第96話、桃太郎、幻術フロアを行く
どうやら、オレたちは全員、見ているものが違うらしい。
それぞれのコメントが微妙におかしいから、決定的な違いを見るにつけ、とりあえずすり合わせを行った。
オレが見たのは、手っ取り早くいえば地獄みたいなところだ。大鬼どもが暴れまわって、廃墟になった村のような有様が近いがな。
太郎が見たのは、どこぞの都らしく、野垂れ死んでいる人々がそこら中に転がっているんだと。同じものを見ているかと思ったが、案外違ったな。まあ、地獄みたいなのは変わらない。
カグヤが見ていたのは、月面の風景なんだそうだ。さすが月面人。さぞ殺風景な岩と砂の世界なんだろうな。
お鶴さんは、雪がたっぷり積もった冬の景色だそうだ。見るからに寒そうなのに、寒くないというのがお鶴さんの弁。
サルは、どこぞの遺跡という、わかるようでわからないやつ。
イッヌは、紫色の世界――冥界のような場所を見ていると、太郎とサルが通訳した。
「この階層は、人によって見えるものが違うらしい」
オレが、転がっている頭蓋骨を指さす。これは何に見えますか?
「人の死体……」
太郎は目を逸らした。カグヤは――
「月の石ころ」
お鶴さん――
「雪の盛り上がり、ですかね」
「サルは?」
『切り出された石材ですね』
「イッヌ?」
通訳によると、頭蓋骨だそうだ。……オレと同じだったな。
「……凄いな。見ているものが違うなんて」
「たぶん、幻術なんでしょうね」
カグヤが腕を組んだ。
「本来の姿は、別のものなんでしょうけど、私たちは個々に自分の心象に訴えかける何かに置き換わっているみたい」
「じゃあ、これも」
俺はその頭蓋骨を持った。
「人によっては、全然違う風に見えているってことだ」
太郎はあからさまに目を逸らしたが、カグヤとお鶴さん、そしてサルは無反応だった。岩や雪に見えていれば、そりゃそうなるわな。
しかし、イッヌは冥界に妹がいるから頭蓋骨くらいでどうこうしないが、太郎がね……。お前、前世のことを覚えていないって話だけど、この世界での人生の短さを考えると、ちょっと見ているものがアレじゃね……?
前世、オレみたいに戦場にいたか、死屍累々な村とか見ているんだろうなって思う。……それはそれとして。
「何とも、幻想塔って名前らしくなってきたな」
これでまだ半分前なんだろう? さらに奥はどうなっているのさ?
「とりあえず、今回は目当てのものを手に入れているから、帰る一択だ。いいな?」
事前情報で入手した45階層の手書きマップを広げながら確認する。
「異議なし!」
カグヤが手を挙げて、お鶴さんと太郎は首肯した。
「その地図使える?」
「見た目が変わっているだけで、行き方は特に変わってないだろ。……まあ、盗賊冒険者たちが嘘を教えたってんなら話は別だが、ここまでは合っていたしな」
地図を確認して、いざ出発。
・ ・ ・
俺の心象風景が地獄とか、どういうことだよ。
これ明らかに、前世ではなく前々世だろう。鬼退治に明け暮れた頃の、殺伐した世界の。
どうせ見せるなら、前世の……うーん。どうだろうな、人のいなくなった近代の町並みにでもなるんだろうか。
考えたところで、現実には地獄だからしょうがない。
出てくるのは、スケルトンってか? オーソドックスな人型に、狼っぽい四足型、オーガ型、全部骨だな。
これらは動きは単純で、まあオレの相手じゃないがな。
「ちなみに、お前たちにはこいつらどう見えてる?」
「ストーンゴーレムね」
カグヤ曰く、月の岩で出来た人型、獣型、大型のゴーレムらしい。
「わたしは雪だるまと、キツネ型モンスターに見えます」
お鶴さんは、スノーゴーレム系と、キツネ型。ゴーレムじゃない奴も見えるらしい。
「太郎は?」
「敢えて言えば、ゾンビ系かな……」
サルには、カグヤとは違う型だがストーンゴーレム、イッヌは太郎とは別の冥府を彷徨っているタイプのゾンビに見えるらしい。
「これ、本当はどんな姿をしているんだろうな?」
皆違うものを見ていると、実際どんな姿をしているのか気になるな。そう言ったら、お鶴さんが提案する。
「じゃあ、倒した後の素材、収納カバンに入れて持ち帰ります?」
ダンジョンの外に出たら、幻術が解けて、実際は何だったのかわかる――かもしれない。ダンジョン出ても、それぞれの目で変わらなかったら、それはそれ。
「いいかもね」
カグヤは、いいんじゃない、って顔。太郎は終始、嫌な顔をしている。
そりゃストーンゴーレムや雪だるまに見えているカグヤとお鶴さんはともかく、ゾンビに見えている太郎は、持って帰るとか嫌だと思うのも無理もない。カグヤやお鶴さんだって、ソンビだったら、絶対持って帰るとは言わなかっただろうし。
オレには、骸骨ではあるが……倒して動かなくなったやつは別になあ。殺伐に慣れてしまって、耐性できてるかもな。
「まあ、これもダンジョンの謎解析ということで、頼むわ」
魔道具の収納ならお鶴さん。収納魔法ならカグヤだ。オレたちは持ってかないよー。
45階層には、ボスとまでは言わないが大物モンスターが、次の階層へ行く魔法陣の前に陣取っているって話だった。
だが、オレたちは転移部屋に行くから、その大物モンスターとやらとは戦わない。立ちふさがる雑魚スケルトンを吹っ飛ばし、やがて転移部屋に付いた。
「……部屋?」
枯れ木が取り囲む庭みたいに、オレには見えた。が、サルやカグヤには岩の祠のよう、と言い、お鶴さんは古い小屋のように見えるそうだ。
最後まで見え方が違った不思議な階だったな。オレたちは魔法陣に入り、幻想塔ダンジョンから脱出した。




