第86話、桃太郎、天を睨む
その日は雨だった。何でだよ! エキュリーの町の盗賊冒険者を退治する予定だったのに!
「桃ちゃん、これはまずいわよ」
カグヤが言ったが、理由はわかる。
「そこそこ強い雨だ。妖光の魔法も効果が弱体化する、だろ?」
淡い月の光を浴びせる魔法だ。光が当たる範囲は射程であり効果範囲ではある。が、強い雨が降ると、滴がカーテンとなって一応、光は届くが効果が半減以下になってしまう。
「一応、効いてはいるんだけどね。ただ戦闘不能に追いやるまでの時間が延びるから、効くまでに肉薄されて潰される、なんてことも」
「そこは前線のオレやイッヌやサルが盾役やれば、ある程度防げるけど……」
「弓とか投射武器だと、まずいですよね」
お鶴さんが指摘した。それな。
雨が降って、妖光の効果範囲が狭まっている外から矢をバンバン放たれたら、前衛組はともかく、カグヤやお鶴さん、太郎が危ない。
しかも市街戦になるから、家に隠れられて窓から狙撃されることも充分あり得る。
「天気については仕方ねえけど、運が悪いなぁ」
「雨だとイッヌさん、鼻も利きにくいって」
太郎がイッヌを撫でながら言った。こんだけザーって音していると、聴力にも影響出るだろうな。数あっての奇襲なら、恵みの雨なんだが、うちの作戦と相性悪すぎる。
「索敵自体は、イッヌが駄目でもサルがいるしな」
『お任せください』
メカニカル・ゴーレムが自身の胸を叩く素振りを見せた。
『雨天、闇夜関係なく、スキャンできます。盗賊どもを探知します』
「頼もしいね。んじゃ、見張りは頼むぞ」
機械の性能にも影響が出るかも、と思ったが、サルがそこまで自信たっぷりなら安心だ。カグヤがオレを見た。
「で、どうするの、桃ちゃん?」
「雨中での戦いは想定していないからな。そういう時は――」
「そういう時は?」
「雨天中止。やめやめ。今日は戦わない」
戦闘というものは仕掛ける方が有利だ。いつ、どこで戦うかを選べるからだ。
「条件悪い中に無理してやらなきゃならないほど、時間が切迫しているわけじゃねえし。自分たちに有利な条件で戦うのが鉄則だ。それができない奴から戦場で死ぬんだ」
スキーズブラズニルで飛んでいる間は、盗賊連中も仕掛けられないだろうしな。
「雨ん中でも、有利に戦える方法が浮かべば別だが、それまでは待機。いや休みでいいや。昼寝してもいいぞ」
持久戦ってやつだ。まあ、そこまでずっと雨が降り続けるということもあるまい。二、三日くらい様子見してもいいくらいだ。
焦らない焦らない。気長にやろうぜ。
・ ・ ・
「雨だな」
「雨ですなぁ」
エキュリーの町のボス、リットウは顔をしかめていた。
「それで、船に変化はねえのか?」
「そのようです」
斥候の報告でも、ニューテイルとかいう女子供の冒険者パーティーは、空飛ぶ船に乗ったまま動く様子がない。
「くそぅ、町の宿に泊まってくれていれば、とっくに終わってたのによぉ」
「普通にテントで野営していたなら、この雨で町に避難していたかもしれないですが」
幹部の言葉に、リットウはさらに渋い顔になった。
「ここいらでは、あんまり雨は降らねえ。降る時は、ドバッと短くだ。……ツイてねえなぁ」
飲料水の確保という点では恵みの雨ではある。普段の仕事を考えれば、獲物が町の施設を利用しやくなるという点でもよし、なのだが……。
「久々のでっかい獲物と期待したら、お預けって神様はいねえのかよ」
「どの神様がおれらに加護をくれるって言うんですかい? おれたちは悪党ですぜ」
「天の神さまは、公平さ。金持ちも貧乏人にも、正義の味方にも悪党にもな。個人の都合なんてお構いなしに、公平大雨を降らしてやがるのさ。金持ちが困ろうが、貧乏人が困ろうが関係なくな」
リットウは、窓から外を眺める。雨で地面に薄く水が張っている。外に出たら、泥だらけ、靴も濡れて手入れが面倒なことになるだろう。
「ずいぶんと都合のいい神様なんですな」
「あ?」
「ボスは、神様は公平と言った。でも神様はいないのかもとも言った。……都合良すぎでは?」
幹部の指摘に、リットウは不敵な笑みを浮かべた。
「わかってねえなあ。神さまなんてものはよぉ、オレ様たち人間のご都合主義な存在なんだよ。都合のいい時だけお祈りし、都合の悪い時は悪態をつく。本当に神さまがいたら、人間なんて不敬罪ってとっくに絶滅してるよぉ」
「……つまり、信じていないわけだ、神様の存在を」
「言ったろ。都合のいい時は信じ、悪い時は信じねえって。……そういうお前は、信じてるのか?」
「一応、お祈りはしてます」
首から下げた神のシンボルを模ったお守りを見せる幹部。リットウは鼻をならした。
「まあ、信じる信じないはお前の自由だ。オレ様は何も言わねえよ」
しかし――
「よく降るぜ、この雨はよぉ」
・ ・ ・
結局、その日は夜まで雨が降り続いた。
スキーズブラズニルに乗って待機していたオレらだけど、ようやくやんだので、行動を開始することにした。 ……うん、昼寝しちゃったから目がさめちゃってね。
おかげで、エキュリーの町攻略作戦を練る時間もできたし、ケリをつけてしまおう。
まずは、オレらの船を監視している連中から始末する。
サルが確認したところでは、こっちを見張っているのは2人。スキーズブラズニルの甲板からそれとなく、下を見下ろしながら、傍らのイッヌを撫でる。
「いいか、イッヌ。オレたちは何も知らないフリをしているから、こっそり船から降りたら、見張っている覗き野郎を仕留めろ」
イッヌが任せろとばかりに返事した。よしよし、相手は盗賊だってのはわかっている。始末してしまって構わないからな。
スキーズブラズニルが着陸する。敵が潜んでいるのとは反対側から、イッヌが密かに飛び降りると、一度距離をとって稜線の陰に入る。そのまま迂回しつつ、覗き野郎たちのもとへと走る。
オレは念のため、弓を用意し、騒ぎが起きたら撃てるように備えておく。……ま、仕損じて、町まで逃げられても、その時はプランBで行くからいいんだけど。




