第99話、桃太郎、東の海へ
魔法の鏡が割れたのは故意である、という説をサルが力説した。
太郎が自分の前世を調べて、どうやらよくない情報が出たから、他の誰かがその事実を知る前に、口封じに鏡を破壊した、と。
馬鹿らしい。前世がどうあれ、今の太郎は太郎だろうに。
『本当にそう言えますか?』
サルは目を光らせた。
『このニューテイルにいる面々、ほぼ全てが前世の要素を保持しています。貴女は桃太郎、カグヤ様は、かぐや姫。お鶴様は鶴。イッヌは異世界のフェンリル。ワタシも、その記憶は、前世で蟹に頭部死球を当てて殺してしまった猿です』
「……なんで、自分のところだけ、現代知識入った例を出すの?」
『貴女が言ったんですよ、モモ』
「そうか?」
覚えてねえがな。
『それでも、前世が無関係と言えますか?』
周りが前世持ちしかいなかったから、自分も前世があるかもしれないから調べる――まあガキである太郎なら、そう考えてもおかしくないか。
「しかし、鏡を破壊するほど気に入らない事実って何だ?」
『さあ、ワタシはそこのところは知りませんから。太郎坊ちゃんの前世がわかれば、別なのでしょうが』
「もう鏡はないぞ。調べようがない」
『本人から聞くのは駄目でしょうか?』
「口封じ目的で鏡を破壊したって説を取るなら、話すわけねえだろ」
話していい内容なら、鏡を壊す意味がないってことだしな。
『どうするのが最善でしょうか?』
「もうその話はしないことだ」
オレはきっぱりと言った。
「前世は前世。今は今。今の可愛い太郎のまま育ってくれるなら、前世が何だろうと関係ない話だ」
つーか、そもそも太郎の前世があって、人には言えない悪党かどうかなんて、推測だし、証拠もねえ。はっきりしないことでうだうだ言うもんじゃねえぜ。
……とは言ったものの、こういうのは気にしてしまうと、好奇心が疼いてしまうよな。
幻想塔の45階だっけか。それぞれ見え方が異なるってあれ。モンスターやら物やら風景が、それぞれ違ったそれは、たぶんに前世の心象心理も影響してそうだったが、太郎はそこで、地獄とは言わねえけど、それっぽい凄惨な場面を見ているんだよな。
「まあ、今さらどうしたって、もう鏡はないんだ。調べようがねえよ」
・ ・ ・
魔法の鏡の件はともかく、オレたちを乗せたスキーズブラズニルは、東の海へと飛んだ。山や谷を越えて、徒歩旅なら果たしてどれだけかかるかわかったものじゃない道中を、数日で進んだ。
ちなみに、雰囲気はちょっと暗い。太郎は、鏡を壊したことを引きずっているように肩を落としていた。それを誰かに相談している様子はない。カグヤは変わらずだが、お鶴さんは、何かと太郎を注目しているのがオレの目に止まった。
太郎を心配しているのか、あるいは何かを知っているのか……。サル曰く、お鶴さんも、太郎の前世を気にしていた口だ。実はもう前世について知っていたりして。
途中、海辺の町に立ち寄り、情報収集。目的地――オオウミリクガメの生息する島の位置と情報を収集した。
「そりゃあ、シラマウ島だな」
漁師が、そう教えてくれた。
「気をつけろよ。島もそうだが、その周りにいる動物は、みんなそこらの奴らより体がデカい。不用意に近づくとバクリ、とやられるぞ」
「島行きの船はあるのかい?」
尋ねると、その漁師は首を横に振った。
「数日はかかる距離だ。漁師は近づかないが、時々、学術調査って体で調査船が出ているよ。詳しい話は、冒険者ギルドの方で聞いてくるといいよ」
「あんがとよ」
冒険者ギルドね。そりゃ、こっちの得意分野だな。
ということで冒険者ギルドに行き、スタッフから話を聞く。冒険者ギルドのほうで冒険快速船を保有していて、海や島に関する依頼とそれに見合う金額を払えば、その船に乗って移動することができるそうだ。
ま、こっちはシラマウ島の位置さえわかればいいんだ。船はあるからさ。そう言ったら地図を売ってると返されたから、それを購入した。
「お仕事なんですか?」
「ん? まあそう」
オレらが特Aランク冒険者のニューテイルだと知って、ギルドスタッフが便宜を図ってくれる。実のところ、初回でこちらに仕事をしたことがない冒険者には普通に地図を売ったりはしないそうだ。上げててよかった冒険者ランク。
「何か、素材がありましたら、ぜひ当ギルドへ」
シラマウ島にいる魔獣とか海獣討伐と思ったらしいギルドスタッフはそう言った。一般人はいないという魔獣の楽園らしい。
場所がわかったところで、オレたちは町を出て、飛空船に戻り、いざ海へ。
「青いなぁ」
世界は違えど、海は海。風が吹き、雲が流れていく。
「よく知らないが異世界の海には、異世界の海の化け物がいるんだろうねぇ……」
「そういうの、フラグっていうんじゃなかったっけ?」
カグヤが甲板に出てきた。
「私たち、その海に潜ることになるんだけれど?」
「そうだった。で、オオウミリクガメだっけ? 全長で5メートルくらいある大亀らしいけど、そいつを見つけたらどうすればいいんだ?」
海の底の竜宮神殿とやらに行けるらしいが、浦島太郎じゃないんだ。まさか言葉が通じて、『乗ってけ』とか言うわけじゃないだろう。……マジで喋ったりする?
「意思疎通はできるらしいわよ」
さらっとカグヤは言った。
「サルは通訳できるらしいし、太郎ちゃんも動物の言葉がわかるから、話せばわかるらしいわ」
「本当か?」
「鏡が言ってたから間違いないでしょ」
ああ、そう。オレが魔法の鏡に頼り切りはよくないって言う前、つまり最初に探し物の説明をざっくり聞いた後、カグヤはその時に詳細を聞き出していたらしい。……今となっちゃ、その鏡がないから、グッジョブだよな。
普通なら海を行くところを、飛行して移動しているため、半日くらいで、目的のシラマウ島が見えてきた。
「直に日が暮れるな……」
水平線に沈む太陽、赤と紫がせめぎ合う美麗なコントラストが美しい。
「どうするよ。上陸は明日にして、今夜は空中で待機するか?」
「そうね。魔獣の楽園って話だものね。夜はどうせキャンプするしかないんだし、安全な空の上のほうがいいかも」
カグヤが頷いた。
ということで、今夜はスキーズブラズニルで一晩過ごす。デカい魔獣の島か。目的は亀だけど、他にもその姿を見かけるかな?




