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謎解きサロン

「こんな所で何してる?」

「っ!?」

 

 振りむくと、いつの間にか黒髪に紅い目の監督生が立っていた。

 

「迷っているんじゃないかとは思ったが……まさか、こんな所にいるとは」

 

 掃除用具の置かれた小屋になど入ったことがないのか興味深そうに辺りを観察して、やがてその視線が黙ったままの私へと注がれる。

 驚きと安堵とで呆然としたまま、何も反応できずにいると――。

 

「……どうした」

 

 異変を感じ取ったのか、先輩は私へ近づいて制服が汚れることも気にせずしゃがみ込む。

 急かすことなく待ってもらえたことで、私の緊張も次第に解けていった。

 

「今、誰かにつけられていたみたいで……」

 

 ようやく動いた口から出た言葉に先輩の白い顔が曇る。

 

「生徒か?」

「はい、男子生徒です」

 

 いくらなんでも、これだけでは情報が足りない。

 他にもっと相手を特定できる情報は無いだろうか。

 私は少年の声と姿を思い起こした。

 

(一瞬だけど、胸元で何か光った気がする……あれは、タイピン?)

 

「もしかしたら、監督生補佐かもしれません」

「だとすると、<(あお)の尖塔>のか。背の高い方と低い方がいるが……」

「背は低かったです。下級生かも」

 

 遠目ではあったものの、声や顔立ちにはまだ幼さが残っていた気がする。

 

「……テオドールだな」

 

 テオドール、それが私をつけていた少年の名前。

  

「まあ、あまり気にしなくていい。君もそのうち分かると思うが、あいつは無害だ」

「そう言われても気になりますけど……。でも、どうして僕の跡なんて?」

「大方、新しく補佐になった君の様子を見に来たんだろう」

 

 そう言って立ち上がった先輩は、しゃがみ込んだままの私へ手を差し出した。

 古くなった屋根の隙間から差し込む日差しが先輩の掌を照らし、薄暗い小屋の中で小さな光の粒が静かに舞う。

 

「……男装している間は男子として扱うのでは?」

「もちろん。私は大切な補佐へ手を差し伸べているだけだよ」

 

 その声に微かな笑みが含まれているのを感じて、私も思わず口が緩む。

 

「そういうことなら」

 

 先輩の手に触れると、ぐっと力がこもる。

 思ったよりも強い力でゆっくりと引き起こされた。

 ほっそりとした身体つきにも関わらず、意外なほどの力強さにライムント先輩が男性なのだと改めて実感する。

 

「さっきは悪かった。驚かせてしまったな」

 

 間近に迫る紅い瞳に、鼓膜を振るわせる甘い声。

 それに、耳にかかる吐息の温かさをを思い出して顔を背ける。

 

「嫌だったか?」

「あ、当たり前でしょう! 誰かに見られたらどうするんですか!」

「む……」

 

 それこそ、アイザック先輩が飛びつきそうなネタになってしまう。

 先輩は私の非難を慎重に検討するかのように顎に手を当てて、真面目な顔で目を細めた。

 

「誰もいなければ問題なし……ということだな。わかった。君個人に嫌がられたわけではないことがわかって安心したよ」

「は? いやいやいや、勝手に安心しないでくださいっ!? 僕はそういう意味で言ったんじゃ……!!」

 

 勝手な解釈を正そうと声を上げるけれど、先輩は意に介す素振りも見せずに外へ出た。

 黒い前髪が風に揺れ、いつもは不敵に揺らめく紅い瞳も陽光の下では無邪気に輝いて見える。

  

「書斎へ戻るぞ。掃除もまだ終わっていないだろう。それになにより、早く君の紅茶が飲みたい」

「っ……!」

 

 あれから毎日のように紅茶を淹れていたとはいえ、そんなふうに言われて嬉しくないわけがなかった。

 

(自分に都合のいいことしか聞く耳持たないのに、相手を持ち上げる一言も忘れない……これ、狙ってやってるのかな。それとも天然……?)

 

「し、仕方ないですね!」

 

 すんなり従うのも嫌で呆れたように溜息を吐いてから、先輩に並んで歩き出す。

 

(これが補佐の役目だっていうなら、しっかり務めさせてもらいます!)

 

 横目でこっそり盗み見た先輩の横顔はどこか満足そうで、彼の思惑通りになってしまったことが少しばかり悔やまれた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ライムント先輩が使用している書斎は通称<(あか)の書斎>と呼ばれ、監督生が代々使用しているらしい。

 

 玄関が西にあり、反対側の東の部屋が私が最初に迷い込んだ書斎だ。

 南の書斎に比べるとこじんまりとしているけれど、そのぶん者が散乱している。

 まずは、この部屋の掃除を終わらせてしまおう。

 

「そういえば、このカーテンはいつからかかっていたんですか? 立派なステンドグラスがあるのにもったいない」

 

 私が初めて来たときに落ちてきたカーテンは、既に丸めて端に片づけてある。

 思った通り高級な布地で仕立てられていたため普通の布よりもずっしりと重く、片づけるのも一苦労だった。

 

「私がここへ来たときにつけたんだ。陽の光で本が痛むと困るだろう?」

「そう言う割には本の扱いが雑だと思うんですけど……」

 

 彼が無造作に絨毯の上に平置きで積み上げていた本の山は、現在私が書棚へと収納中だ。

 ここまで散らかした張本人は我関せずといった様子で呑気に本を読んだり書きものをしたりしているが、今日中にはなんとか床の上の山も無くなるはずだった。

 

「読み終えた本には興味がない。……ああ、ここにあるのはどれも目を通したから、もうカーテンは無くても構わないな」

 

 丸めたカーテンの束を見つめている先輩に私は呆れたように声をかける。

 

「物は大切にしろって教えられなかったんですか? そのカーテンも読み終えた本も貴重なものですよ。きちんと保管しておきましょう。……でも、カーテンを無くすのには賛成です。この窓は隠さないほうがいいですよ」

 

 改めてステンドグラスの正面から描かれている天使を眺める。

 

 美しい作りは元より、この部屋の書棚にある本の大半が神学書であることを考えると、天使が見守ってくれているというのは随分と洒落ている気がする。

 

「そんなにいいものか? 天使というと、どうも……」

「?」

 

 私と同じように正面に立った先輩は天使を見上げたまま黙り込んでしまった。

 その眉根は微かに歪んでいる。

 

 光を浴びて輝く天使とは対照的に翳りがさした彼の表情はまるで、思い出したくない何かをガラス越しに眺めているかのようだった。

 

 何か言おうと、口を開きかけたとき。

 

 ――コンコン。

  

 玄関扉をノックする音がした。

 最近は来客が多いな、と呟く先輩を残して玄関へと小走りで向かう。

 

「今開けます」 

 

 来訪者が男性だった場合はライムント先輩に引き合わせないほうがいいのだろうか。

 そんなことを思いつつ玄関扉のカギを開けると、そこには白と黒を基調とした修道服に身を包んだ姿があった。

 

「こんにちは、フェルトナーさん」

 

 まだ入学して日の浅い私の名前を言い当てたその人は、驚く私の顔を見て微かに口元を緩めた。

 

「何度か授業で顔を見ていると思いますが、私はリデル・マグノリア。ライムントさんにお話しがあって来ました。取り次いでいただけますか?」

「も、もちろんです! こちらへどうぞ、先生」

 

 リデル・マグノリアーー確か朝の宗教学を担当している先生だ。年の頃は40代前半だろうか。

 思わぬ相手にどう対応したものかと内心焦る。

 

(東の部屋はまだ片付けが終わってないから一番広い南の部屋に通して……それから先輩に先生が来たことを伝えて……)

 

 先輩を呼んでくる間、先生には座って待ってもらい、私は台所で手早くお茶の支度を整える。

 トレイに乗せた茶器は目上の客人のために少々高価な物を選んだ。

 といっても、ここに置かれている紅茶も茶器も一級品ばかりで大した差などないのだけれど。

 

(書斎を訪れた客人の出迎えにお茶の準備……補佐の役目としてはこれで完璧!)

  

「どうされました、マグノリア先生。御用があるなら授業のあとに声をかけてくださればいいのに」

 

 私が南の部屋へ戻ってくると、丁度ふたりの会話が始まったところだった。

 正面に座ったライムント先輩にマグノリア先生は静かに頷く。

 

「そうですね。今朝は私の授業に出てくれていましたね」

 

(授業を免除されてるのに、先輩が出席した? 図書室で私と会ったのも、授業終わりだったからかな)

 

 カップに紅茶を注ぎながら、私はふたりの話に聞き耳を立てる。 

 

「今日に限らず、最近は少しずつ出席する日も増えているようで……喜ばしいことです」

「ありがとうございます。ここで本を読んでいるよりも、やはり先生方の授業のほうが為になりますから」

 

(うーん、これは社交辞令っぽい。でも、どうしてわざわざ免除されている授業に……?)

 

 すんなり本題に入らないふたりをもどかしく思いながら、紅茶を並べ終える。

 この場で私がやるべき仕事がなくなってしまった。

 

 仕方なく一礼して立ち去ろうとしたとき、マグノリア先生が顔を上げた。

 

「よければ、フェルトナーさんもご同席ください」

「え、いいんですか?」

「もちろんです。ライムントさんとは上手くやれていますか?」

「そうですね……まあ、掃除は嫌いじゃありませんから」

 

 自信満々に答えると先生は一瞬目を瞬いた。

 次いで、控えめな笑い声が響く。

 

「ふふっ……掃除はきちんとしなくてはなりませんよ、ライムントさん」

 

 目元の小じわを濃くして笑う先生を見て、先輩は恥ずかしそうに顔を背ける。

  

「ぜ、善処します……」

「入学したときからそう言ってばかり……直す気がないのですね。困った子だこと」

 

『リーデルベルク寄宿学校』の前身が教会だったというのもあってか、教職員として何名かの修道者も在籍している。

 マグノリア先生は他の修道者たちよりも若い女性であり、普段は目立つことなく淡々と授業を行っている印象だ。

 

 けれど、今の先生は授業とは別の温かみがある。

 

(先輩が入学したときから知ってるってことは、親心みたいなものがあるのかな?)

 

 先生が訪れたと分かったときは何事かと思ったが、お互いの表情からは先生と生徒の信頼関係が感じられた。

 

「……それより、ご用件は?」

「そうですね。用件というほどの大事ではないのです。ただ、新しい補佐も採られたことですし、監督生である貴方にも放課後を有意義に使ってほしいと思った次第です」

 

 補佐、と言われてドキッとする。 

 私が補佐になったことと、先輩の放課後の過ごし方にどういう関係があるのだろうか。

 疑問符ばかりが浮かぶ私の横で、先輩は落ち着いた様子でティーカップを手に取った。

 

「つまり、補佐ができたぶん、監督生に相応しい活動をしろと?」

「えっ!?」

 

 思わぬ言葉に息を呑む。

 

「その通りです。例えば、ブリジットさんは庭園の管理と維持、見学希望者への案内。レオンハルトさんは風紀委員の活動と併せて教職員の手伝いも行っています。あなたは補佐がひとりしかいませんので、そこまで大きな活動は求めませんが……このまま書斎を使用し続けるなら、今後について考える必要があるでしょう」

 

 マグノリア先生は言葉を選んでいたけれど、要は立派な書斎を占有し、補佐まで採ったのだから監督生として今以上の活動をしなさい、と言われている。

 

(さっき食べたタルトのせいで胃痛がしてきた……!)

 

 安易に補佐を引き受けたことといい、先輩にかかる現実的な負担に考えが及ばなったとは。

 こうなれば、早急に貢献活動を始めなくてはならない。

 決意した私が横を見ると、当の監督生は呑気に紅茶を飲んでいた。

 

「そうですね……」

 

 それでも、多少は危機感があるのか、考え込むようにソファに深く座り直した先輩は紅い視線を虚空へ投げる。

 

(先輩に向いていそうな貢献活動……) 

 

 やはり瞬間記憶能力を使ったものがいいのではないだろうか。

 ただ、そうすると学校側の事務処理の手伝いなどになってしまいそうで、それこそ<(あお)の尖塔>の監督生の仕事と被る恐れがある。

 

(エノーラからも注意されていたし、あまり接点を持たせないほうがいいのかもしれないな。他には……)

 

「ここの本の維持管理はいかがです。古い物ばかりですが希少な本です。希望者には貸し出しも行いましょう」

 

 先ほどは「ここの本は自分にとって価値が無い」と嘯いていたのに、と呆れてしまうが、先生は「悪くありませんね」と返す。

 

「ただ、少々物足りません。貴方自身の労力を割いた活動が望ましいでしょう」

「なるほど……仰るとおりです」

 

 その維持管理とやらは、実際には私が任されることになるだろう。

 労力を割かない方法を求めていたライムント先輩の考えは、先生にはすっかりお見通しのようだ。

 思わず視線を送れば紅い瞳が薄っすらと細められる。

 

「なにか言いたそうだな、リヒト?」

「い、いえ……なんでもありません」

「案があるなら話してみるといい」

 

 正直、先生を納得させるための案ならいくらでも思いつく。

 問題なのはライムント先輩の意向に添えるかどうかだ。 

 

(うーん、些事は向いていないとか言っていたし、積極的に自分から動くのは向いてなさそう……)

 

「何か、この書斎を使ってできることがいいと思います。具体的には……そうですね、生徒の相談事を聞くサロンとか……」

 

 学校内にある教会には告解室が備えてある。

 悩み事を抱えて告解へ向かう生徒もいるかも知れないが、まだ若い貴族の子息たちならサロンという言葉の方が足を運びやすいのではないか。

 

(これだけ広い書斎ならサロンも開けそうだし……それに、生徒が集まれば色々と情報収集できるかもしれない!)

 

 そう思って、恐る恐るふたりの顔色をうかがう。

 

「なるほど。監督生になら相談したいと思える生徒もいるかもしれません。よい考えですね」

「…………」

 

 好感触のマグノリア先生とは反対に、先輩は無表情のまま黙って顎へ手を当てた。

 即座に却下するほどではないが、好ましいわけでもない――そんな気配が漂っている。

 マグノリア先生がチラリと先輩を見る。

 納得していないであろう表情を確かめて、先生はゆっくりと話し始めた。

 

「これまでもライムントさんに相談して解決したと言っていた生徒がいましたし、適任かもしれませんよ」

「え、いたんですか、そんな奇特な方?」

 

 先輩の気持ちを固めるための貴重な一言に、私は思わず突っ込んでしまった。

 先輩が軽く咳払いする。

 

「ええ、女子生徒が何人か」

「……悩める女性のお役に立てたのなら、紳士として喜ばしいことです」

「そうでしょうとも。サロンとは紳士淑女の交流の場ですからね。そのサロンを取り仕切るとなれば信頼のおける、本物の紳士でなければ務まりません」

 

(ここまで露骨な言い方……さすがに効果ないんじゃ……?)

 

 これで調子に乗るのはいくらなんでも単純すぎる。

 しかし、信じられないことに「本物の紳士」と言われて先輩がぴくりと反応した。

 

「紳士……サロン……悩みある女性を救う……」

「……あの先輩、女性以外も救ってあげてください」

 

 見事に乗せられる先輩を憐れみつつ、声を潜めて耳打ちする。

 本心はどうあれ、自分が全生徒の模範である監督生だということを忘れている。

 それになにより、今は先生の目の前だ。

 最低限、監督生として取り繕ってもらわなくては困る。

 私も補佐となった以上、監督生にあるまじき行いを見過ごすわけにはいかないのだ。

 

 そんな私達を見て、先生は口元を抑えて笑った。

 

「ライムントさん、貴方にピッタリの補佐が見つかって良かったですね。フェルトナーさんの協力があればサロンも上手くいくでしょう」

 

(つい最近もエノーラに似たようなことを言われた気がする……そんなに相性が良く見えるのかな……?)

  

 先輩はどう思っているのかと隣をうかがうと、微笑むマグノリア先生を前に「……そうだといいんですが」と小さい声が聞こえた。

 その光景は母親に逆らえない子供のようにも見えて、私も少し可笑しくなってしまう。

 

「なぜ君も笑っているんだ、リヒト」

「あ!  いえ、なんでもありません!」

「では、毎週末に相談サロンの活動報告書を持ってきてください。全て私が確認します」

 

 (ということは、このサロン活動の顧問はマグノリア先生ってことかな)

 

 私はまだ先生たちのこともあまり知らないため、何かあればマグノリア先生に相談することに決める。

 

「わかりました。ただ、すぐに相談者が訪れるとは思えません。まずはサロンの存在を周知させる時間をいただけませんか」

 

 ライムント先輩は真面目な顔でそう言った。

 その報告書をもってサロンの貢献度を図るということであれば、先輩の言うように事前の準備は必要だろう。

 やるからには実績を残さなくては、監督生の立場も危うくなる。

 

「もちろん、できたばかりのサロンに都合よく相談者が訪れるはずがありません。ですから、最初の相談者は私が紹介しましょう」

 

 先生の周到さに感心した瞬間、一抹の違和感を覚えた。

 生徒が悩んでいるのを知りながら監督生たちに任せるほど、マグノリア先生は薄情な人なのだろうか。

 

(先生では聞いてあげられない悩みっていうこと……?)

 

 嫌な予感がして質問しようと口を開きかけたときーー。

 

「ライムントさんに配慮したわけではありませんが、相談者は女子生徒ですよ」

 

 瞬間、隣にいる先輩の纏う空気が柔らかくなるのがわかった。

 

「先生の紹介者を最初の客人として迎え入れられるとは、身に余る光栄です……!」

「頼りにしていますよ。明日にでもこちらへ来るよう伝えておきましょう」

 

 マグノリア先生はソファから立ち上がり、玄関ホールへと歩き出す。

 そして、扉の前で振り返った。

 

「そうそう、先に伝えておきましょう。相談者の名前は……」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「ジェシカ・ライゼルと申します。マグノリア先生から、こちらへ伺うようにと言われましたの」

 

 翌日、<(あか)の書斎>をひとりの女子生徒が訪れた。

 手入れの行き届いたブルネットを背中に流し、凛とした佇まいの彼女――ジェシカは出迎えた私をじっと見つめ、タイピンに目を止めると僅かに目を細めた。

 

「あなたが平民の監督生補佐……?」

 

 棘のある言葉と共に向けられる気の強そうな視線。

 それはまさしく、私が想像していた平民に対する貴族の態度そのものだった。

 ライムント先輩にエノーラ、それに学友たち……これまで出会った貴族たちのほうが異例だったのだ。

  

「ええ、そうです。ライムント先輩がお待ちです。奥へどうぞ」

 

 特に動揺することもなく、玄関扉を開いてジェシカを奥へと促す。

 そんな私をどう思ったのかはわからないけれど、ジェシカは黙ってあとに付いてきた。

 南の書斎の扉を開け、一気に視界が開かれると後ろで息を呑む気配がした。

 ジェシカは引き寄せられるように書斎の中へと足を踏み入れる。

 

「……高い天井、オーク材の本棚にマホガニーの机……大理石のマントルピースに……それにこれは……」

 

 靴先で床に敷かれた絨毯の感触を慎重に確かめる。

 

「東方の舶来品……年代は古そうだけど、この光沢……一級品に間違いありませんわ」

「あ、あの……?」

 

 食い入るように部屋の内装を観察しているジェシカに困惑していると――。

 

「さすが、ライゼル商会のご息女だ。この書斎は貴女の目に適いましたか?」

 

 落ち着いた声に振り返ったジェシカは、滅多に現れることのない黒髪の監督生を間近にして、その瞳を輝かせた。

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