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9話 物理ファイター


 * * *


 

 大学が終わると、家に直帰する。

 約束の時間は夜だ。具体的な時刻までは聞けていないが、夜と伝えられたからには夜に行くべきだろう。夕日がもう暫く街を照らしてくれているだろうから、今から行くにはまだ早い。


「これも返してあげないと……」


 私の手には白のカチューシャがあった。

 お昼休みにセイチェという美人メイドが落としていった可愛らしいフリルのカチューシャだ。今頃あちこちを探しているかもしれない。


(ちょっとだけテレビでもみて時間をつぶそう)


 リモコンに手を伸ばして、スイッチを押す。

 ちょうどニュース番組が始まったところらしく、なにかの現場が中継で映し出されていた。森の奥深くに人集りができており、警察とマスコミが行き来している様子がうかがえる。


『田中さん、それでは今回発見されたその頭蓋骨には、角のような突起があったという認識で間違いないでしょうか?』

『ええ、そのように聞いております。まだ現物を視聴者の皆さんにお見せすることはできないのですが、詳しい調査結果が揃い次第、正式に発表する予定と政府の関係者からお聞きしました』

『なるほど。他に現時点で分かっている情報はあるのでしょうか?』

『まだなんとも言えないのですが、一部開示された情報によれば、この骨に残ったDNAを鑑定したところ99.9%は人間と同じ構造であったということです』

『と言うことは、発見された骨は人間のものという可能性もあるのでしょうか?』

『現時点でははっきりと申し上げることはできません。しかし、側頭部から生えた角は後付けされたようなものではなく、間違いなく骨の一部であるとのことでしたので、謂わば【角の生えた人間】の白骨遺体と言い換えることもできるかと』

『なるほど。地元では【鬼】の伝承が古くから語られているようですが、そのあたりとの関係もなに分かっていることはありますか?』

『ええ。私も何人かの住民に聞き込み調査を行いましたが、以前から角の生えた人間のような影を森の中でみたことがある、というような噂話が多かったようでして、それが今回の白骨遺体とどう関係しているかは今後の調査で明らかなってほしいと感じております。

 また、遺骨には鋭利な刃物で首を斬られたような痕があるとのことでしたので、何かしらの事件性の方向でも調査を進めたいとのことでした』

『分かりました、中継ありがとうございます。また何か情報が入り次第、よろしくお願いします』


 ニュースはそこで別の話題へと切り替わる。

 『今日のにゃん子』特集だ。これを目的にテレビをつけていたものだから、つい頬を緩めてしまう。

 私は小動物全般が好きだ。特にモフモフが大好きで、毎週のにゃん子特集は数少ない楽しみの一つである。


「か、かわゆい……」


 たったの5分で終わるコーナーだが、それだけで来週も頑張って生きていこうという活力がわいてくる。

 

 そんな感じでだらだらと時間を潰していると、いつも間にか窓から差し込む光が消えて、外を見るとすっかり夜の世界になっていた。


「あー……課題でもやっておけばよかった」


 大学のとある教授から出された課題が非常に面倒なもので、殆どの学生は何人かグループで集まってそれらを片付けている。

 けれども、何を隠そう私には友達がいない。一緒に課題を終わらせてくれる仲間が一人もいないのだ。時間は彼らの倍以上かかると想定した方がいいだろう。


「とりあえず、約束の時間だし、公園に行こうかな」


 * * *


 夜の公園には、昼間の賑やかさが嘘のように静寂が支配していた。コンビニ裏、山を少しだけ登ったところにある木々に囲まれた公園だ。周りに住宅はない。

 誰もいないブランコが、時折風に揺れて金属音を立てる。夜空には瞬く星々、遠くの街の灯りがぼんやりと輪郭を描いていた。


 その中心――公園の開けた芝地で、三人の少女が向かい合っていた。


 ピンク髪ツインテールの少女はミミア・コルペリオン。黒と茶色のシルクドレスのような装束を纏い、ルビーとエメラルドを宿した瞳が不機嫌そうに細められていた。

 その対面に立つのは、銀髪ツインテールの少女だ。無表情に近いクールな目元で、洗練されたライダースーツのような装備が身体のラインを際立たせている。腕や背中、腰周りには装着型のよく分からない機器がいくつも並んでいた。

 そしてミミアの隣には、あの完璧なメイド――セイチェ・エドリアスが控えていた。

 私は茂みの陰からそっと顔だけ覗かせて、彼女たちの様子を見守っていた。状況を把握するために、役力(やくりき)を確認することも忘れない。


――――――――――――――

ミミア・コルペリオン

 

【ヒロイン】25rp

 :ヒロインとしての行動と運命にプラス補正。


【魔王】15rp

 :魔力が凄まじく上昇する。


【秘めたる力】60rp

 :特殊な条件下において能力に大きな上昇あり。


【おバカキャラ】5rp

 :思考が短絡的になるマイナス補正あり。


【アルトリネアの女王候補】−rp


――――――――――――――

カリスタ・エバーハート


【未来人】-rp

 :未来から来た証(強奪不可)


【メカニック】25rp

 :機械への知識と応用力にプラス補正。


【ヒロイン】15rp

 :ヒロインとしての行動と運命にプラス補正。


【悲劇】20rp

 :悲劇の物語を呼び寄せる。

  運命力にマイナス補正。


【体術】25rp

 :身のこなしと体技にプラス補正。

  ※極限状況下での生存率にプラス補正あり。


【一縷の望み】15rp

 :胸に抱く僅かな希望。運命力にプラス補正。

  ※数値の減少により【絶望】への転換リスクあり。


――――――――――――――


 すごい組み合わせの二人だ。

 片や異世界人、片や未来人。そしてピンクと銀のツインテールコラボ。もう意味がわからない。

 とりあえず、なんだか険悪な雰囲気だし、今は話しかけない方がいいだろう。そう思っていたのに、


未綴(みつづり)さま、いらっしゃってくれたのですね」


 セイチェさんが私に気付き、余計な声をかけてくれる。全員の視線がこちらに集まった。

 

「……ごめんなさい、少し遅れました」


「問題ございません。一先ず、未綴(みつづり)さまが来てくださって安心いたしました」


 セイチェさんが言いながら、ミミアの元を離れて私の隣に並ぶ。表情は穏やか。けれどその目は、戦場に立つ兵士のように油断なく鋭い。なにかあれば即座に対応できるように、銀髪のツインテ少女――カリスタを見据えている。


「……あの二人は、知り合いなんですか?」


「いいえ、この場で初めて出会いました。

 なにせ我々がこの地に来たのが5日ほど前ですから。知り合いといえば未綴(みつづり)さまくらいです」


 その証拠に、彼女たちは互いの名も確認しないまま、言葉よりも先に気配で相手を測っていた。既にその間にはピリピリとした緊張が走っている。


「あ、これ。カチューシャ落としていましたよ」


「こ、これは……! ありがとうございます。私まで未綴(みつづり)さまに恩ができてしまいましたね。探しておりました」


 セイチェさんが優しく微笑む。

 私は気恥ずかしくなり、しばらくモブキャラとして傍観することを決めた。



 * * *


 

「あなた……その魔力量は通常の規格を大きく逸脱しているわ。異常よ、異常。まさか……『厄災』なの?

 あれが自然災害ではなく何かの生物による現象だという情報もあったけれど、まさか人間が……?」


 半ば独り言混じりの、低く冷たい声。

 カリスタが右手の装置に触れる。ピピッという電子音と共に、腰に備えられたホルスターから金属製のロッドのようなものが展開された。


「なんじゃその『やーくさい』とは! おにぎりの具か何かか?」

 

 ミミアが不思議そうに首を傾げる。

 

「よう分からんが、我は『やーくさい』などではない! 我はミミア・コルペリオン――誇り高きアルトリネアの女王! ……になる予定の者じゃ!」


 彼女は両手に握った大きなおにぎりを誇らしげに掲げた。その笑顔はまるで好物ばかりのお弁当を自慢する小学生のようだ。


「ふざけないで!」


 次の瞬間、カリスタの装置が鋭く駆動音を上げる。ロッドの先端が白く光り、ビーム状の刃が展開された。なにかの映画で見たことがある科学の刃――ビームサーベルだ。


「警告するわ。あなたを『厄災』に相当する魔力を内包した危険因子と判断した。即時拘束か、それが不可能な場合は抹殺対象よ!」


 カリスタの姿がブレる。跳躍。速い。人間とは思えぬ身体能力で一気にミミアへと迫る。


「お嬢様――!」


 セイチェが叫ぶより早く、ミミアはおにぎりを空へ放り、両手を前に突き出していた。


「めんたいこクラッシュ!」


 呼応するように、空間に黒い魔力が走る。次の瞬間、紅蓮の丸い結晶が無数に広がり、カリスタの行手を阻んだ。

 

「あ、これ、海苔と明太子をイメージしている攻撃ってことか!」


 モブの少女が一人で納得しながら呟いていた。

 セイチェが呆れ顔でミミアとモブの少女を見る。

 衝撃が夜の空気を揺らす。カリスタが紅蓮の結晶をビームサーベルで切り裂いたのだ。結晶に凝集した魔力が迸り、小さな爆発を起こしていた。まばゆい閃光が夜の闇を切り裂き、鼓膜を打つ爆音と共に地面が震えた。


「この力……想定以上ね」


 カリスタは一度後方に跳び下がる。全身に装着した装備が淡く発光しており、彼女の動きを補助していることが窺える。無傷のまま体勢を立て直した。

 そして再度、腕の装置を操作すると、彼女の背中から小さな球体が浮遊する。それらがさらに分裂し、どんどん小さくなり、やがて目に見えない粒子となった。


「《クラウド・アシリウム》展開!!」


 それはナノマシン技術により開発された新たなる科学の武器だ。目に見えない程に小さな自律型のマシンが彼女の周りを飛び交っており、必要に応じて様々なサポートを行う。


「おっとっと」


 ミミアが落下してきたおにぎりをパクリと口でキャッチして、そのまま咀嚼を始めた。


「ふむ、ツナマヨというものも中々に美味しいではないか!」


 呑気なものだ。カリスタの本気の殺意をまるで脅威と思っていない。


 ――これは、災厄だわ。一見、無邪気だけれど、その無邪気さゆえに、制御しきれない魔力を暴発させて、世界を壊滅させるに違いない!!


 カリスタの判断は変わらなかった。

 ナノマシンが集まって、空中でいくつかの槍の形に姿を変えた。彼女の視線一つでミミアに突撃を始める。

 

「あなたはこの世界にとって不安定すぎる。強すぎる力は災いを生むものよ。今のあなたに罪はないかもしれないけれど、ここであなたの存在を許すわけにはいかない!」


「えっ? えぇぇ!? そんなに強いのか我は!」


「そうよ。そしてただ強いことが罪を生んでしまうこともある。私だって、できることならこんな止め方はしたくない……でも、みんなを救うにはこれしかない!」

 

「で、でも兄上たちは我の何倍も強いんじゃが」


 言いながら、全ての槍を魔力を宿した拳で弾き飛ばす。とても人間技ではない。圧倒的な魔力と身体能力の持ち主であることを物語っていた。

 

「なんですって?! まだあなたより上の存在がいるの? そ、そんなの、私達だけじゃ対処しきれない……」


「なんか、よく分からんがお主も苦労しとるんじゃのぉ」


 ミミアはその場に魔法陣を展開し、一瞬で十数本の禍々しい紅蓮の槍を出現させる。カリスタの槍を真似ての仕返しだ。

 天性の魔力制御。だが、彼女の性格故に発動の意図にムラがある。槍は真っ直ぐには飛ばず、あちらこちらに撒き散らされた。


「全部当たれ~~~! かにかまブラスター!」


「精度が甘い!」


 カリスタは身を翻していくつかそれらを躱わす。だが視界の外から襲いくる槍に気付かず、目前まで接近を許してしまう。

 しかし、ナノマシンが集まりライフルのような形を成すと、空中でレーザーを放って魔力の槍を次々と撃墜していった。

 

 戦いは加速していく。

 互いに言葉は少なく、だがその動きからははっきりとした意志が読み取れる。


 カリスタは“守るため”に排除を選んだ。

 ミミアは“よくわからないけど怖い人に襲われたから反撃している”。


 その落差が、戦場をより混乱に満ちたものにしていた。再確認しておくが、ここは子供達の遊び場、憩いの場所――公園である。


「これ、止められるの?」


 モブの少女が一歩、セイチェの方に身を寄せて尋ねた。セイチェは首を振る。


「あの変態スーツを着用した少女が諦めない限りは、止まらないでしょう。力量は十分ですが、お嬢様の相手ではありませんし」


「でも、なんか、押されてる気がするんですが」


「……お嬢様は魔力量と魔法構築の技量こそ桁外れですが、その構築ばかりに集中して、技を解き放つ瞬間には集中力が切れてしまうんです」


「つまり?」


「敵に全く有効打を与えられません。流石はお嬢様、かわいすぎます」


「あ……はい」


 見ると、確かにミミアの魔法の展開速度、そしてその物量は桁外れだ。しかし、いざカリスタに向けて攻撃を仕掛ける際にはあらぬ方向に弾け飛んでいる。

 カリスタは的確に必要な分だけを斬り、撃ち落とし、ミミアに接近しては彼女の首に目掛けてサーベルを放つ。


「ぅわっと!」


 ミミアがギリギリでそれを躱わす。それから魔力を身体に収束させて、魔法の構築は諦めて身体強化に注ぐ。


「しおむすびパンチ!!

 これはシンプルな打撃技じゃ!」

 

 なぜか説明付きでのパンチ。口元には笑みが浮かんでいた。魔力の渦の中心にいて、まるでそれを舞台に踊るように、軽やかに、伸び伸びと動いていた。

 先ほどまでと形勢が逆転する。カリスタがミミアの連撃にサーベルで応じるが、捌ききれない。いくつかすり抜けた攻撃は、ナノマシンが盾の形に集結してその衝撃を防いでいた。


「お嬢様は物理ファイターなのです。先ほどまでのような遠隔での魔法攻撃は向いおりませんので、最終的には圧倒的な魔力をもって、物理で闘うのがいつもの流れです」


 セイチェが得意げに説明を加える。誰もそのような説明は求めていない。


 

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