた)は何者からの干渉も受けない。孤立系に居ると思えばよい」


 そんなことがあり得るのだろうか。

 なんだか不気味で恐ろしい。私はこの場から逃げるべく、転びそうになりながらも慌てて走った。そして玄関の扉を開けようとする。

 しかし、


「あ、開かない……なんで」


 完全に閉じ込められていた。

 先ほど自分が通ってきた扉なのだ。壊れているはずもない。


「情けなくもこの場から逃げようとは。だから其方(そなた)はこの歳になるまでに、なんの物語も持ち合わせてはおらぬのだろうな」


「あ、あなた、なんなんですか……いったい何者なんですか?」


「ようやく聞いてくれるか。

 (わらわ)は貴様らの言うところの神だ。勝手に貴様らが祀っておるから、何の神なのかは(わらわ)自身も把握しておらぬがな。

 名をフラダリ・カグマツァーゼという」


 どうやら天下の人間ではなく、天上の存在らしい。果たしてそんな事が本当にあるのだろうか。


「疑っておるな?」


 女――フラダリがベッドから浮かび上がり、ゆったりと移動を始める。

 そうだ、彼女は浮いているのだ。幽霊でも見ている気分だが、それよりも恐ろしい存在であることを肌で感じ取った。

 そして、彼女が目の前に着地する。今のは自分の力を誇示するための浮遊術だろう。否応なく、彼女が人間ではないことを理解させられた。


「今日、其方(そなた)は何をみた?

 今までの人生にない珍しい出来事が多かったのではないか?」


「な、なんでそれを」


「くくっ! まだ分からぬか?

 それは(わらわ)其方(そなた)に与えた力のおかげだ」


「力……?」


 何のことだかさっぱり分からない。

 分からないが、どうやらこの神を名乗る女のおかげで、私は奇妙なイベントに遭遇しやすくなったということだろう。

 思い返してみれば確かに、今日一日だけでこれまでの人生になかった印象深いイベントが多く発生した。


「た、たまたま、じゃないんですか?」


「疑り深いの。まぁ、それも当然か。

 気になるならそこの姿見を見てみるが良い」


「か、鏡……ですか?」


 どういう理屈で鏡を見る必要があるのか。とにかく話を進めるには彼女に従うしかない。本当は見たくない。何故なら、鏡を見ればあの幻覚のような文字が見えてしまうから。

 私は恐る恐る、鏡の前まで移動した。ぎゅっと瞑った目を開き、頭上を見る。すると、


 

――――――――――――――

 

未綴(みつづり)(かたる)


剽窃(ひょうせつ)】10rp

 :触れることで相手の役力をランダムに奪う能力

  ※接触時間や強度に応じて奪う役力は変化。


【模倣者】10rp

 :触れることで相手の姿形をコピーできる能力

  ※接触時間や強度に応じて成功率が変動。

  ※ストック1(コピー保存数は1人分)

 

【巻き込まれ体質】20rp

 :様々な物語に巻き込まれやすくなる体質


【呪い・勇者の目】-rp

 :常に勇者にその動向を見られる呪い。


――――――――――――――


 やはり、そこには光の文字が浮かび上がっていた。だが、先ほどまでよりもはっきりと映っているではないか。文字化けのようなものはなくなり、全ての内容を問題なく確認できる。


(何、これ……げ、ゲーム? どういう意味なの?)


 ゲームでよく見るステータスやスキルのようなものに似ている。兎にも角にも、こんなものが見えるようになったからには、いよいよ自分はおかしくなったのかもしれない。

 それとも、これが彼女のいう『力』なのだろうか――?

 

 


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