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生島・戸川の失脚とハッピーエンド?


 大和田の何とも煮え切らないドライブデートから3年後、会社には生島部長と戸川主任の姿はなかった。


 警察は成瀬智也殺害事件の再捜査を開始、何度もふたりを尋問した。

 携帯に録音された、生島の自供とも言える事件の詳細語りと、戸川が新入社員時残業中に起こした成瀬心夏(こなつ)強姦未遂を認めたことがきっかけとなり、成瀬智也、心夏、生島、戸川4名の人間関係のもつれが明るみになってきたからだ。


 ーーというのも、

 戸川は新人として会社に入った途端、2年上の心夏に恋をしたが、それは憧れの裏返しとして「捻じ伏せたい、言うことを聞かせたい」と歪んでしまっていた。

 自分は目前の仕事にあたふたしているというのに、横で華麗に英語を駆使する心夏が癇に障ったという。


 そこに止めに入ったのが成瀬智也、心夏と智也はそれをきっかけに付き合い始め瞬く間に結婚、未遂だからとして戸川を擁護し社内で丸く収めようとしたのが生島、当時の役職は課長。


 強姦未遂事件から6年たち、成瀬智也は33歳で課長となり、42歳で依然として課長だった生島は陰で「いくし万年課長」と揶揄された。

 9歳下の智也に、先に次長や部長になられることがあったら悔しくてたまらんと気が気ではない。


 戸川は戸川で、成瀬智也には弱みを握られたと感じ、心夏こなつと結婚したことも羨ましい限り、営業成績でも比較されてばかりという鬱屈を溜めていた。

 その頃、戸川が都内の顧客、成瀬が横浜方面を営業テリトリーにしていたが、大和田隼斗の入社に伴い、OJT(*)も兼ね手始めに固定客の多い都内を大和田・成瀬コンビが担当、戸川が横浜を見ることになった。


 成瀬智也が新規で獲得した横浜の顧客が離れ始め、戸川は焦った。

 成瀬さえ居なければ「元の担当の方に戻してほしい」などと言われなくなると思い詰めてしまう。

 それを酒の勢いで生島に愚痴ると、生島も、成瀬が居なければ昇進できるのにと零した。

 せめて大怪我でもしてくれたら、元気いっぱいに外回りができない身体になってくれたら、と短絡的なふたりは計画した。


 戸川が口頭で成瀬智也に、「横浜の顧客がどうしても成瀬さんに相談したいと言っていて、自分には腹を割って話してくれない。接待のセッティングをしたから自分抜きで会ってくれ」と頼み込んだ。


 智也は東京での仕事を終え横浜に移動、駅のエスカレーターで後ろから生島に、アイスピックで刺された。

 帰宅に忙しい雑踏が交錯する夜の横浜駅、身体の陰で行われたその動作の目撃者はいない。いたかもしれないが、憶えている者がいない。


 その時刻、戸川は都内で友人と飲んでおり、生島のクレジットカードで決済、一緒にいたのは生島だったとアリバイ証言。


 警察も粘ったが、ふたりは知らぬ存ぜぬ、ベッドの上での与太話など作り話で通し、残念ながら成瀬智也殺害事件は証拠不十分で立件できなかった。

 生島が使ったであろう凶器アイスピックという物的証拠が、発見できなかったのが痛い。

 横浜港の海底どこかで波に揺られ、円を描くように今も転がっていることだろう。


 生島はその後、大手ネット販売業者を通じて偽名の相手から、毎日自宅にひとつずつ、アイスピック、錐、目打ち、千枚通しなどが送りつけられるようになり、ノイローゼ及び先端恐怖症を発症、ペンも鉛筆も恐くなってしまい休職に追い込まれた。

 二度とアイスピックを持てない男は、オシャレなカクテルを出すショットバーの夢も諦めざるを得ない。


 戸川は広報課に勤務していた成瀬心夏と、同じく広報課の若い女子社員との二股不倫が発覚、細君から離婚を言い渡され、ホームレスになったとの噂。人づてに届けられた辞表は受理され依願退職の運びとなった。


 ふたりの代わりに営業部でバリバリ活躍しているのが弱冠30歳の成瀬隼斗なるせはやと課長だった。

 自宅は町田市にある瀟洒な高級住宅。

 最愛のあねさん女房はめでたくご懐妊、高年齢とはいえ経過は順調で、数か月後には可愛い女の子が生まれるらしい。


 本人に婿養子という認識はなく、隼斗は妻の姓を名乗ることに同意しただけだと思っている。

「結婚しただけで不動産の名義変更するのも鬱陶しい」とふたりで話し合った結果とのこと。


 大和田隼斗が成瀬隼斗になったいきさつを隼斗は惚気のように思い出す。


 成瀬心夏が退職し、淋しさと恋しさない交ぜになった大和田隼斗は、1年過ぎないうちに心夏にコンタクトを取った。

「やはり会いたい」と。

 あの夜景デートの日、自分は一言も振られていないことに気付いたのだ。

 溢れる涙に高層ビルの光を映していた心夏は終始自分に好意的で、ネックになるのは大和田自身の想いの深さ。


「私を本気で好きなら全てを話してあげる、話せばちゃんとわかってもらえる」と言っていたのではなかったか。

 夫と死別して独身に戻っていた彼女が誰と何度寝ようとかまわない、その当事者たちは警察に呼ばれたり休職したりでもう上司でも何でもない、ただの負け組。


 大和田は、「智也さん殺されて大変だったね。これからは僕が成瀬さんを守るよ」と自分が男の包容力を見せたら、恋しい相手の全てが手に入ると悟ったのだった。


 約束の土曜日の午後、心夏は和風洋風両方の庭を備えた邸宅とも呼べる自宅に大和田を上げ、カーテン越しの明るい光が射す広い応接間で、自分に関わった生島、戸川、ふたりの動機やいきさつを赤裸々に話した。


 大和田隼斗は心夏の正直さに心を打たれ、涙する想いびとを胸に抱きしめた。

 そのままふたりはソファの上で抱き合いもう離れないと誓ったのだった。






もう一話ありますのでよろしくです~


*:OJT=オンザジョブトレーニングの略です。新人教育に先輩が補佐について、実地に仕事を学ぶこと。

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― 新着の感想 ―
わあああ ジェットコースターだ!!! 昔のドラマみたいで気持ちいいです!!
[一言]  うきゃ~、体も武器にしちゃったんだ!  38歳、かぁ…  ちょっと高齢出産だけど、まだ大丈夫、かな?
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