心夏の手腕と知らぬが仏
心夏が敢えて語らず、成瀬隼斗が男の包容力とやらで不問に期した諸事情を読者諸氏にはお知らせしておこう。
「成瀬は腰痛持ちで夜のことはご無沙汰だったのよ」という言葉で、誰が夫の腎臓結石を知っていたか探り戸川と生島に辿りついたのは心夏。
戸川に「今でも私が欲しい? 捻じ伏せてみる?」と迫り事後、「あの時のほうが興奮した? 私がピチピチ若かったから?」と過去を語らせたのも心夏。
生島に「成瀬は仕事バカで帰りも遅く寂しかった」としなだれかかり、「生島さんみたいに優しい人のほうがよかった」と囁き、逢瀬を重ねるうちに成瀬智也への嫉妬や焦りの言葉を吐露させたのは心夏。
「成瀬がいなくなってよかった、これから好きに生きられる。遺産も家も残してくれて、都心の繁華街にカフェバーでも開けそうだわ」などと話し、その分け前に預かろうと「成瀬が死んだのは自分のお陰だ」と、生島が恩着せがましく言うように仕向けた。
生島は、「忌々しい成瀬の遺産もお前も好きにできるなんて、刺してよかった」と語ったとか。
戸川・生島両者のピロートークを録音して警察に提出したのが心夏だ。
戸川とできている同じ広報課の後輩女性社員に、自分と戸川の関係をほのめかし騒がせたのも心夏。
戸川の細君が気付くように、同僚だった共通の知人を介して二股かけられたと噂を流したのももちろん心夏。
では、心夏は大和田隼斗に何をしたのだろうか?
最愛の亡き夫の若返り版が欲しかった?
それとも、純粋に愛し合い、まだまだ長い人生を共に歩む相手を見つけた?
「名字が同じだと雰囲気似てくるもんなのかな?」
確かに最近、成瀬智也を知る先輩たちに隼斗はよく笑われる。
成瀬一族は町田のちょっとした地主らしい。
子供無くして智也を失った心夏は、家や地所を返せという親戚一同からの圧を感じていた。
「まだ若いんだから成瀬家に縛られる必要はないんだよ」と顔は優しく心では「未亡人は実家に帰れ」と思われているのがひしひしと伝わる。
智也からの相続財産を失わないためには、自分が40歳に到達する前に、智也の血は継いでいなくても成瀬を名乗る跡継ぎを作り、家に居座る態度を表明したかったわけだ。
若くて将来有望の男をゲットして。
が、隼斗は妻の事情や所有財産の詳細を把握しようと思ったことはない。
「僕が今こんなに幸せなんだからいいじゃないですか」
成瀬隼斗、旧姓大和田はイケメン特有の輝く笑顔を見せる。
どれだけ妻に操られているかは、知らぬが仏。
読者諸氏もご自分の人生を誰に操られているかなぞ、考えないほうが賢明だろう。
ー了ー
読んでくださりありがとうございました。