第9話、桃太郎、ギルドで大暴れ?
冒険者証、ゲット! これでオレも冒険者だーっ! ……なんてな。まだ身分証としてのそれであり、なーんの実績もねえけど。
フードを被ったカグヤは言った。
「登録済んだから、今日のところはさっさと出まし――」
「おおっと、ネエちゃん。冒険者登録おめでとう」
野太い声が降りかかった。振り返れば、いかにも筋肉な冒険者が立っていた。
「おっほ、いい乳。よう、ネエちゃん。登録済んだんなら、向こうで酒飲まねぇか? 先輩冒険者であるおれたちが、何でも教えてやるぜ。ゲヘヘ……」
あー、やだやだ、性欲丸出しって感じ。おれたち、言った? 見れば男の後ろに仲間らしきガラの悪そうな奴が三人。こいつら同じパーティーか?
「悪いけどよ、オレも忙しいんだ。女探しているんなら、余所で探しなよ」
「ああ? このおれの誘いを断るってのか?」
「そう言ってんだろ? 聞こえなかったのか?」
デカブツがよ――と、そこは黙っておく。登録早々、騒ぎも面倒だしな。
「なんだと、でけぇ乳した女がよ。登録したからってイキがるんじゃねえぞ。おめぇ見てぇなガキは、魔物にやられて惨めに泣き喚くんだぜ」
「その前に、お前らがヤルってか? 上等だよ、先輩さんよぉ」
「あ、ちょっとここで争いは――」
受付嬢が控えめに口を挟むが、大男はギロリと睨みつけた。
「黙ってろ、冒険者同士の問題だ」
「はいぃ……」
弱い! ギルド受付嬢さん、弱っ。だが、こういうところで冒険者が凄んで済んでしまうのは、あんまりよくねえな。まあいいや。
「気が変わった。先輩さんよ、ちょっと付き合ってやっからよ、場所変えようや」
「おう。言うことを聞くようになったか、それでいいんだ」
「ばーか、誰が言うこと聞くかよ。勝負だ、勝負。オレに勝ったら、乳でも揉ませてやるよ。ただ負けたら、あんたの持ってる装備を何かくれ」
「ほほぅ、おれ様と勝負ってか? 登録したばかりの素人が? がっはっはっ!」
周りの冒険者たちもドッと笑いやがった。連れだけでなく、何か起きたと見守っていた奴らも。
「馬鹿め。このおれ様に勝てるわけがねえだろ。だが、口に出したからには、もう引っ込みはつかねえ。おめえはおれ様に乳を揉ませて、ベッドで一晩コースだ」
「おお、上等だ。ベッドで一晩を報酬に追加なら、お前もいいもん出せよ」
オレが啖呵を切れば、周りの野郎どもが歓声を上げた。そこで別のギルドスタッフがやってきた。
「いや、さすがにギルド内で冒険者同士が戦うのは禁止なので――」
「安心しな。勝負は、腕倒しだ」
いわゆる、アームレスリングってやつだ。それなら喧嘩とか決闘じゃなくて、お遊戯で済むだろう? まあ、この先輩野郎が、どうしても戦いたいって言うなら、お外で乱闘だがな。
「腕倒し? おめぇが? ガハハッ。いいぜ、おめぇのそんな細腕で、おれ様を倒せるかよ。ようし、やろうやろう。泣きベソかかせてやるぜ!」
「こいてろ」
腕倒しに乗ってきた。酒を飲んでいた冒険者たちも、いい見世物ができたとばかりに盛り上がりはじめ、ギャラリーも増えていく。
「ルールは、己の力のみ。魔法や何かの道具を使うのもなし。後、仲間やギャラリーが手助けしたり、紛らわしいことをするのもなしだ。いいな?」
「おう。いいかおめえら、手ぇ出すんじゃねえぞ!」
出すかよ――周りの冒険者たちが鼻をならす。丸太のような腕の大男と、見た目普通の女であるオレ。どっちが勝つかと聞かれたら、十中八九、大男のほうだろう。
机が用意され、オレと大男が机を挟んで構える。
「オレは桃だ。あんたは、先輩?」
「おれ様はドルダンだ。へへ、腕がへし折れても知らねえからな」
「ドルダン。あんたが勝ったら、オレとベッドインでいいんだな? オレが勝ったら、あんたが背中に背負っていた大剣か、それ相当の金をもらうぜ」
「やってみろ!」
「やらいでか!」
おい、誰か審判やれ、と声をかければ、面白がっていた冒険者の一人が審判役を勝って出た。オレはドルダンと腕を握る。へへ、と奴が勝負前に己の握力自慢で握りこんできやがった。……残念、その程度で悲鳴を上げるほど柔じゃねえぞ、オレは。
ちょっと握り返したら、ドルダンの目が据わった。軽く捻られる、なんて考えてると瞬殺だぞ、この野郎。
「レディ……ゴゥ!」
審判が手を挙げ、開始の合図。双方動かない。周りから野次が飛ぶ。
「おーい、ドルダン遊んでんのか?」
「ハハハ」
周りはまだドルダンの圧勝と思っているのだろう。そのドルダンの表情がみるみる本気のそれになっていく。
「演技なんてしてなくていいから、さっさと倒しちまえよ」
そうだな、倒しちまおう。そらよ――
バン、と、俺はドルダンの手の甲を机に叩きつけた。一瞬、場がしんとなった。予想外の展開に、まだ思考が追いついていないのだろう。
「おい、審判」
「ハッ!? し、勝者、ええと……」
「桃だ」
「モモーっ!」
『『『『おおーっ!!!!』』』』
フロアのギャラリーたちが、どよめいた。半分は驚き、半分は予想外の番狂わせのせいか。オレは人差し指を天に突き立てた。
「一番っ、だ! こんにゃろーっ!」
あ、兄貴ぃ――ドルダンの取り巻きらが、ぶっ倒れて呆然としている彼に呼びかける。
「負け、た……? このおれ様がぁ……?」
「オレの胸を揉むだ? オレがお前の腕を軽く揉んじまったよ!」
散々セクハラかました野郎に、わざとイキりマウント。卑猥な言葉でセクハラかました罰だ。ぶん殴られないだけありがたいと思え! 周りがドッと笑った。オレに対して好意的なのと、負けたドルダンへの蔑み混じりが半分というところか。
「おい、このルーキー、強ぇぞ」
「いやいや、ドルダンが油断したんだよ」
冒険者たちの意見は割れる。おいおい、オレが勝ったのはナメプされたからってか? 冗談じゃねえ。
「オレの力を疑うなら、勝負してもいいですよ、先輩方ぁ? 勝ったら胸、揉んでいいんでぇ、その代わり負けたら、何か装備くださいねぇ」
野郎どもの視線が、オレの胸に集まり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。スケベエどもめ。
「面白ぇ……。俺が勝ったら、今夜は俺に抱かれろよ」
えぇ、むさいおっさんが何を言ってるの? まあ、イケメンだったとしても、お断りだが。
「レートあげるんなら、負けた時にその分いっち番高いの、もらうってことでいいんですねぇ?」
「まてまて、勝負はおれ様が――」
ドルダンがリターンマッチを申し込んできた。だが周りの冒険者が大声を出す。
「うるせぇ、早い者勝ちだ!」
ヒートアップするギルドフロア。職員たちはおろおろしているが止める様子はなし。じっと息を潜めて様子を見ていたカグヤは、呆れたように顔を振った。……まあまあ。こういう野郎どもは、ガツンと初っ端に腕っぷし見せつけとけば大人しくなるからさ。