第97話、桃太郎、蓬莱の山への手順を聞く
すべてがそうとは言わないが、幻想塔は不思議なダンジョンだった。世界には、まだまだ未知のものがあるってことだろう。
人が嫌いってわけじゃねえけど、こういう秘境巡りも悪くないもんだ。ちょっとした旅行の延長……って言うほど安全なもんじゃねえけど、そこそこ腕に自信があるなら、そういう気分にもなる。
スキーズブラズニルに乗って、ガーラシア方面へ向かうオレたちニューテイル。
カグヤは上機嫌で呪いを解くための儀式をやっていた。燕の産んだ子安貝で呪いの一つを解除。火鼠の裘はゴールド・ボーイに依頼しているので、時間の問題。目下の難題は、最後の一つ『蓬萊の玉の枝』だ。
これが中々面倒そうなんだよな……。
以前、魔法の鏡に聞いた話だと、蓬莱の山にあるんだそうだ。……この世界にも蓬莱の山があるんだな、ってのはさておいて、東の海、その海の底にある仙境あるいは異界なんだそうだ。
海の底って普通じゃ行けないような場所だけど、やっぱり何か特殊な方法がいるんだそうな。
「で、海の底の蓬莱の山に行く方法なんだけど――」
オレがカグヤに尋ねれば、彼女は答えた。
「色々あるらしいけど、人間が生きて実際に行ける方法となると、途端に少なくなるらしいわよ」
「というと?」
「そもそも仙人になるような人しか行けない場所だからね」
凡人はお呼びじゃないってことね。そりゃ海の底に行けるような奴が、普通の人間のわけがないんだよな。
「潜水艦でも作れってか?」
「センスイ……何?」
「海を潜る船」
前世の現代人知識は、当然カグヤは知らない。ま、オレだって潜水艦とか潜水艇って存在は知っていても、どういう構造しているかなんて知らねえけど。
「船というものは浮くものよ。沈んだら船とは言えないわ」
「普通の形の船ならな」
船は浮かばなければ意味がない――潜水する船のことを知らなければそうなるわな。沈んだらおしまい。沈むだけなら船でなくてもできる。問題は、沈んだ後浮き上がれるかどうかってことなんだろう。
「で、潜水艦の話はどうでもいいんだ。蓬莱の山への行き方は聞いているんだろ?」
最初聞いた時は、長くなりそうって後回しにして、結局オレらは聞かなかったから、後でカグヤが個人的に確認した……と、オレは解釈していたんだが。
「ええ、一応ね。亀に乗るらしいわよ」
「亀?」
一瞬、海の中を泳ぐ海亀を想像した。そしてすぐに、海の底と連想して、例の昔話が浮かんだ。
「浦島太郎みたいだな。助けた亀に乗って竜宮城へ、ってか」
あの有名かつ、何でそうなったか解釈に困る昔話『浦島太郎』。
「ウラシマ太郎が誰かは知らないけど、竜宮を知っているの、桃ちゃん?」
「昔話でな。前世でそういうのがあったってな。……おい、まさか」
「こっちの世界にも竜宮っていう海底都市があるそうよ。そこは異界とも繋がっていて、蓬莱の山へ行けるそうよ」
へえ、竜宮城があって、そこに行けば目的の蓬莱にも行ける、と……。
昔から奇妙な話だと思っていたんだよな、浦島太郎。
なんで亀に乗って海の底へ行けるのか。息継ぎは? 竜宮城で、タイやヒラメが踊ってって、そんな環境で呼吸はどうしたとか、まあ大人びたい子供がこぞってツッコミを入れる世界だった。
まさにファンタジーな世界だなぁ、と思う。呼吸の問題を解決した場所って、仕組みはわからんけど、あってもいいだろな、大らかさで受け入れられる大人なオレ。
でも、確認はするぞ。亀に乗って、海の底に行くまでに死にましたは、洒落にならん。息継ぎはもちろん、水圧の問題もある。
「その亀ってのは、やっぱり特殊な生き物なん?」
ただの亀ではないだろう。亀に乗ったくらいで水の中が平気って言うなら、もっと常識として広く知れ渡っているはずだ。そういう話を1ミリも聞いたことがないから、やっぱり普通の亀じゃないんだろう。
そもそも、魔法の鏡さんは、蓬莱の山へは特殊な方法で行くって話だったし。
「シラマウ島というところに生息しているオオウミリクガメって亀らしいわ。大きいらしいんだけど、それに乗ることができれば、海の底の竜宮神殿に行けるって話」
「海なのか陸なのか、はっきりしろ」
漢字で書いたら、大海陸亀か? 一応、陸亀になるんだろうか。
「それで、亀に乗ればオレたち陸上の生き物も海の底まで行けるってわけか。大丈夫なんだろうな? 死体にならなきゃ着かないとかじゃねえよな?」
「……それはないんじゃない」
カグヤは目を逸らした。あ、これ確認していないやつだ。
「ま、まあ、環境適応魔法があるし、いざって時も大丈夫よ」
自分の周りを強制的に生存可能領域で包むという環境適応魔法。カグヤがそう言うなら、そうなんだろうけどさ。
ガシャン、と何かが割れる音がした。船内からだ。
「今の聞こえたよな?」
「何が?」
カグヤはその音に気づかなかったらしい。イッヌが下で吠えてるぞ。
「何かあったっぽいぞ!」
「ちょ、待ってよ、桃ちゃん!」
オレは甲板から船内へ降りた。イッヌの声がする方だろうと当たりをつける。
「何があった!?」
駆け込めば、ガラス片を集めているお鶴さんと、棒立ちしている太郎。そしてイッヌがいた。
ガラス……? いや、それはガラスではなかった。鏡だ。魔法の鏡――!?
「あ、桃ちゃんさん。太郎クンが、魔法の鏡を割ってしまったんですよ……」
「ええっ!?」
素っ頓狂な声をあげたのは、追いついたカグヤだった。鏡を割った太郎は棒立ちしている。どうしたらいいかわからないって態度だ。子供にはよくあることだ。しかしやらかしてしまった自覚はあるのか、顔面は蒼白だった。
「ご、ごめんなさい。……僕――」
すっかり動揺してしまっている太郎。魔法の鏡は、オレたちの旅にヒントや答えをくれる重要アイテムだったから、それを落として壊してしまったショックがデカいんだろう。あるいは、大人たちから怒られると身構えているのかもしれない。
「お前は怪我はないか、太郎?」
「う、うん……僕は大丈夫」
「そうか」
怪我がないのは何よりだ。魔法の鏡は完全に壊れてしまったけど、オレ個人としちゃあ惜しくはあるが、同時にこれ以上頼りきりにならなくなるって思うと、どこかホッとしちまった。
そりゃあ、あったほうが便利ではあるんだけどさ。そこが惜しいと思うポイントだ。




