プロローグ
どんっ、という爆発音を聞いた。
どうやら私は爆発現場の至近距離にいたようで、轟音と共に生じた衝撃を背中に受けてつんのめるようにして倒れ込む。
「っは……」
辺りを確認しようにもなぜか身体は動かない。
爆発の影響で一時的に聴力が機能していないのか、時が止まったような静寂の中で朝から降り始めた雪だけが地面に降り続いていた。
(白い羽みたい……)
うつ伏せのまま、街から上がる火の手とその上に降り注ぐ雪を眺める。
何が起こっているのか実感は湧かないけれど、きっととても恐ろしいことが起きてしまったのだ。
次第に遠くの方で喧騒が聞こえ始める。
そのとき、ふと誰かが私を抱き起してくれた。
帽子を被ったその人の顔はよく見えないけれど、口元の動きでしきりに話しかけてくれていることはわかった。
返事を返そうと、わずかにお腹に力を込めた瞬間――。
「いっ……!」
経験したことのない激痛に、ぼんやりとしていた意識が急速にはっきりしてくる。
僅かに首を動かして痛みの元へ視線を向ける。
背中に爆風を受けたはずなのに腹部が真っ赤に染まっていた。
恐るおそる背中を振り返ろうとする私を黒い帽子の人が身体で遮る。
見ないほうがいい――足元から這い上がってくる恐怖と寒さに震える私はそう言われた気がした。
止血しようとしてくれているのか彼はずっとお腹の傷を布で押さえてくれていたけれど、それもとうに赤くなっていた。
もう手遅れなのだ。
「すまない……本当に……」
ようやく聞こえてきたのは苦痛に耐えて絞り出したような男性の声で、もしかしたら彼も深手を負っているのかもしれない。
「これを、持っていてくれ……君はこんなところで死ななくていい」
すでに感覚のない私の手に紅く光る小さな何かを乗せて、その人は最期の力を振り絞るように自ら外套のボタンを引きちぎった。
「もし……もし、また会うことがあれば、そのときは……精々こき使ってやってくれ。君には、その権利がある」
そのふたつを握り込ませるようにして、名前も知らない彼の手が私の手を包み込む。
寒空の下なのに触れた手の温もりが温かく、すぐそこまで迫った恐怖を溶かすように全身へ広がっていく気がした。
(あなたは、だれ……?)
微かに口元の筋肉が動いただけで私の声は出ない。
彼の顔だけでもと帽子の下の影に目を凝らすけれど、瞼が重くてたまらない。
瞼を閉じたら何かが終わってしまう。
わかっているのに、私にはもう力がなかった。
(あなた、は……)
これが私、アリシア・ヴィフの最期の記憶――。