10話 私の一歩
* * *
私は本物の戦闘を前に震えていた。
この前まで何の物語も持ち合わせていなかった普通の大学生が、なぜか戦場の最中に立っている。自分が戦っているわけでもないのに、息が詰まりそうになる。
――怖いんじゃない、私、興奮してるんだ。
そうだ。目の前の殺し合いに怯えているのではない。目の前の『物語』に心が震えているのだ。自分もそこに立ちたい、立って『物語』の主人公になりたいと。
――だけど私には、まだモブ以下の力しかない。
どうすればあそこに立てる。どうすれば彼女達と交わることができる。私の『物語』は、いつ始まるの。
「セイチェさん、ごめんなさい」
「はい?」
私は隣に立つセイチェさんの手を力強く握った。彼女が軽く握り返してくれる。きっと私が怯えているのだと勘違いしているのだろう。優しくて柔らかい感触だ。
「大丈夫ですよ、もし攻撃が流れてきても、未綴さまを護るくらいの力でしたら、私にもございますから」
「そうですか、ありがとうございます」
淡白に答える私。セイチェさんに気にした様子はない。本気で私を守ってくれるつもりなのだろう。真剣な目で二人の戦闘を見据えていた。
それから暫く戦闘は続く。未来人の少女がやや劣勢だが、殆ど膠着していた。
――よし、それなりの接触時間を稼げた。
私は神から与えられた能力を発動する。
それは他人の役力を奪い取る力。自分で『物語』を綴れない私に認められた邪道、あるいは外道の力。それは等しく全ての人間から力を奪い取ることができる。
――剽窃!!
その瞬間、今までにない手応えを感じた。
何か――得体の知れない何かが、自分の内側へと奔流のように雪崩れ込んでくる。体の隅々にまでしみわたるような熱さと、皮膚の下を走る微細な震え。
心臓が一瞬、大きく脈打ったかと思えば、次の瞬間には世界の色彩が微かに変わって見えた。空気がざわめき、耳鳴りのような鋭い音が頭を突き刺し、熱のさざ波が全身を駆け巡る。
大気に溶けているはずの見えない何かが、今ははっきりと“存在“として感じられる。熱い。重い。けれど、どこか懐かしいような、温もりを孕んだ“力“だった。
今、手鏡を見ることはできない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
――わかる、これが、
「魔力……」
思わず呟いてしまう。
そうだ、私は魔力を感じることができていた。そのおかげか、これまでのように手鏡で確認せずとも、自分の変化を読み取ることができた。
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【魔法使い】2rp を獲得しました。
:魔法の構築と行使する能力が向上
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一歩。彼女達に近付いた。
まだスタート地点に立ったに過ぎないが、それでも大きな一歩に違いない。少なくとも常人ではなくなったのだから。
「どうかなさいましたか、未綴さま?」
「いえ、なんでもありません!」
これ以上は怪しまれると思い、慌てて手を離す。
セイチェさんは力を奪い取られたことに気付いていなさそうだ。呟いた言葉も聞こえてはいないのだろう。良かった。
「そろそろ終わりますよ」
「え?」
セイチェさんの言葉に、二人の戦闘へと意識を戻す。いや、正確には戻し切れない。高揚をなんとか抑えなければならないのに、まだ高まった心拍数が元には戻らなかった。
だが、それでいい。これまでよりも戦闘の様子がはっきりとうかがえた。
ミミアの攻撃が先ほどまでとは比較にならないほど苛烈になっていた。速すぎて目では追いきれない。しかし、彼女の纏う魔力の動きを感覚として捉えることができる。
「なんか、さっきまでよりすごい……」
「お嬢様の本気はもっとすごいのですけれど、今は相手の少女を殺さないギリギリのところまで力を出しているようです」
「え、あれでまだ本気ではないってことですか?」
「左様でございます。
あの少女も魔力を扱えておりましたら、もう少しいい相手になったかもしれませんが。戦闘のセンスだけはお嬢様に匹敵するものがありますから」
その肝心のミミアは、魔法を放つ際の集中切れといつ致命的な欠点を持つ。決して戦闘センスが良いとは言えないのでは……と思いつつ、私は半眼になりながらも、なんとか二人の姿を追った。
「ふむ。妙な武器を使うところまでは面白かったが、我にはまだまだ及ばないようじゃな!」
「くっ……ここまでだと言うの……」
「わははっ! 武器を下ろせば、今なら見逃しやるぞ?」
「私に尻尾を巻いて逃げろと言うのね……」
「ん? 尻尾? お主、尻尾がついておるのか?」
「付いてないわよ!」
「なんじゃ付いておらんのか」
ミミアが表情をころころ変えていた。余裕を見せつけるような笑み、興味津々の目、そして残念そうに気を落とす表情。
一方でカリスタさんは、息絶え絶えに肩を上下させており、額には汗が滲み出ている。苦しそうな声で応じているが、最初ほどの勢いはない。
とっくに勝負はついている。
もうカリスタさんに勝ちの目はないだろう。しかし、彼女は諦めない。諦めることを知らない――そんな目をしていた。
「私が逃げれば……未来は、みんなが……ママが……ッ!」
目尻に涙を浮かべながら、サーベルを握り直す。遠目からでもその様子が分かった。
「ふむ、諦めの悪いやつじゃ。仕方ないのぉ」
ミミアが覚悟を決めたように、拳に今まで以上の魔力を集める。これは――
「ま、まさか、殺すんですか?」
「いえ、お嬢様は慈悲深いお方ですので、そこまでは。しかし、こうも諦めが悪い相手ですと、立ち上がれないくらいには痛めつけることでしょう」
まさか全身粉砕骨折とか。いや、それは立ち上がれないダメージとかではなく、殺していないだけの99%の殺生だ。そこまではしないか……。
ミミアが思いついたように声を上げる。
「そう言えば、セイチェが先ほど持ってきてくれたアンパンというものも非常に美味であった。我、次の技名を思いついたぞ!」
そう言うと、拳を一度後ろに引く。
嫌な予感がする。
彼女は拳を放つ直前に、目をキラキラとさせて技名を叫び始めた。
「あ〜ん、パーン――ッ!!!」
「――なりませんッ!!」
「え」
いつの間にかセイチェさんが、ミミアのパンチの軌道上に立っていた。彼女の移動もまた、目で追うことはできなかった。
「な、なぜダメなのじゃ、セイチェよ」
「その……申し訳ございません。私もなぜかは分からないのですが、直感的に、その技名だけは叫んではならない気がしまして」
「そんな曖昧な理由で我を止めるでない! よいか、我はもう一度これを放つ! あ〜んパ――」
「――なりません!」
「え〜ぇ! なぜじゃ、納得いかぬ〜」
この人たちは一体何をやっているんだ。
私が呆れていると、カリスタさんが後方にゆっくりと距離をとっていた。
「し、仕方がないわ、ここは一旦引いてあげる。
でも、必ず装備を整えて、もう一度来るわ。覚えていなさい、ミミア・コルペリオン!」
「あ、これが世に聞くところの負け犬の遠吠えというやつじゃな!」
めちゃくちゃ性格の悪いお嬢様だ。カリスタさんを指差して楽しげに笑っていた。
カリスタさんが先ほどまでとは違う種類の涙――謂わば悔し涙というものを浮かべて、何かよく分からない装置を使って空へと飛び上がった。
「必ず私がこの手で『厄災』を止めてみせる!
あなたも、あなたが兄と呼んだ者達も!」
とてもヒロインとは思えないほどの呆気ない去り際だ。先ほどまでの『自分は絶対に逃げたりしない』という強固は意思はどこにいったのやら。
(まぁ、今の禍々しいオーラを纏ったパンチを目前にしたら、勇ましく立ち向かえなくなるのも無理ないよね)
それほど、ミミアのパンチはその緩い雰囲気からは考えられないほどに、濃密で胸を突き刺すような漆黒の渦を宿していた。
(うん。あれが直撃したら、最低でも全身粉砕骨折は免れない……)
一体、異世界人の慈悲の目安はどうなっているのか。私は目の前の少女がちょっぴり怖くなった。
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