第88話、桃太郎は見ている
深夜、エキュリーの町冒険者ギルドが、吹き飛んだ。
保存していたダンジョン産の火属性素材が発火、爆発したのだ。その轟音と衝撃は、酔いつぶれ、寝静まっていた盗賊冒険者たちを叩き起こした。
「いったい何があったんだ!?」
町長屋敷と名付けた家をアジトにしているリットウも飛び起きて、早速様子を確認しに行った。
冒険者ギルドと名付けた建物は、倉庫になっている。これまで手に入れた貴重な装備の一部や、討伐モンスター素材などが保管されていた。
現場には町の盗賊たちも集まっていた。あれだけの轟音があれば、気づかないわけがない。
「何らかの事故って線は薄いでしょう」
現場検証をしていた幹部が言った。
「こりゃ内側から吹っ飛ばされています。爆発物か何かを仕掛けられたんじゃねえですかい」
「ここにいる野郎どもに、んなことができるか?」
リットウが言えば、周りの盗賊たちは顔を見合わせる。
「外部から何者かが侵入したってことだろうな」
「一体何者が……」
「まさか、昨日ここにきたニューテイルって奴らじゃ――」
部下の一人の発言に、リットウは眉をひそめる。
「女どもに、ここを吹き飛ばす理由があるか?」
「そういえば、あいつら町に泊まらなかったですな」
幹部は顔をしかめた。
「もしかして、どこからかここのことが漏れていて、討伐にきた連中なんじゃ……」
「情報が漏れるとは思えねえな……」
リットウは腕を組んだ。
「罠にはめた冒険者で、生きて帰った奴はいねえだろ」
「売り払った奴隷の中に、ここのことを漏らした奴がいるんじゃないですかい?」
復讐のために――そう言った幹部だが、リットウは首を横に振る。
「忘れたか? ここでの奴隷を買う奴は、ここのことを知っているわけで、買った奴隷の口車に乗って、ここを攻撃するわきゃあねえだろ」
だが――
「ニューテイルってネェちゃんたちは、確かに怪しいなぁ。直近で現れて、泊まることなく町の近くで、空飛ぶ船にこもっているってのは」
こちらを警戒しているから。少なくともエキュリーの町が普通の町ではないと怪しんでいる可能性が高かった。しかしそれで攻撃を仕掛けてくるかと言われると、首を傾げざるを得ない。
「ボス! 大変でさあ!」
切羽詰まった部下が駆けてきた。
「どうしたぁ?」
「や、宿が火事です! 大火事でさあ!」
「なぁんだとっ!?」
ギルド建物が吹き飛んだ直後に火事。偶然というには出来過ぎである。
「ボスーっ! ボスっ! 大変です!」
別の部下が、こちらも半狂乱で現れた。
「ボスの家が! 燃えています!」
「なな、なにぃっ!?」
大雨の後に、火事が二カ所でほぼ同時。そんなことがあるか? いやない!
「お前ら、すぐに消火だ! お宝が燃えちまう!
ドタドタと部下たちが動く。大半が町長屋敷へ、残りが宿屋に向かって。割り振らなかった結果、勝手に部下たちがそう判断したが、リットウは何も言わなかった。自分の家が優先なのは当然だからだ。
これまで殺してきた冒険者から巻き上げた金品などお宝が保管されているのは、リットウの屋敷の地下である。火事で屋敷が燃えても、地下のお宝はまだ無事の可能性も高いから、急いで消火すれば間に合う。
「ボウルス!」
「へい!」
「お前は、町を警戒しろ。この火事はおそらく放火だ。火を放った野郎を探し出せ!」
「了解、ボス」
目の利く部下に、この不自然な事件の犯人探しをさせて、リットウは屋敷へと戻った。
・ ・ ・
あれだけの雨が降った後で、外側は湿っていたのだろうか。いざ駆けつけると、外観はほとんど変化がなく、火災は間違いだったのでは、と思った。
だがよく見れば窓は炎の色で覆われていて、内側が激しく燃え上がっているのがわかった。
雨で水が貯まっていたのは運がよかったのか。早速消火に活用されたが、建物の中が激しく燃えているというのは、案外鎮火に手間取り、結局、全焼に近いところまで燃えてようやく収まった。
「……」
炭で所々黒くなった部下たち。中には火傷した者もいる。皆が燃えた建物を見やり、声なき怒りと脱力感のない交ぜになった複雑な顔になっていた。
炎が目に焼き付き、ようやく夜にふさわしい暗闇に辺りが戻ってしばし、不意に背後から光が当たった。
神々しく、柔らからな光に、リットウや盗賊たちは振り返る。そこにいたのは、三角魔女帽子を被った美女。
「……!」
誰かが「あっ」と声に出したがそれ以上は出なかった。女神というのはいるものだ――などと、わけのわからないことが脳裏を過る一方で、リットウたちは全身から力が抜け、その場に膝をついた。
まるで神の降臨を目の当たりにして跪いているかのようだが、何てことはない。魔女の魔法『妖光』を浴びて、戦闘意欲を失い、動けなくなっただけだった。
光が消え、魔女は哀れみの目を向けて立ち去った。リットウも幹部も部下たちも、何が何だかわからず、苦労して顔を見合わせる。しゃべるのが億劫になるほど、体から力が抜けていた。
そして、悪夢がやってきた。
獣がのっそり姿を現したのだ。狼型というには、それはそれは大きかった。狼なんてものではない。これは伝説に聞くフェンリルではないか!
そしてその魔獣の背中に、剣を肩に当てた女戦士がいた。昨日、町に現れた冒険者、ニューテイルのリーダーだ。
とても冷たい目だった。リットウはその女の目を見て、今回の騒動はすべて彼女らの仕業だと察した。
エキュリーの町の盗賊冒険者を討伐にきたエリート冒険者パーティーだ。
リットウの目の前で、魔獣――フェンリルが部下を一口で噛みつき、飲み込んだ。
「っ!?」
見ていた盗賊たちは声にならない声を上げた。悲鳴すら出ないほど力が出ない。逃げるなり身構えるなりもできないほど、体が重い。まるで石でも抱いているようだ。その間にもフェンリルはその巨大な口で盗賊をひとりずつ丸呑みにしていく。
「本当は、オレの手で冒険者の仇をとってやりたかったんだがなぁ……」
フェンリルの背中で、女リーダーは言った。
「死んで間違って天国に逝かれても困るんでな。うちのイッヌが、お前たちを確実に冥界に送ってやるよ。こいつの世界じゃ、無抵抗で殺されるってのは大変な不名誉なんだそうだ。さらに、悪を重ねた奴は、苦行の道の末に、毒の川を渡らされるんだってさ。そして骨になって、ドラゴンに喰われるんだと……」
リットウの前に巨大なフェンリルの大口があった。
「生前の悪行分、苦しめ」




