12話 王の後継者
「お兄さん達に、狙われてたって、どういうことですか?」
「よろしければ私から説明いたします」
ミミアが口を開けかけたが、セイチェさんがまた前に出て制する。余計な情報を与えすぎないように、ということだろうか。
いや、家族に殺されかけたという話を、その当事者に話させるのはあまりに惨い。気を遣っての申し出だろう。
「私なんかが聞いても大丈夫なら……お願いします」
何か引き返せないところまで首を突っ込んでいる気がするが、ここまで聞いておいて途中で帰ったとなれば、詳細が気になって何日かは満足に眠れないだろう。恐る恐る、尋ねてみる。
「……」
セイチェさんが許可を求めるようにミミアを見やる。ミミアがすこし悲しげな顔を浮かべて頷く。
星がまたたく夜空の下、沈黙がやさしく私たちをを包み、その静けさを破るように、ぽつりと最初の言葉がこぼれ落ちた。
「私達は、未綴さまが今いらっしゃるこの世界とは別の世界――アルトリネアと呼ばれる地から参りました」
「アルトネリア……」
本当に存在するのだろうか。役力や彼女の話から考えるに事実なのだろうが、やはり直ぐに想像できるような話ではない。
そんな私の戸惑いをよそに、セイチェさんは淡々と、しかしどこか慎重に言葉を選びながら語り始めた。
「アルトリネアには、多くの種族が暮らしております。姿形も能力も、そして寿命すらも異なる者たちが、時には争い、時には手を取り合いながら共存してきました」
「うん……」
「ですが、その中でも――我々『魔族』が、最も力を持つ種です。長い年月を経て、ついには全土を統一し、他の種族を配下とするに至りました。
そしてその頂点に立ったのが、ミミアお嬢様の生家――『コルペリオン家』でした」
まるで絵本の導入みたいな話だと思った。けれど、そこにこもる声の重みが、どこか現実味を帯びて私の胸に静かに降り積もる。
「先代、つまりミミア様の父君――ダームェラ・コルペリオン陛下は、その強大な力で長く王位にありました。しかし……少し前にご病気で崩御され、その後継をめぐって問題が起きたのです」
そこまで聞いたとき、ミミアが小さく身じろぎするのが見えた。私は咄嗟に彼女の顔をうかがうが、表情は闇に紛れて読めなかった。
「後継者として名乗りを上げたのは、長男であるティリム・コルペリオン様でした。立場としては、極めて自然なことだったのですが……ただ一つ、致命的な問題がありました」
「……それが、もしかして」
「はい」
セイチェさんは頷く。語り口は穏やかだが、その目の奥には警戒と痛みが同居していた。
「王位の証として、代々の王には一振りの短剣が受け継がれてまいりました。『ヴェルニス・スケイル』――持ち主を真の王と認めるためにあらゆる種族の職人が技術を持ち寄って造り上げたとされる秘宝です。
そして……その短剣を、先代は密かにミミアお嬢様にお渡しになっていたのです」
「えっ……それって、長男を差し置いて?」
「はい。正式な儀式ではありませんでしたが、確かに、短剣はお嬢様の手にありました。王家の決まりでは、『短剣を持つ者が王』とされている以上、それは明白な継承の意志だったと我々は受け止めています」
「……でも、それが公に認められなかった?」
「そのとおりです。王宮ではティリム様とその支持者たちが既に政権を固めており、お嬢様の主張は虚偽と一蹴されました。……あるいは、そう見做されたのかもしれません。いずれにせよ、話し合いの余地はすぐに潰されました」
思わず息を飲む。そこまでの話だけでも、ひどく苦いものが喉元にせり上がってくる。
「それからのことは……想像がつくかもしれませんが、お嬢様は王位を主張し、ティリム様はそれを『反逆』と見なしました。争いは避けられず、内戦が始まりました」
ミミアが、膝の上に置いた拳をぎゅっと握る。私は思わず声をかけそうになって、やめた。
「もちろん、ミミアお嬢様の主張を信じ、従った者もおりました。ですが、多勢に無勢。彼女の存在を公に支持すれば、それは即ち謀反人の汚名を着るということ。……王宮内では、味方などいなかったに等しかったのです」
「……」
「そのような中で、お嬢様は戦いました。短剣を手に、父君の言葉を信じて。幾度もの襲撃を退け、何度も死地を潜り抜けて……それでも、包囲は日に日に強まりました。兵士、刺客、密偵……すべてが敵となった中、最後の望みとして――私は、エドリアス家に伝わる秘術を使いました」
「秘術……」
「はい。その世界とは別の世界に渡るための最高位魔法――『異界渡り』です。この魔法により、この地へと脱出したのです」
そこで、ようやくセイチェさんは言葉を区切った。長い沈黙が降りる。星の光が、風に揺れる木の葉にきらめいていた。
「……そんなの、つらすぎるじゃないですか」
気がつけば、私はそう口走っていた。正直に言えば、頭の整理なんて全然追いついていない。でも、胸の奥のどこかが、どうしようもなく疼いた。
血のつながった兄弟に命を狙われ、たったひとりで王を名乗らなければならなくて。しかも、それを信じてくれる人がほとんどいないなんて。
「そんな状況で、それでも戦ったって……普通なら諦めますよ……」
「……諦める、か。そうじゃな。我もそうしたかった」
ミミアがぽつりと呟いた声には、笑いにも涙にも似た響きがあった。
「でも、我は……父上と約束したのじゃ」
ふと、その表情に、ほんの一瞬だけだけれど――王のような風格が見えた気がした。
「……それからのことは、あまり語りたいことではないのですが」
セイチェさんが視線を落としながら言うと、ミミアがゆっくりと口を開いた。
「……我は、異界に辿り着いた後、数日……一人で過ごした。何も知らぬ、誰にも知られてはならぬ世界で……ただ、隠れることしかできなんだ」
その声には、わずかに震えがあった。
「セイチェは、言葉を学ぶためにあちこちへ向かった。ここは魔法を使えば目立つ場所ゆえ、我も言葉が通じぬ身では何もできなかった。……ただ、じっと、空を見上げておった」
「申し訳ございません、お一人にしてしまうのは大変心苦しかったのですが」
セイチェさんが深々と頭を下げる。
「よい、お主がその後、この地のことを学び、言語習得の魔法で我と言葉を共有してくれたから、今もこうして語と話せておるのじゃ。何も文句はあるまい」
私は何も言えなかった。想像もつかない孤独の中に彼女はいたのだ。
「食べ物の買い方も、金の価値も、礼儀も……何ひとつわからぬ。多少は、我自身の魔法でも言語理解を得られたが、やはり完全ではない。
見知らぬ街で、飢えと疲れに身を沈めながら、ただ、誰にも見つからぬよう身を縮めておった。じゃが空腹は我を待ってはくれぬ。耐えきれず、王族たる誇りを捨てて物乞いをするに至ったわけじゃ」
その言葉が胸に突き刺さる。こんなにも強く見えるミミアが、そんな思いを――。
「だからこそ……」
彼女の視線が、ゆっくりと私に向けられる。
「……あの時、語がおにぎりを差し出してくれたとき、我は……この世界に生きていても、よいのだと思えた」
その時の笑顔を、私は思い出す。よれた服に、必死な懇願。なのに、おにぎりを手にして浮かべた、あの小さな、でも確かな安堵の笑顔を。
「語は……なんのしがらみもなく、我に手を差し伸べてくれた。
……だから、語は、我の……初めての『友達』じゃ」
「……!」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
ぽろりと、涙がこぼれる。
ずっと誰かの『なにか』になりたいと思っていた。誰かの『物語の脇役』でも構わない。そう思っていた私が、誰かの『友達』になれるなんて。
(なんて心優しい子なんだろう)
ただの気まぐれから始まる友情。私のほんの些細な手助けに対して、ここまで心を込めて言葉を尽くしてくれるなんて。
「友達……なんだ。わたし、友達になれたんだ……」
「うむ。間違いなく、我の……最初の『友達』じゃ!」
その言葉に、私の中でこれまでの退屈な人生が思い起こされた。本当に、なんの思い出もない。無難に過ごしてきただけの、息をするだけの人生。
人付き合いが苦手だった。距離感も言葉の使い方もわからなくて、人と深く関わるのが怖かった。次第に興味もなくなり、ただ生きるために自分の肩書き通りの学生を演じて、毎日教科書を眺めていればそれだけで良いと。自分が何者かになる未来を諦めていた。
だけど――今、この子が、こんなに素直に「友達だ」と言ってくれている。
私の手を、ミミアがそっと握る。細くても力強いその手が、信じられないくらいあたたかく感じられた。
「どうしたのじゃ、語よ。なぜお主が泣いておる」
「ん……ごめん、ありがとう、ミミア……。
わたし、ぜったい、あなたの力になる。どんなことがあっても、あなたの味方だよ」
「……ふふ、頼もしいのう」
ミミアの顔が優しく綻ぶ。友達を呼び捨てというはやはり気恥ずかしい。私は我慢できず、少し俯いた。
夜風が静かに吹き、木々の間を星の光が通り抜ける。夜空の下で交わしたこの約束が、何よりも強く、心に刻まれていくのを感じた。




