呪いじゃないから解呪できませんの
いろんな意味で酷い話。
よくある話、と言ってしまえばそれまでなのだろう。
政略結婚。
途中までは仲睦まじかった二人。
けれど、日々の細かな部分ですれ違い――
そして徐々に二人の仲に不和が混じっていく。
そこに現れた魅力的な女性に、男の方はつい目移りしてしまう。
急速に縮まる仲。
婚約者でありながら蔑ろにされる女。
果ては、出会った順番が間違っていただとか、真実の愛を引き裂こうとする悪女、なんて噂も流れ始め――
「お前が彼女へ嫌がらせをしていたのだろう」
「そんな……私はそのような事していませんわ」
「えぇい、往生際の悪い。証拠も証言者も揃っているのだ!」
「お待ちください、本当に私は――」
「黙れ! お前との婚約は破棄する!」
かくして、悪女は惨めに捨てられ男女は真実の愛で結ばれるのであった。
「――本当に、よくある話、でぇす・わ」
妙なイントネーションで呟く少女に、女は苦笑を浮かべるしかなかった。
冤罪だったのだ。
彼が仲睦まじくしていた女性は確かに嫌がらせをされていたけれど、それは決して女がした事ではないし、ましてや女が誰かに頼んでした事でもない。
けれども、恐らくは女に罪をかぶせようと目論んだのだろう。
あの証言者とやらの中に、女に罪をかぶせた相手がいた。
かくして、女は婚約を大勢の前で破棄されたし、事実を穏便におさめようにもあれだけ大勢の前であれば、もう人の口に戸など立てられるはずもない。後になってから女は何もしておらず冤罪であった、と証明されたところで、一度落ちた評判が瞬時に戻るはずもなく。
結局のところ女は国を出て、親族の伝手で他国へ渡る事となってしまった。
「そぉれで? 貴方サマは、ワタクシに一体な・に・を、お望みでぇす・のッ?」
「一つの、祝福を」
「まぁ~! 祝福、でございますか。えぇえぇそれはオホホホホ! このワタクシにそのような願い事だなぁんて、愉快な方ですわね」
婚約破棄をされて国を出た女の向かいに座る少女は、その金色に輝く瞳を細めにんまりと笑う。
それはまるで、自分の目の前にご馳走が出てきたと言わんばかりに。
女の向かいに座る少女は、見た目こそ小柄で華奢な、何の力も持っていないような少女であったが、しかし実際は違った。
彼女はこの国では有名な魔女の一人である。
魔女とは、人と似た見た目を持ちながらその中身は別物とされている――流石に堂々と口に出せないが、裏ではこそこそと化け物と呼ぶ者もいる――存在である。
どのような系譜をもってこの世界に存在しているかは不明の、謎に満ちた種族であった。
人間にはない不思議な力を使える存在。
それを恐れ排除しようとした者もかつてはいたようだが、こうして今も少女がここにいるのを見れば結果はどうなったかなど、言う必要もないだろう。
「えぇ、よろしいですわぁよっ、一体どのような祝福をお望みなのかぁしら。次は自分を裏切らない素敵な結婚相手? それとも、決して自分に逆らわない従順な夫? どのようなものでもこのワタクシにかかればお茶の子さいさいでぇすの、よ!」
くふふ、と笑う少女ではあるが、望みの品はそれ、どっちも同じようなものではないかしら……と女は首を傾げそうになった。だが、違う。
望んでいるものはそんなものではない。
だから、違うのだとハッキリと首を横に振った。
「あら? 違うのですか? えぇーと、では、結婚などしなくても一人で生きていけるだけのナニカ……でございましょうか? それはそれで可能ですけれどぉも、でも、その場合伴侶ができたら祝福の効果が切れる事になってしまいまぁす・わっ」
「いいえ、祝福をかける相手は私ではないのです。
その……かつて、婚約者だった彼に」
「ほへ?」
思いもよらぬことを言われた、とばかりに少女の細められていた目がまんまるに見開かれる。
先程までの愉悦に満ちた表情が一転、きょとんとした少女は、実年齢がどうであれ、幼い少女そのものだった。
「折角心から愛する人を見つけ、そして結ばれたのです。末永く、幸せになってほしいじゃないですか」
穏やかな笑みを浮かべる女は、その男に難癖つけられて婚約破棄をされたというのにそんな雰囲気は一切見せなかった。それどころか、本当に心の奥底から祝福しているらしかった。魔女の目は、その気になればその人間の本性を見る事も可能である。
だからこそ、決して彼女が強がりや虚勢でそんな善人を装っているわけではない、と早々に悟ってしまったのである。
「そ、そうでしたのねッ、では、その祝福の内容は……」
故郷を醜聞で追われたも同然なのに、彼女からはそういった恨みも憎しみも、悲しみも、何もなかった。にこにこと微笑んでいるその笑みが、本心からのものだと理解して魔女は逆にわからなくなってしまった。
貴族を相手にした事は今まで何度だってある。
だから、心の中で全然別の感情が渦巻いていても、表面上笑みを取り繕っている貴族なんていうのは掃いて捨てる程見てきた。
けれど、今目の前にいる女は。
自分の評判が地の底に落ちた事で、あの国ではもうマトモな縁談も望めず、それどころか足元をみた年寄りが後妻にだとか、金に物言わせて若い娘を好きにしようというような身持ちの悪い悪徳貴族に狙われる可能性が高すぎて国にいられなくなったも同然なのに。
いくら親族の伝手でこの国に来たといっても、やはり故郷と比べれば生活に慣れるまで時間がかかるはずなのに。
そんな苦労はしていないのだとばかりに、穏やかに微笑んでいる。
自分の目が耄碌したのかしら……と魔女は思ったけれど、しかしそんな事はないはずで。
自分を裏切ったも同然の相手へ祝福をかけたい、なんて。
あまりの出来事に彼女、どこか壊れてしまったのかしら……? なんて。
失礼にも魔女は思ってしまったのである。
だって魔女が彼女の立場なら、相手の男にかけるのは祝福ではなく呪いであるのだから。
ついでに婚約者を奪った結果になってしまった泥棒猫にも相応の呪いをかけたって許されると思っている。
「あの方には、幸せになって欲しいの。愛する奥様と一緒に。
それで、私考えたの。幸せな家庭とはどういうものかしら、と」
女の言葉は別に何もおかしなことを言っていない。
魔女は自分が人間ではないから、時々人間目線から見ておかしなことを言いだしている、と思われている事もわかっているけれど、その魔女から見て女は――
祝福をかける相手が自分を裏切った男である、というのを無視すれば、正しい事を言っていると思える。
むしろ好きな人の幸せを願うだなんて、逆に健気ではないか。
末永く幸せに、なんて、自分を傷つけるような事をした相手に中々言えるものではない。
「やっぱり、夫婦仲が良いのは必須だけれど。
子供にも恵まれてほしいわ。だから、そういった祝福をかけてほしいの。
具体的には――」
「え、えぇ、そ・れはぁ……できますけぇれど・もッ。
……本当に、それでいいのかしら……?」
「えぇ、是非」
魔女の目には、困惑が宿っていた。
目の前の女からは本当に善意で言っているのだという事しかわからなかった。
善意を装った悪意ならまだ良かった。
けれど、本当に彼女は全て善意でその祝福を望んだのである。
人間って、おっそろしいもの、でぇすわ、なんて思いながらも。
魔女は女の望んだ祝福を、かつての彼女の婚約者だった男にかけたのである。
ちなみに呪いは解呪の方法があるけれど。
祝福には基本的にそれがない。
いや、ある程度望みが叶えば自然と消えていく場合もあるのだけれど。
(この祝福、果たして途中で消えたりするものなのかぁしら……ッ?)
長い時を生きてきた魔女でも流石にこの祝福は初めてのものだったので。
ちょっとこの先どうなるか全くわからなかったのである。
(念のため、あっちの国の魔女に事情を説明しておいた方が良さそうですわぁ~・ねッ)
呪いじゃないので解呪しようと試みるとかはないと思うけど、下手に話が拗れても後が面倒である。
だからこそ、魔女は女が今まで暮らしていた国にいる知り合いの魔女数名に事情を話しておこうと考えた。
人間ならそれだけでもそこそこの時間がかかるけれど、魔女からすれば遠く離れた相手とのやりとりなど魔法を使えばちょちょいのちょいなので。
この場合下手に言葉を惜しんだ方が後になってから面倒な事になりかねない。
そう、魔女の勘が囁くどころか激しく自己主張していたのである。
さてその後。
魔女は別段これといった何かがあるでもなく、普段通りに過ごしていた。
人間から見れば多少はハラハラドキドキなイベントがあったかもしれないが、魔女にとっては日常茶飯。
まぁ精々魔女を利用しようと愚かにも目論んだりした相手がやってきたりもしたけれど、それだって割といつもの事なので。
女は祝福を依頼した後、そのまま帰っていったし、それきりだ。
魔女の実力を疑ってなどいないからなのか、それとも祝福によって男が幸せに暮らしていけると信じ切っているのか……
どちらにしても、彼女自身がその目で確かめよう、としていないのは確かだ。
いや、それ以前に。
あれから既に数年が経過しているので。
祝福をかけた事すら過去の事としてどうでもよくなって忘れている可能性すらある。
何せ、ちょっと暇つぶしに調べてみたら彼女は既に結婚し、新たな生活に満足した日々を送っているようなので。
自分は自分で幸せになるから、彼にも幸せになって欲しい。
とか、そんな風に考えていたのであればいいのだけれど……
いや、どうだろう?
自分が不幸になっていたとしても、それでも彼だけは幸せになって欲しい、とか思ってたとは思いにくいが、あの時彼女には一切の悪気がなかった。
いっそあって欲しかった、と今でも魔女は思うのだが。
既に数年も前の話となれば、魔女からしても結構前の話、くらいに終わった事柄である。
だというのにそれを今更思い出したのは、祝福をかけた男がいる国の魔女から連絡が届いたからである。
彼女が冤罪をかけられて陥れられたのは、男に横恋慕した女が……というわけではなかった。
確かに運命の相手だとされていた女は、彼女に嫌がらせを受けていたとしてもその理由は充分にある。大体婚約者だったのだ。あの頃はまだ。
であれば、女は婚約者を奪おうとしていた、と思われるのが普通である。
ところが婚約者同士だった二人の仲が微妙な事になっていたため、婚約の解消、もしくは白紙になるのは秒読みではないかと思われていたくらいだ。それでも女に冤罪がかけられたのは、運命の相手とされる女への嫌がらせの実行犯とされたのは――
まぁ単純に派閥の問題である。
男と彼女がくっつくことを良しとしない家があったのだ。
その家の娘が男とくっつくような事を狙うのであれば話はもう少しわかりやすかったのだが、そうはならなかった。運命の相手だと言われるくらいにその時点で熱烈に愛をはぐくむ二人の姿があったからだ。
とはいえ、それでも。
二人の仲が壊れるのであれば、それでよいという考えだったのだろう。
結果として穏便に婚約を解消すればいいだけの話が、冤罪からの婚約破棄というある種の醜聞へとなってしまった。
やろうと思えば何事もなく終わるはずだった事。けれどそこに誰かの欲望が入り込んだ結果……
「ま、幸も不幸もその人次第、ではありますけれどぉもっ?
欲はありすぎてもロクな事になりませんわーね、ホホホ」
真実の愛が壊れた、という知らせを聞いても魔女からすればそれくらいしか感想が出てこない。
真実の愛とされていた娘へ実際に嫌がらせをしていた者は、真実の愛が壊れた事で今更になってその事実が明るみに出た。
長年周囲を騙していたも同然であるので、家の評判はあっという間に地に落ちて、社交界では大層肩身の狭い思いをしているのだとか。かつて婚約者だった彼女が冤罪だと判明した時ですら、しれっと他の者が仕組んだように見せかけて上手くやっていたと思ったのだが、完璧だと思っていたはずのスケープゴートは結局完璧ではなかった、というわけだ。
人を呪わば穴二つ、とは言うけれど、かつての婚約者だった女が願ったのは祝福だ。破棄されたけれど、それでも一時は婚約者であった相手の幸せを願っていた。
人の幸せを願う事に応報などあるはずもなく。
だがしかし魔女が祝福をかけた結果、そしてその幸せが壊れてしまったとなれば。
元々その幸せを壊す原因を作ったであろう相手に何らかの不幸が訪れてもまぁ仕方のない話である。
評判が地に落ちて肩身の狭い思いをしている今のうちに、どうにかできればいいがそうでなければその家は没落の一途をたどるかもしれない。
だが魔女にとってそこはどうでもよいものだった。
幸せになるための祝福をかけたにも関わらず幸せになれないとなると、これからあの男はさぞ苦労するだろうなと思うのだけれど。そして真実の愛とされていた女も。
若い時は真実の愛だと言われていたけれど、しかし実際本来の婚約者であった女が嫌がらせなどしていなかった、という事実が明るみに出てしまった今。
真実の愛とされていた女は確かに嫌がらせをされていたけれど、しかしそれを実際は何もしていなかった婚約者に罪を着せて断罪したという評価が残る。
真実の愛で結ばれた二人が破局した原因に、本当に女へ嫌がらせをしていた相手は関わっていない。だから、破局した原因をそちらにまるなげするわけにもいかない。破局する以前、別の理由であればいいが今回の件で責を負え、というのは無茶が過ぎる。
――難しい貴族の家のあれこれを抜きにして実際何があったかを述べるのならば。
かつての婚約者だった女が相手に望んだ幸せは、愛する女といつまでも仲睦まじくいて、その上でたくさんの子に恵まれる事だった。
貴族の家と一言で言っても、跡取り以外にも子を他にも産んでおかねばならぬ家もあれば、少ない方がいいという家庭も勿論あるのだけれど。
男の家は跡取り以外でも、子は多い事を元々望まれていた。
なので、彼女が願った祝福は何もおかしなものではない。
ただ、当事者にとってそれが幸せに繋がるとは限らない事になってしまっただけで。
冤罪をかけられた彼女は、確認こそしていないが恐らくは耳年増だったのだろう、と魔女は見ている。
恋人や夫婦の夜のアレコレなど大っぴらに話をする機会があるわけでもない。けれども結婚した以上することはしないといけないわけで。
女はきっと、そういったアレコレを噂だとかでこっそりと集めて、そうして案外夜の生活に不満を持つ人がいるのだな、と思ったのだろう。
ご夫人だけではなく、もしかしたら市井での噂なんてものも仕入れた可能性がある。
平民の方が案外明け透けだったりするので。
結果として、彼女が望んだ祝福は、男のナニに関わるもので。
子ができやすいように、くらいのものであれば問題なかったのだけれど、夫婦ともにいつまでも仲良くしていくためには夜の生活にも潤いがなければとでも思ったのかもしれない。
正直あの時もっと真意を突っ込むべきだったと魔女は思っているけれど、あの時はちょっとそこまで頭が回らなかったのである。仕方がない。今までそういった祝福を望む人がいなかったのだから。
大体、ぶっちゃけてしまえばシモの話だ。魔女相手に願うにしても、流石に躊躇うだろうなとは魔女だって思うわけで。
魔女が祝福をかけた結果、恐らく彼の男性器は、通常時はともかく性交時、とんでもなくデカくなることになったのだろう。魔女も直接見てないので正確にどこまで大きくなったかちょっとわかんない。
最初からソレが大きければ、この後更に大きくなる、と女の方も覚悟ができたかもしれない。
けれども最初の時点では普通サイズだったのが、いざ自分の中に入るとなった時えぐいくらいに巨大化していたらどうだろう。
普通に恐怖だと思う。
イメージ的なもので言うのなら、通常時は気持ちニンジンくらいのサイズだったのが、中に入った途端大根通り越してカブくらいの太さにまで膨張するとなれば、それはもういっそ拷問器具か何かなのではないか……? と思わなくもないわけで。
(というか、確かそんな感じの拷問器具が実際にあったような気がしないでもなく……あら? もしかして実はあの方元婚約者の事とても恨んでらしたのかぁしら? いえでも祝福なのは事実でぇすし……)
呪いではないので解呪はできない。
祝福なのだ。困った事に。
祝福の場合は、ある程度相手がその祝福によって幸せな結果を得ることができれば自然とその力が弱くなったりしていつの間にやら消えていた、なんて事もある。
モノによっては一生続く祝福もあるのだけれど。
彼が真実の愛だとしていた女性とたくさんの子に囲まれて幸せに暮らす事。
それが、祝福を望んだ女の願いだった。
だがしかし。
恐らく、どころかどう考えても夜の生活に嫌気がさして真実の愛だとされていた女は家を出た。
子はどうやら二人程生まれはしたらしいが、それをたくさんと言うには少々無理がある。
真実の愛だと言っていたのに家を出た時点で、真実も何もあったもんじゃないので女の今後は元さやに戻るか、はたまた後はもうあまり評判がよくないところの後妻だとか、平民か。
立場的には元さやがマシに思えるが、しかしそうなると再びやってくるのが夜の生活である。
それが耐え切れず逃げ出した女がその部分で頑張れるか、となるとまぁ無理かもしれないので、元さやはないだろう。
そういった夜の営みがない、というのが確定しているようなところへ後妻に入るのであれば、嫌だと思っていた部分はないのでまぁ女にとって悪い話ではないかもしれないが、そのかわりに醜聞がついて回る。
しかも元は婚約者のいる相手とくっついたという事もあって、当時真実の愛だと持て囃されたそれも一転して女の悪い噂に拍車をかけるだろう。
肉体的にはともかく精神的に常に悪意に晒され続ける事になる、と考えるとそれも最初はともかくやがて耐えきれなくなるかもしれない。
いっそ平民になって社交界から物理的に離れる、という選択肢もあるけれど、生活が安定するかどうかは不明だ。若いうちならともかくある程度年を取ってから先行きの見えない生活を送るとなれば、果たしてどうだろうか。
幸せになれる可能性も勿論あるけれど、彼女が思い描いたものと異なるのは言うまでもない。
結局のところ、どの選択肢を選んだところで最愛だと思っていた相手と結ばれた直後のような幸せの絶頂みたいなものはもうやってくる事はないのかもしれない。
どれかを得るために何かを諦めるしかない。それは生きていくのであれば当たり前の選択肢ではあるのだけれど。
今まである程度思い描いた幸せの中で生きていた女にとって、その当たり前はこれから先、辛く厳しいものとして伸し掛かるかもしれない。
男の方は……夜の生活さえしなければ、まぁある程度どうにかなるとは思われる。
けれどこちらも真実の愛だとのたまって婚約者を大勢の前で婚約破棄したという事実があるのだ。
しかもその真実の愛の相手に逃げられている。
これだけで、充分恥だ。
新たに嫁を迎えたところで、そちらと子ができるかはわからない。
何より、一度は受け入れたとしても二度目以降、女が拒否する可能性がとても高い。
それでなくとも、既に経験のある女性ですら躊躇うようなサイズになる相手と、もし純潔の、そういった経験のない女だったなら最初の時点で泣き喚いて命乞いをする可能性が非常に高かった。
結果として、かつての婚約者だった女が望んだ愛する人とたくさんの子供に囲まれて幸せに暮らす、は不可能となったと考えてもいい。
真実の愛がなくなっても。
子が多くなくても。
幸せになろうと思えばなれたはずだった。
ところが魔女がかけた祝福によって、幸せの定義が固定化されたと考えるのであれば。
(あちらさんもあまり幸せな暮らしはできなくなった、と考えて間違いじゃありませんわ~・ねッ)
大勢の前で真実の愛だと宣わなければ、それ相応の幸せはあったかもしれないけれど。
大々的な宣言をした事で、その相手と上手くいかなくなった時点でどのみちひそひそ言われるのは避けられない。
女の方は最悪国を変えて名前も変えて一から人生を歩めばどうにかなるかもしれないけれど、男の方は家を継いだ以上軽率に捨てて逃げるわけにもいかない。
「あら?」
あの二人の人生の今後の雲行きが怪しくなってまいりましたわねぇ……なんて思っていれば、鳥の形をした魔女の使い魔が飛んできた。
ピィ、とあざとく可愛く鳴いて、足に括りつけられた手紙を差し出す。
指を軽く振って魔法を発動させたことで、手紙は魔女が触れる事なく鳥の足から離れ、宙を移動し魔女の手元へやってきた。
丁寧に折られた手紙を開いて読めば。
「あら。あらあらあら。ま~おほほほほほほ……!
これはまぁ、とても素敵な愛の話になりそうじゃぁありませ~ん、のっ」
祝福をかけられた男はどうやら現状をどうにかしようとして、そちらの国にいる魔女に助けを求めたらしい。魔女が説明をしておいた相手だ。だからこそ、男が訪れた時点で大体の事は察していた。
もしかしたら誰かに呪われているのではないか、と疑ったらしい男は魔女に泣きつき――魔女は言った。
「アンタにかけられてるのは呪いじゃなくて祝福だよ。真実の愛の相手と多くの子に囲まれて幸せになりますように、っていうね。だからまぁ、今の状況を打開したいというのなら、あんたの愛する相手と子をたくさん作る事さね」
嘘は言ってない。
何一つ嘘は言っていない。
そしてそんな魔女の言葉に男は何を思ったのか。
新たに真実の愛の相手なんて見つかるはずもないので。
そうなれば、家を出て行った真実の愛として周囲に広めた相手とやり直す他ない。
女は男との夜の生活に嫌気がさして逃げ出したというのに、男は幸せになるために逃げた女を追わなければならなくなった。
真相を知らない者が見れば、男にとっては本当に彼女こそが真実の愛の相手で、それ故に……と思うのだろう。
祝福がどうとか知らない現時点での女にとっては、逃げたのに追いかけてくる男とか恐怖でしかないと思うのだけれど。
けれど、まぁ。
恋愛には時としてすれ違う事もあるので。
何も知らない者から見れば、さぞドラマチックに映るのかもしれない。
「まぁた社交界が賑わいそうでぇすわね」
たとえ女が男に追いつかれて祝福の事を話されたとしても。
夜の生活が辛すぎて逃げたのだから、子だくさんを目指すのは無理があるかもしれない。
それでも、まぁ。
「喜劇としてみれば、面白いかもしれませんわ~・ねっ、うふふふふふふふ」
かつて婚約者だった女を犠牲にして得た幸せは壊れ、次は真実の愛の相手の犠牲がなければ幸せになれない、なんて。
魔女からすれば不毛極まりないものなのだが。
人間て時としておっそろしいものですわ~なんて。
完全に他人事として魔女はその手紙を再び丁寧に折りたたんでしまい込んだのであった。
この後二人が幸せになれたかは……まぁ想像にまるなげ。
泥棒猫になってしまった立場の女視点で見ると序盤は恋愛ものだけど後半ホラーかなって気がしてきた。
次回短編予告
真実の愛のために色々と頑張る王子の話。
何をトチ狂ったのか多分ジャンルは異世界恋愛。