第89話、桃太郎、幻想塔ダンジョンに入る
北欧神話において、戦って死ぬことが誉れであるとされる。
病気や老衰、無抵抗で死んだ者には不遇なあの世が待っている。……パワーが物を言う世界だ、北欧神話ってやつは。
強さというか、立ち向かう勇敢さが認められる世界ということなのだろう。
そんな北欧神話産のうちのイッヌは、ヘルという死者の世界を支配する妹がいる。先ほど言った、戦死でない死に方をした者たちが送られる場所のボスということだ。
カグヤの妖光で、抵抗を奪われ、為す術なくイッヌにやられたエキュリーの町の盗賊たちは、戦わずに死んだ臆病者として、ヘルヘイムへ送られる――らしい。
イッヌがそういうのだからそうなのだろう。幸せもない、つまらない死後の世界で生きるか、あるいは生前の罪によって毒川を渡らされて、毒を飲み込み苦しんでいるうちに骨となって、最期はニーズヘッグに骨を囓られて死ぬんだそうだ。……ニーズヘッグといえば、世界樹ユグドラシルの根を囓っているアイツである。
死後の世界で死ぬって完全消滅なんだろうかね……?
女神ヘルは、英語のヘル=地獄と混同しやすい響きのせいもあるが、彼女の冥界は、オレらが想像する地獄とは似ても似つかないらしい。……好き好んで行く場所じゃないのは共通しているがな。
かくて、エキュリーの町の盗賊たちは全滅した。あの魔法の鏡さんに頼って、きちんと盗賊一味を確認した上で始末したから間違いない。
ボスのリットウとその幹部、末端で、冒険者を嬲り殺した悪党どもは一人残らず処分した。
町にきた時、オレたちを案内した情報屋のルウフもな。……あいつは幼女やショタに手を出すド変態の詐欺師だったから、確実に処理した。何人の幼子が、あいつに食われたことか……。
あー、胸クソ悪っ。
犠牲になった冒険者たちの冥福を祈りつつ、エキュリーの町を捜索した。
ギルド建物を吹き飛ばした後、宿屋とボス屋敷を燃やしたことで町の盗賊たちはほぼ全員が集まった。
そこを待ち伏せして、まず少数の宿屋の連中を片付けた後、ボス屋敷の残りを始末した。一部見張りや、オレたちを探していたと思われる奴も、各個に撃破。
人数確認も済ませたから、この町にいた盗賊は残っていない。そこでの捜索は、殺された冒険者たちの遺留品か何かないかのそれだったが……。一応それらしく武器がまとめられたりしていたくらいしか、わからなかった。
上等な建物を一つだけ残して、あとの家屋は破壊する。どうせ寄せ集めばかりだが、ここを放置してまたどこぞの盗賊とか、他に魔獣とかが住み着いたら面倒だからだ。
サルが土木機械よろしくハンマーで軟弱ハウスを叩き壊していた。さすがメカニカルゴーレム、パワーが違いますよ。
・ ・ ・
エキュリーの盗賊町をスクラップに変えたところで、いよいよ幻想塔ダンジョンに挑む。
目標は、ダンジョン44階層、『絶壁の巣』だ
「ダンジョン。やっとだぜ」
「ずいぶん、遠回りさせられたものね」
カグヤは皮肉った。
「まったくだぜ。盗賊町なんて作ってくれやがってよ」
余計な時間をとらされた。これで心置きなくダンジョン探索ができる!
「忘れてないわよね、桃ちゃん。41階層よ」
「わかってるよ」
このダンジョンは73階層辺りまで開拓が進んでいて、転移魔法陣でショートカットできるようになっているって話だ。
ダンジョン1階層にある魔法陣を使えば、44階層にもっとも近い41階層まで、あっという間に移動できるってことだ。
個人的なことを言えば、1階層から探索したいって気持ちもあるんだけどな。
「太郎、調子はどうだ?」
「大丈夫だよ」
太郎は、いつもの通りだった。エキュリーの町での出来事は、コイツにとってはさほど酷いことにはなってないんだけど、オレらがやったことに関しては少なからず思うところもあるだろう。ガキにしちゃ敏いしな。
変に落ち込んでなくてよかった。太郎は何も悪くないからな。
「んじゃ! 突入すっぞ!」
気を取り直してダンジョンへ。
1階層は、砦の中を思わす石造りの構造。意味なく松明が並んでいるのも、いかにも不可思議現象の巣窟らしい。
「ここは照明はいらなさそうだな」
いつまでそれで通れるかはわからないが。
「お鶴さん、地図ー」
先日、冒険者ギルドで教えてもらったダンジョン地図。……あれも盗賊一味だったから、途端にその情報も信憑性を疑いたくなるが、これについてもいつものアレで確認したので心配ない。
「このまま真っ直ぐ進むと、右へ行く道があります!」
1階層魔法陣の場所へ、地図を頼りに移動。オレとイッヌが先導。間に太郎とカグヤとお鶴さん。後衛はサルである。
「おっと……早速お出ましか?」
正面から、ヌッと影のようなものがカサカサと――お鶴さんが「ひっ!?」って変な声を出した。
「虫型モンスターか……。何だぁ? クワガタに……カブトムシか?」
高さは1メートル少しだが、全長はかなりあるっぽな。正面から5、6体くらい突っ込んでくる。
「虫型は外殻硬いのが多いから面倒なんだよな」
抜剣! 銀丸を手にオレは前進。イッヌが追走する。前に出たのは、敵が少々数が多いから、後ろの太郎やカグヤに迎撃の余裕をとらせる時間を与えるためだ。できるサルは、今のうちに後ろから、真ん中組の前に出て壁になる。
カブトムシが突っ込んでくる。いや訂正、角がカブトムシのそれじゃなくて、普通に一本角だ。騎兵の如く突っ込んで、串刺しにしようって魂胆。カブトムシってパワーが凄いからな。このサイズで向かわれたら、騎兵にやられるより酷いことになるだろうな。
「だけど!」
紙一重で斜めに躱して、角を回避。そしてすぐにつま先に力を溜めて、銀丸を突き出しての斜めからの突進。軽いパキッという音と共にカブトムシの頭装甲を貫き、さらに突進のパワーでカブトムシの体を押し出す。斜め後ろを進んでいたクワガタに、カブトムシをぶつけて双方、壁に押しつける。桃太郎の大力なめんなーっ!
後ろのクワガタの進路妨害して壁で止まったところで、素早く武器を返して、カブトムシの頭部部位を切断。まず一体。そしてその黒光りする体に飛び乗り、後ろのクワガタにジャンプしての一撃を叩き込む!
まずは2体! 残りは!?




