馬鹿真面目な親孝行
例の事件が落ち着き、受験勉強もいよいよ大詰めに差し掛かっていた頃、エマ達はクレプスクロ魔術学園の受験に向けて、ラストスパートをかけていた。
「もう無理だよぉ〜(泣)」
難しい問題に手こずっていたエマは、半泣き状態でアルバに教えて貰っていた。
「何で割り算って余りが出るの〜?ドーナツぐらい分け合えば良いのに...」
「世の中には、一つのドーナツすら分け合えない、狭い心の持ち主もいるのよ。」
アルバは、分厚い教科書を読みながら、エマの疑問に答えた。
「難し過ぎて脳が溶けるかも知れない...」
「その程度で脳が溶けたら皆んな死んでるわよ。あと、そんな低レベルの問題は入試には一切出ないから、他の勉強した方がいいわよ。」
「えっ!?出ないの...?」
あまりの馬鹿さに、アルバは言葉を失った。
「無理なら、あの校長に頼んで推薦書でも出して貰えば良いじゃない。」
「そう言えば...あの校長先生、最近学校で見なくなったよね。」
アルバのブラックジョークに対して、冗談か本気か分からないエマの返しに、図書館全体が冷気に包まれた。
「そう言えば、何であの学校にこだわるの?魔術学校なら他にもあるじゃない。」
「約束を果たすには、入学するしか方法がないから...」
「約束って...お母さんとの?」
エマは頷いた。
エマは生まれてすぐに寮母のテゴーに預けられた為、母親の顔は知らない。唯一の手掛かりは、寮母のテゴーが預かっていた、母親からの手紙だった。
♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
貴方には、二つ年上のお姉さんがいます。
クレプスクロ魔術学園と言う場所で、貴方のお姉さんは、そこで貴方を待ち続けています。
どうか、お姉さんを見つけてあげて下さい。
いつか、2人が支え合って生きてくれる事を、私は心から願っています。
♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
その手紙には、驚きの真実と母親からの切なる願いが綴られていた。
「会った事もない姉を、どうやって見つけろって言うのかしら。」
「きっと、会えば分かると思うんだけど...。」
エマとアルバは、同時にため息を吐いた。
「顔も知らない母親の頼みを馬鹿真面目に守ろうとするなんて、これ以上のない親孝行ね。」
「姉さんを探す為に、絶対入学しないといけない。」
クレプスクロ魔術学園は警備が固い為、部外者どころか、親族すらも入る事は許されない。
エマは一度、姉を探していると学園に取り合ってみた事があるが、門前払いされた。
「まぁ、あんたが入学できなかった時は、私が代わりに探してあげる。」
「アルバが落ちるかも知れない。」
「あんたは落ちる可能性の方が高いからね?」
喧嘩をしたり、皮肉を言い合ったりしていても、2人がずっと一緒に居るのは、お互いが信頼しているからだった。
その夜、エマは夢を見た。
♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
一匹の馬が、目で追えない速さで暗い森を駆け抜けて行く。
よく見ると、その馬の上には女性が乗っていた。
その女性は周りを警戒しながら、布に包まれた物を大切に抱き抱えている。
「はぁはぁ...ごめんね...ごめんね...」
何か罪でも犯したのだろうか...。
女性は何度も謝罪を繰り返し、目に涙を溜めていた。
すると突然、女性の後ろから火の玉のような物が追いかけて来た。
女性の馬はとても速く、火の玉は追い付ける距離ではなかったが、諦めずに追いかけていた。
このまま引き離せると思われたが、馬が突然転倒し、火の玉が女性の目の前まで追いついた。
♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
その瞬間、エマは目を覚ました。
「はぁ...ッ!はぁはぁ...」
自分が体験した記憶ではない筈なのに、体の震えは治らない。
エマが見た光景は、夢なのか、はたまた、記憶なのか...今のエマに知る術はなかった。
部屋を照らす今夜の月は赤く輝いており、エマはそんな月を見て、妙な胸騒ぎがした。