0話 - No title -
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初投稿です。一話あたりの文字数は3000〜5000字程度で書いております。
この0話を投稿時点で、すでにストックとして60話まで書き終えております。順次、最終確認のうえで投稿予定ですので、よろしくお願いいたします。
※本作はバトルものです。最初の準備期間が長いですが、主人公は徐々に強くなっていきます。一章終わりには戦えるようになっておりますので、長い目で見てやってください。
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* * *
「……私ってさ、昔から、厄介ごとに巻き込まれやすいのよ」
淡々とそう呟いた渡代さんの声には、どこか呆れにも似た諦念が滲んでいた。
額に指を当て、木々から零れ落ちる蜜のような陽光に、その美しい瞳を細めながら。
彼女はただ前を見ていた。
その足元に――桃色の髪をした少女が、倒れていた。
草木に滴る血の色は、暖かな初夏の陽光の下にあって、妙に鮮やかに咲いている。その光景はどこか現実味を欠いていた。水彩絵具をこぼしたような、紙の上の出来事にしか見えなかった。
だが、否応なく私の鼻腔に届く鉄の匂いが、これが紛れもない現実だと突きつけてくる。
――赤い。
少女の胸元に深く突き刺さった刃。これは何かのナイフだろうか? あまりにも深々と肉に喰い込み、柄の根元さえほとんど見えないほどだった。
怨み、あるいは妬みのこもった殺意の顕現。
渾身の――粉骨砕身、もしくは全身全霊と呼ぶべき、意を決した一撃だったのだろう。それほどまでに真っ直ぐ、深々と刺さる刃。その受け手は、しかし誰からも愛されそうな美しい少女であった。
彼女の吐く息はひどく浅く、喉の奥で何かが擦れるような音が……かすかに聞こえる。
「そ、それ……なにか、刺さって……」
自分の口から出た声が、他人のもののように思えた。喉が震えているのがわかる。まともに声が出せない。目の前の光景が信じられなくて、理解が追いつかなくて、けれども目を逸らすことができなかった。
「ひっ……」
息絶えそうな少女の瞳が、こちらを見ていた。
その目は、哀しみにも、苦しみにも染まっていなかった。祈りに似た微かな希望を求めるまなざし。そんな目で私を見ていた。だが、私は短く臆病な悲鳴を上げるだけ。
少女の指先が動いた。
血に濡れた掌が、私の方へと、ゆっくりと伸ばされてくる。それはとても弱く、風が吹いただけで崩れそうなほどだった。
そして――そのまま少女の手は空を切り、ぱさりと、草を撫でる音と共に地に落ちた。その音が、胸の奥に杭のように突き刺さる。
「たっ……助けられますか?」
私は、ようやくの思いで言葉を絞り出した。自分でも情けなくなるほど、震えていた。
震えているのは手だけじゃない。喉も、膝も、心も。私の中にある『平凡』と『日常』が、心に突き刺さった杭によって崩れていくのが、肌でわかる。
渡代さんはそんな私をちらりと見た後、無言でしゃがみ込み、少女の顔をじっと見つめた。
目の奥に宿るのは、冷静な観察の光。この光景が、彼女にとって『非日常』ではないことを、その目で悟った。
慣れている――そう、思った。
こんな場面に。
誰かの命が、指の間からこぼれていくような現場に。
「……ま、やれるだけのことは、やってみる」
小さく呟いて、渡代さんは少女の首筋に触れる。その所作にためらいはなかった。『死』の傍らに立つことに、何の疑問も抱かない者の表情だった。
どこをどう押さえれば痛みが少ないか、どの程度の血の量なら命がもつか――それを知っている人間の手つき。
その横顔を見ながら、私はただ立ち尽くしていた。
何かをしようとする意志もなく。
何かができるとも思えず。
……私は、ただ震えていた。
* * *
私には、人に語れるような物語がない。
取り柄もなく、夢もなく、誰かと語り合えるような思い出も持たずに、大人になってしまった。
小中高の眩い子供の時間――あるいは青春と呼ばれる儚く鮮やかであるはずの時間は、未使用のまま閉じてしまったノートのように白紙のまま風化していった。
小学校の通知表には「おとなしい」とだけ書かれ、中学の卒業アルバムの寄せ書きには名前の漢字間違いがあった。高校時代は存在感を消すことに徹しすぎて、担任に名字を忘れられた。
まるで、透明なまま生きているみたいだった。
私という“役”は、最初から配られていなかったのかもしれない。モブキャラですらない。そうして、誰かの脇役にすらなれないまま、名もなき群像の一部として過ごした日々。気づけば、自分が『誰かの何か』になることを、心のどこかで諦めていた。
そして今もなお、大学生という肩書きにかろうじてしがみついている。ただ機械のように、日々を繰り返しているだけだ。
もし、これが物語だというのなら、私という登場人物の原稿には、毎日の呼吸数と心拍数、それに血圧の変動くらいしか記されていないだろう。誰がそんなものに興味を持つのか。
……退屈な人生。
誰も私を見つけてくれない。誰も声をかけてくれない。
* * *
「――さっきの、見てたよね? 未綴さん?」
四月も半ば。それは春の午後のこと。
大学三年生――二十歳になったばかりの私が、講義室からトイレへと向かう廊下の途中での出来事だった。
まさか、この私に声をかけてくる人がいるなんて。それが、大学一の美少女と名高い彼女――渡代さんだったなどと、誰が想像しただろうか。
「見てたよね?」
「……え、と。いや、何のことだか」
作り物のように整った顔が、わずかに歪んでいる。
彼女との接点なんてない。今日まで、顔を見たことがあっても、声を交わしたことなんて一度もなかった。
それなのに――なぜか彼女は、私の名前を知っている。
「本当に、私、なにも……」
戸惑いの中、思い返す。
思い当たる節がないわけじゃない。ほんの数分前の出来事が、鮮やかに頭をよぎった。
「その顔は、心当たりがあるってことだよね?」
渡代さんが柔らかく、でも、明らかに逃がすつもりのない声で問いかけてくる。
「いや……その……」
まずい。鏡がなくても分かる。
今の私は、たぶん、とても分かりやすい顔をしている。
無表情を保つことができなかったことだけは、確かだ。
「その……渡代さん、仮に私が見てたとしたら、どうなるの?」
もはや誤魔化しきれないか。
せめて、己の処遇だけでも聞いておこうと、私は視線を逸らしつつ、戦々恐々と尋ねた。
「やっぱり見てたんだね。嘘はいけないな〜。
よって、未綴さんには死んでもらうことが決定しました!」
まるで陽だまりの中で笑うように、眩い笑顔で告げる。
改めて、この異常な宣告を平然と口にする彼女の名は、渡代園香。大学内で“誰もが一目置く”という言葉が最もよく似合う存在。
光を含んだ黒髪のボブカットが、窓から差し込む春の光に揺れ、彼女の輪郭をやわらかく縁取っていた。
――髪の手入れ、行き届いてるなぁ……。
素直に羨ましいと思える美しい黒の細波を見つめて、私はそんなことを考えていた。
現実逃避がよく捗る日である。
* * *
今日は、少し寝不足だった。
昨晩、遅くまで課題に噛みついていたせいで、頭の芯に霞がかかっているような感覚がある。
講義と講義の隙間。ほんのわずかな時間を使って、私は机に額を落としかけていた。
その時。視界の端に、ふと小さな影が差し込む。
(?! ――す、スズメバチ……!)
講義室の前の方を陣取る女子グループの後ろ。半分だけ開いた窓から侵入してきたのは、黒と黄色の縞模様。
どうやら誰も気付いていないらしい。刺激しなければ問題ないかもしれないが、気性の荒い種だ。放っておいては誰かが刺される危険性もある。
(さ、流石に注意した方がいいよね)
得意ではないが何もしないよりかはマシだと、声をかけるべく口を開いた。
まさにその時だ。
――シュンッ!
瞬き一つの間に、スズメバチの姿は綺麗さっぱりと消え去った。
丁度、大学一の美少女と謳われる――渡代園香の背後にさしかかった時だ。彼女の影が水面のように微かに波打つと、ハチが消し炭となったのだ。
ニッコリと、微笑む彼女と目が合う。
ぞっ、と背筋に冷たい何かが這う。
どうやら自分は不味いものを見てしまったらしい。どうしようもない居心地の悪さに耐えかねて、睡眠は諦めてトイレに行くことにした。要はこの場から逃げたかったのだ。
* * *
……そして捕まった。
どうやら私の人生という物語はここで終幕を迎えるらしい。短い人生で何も残せなかったが、最後にこんなに奇怪なイベントに遭遇できたのだから、ここで満足しておくべきだろうか。
「火炙りだけはやめてほしい」
私からのせめてもの懇願に、渡代さんが顔を引き攣らせる。
「その選択肢は思いつかなかったわ、ありがとう。今後のレパートリーに加えておくわね」
どうやら私の死に方は別にあるらしい。
苦しまない方法がいい。あのスズメバチのように、一瞬で楽になりたい。
渡代さんは溜息を吐くと、小さく首を振る。
「仕方がないわね。今回は殺すまではしないであげる。代わりにあなたを『監視』するから。余計なことを他人に話したら、お望み通りの火炙りよ。
……あなた、脂は多い方かしら?」
どちらかと言えば痩せ気味だ。なので是非とも別の方法を検討してほしいところだが、まずは彼女の慈悲に感謝するとしよう。
「ありがと――ッ!」
言い終わるより前に、彼女の指先が私の額を押す。
束の間のこと、脳髄まで閃光が走るような衝撃を受ける。
冷や汗が止まらない。乱れた呼吸を整えるのがやっとで、何が起きたのか問うことすら許されない。
しかし、本能的に理解した。
これは文字通りの『監視』だ。
自分の身体に、彼女の『目』が宿ったのだと理解した。今後、どこで何をして、どんなものを見たのか、どのような発言を行ったか、その全てを彼女に監視される。そういう漠然とした感覚が神経に刻み込まれた。常に、天からの視線を感じるような状態……。
「それじゃあね、未綴語ちゃん?」
先ほどまでとは違うフルネームでの呼び方と敬称に、お前の全てを知っているぞ、という彼女からの脅迫を感じる。
じんわりと背中を這う汗。自分の呼吸音だけが耳に届く。肩が重く、何かに取り憑かれたような気分だ。
(あ……これから私のふしだらな生活が、全部、渡代さんに見られるんだ……)
最初に浮かんだ心配が、よりにもよってコレである。
渡代さんは、「じゃあね」と残したきり、こちらを振り向くことなく、この場を去った。
無論のこと、彼女が私に背を向けた理由が、信頼してのものではないことは明白だ。おそらく、これ以上は私を直接見張る必要はない、ということだろう。
(えっと……お手洗い、行きたいんだけど。
これって、その、それも見られるのかな……)
非常にデリケートな問題である。しかし、私にこれを解決する術はない。そもそもあり得ない事態に遭遇しておきながら、すんなりと受け入れてしまった自分が怖い。
腹を括ってトイレに入る。ふと、鏡に映った自分の姿が目に留まった。
(ん……?)
正確に言えば、自分自身を見たわけではない。なにか、自分の頭上に光の文字が浮かび上がっていたのだ。
ぼんやりと、淡い光ではっきりと読み取れない。これはいったい、何だろう。
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未綴語
【剽窃】10<qq
:触れることで相手の役力をラ〓ダムに奪う¥$力
※接触#間や強度に応じて奪う役力は###
【模倣者】/&
:触れることで相手の姿〓形を〓ピーできる##
※接触時間や強度によリ成功率が変動。
※ストック数:1(保存容量:__gf名)
【##_jd2体質】20:^
:様々ナ▽▽物語に巻き込まれやすくな◆体質
【呪い・〒〆→目】10rp
:常に〒〆にそ→動向を見られる呪い
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……は?
(な、なにこれ……? え、文字……? どういうこと? え……?)
心臓が喉の奥で跳ね上がる。鏡と自分の頭上に手を伸ばしてみても、光は消えない。むしろ、手がすり抜けていく。
(……幻覚?)
違う。しっかりと「そこにある」と認識できてしまっている。ぼんやりとした光なのに、その存在だけは間違いなく感じられた。
(【剽窃】? 【模倣者】? 何それ……しかも、【呪い】って……)
動悸が止まらない。額に汗が滲む。
おかしい。どう考えてもおかしい。
考えられるとすれば、先ほど渡代さんに触れらたことが原因だ。脳髄に走るあの衝撃のせいで、頭がどこか変になったのかもしれない。
思考がうまく回らないまま、私はひとまずトイレの個室に駆け込んだ。深呼吸をする。何度も、何度も。それでも胸のざわつきは収まらない。
(私、いったい……どうなっちゃったの……)
* * *
この日を境に、私の平凡な人生が音を立てて動き始めた。私は知らないうちに『ある力』を手にしていた。
異世界からの来訪者、未来からの使者、竜人との邂逅、超能力者の暗闘……。
交わるはずのなかった物語たちが、次々と私の世界に押し寄せてくる。その先に待つ未来がどんな結末を迎えるのか、それは神ですら知り得ない。
ならばこそ。
数ある物語の中から私を見つけてくれた、
――あなたへ。
一つだけ伝えておきたいことがある。
私の物語に、私は必要ない。
物語の“主人公“になれない私は、誰かの物語を喰らうことでしか存在できないから。
きっと、このお話が最終章を迎える時に、私は――“私として“そこに立ってはいないだろう。
私はその時、いったい“誰“として――。
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