第98話、桃太郎、サルの推理を聞く
スキーズブラズニルに乗って、ガーラシアの町へ向かった。
特に期限を設けていなかったが、火鼠の裘の進捗を、ゴールド・ボーイことオウロに確認するためだ。
聞けたらラッキーな感じだ。こっちも蓬莱の山絡みで、どれくらいガーラシアに戻れないかわからないからな。
冒険者ギルドに行ったら、ゴールド・ボーイと相棒のク・マがいた。
「ドワーフの職人に依頼はしてきた」
真面目なゴールド・ボーイは簡潔に報告した。
「一週間で仕上げるという話だった。あと、五日くらいか」
「そうか。ありがとうな。ちなみに予算のほうは足りたか?」
「……あー、まあな」
ゴールド・ボーイの視線が泳いだ。こりゃ想定よりお高かったか? ク・マを見たら、こいつもすっと素知らぬ顔を決め込んだ。……ゴールド・ボーイに口止めされてるな、たぶん。
「いくら足りなかった? 迷惑をかけたな。不足分は報酬と別に出すからさ」
「いや、足りないとは――」
「そうか? じゃ、ボーナスってことで受け取っておけ」
いくら欲しい? とク・マを見れば――
「金貨20枚」
やっぱ、レア素材だからお高いのね。追加分として金貨20枚をポンと出して、オレは席を立つ。
「モモ!」
「オレら、ちょっと遠出するから、職人から品を受け取ったら、しばらく預かってくれ。んじゃ、よろしくー」
手をヒラヒラ振って、オレはギルドを後にした。
さて、次は東の海だ。船に戻ると、甲板を掃除していたサルを目が合った。
『お帰りなさい』
「おう。……何をやってるんだ?」
『見ての通り、掃除です』
「……この船、掃除しなくても綺麗なままだろ」
ドヴェルクの傑作、神様の船だ。わざわざ掃除しなくてもいいのは知ってるだろう?
すると、サルはキョロキョロと周りを見回した。まるで他に誰もいないのを確認するような動作だが……お前、スキャン使えば一発だろ。
『船内の空気がよどんでいます』
「換気の話か?」
『いえ、正確には太郎坊ちゃんのことです』
メカニカルゴーレムが瞬きするように目をチカチカさせた。
『ずっと元気がありません』
「……それは鏡を割ってからか?」
『はい』
なるほど。
「魔法の鏡っていうレアアイテムを壊してしまって、ショックを受けているんだろう。オレたちは気にしていないって」
事実、誰も鏡を割ったことを責めてないはずだ。見た目の割に大人びているけど、何だかんだあいつ生後半年。様々なことが初めての経験。落ち込んだりショックを受けたりなんて、当たり前のことだ。それが成長するってこった。
『そもそもの話をしていいですか?』
「聞いてやる」
『太郎坊ちゃんは、何故、魔法の鏡を割ったのでしょうか?』
「わざと壊したっていうのか?」
サルの言い方に、ちょっとイラっときたぞ。
『そうではありません。しかし、考えてみてください。魔法の鏡は、この船の休憩室の壁にかけられていた。……それに触れる必要がありますか?』
「……つまり?」
『ただ質問をするだけなら、鏡に触れる必要はありません。でも太郎坊ちゃんは、鏡に触れた。あるいはどこかへ移動させようとした――」
……確かに。故意に破壊したのでなければ、移動させようとして手が滑って落としたとかって話になるわな。部屋に持ち帰るとか、壁かけの位置を変えようとか、それで触れたとか――いや、もっとシンプルに。
「掃除しようとしたとか?」
『この船は、掃除しなくても綺麗なままと言ったのは貴女ですよ、モモ』
「そうだった」
こりゃ一本取られたぜ。それはそれとして。
「つまり、太郎は、何らかの理由で魔法の鏡を移動させようとした。で、落としてしまったと」
鏡って案外もろいからな。
『故意に叩き壊したのでなければ、そうなります』
お前、いちいち故意破壊説ちらつかせるのなに?
『仮説を立てました』
「別に聞いてねえぞ」
『なら、この説はワタシの胸に秘めておきます』
「ここまで引っ張って、黙りはよくないぞ」
『では言います。よろしいですね?』
わざわざ確認するって、結構やばい内容だったりする? オレは頷きで応えた。
『実は、太郎坊ちゃんは、自分の前世についてかなり気にしている様子でした』
前世? ああ、太郎本人は覚えていない、思い出せないみたいなヤツな。生後、半年で体が6歳くらいに成長して、その知識も十代くらいになっちゃっているのは、前世の記憶があるから、って説があったな。
そもそもデカ桃の中の赤ん坊って、昔話の桃太郎展開で流されてきた奴だからな。元祖桃太郎であるオレが言うのもなんだけど、アイツは普通じゃない。
『そしてそれを気にしているのは、太郎坊ちゃんだけではなかった。お鶴様も、坊ちゃんの前世を気にしていました』
まあ、気になるって言えば、気になるわな。でもそれ、他人のプライベートじゃん。本人が開陳したならともかく、人が調べようっていうのはよくない。
「お鶴さんはともかく、太郎が前世を気にしていた。本人だからな、そうかもしれねえな。で、それが何だ?」
『わからないんですか?』
無表情、そもそも顔のパーツがほぼ目しかないサルが、一歩引いたような動作を見せた。むかつくわー。
「太郎が自分の前世を気にして、鏡に聞いた。……お前はそう言いたいんだな?」
『その通りです。……わかっているじゃありませんか』
「それだとして、何で鏡は割れたんだ?」
鏡に問うだけなら、移動させる必要はないだろ。
『そこで故意破壊説が出てくるわけです』
表情ないくせに、ドヤっている気がするサル。
『前世を知った太郎坊ちゃんは、おそらく我々にとって好ましくない事実に接してしまった。それを隠すため、自分の前世を探ることが可能な鏡を破壊した……というのを考えました』
「……聞くことが、プライベート過ぎるから自分の部屋に持ち込んで、周りの人間に聞こえないように配慮したとかじゃね? それかオレが安易に魔法の鏡に頼るなって言ったからとか?」
まだ故意に壊したって認めたくないオレがいた。証拠もないのに決めつけるのは、好きじゃねえんだよな。




