第93話、桃太郎と大燕退治
本来なら登らなくてもいいルートに行って、絶壁にある大燕というモンスターの巣に乗り込む。
……ちょっと考えても、頭おかしい。
断崖絶壁を登るってだけで、すでに困難な状況。そして巣に近づいたとして、大燕――巨大な燕によく似た飛行モンスターに襲われるときたもんだ。
「まあ、幸いなのは、ここにいるのはダンジョンモンスターの大燕であって、倒してもそのうちダンジョンから湧いて出てくるってことだ」
つまりはこの崖にいるモンスターを全滅させたとしても、放っておけば勝手にまた現れる。生き物としては紛い物であるから、遠慮はいらないということだ。
「とは言っても――」
カグヤが唸った。
「さすがに巣まで高すぎるわね。落ちたら下は海。叩きつけられて死ぬわ」
高所から落ちると、水面でもコンクリート並みの衝撃が来るっていうのは前世の知識。大怪我で済めば奇跡、普通は命はないだろう。
「どうします?」
お鶴さんが絶壁を見上げた。
「この崖を自力で、なんて、わたしは無理ですよ」
「私も」
カグヤは眉間にしわを寄せた。
「魔法で浮かぶって手もあるけれど、大燕の餌食になるのがオチね」
四足のイッヌでも足場がないので無理。メカニカルゴーレムのサルも、空を飛べる機構はないから無理。……どうだろう? 手足を引っかけて壁を登れたりするんだろうか?
『無理ですね』
何も言っていないのにサルが否定した。
『おそらく重量で、手足を引っ掛けても崩れてしまうでしょう』
ゴーレムな表情は変わらないが、真面目そのものの調子で言った。
『崖も、思いの外、脆そうです。人間でも重量を抱えれば、どこかで落下は確実でしょう』
機械がそう計測するんなら、そうなんだろう。
馬鹿正直に崖登りは、新手の自殺と同じってことで、手を変えよう。
「シンプルに考えようぜ。これだけ大きいんだ。スキーズブラズニルで近くまで乗っていくってのはどうよ?」
折り畳むが可能な神の帆船、スキーズブラズニル。この空を飛ぶ船ならば、崖登りなどしなくても巣まで一直線。
カグヤがコクリと頷いた。
「それが無難ね。そうなると、やっぱり大燕よね」
「全力で迎撃するしかないですよね」
お鶴さんが弓矢を手にした。大燕は見たところ全長、2、3メートル。翼を広げたらその3倍くらいはあるだろう。そんなのが大挙押し寄せたら、帆船とて無傷とはいかないだろうな。
「事前に攻撃魔法で散らして、あるいは全滅させるくらいやってから、近づくべきだな」
俺も弓を用意する。基本はカグヤと太郎の魔法で、極力大燕を落として、その後に全員で残りを掃討って感じだ。
「行けるか、太郎? 何なら休んでから仕掛けてもいいぞ」
ここに来るまで、そこそこ魔法を使っているからな。別に子安貝は逃げないから、今日はダンジョンで一泊して、回復してから仕切り直すって手もある。
「ううん、大丈夫だよ」
太郎は少しも迷わず即答した。
自分の限界をわかっているのなら頼もしいが、子供ゆえの無茶、背伸びだったら困る。周りに迷惑をかけないように、とか、戦場では心意気こそ買うが、それで本来の能力を発揮できずに足を引っ張るのは勘弁だ。
ただ、太郎のそれは、言葉通りできるという自信に裏付けされているようで、揺るがない。さらに魔力切れとか消耗の兆候もなく、健全そのもの。……本当、こういうところ子供っぽくないんだよな。可愛くないねぇ。
頼もしいんだけどね。それを面と向かって言うのは、何だか小っ恥ずかしいから黙っているけど。
「それじゃ、仕掛けるぜ!」
いざ、折り畳まれたスキーズブラズニルを出して、こいつに乗り込もう。
・ ・ ・
崖から距離を取り、巣のある高さまで上昇を試みる。
距離を取ったのは、大燕退治のためだ。空中機動する大燕は、巨体をもってしても素早く、迂闊に崖に近づいていけば有効な反撃を行使する余裕がなくなる。
警戒しつつスキーズブラズニルは高度を上げるが、大燕側も当然、こちらが見えている。ふらっと崖を飛び出し、突っ込んでくるのが一羽。オレは弓を構えた。
「一つ落としたら、まとめて飛んでくるぞ。備えろ」
太郎やカグヤに告げつつ、矢を番えた。――けっ、燕って顔じゃねえな。
次の瞬間、飛び込んでくる大燕を狙撃した。強弓からの一矢は、大燕を貫通し、墜落させた。
まるでそれが合図だったように、絶壁から大燕がバッと飛び立った。その数、十数羽。
「太郎ちゃん、やるわよ! 落雷ッ!」
「はい!」
二人は、無数の雷を放った。向かってきた大半が、雷に打たれ、その半身をもぎ取られた。わずかに遅れて轟いた雷鳴が、難を逃れた大燕を怯ませる。
「お鶴さん!」
オレ、そしてお鶴さんは、弓矢で怯んで速度を落とした大燕を射った。イッヌもファイアブレスを放って、飛び込んできた大燕を丸焼きにする。
舵を担当していたサルも、片手に人の頭ほどの岩を掴むと、それで投石を仕掛けた。これがまたよく当たる。狙い澄ましたように、大燕の頭に当たる岩。食らってそのまま大燕は真っ逆さまだ。
一丸となって迎撃したおかげで、大燕の突撃を肉薄までに押さえて、撃退した。
「……もういないか?」
イッヌとお鶴さんが、スキーズブラズニルの縁から下も含めて、敵はいないか頭を巡らせている。見たところ、いなさそうだ。
船が緩やかに、絶壁の上の方にある巣の高さへ登っていく。……いくのだが。
「何だありゃ……?」
巣の真下に丸い大きなものがぶら下がっている。なんとなく、先ほどからチラチラ見え始めていたんだけど、最初は錯覚かなとも思っていた。
「変なものがあるのね、何かしら……?」
「あれは……カボチャだな」
前世で見たことあるし、食ったこともある。しかし――
「何だあの巨大カボチャは……?」
「カボチャって何?」
太郎が聞いてきた。何って……。
「野菜だよ。皮は固くて、中は黄色い――だけど」
あんなでかいの、見たことないぜ。
近づいてみれば、巣も大燕のサイズからして大きいのはわかる。が、その下にくっついているカボチャもまた、巣ほどではないが巨大だ。
何で、あんなところにカボチャが?




