生島部長と成瀬さん・デートの約束
次の噂は戸川・成瀬カプかと思いきや、なんと、生島x成瀬だった。
成瀬が指輪を外していることが再燃し、仕事の依頼なら社内メールですればいい、個人的に英語を添削してほしいなら部長のほうから出向くだろう、なぜ会議室に呼ぶ必要がある、知られてはまずい内容だったのではないか、いや、英語の添削というのからしてウソだろう、などと話は大きくなっていった。
4年前の成瀬智也の会葬時に、生島が喪主を務めた成瀬の肩を抱いていたことまで持ち出され、ふたりは就業時間内の会議室で密会したという話ができあがる。
大和田は「生島部長は戸川主任と成瀬さんの不倫を心配していた」と言いたいのをぐっと我慢していた。
思い返せば部長は一言もそんなことは言っていないし、戸川主任はへらへら笑うだけ、成瀬心夏とはあれ以来話せていない。
年上が好きか、八つも年下の自分にでもチャンスがあるのかという質問でさえ、答えをもらえていない体たらく。
健康な27歳男子の大和田は、見慣れた会議室内で、四捨五入すれば五十路の部長と三十代半ばの成瀬が演じる痴態を想像してしまう。
小さな賃貸マンションの自室で独り夜を迎えると、そのシーンで部長役を演じるのは息を荒げた自分に代わった。
そんな夜を連日続け、仕事に支障をきたし戸川に心配され、8月月初の営業会議では部長に名指しで先月の成約の少なさを詰られた。
大和田は「自分の素行はそっちのけかよ」と、無表情な部長の顔に言い返したくなる。
しかしそれさえも何の証拠もなく、自分が噂に踊らされているだけだと判っているのが辛い。
これが噂の恐ろしいところだと、大和田はうなだれた。
会議に同席していた経理部長が口を開いた。
「最近社内に恋愛関係の噂がいろいろ飛び交っていて、社内が騒然としています。会社は生きている人々が運営する共同体ですから様々な感情が渦巻いておかしくない。ですが冷静に考えればくだらないと判る筈です。軽率に噂を吹聴しないようにしましょう」
経理部長の淡々としたコメントを聞きながら、大和田の気持ちは決まっていった。
自分が噂に左右されるのは、成瀬心夏の心の在り処がわからなくて、自分の立ち位置が決まらないから。
本人に気持ちを告げて決着をつけるしかない。
大和田は失恋しても数日顔を合わせなくていいように、お盆休み直前に「話があります」と成瀬を呼び出すことにした。
夜景の綺麗なレストランを予約した大和田だったが、成瀬は翌朝帰省するから早く家に帰りたい、話があるなら町田へ来てくれと言う。
「夜景だったら近くに穴場があるのよ、三ツ目山西公園って言うんだけど。大和田君が一度家に帰って車とってきてくれるとして、どこかで拾ってくれたりする? 町田天満宮まで来てくれると嬉しいんだけど」
「天満宮? 神社ですか、人気なくて危なくないですか?」
「そんなに遅くなる?」
「シャワー浴びてたりしたら8時近くなってしまうかも……」
夕食は運転中にコンビニおにぎりでもかぶりつくとしても。
「7時半にして。お腹すくわよね、簡単なものでいいならお弁当作るから夜景見ながら食べましょ」
成瀬はあっけらかんとしていて告白されると予想しているようではなさそうだが、手料理を食べられるのは嬉しいかもしれないと、大和田は緊張と期待にアップダウンしながらが当日を待った。